1-5 約束ですよ
数秒前までウキウキとした様子だった
気のせいかと思ったが、こちらがしゃべるのを止めて5秒ほど経過してもそのままだった。
ついまくし立ててしまったから、驚かせてしまっただろうか。もしかして、何か気に障った? 急に不安になる。
「
すると
「
一体、何が起きているのだろうか。
「具合が悪いんですか? ねえ!」
今しがたまで屈託のない顔をしていた人が、急に人形みたいに冷たくなってしまった。
声が届かない。まともな反応がない。
そんな事象が、心の奥に巣くった記憶を引きずり出す。
探さなければ。自分の「できること」は、なんだ――
動かない相手の腕をつかむ。力を込める。
「どこにも行かないで」と祈る。
それしかできない。
どれだけの時間が経過しただろうか。
やっと
「どうしたんですか!」
「いや、本当に体は大丈夫なんだ」
彼の腕を強くつかんだままだったことを思い出し、
大人は「心配させちゃって、ごめんね」と言って笑い掛けてくれたが、疲労感がにじんでいるように見える。
また隠しごとか。こんな思いをさせておいて。子供は感情のまま追求しようとしたが、
「さっき霊感探偵って自己紹介したけど、今、霊視をしていたんだ」
先に口を開いたのは相手の方だった。
「霊視?」
まだドキドキしている胸に片手をあてながら、言葉を口にして、そしゃくする。
どうにも怪しげだ。態度もあいまって、ごまかしているのか本気なのか、いよいよわからなくなる。と言うか、急に色々なことが起き過ぎだ。
「詳しいことを話すと長くなるから、今日はここまで」
混乱する女子の心中を察してか(あるいは逃げ口上か)
「そんな!」
腕時計で時刻を確認すると8時30分を回ったところ。いつもなら帰宅している頃だ。母が心配して塾に連絡するかも知れない。
考えている間にリュックサックの口を閉じる音が。
子供が顔を上げると丁度、大人もこちらに顔を向ける。顔色は幾分良くなっていた。
この人は何を考えているのだろうか?
と、謎だらけの探偵はまた苦笑し、スラックスのポケットから薄い革製の入物を取り出した。
そこから1枚の紙を取り出してこちらへ差し出す。
「今日は本当に助かったよ、ありがとう。聞きたいことだらけだと思うけど、遅い時間だから、ごめんね。
あと、何か悩みごとがあったら相談して。ウチはいつでも、何でも対応するから」
じっくり見詰めたところで、どう返すべきかはわからない。
「甘い物、好きです。約束ですよ」
「うん」
それ以外にやりようがなくて放った言葉にも、相手はすぐに答える。余裕がありそうな返事だ。
こっちはこんなに心配しているのに。無性に悔しくなった。
「1人で帰れる?」
「帰れます! 子供じゃないんだから!」
相手は今度こそ「はは」と笑うと、きびすを返す。「じゃあ、気をつけてね」
やられた。まんまと別れる口実を言わされた。あとバカにされた気がする!
「何よ、もう!」という言葉はどうにか堪え、歩き去る男性をにらみ続ける。
こちらへ振り返ることなく足早に離れていく背中。
迷いなく、次の使命を見据えているかのように。
しっかりとした足取りで。
本当に、先ほどの不気味な硬直はなんだったのだろう。
ため息をつく。当然そんなことで疑問も不安も吐き出せはしない。
残された唯一の情報である名刺を見る。
霊感探偵
それが彼の肩書きだった。
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