冬至の祭り

 冬至の祭りユールがはじまった。

 幸運と豊穣を願いながら木を燃やしつづける。三つの根が幹を支える大木は神木と崇められ、世界樹ユグドラシルとこの国の人々は呼んでいる。

 何百年の前には火を焚いて、乙女を生贄として捧げていたらしいが、アストリッドは信じていない。この国には月の巫女シグ・ルーナがいるのに、そんなことを許すはずがないからだ。

 

 世界樹ユグドラシルに触れられるのは、月の女神マーニの加護を受けたものだけだ。神聖なる大樹の枝を月の巫女シグ・ルーナ嵐の獣ベルセルクルが用意する。落ちている枝を集めたのか、それとも伐ったのか。世界樹ユグドラシルを見たことのないアストリッドにはわからないが、普段は祈りの塔に篭もりきりの月の巫女シグ・ルーナが外を許されるのは、この期間だけだ。


 そのせいか、輝ける月の宮殿グリトニルは緊張している。

 本土から来た使者はアストリッドたちが無事に送り届けた。野盗の襲撃があったのもあの宿だけで、彼らが道中危険に晒されるようなこともなかった。


 護衛のおじいさんは話し相手がほしかったのか、レムを馬車に乗せた。

 たのしそうな話し声がきこえるなかで、アストリッドとロキはただ黙って輝ける月の宮殿グリトニルまで歩きつづけた。アストリッドが元気をなくしていただけではなく、ロキもなんだか様子がおかしかった。


 なにかあったのだろうか。ロキは使者たちをちゃんと守ったというけれど、野盗なんてはじめてだ。こわかったのかもしれない。

 しかし、その後は彼を気にするまもなく冬至の祭りユールがはじまった。最初の二日は、アストリッドは家で父さんと過ごした。ミルク粥を作って、豚肉の料理もたくさん食べる。サーモンの塩漬けとニシンの酢漬け、ミートボールが副菜、デザートはチョコレートケーキだ。


 養父のイヴァンはいつもよりたくさん食べたし、たくさん喋った。アストリッドもたのしい二日間を過ごせた。たぶん、イヴァンはアストリッドを励ましてくれたのだ。


 それから、三日目にはふたりで輝ける月の宮殿グリトニルに向かった。

 イヴァンは番人ヘーニルとして、アストリッドは戦乙女ワルキューレの仕事が待っていた。


 アストリッドは演習場へと呼ばれた。今日も先客がいた。金髪のお嬢さまだ。アストリッドに負けたあの日以来、彼女の髪は短い。ざんばらでみすぼらしい金髪は、きっと自分の手でハサミを入れたのだろう。


 ほどなくして、長身の女性が来た。アストリッドたちとおなじ戦乙女ワルキューレだが、顔つきが少女たちとはぜんぜんちがう。もう何年も前に戦乙女ワルキューレに選ばれたアストリッドたちの先輩だ。


「私は隊長です。いまから冬至の祭りユールが終わるまで、あなたたちの指導を行います」


 アストリッドは背筋をぴしっと伸ばした。すこしでも怠惰な姿勢を見せればすぐ叱責されそうだ。


「まずは着替えを。これはワルキューレの隊服です」


 手渡された隊服を見て、アストリッドは目をしばたいた。まさかここで着替えろというのだろうか。演習場には普段少女たちしか出入りしないとはいえ、回廊からは丸見えだ。他人の前で下着姿になるなんて。動揺するアストリッドをよそに、金髪のお嬢さまは服を脱ぎはじめた。慌ててアストリッドも彼女を追った。


「よく似合っています。これで、あなたたちは誰の目から見てもワルキューレです」


 銀色のシルクのケープには優美な花の刺繍が施されている。針を入れたのは月の巫女シグ・ルーナで、戦乙女ワルキューレたちを想いながら祈りを込めたという。このケープを纏っただけで、アストリッドは自分が誇らしくなる。ブラウスの上にはベストを着用して、下には膝丈のスカートを履いた。タイツとブーツは自前だが、隊長の言うようにアストリッドはどこからどう見ても戦乙女ワルキューレである。


「では、あなたたちふたりに命じるのは、輝ける月の宮殿グリトニル警邏けいらです。これからふたり一組になって行動するのです。食事も排泄も風呂も就寝も、ふたり離れてはなりませんよ。わかりましたね?」

「はい!」


 元気の良い返事をきいて、隊長はすこし微笑んだ。


「よろしい。なにか指示があればすぐに伝えます。困ったことがあればすぐに言いなさい。私が近くにいなければ、他の先輩たちに伝えること、いいですね?」

「はい!」

「良い返事です。もちろん休みは交代で取らせます。家に帰ることはできませんが、冬至の祭りユールに行くことは許します。たのしんでいらっしゃい」

「はい! ありがとうございます!」


 余計なお喋りなど一切なし、隊長はそれだけ告げると行ってしまった。しばらく隊長の背中を見つめていたアストリッドは、自分の相方へと視線を戻す。目が合った。


「あ、あの、えっと……」

「あなた、自分の対戦相手の名前も知らなかったわけ?」


 図星だった。アストリッドは固まった。


「ヘルガよ」

「えっ……?」


 金髪のお嬢さまはとびきりの美人だけど目力があり、言葉もちょっときつい。小柄なアストリッドに比べてすらっとしているし、女性らしい膨らみも見える。おそらくアストリッドよりふたつくらいは年上だ。


「それから私、べつにお嬢さまなんかじゃないから」


 アストリッドの心を読んだみたいに、ヘルガは言った。これから数日間ずっと一緒だ。うまくやれるだろうか。アストリッドはちょっと不安になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る