Episode15
翌日。12月27日火曜日。
凛は、悶えていた。
昨日の事は覚えていたから。
恥ずか死ぬ思いをしている。
「もぅ、なんで私あんなことしちゃったんだろう。
透哉くんにあんな甘えるなんて」
凛は、ベッドの上をゴロゴロしている。
身悶えとでもいえる珍行動を起こしているのだった。
昨日までで仕事終わりだったため、今日はかなりのんびりモードである。
特に二日酔いにもならず元気ではある。
いや、むしろ元気すぎるともいえるが。
それから、1時間ほど凛は悶えるのであった。
◇
1時間ほど経った頃。
凛は、お腹が空いたこともありベッドから起き出すのだった。
時間は、ちょうどお昼時だった。
彼女の自室は、かなり可愛らしい。
淡いピンクのフリルカーテン。
至る所に縫いぐるみが置かれている。
ベッドもどこかファンシーな趣がある。
「透哉くんか・・・えへへ、優しかったな」
凛は、頬が緩んだまま自室を出てキッチンへ向かっていた。
冷蔵庫を開ける・・・何も入っていない。
あるにはあるが・・・アルコールが。
「うー、なにもない。コンビニいこうかな」
凛は、着替えをする。
彼女は、Tシャツにジーンズとカジュアルな格好をした。
それに、簡単にコートを羽織る。
凛は、家を出て1階にあるコンビニへと向かった。
「あれ?凛さん」
コンビニに入った瞬間。
ちょうどコンビニから出ようとする男性に声を掛けられる。
「透哉くん!」
「昨日はだいぶ飲んでたけど大丈夫?」
「うん、透哉くん。ありがとう」
凛は、一度コンビニを出て店先で話をすることにした。
透哉も、彼女について店先に出た。
「透哉くん、昨日はごめんね。私その・・・」
「昨日の凛さん。可愛かったです」
凛は、顔を赤く染め下を向いて黙ってしまう。
透哉は、「クスッ」と笑みを浮かべる。
「凛さんは、もう仕事納めですか?」
「え?ええ、昨日まででうちは仕事納めよ」
「そうなんですね、うちは大晦日まで仕事ですよ」
「あら?今年は大晦日までなのね・・・じゃあ、毎日通おうかな」
「お待ちしてます・・・でも、飲み過ぎはダメですよ」
「その時は、また透哉くんに介抱してもらおうかな」
凛は、未だに顔を真っ赤にしている。
が、透哉もほんのり頬を朱に染めていた。
だが、彼は気づかれないようにポーカーフェイスを保つ。
「じゃあ、凛さんのカクテルは僕が作って調整しないとだね」
「うん、透哉くんに任せるよ。さてと、お腹空いちゃったから私いくね」
「はい、じゃあまたお店で」
「またね、透哉くん」
凛たちは、手を振って別れた。
それから、毎日のように彼女はバー『Nightcap』へと通うのだった。
◇
そして、12月31日土曜日。
凛は、いつものように『Nightcap』へと来ていた。
タンブラーグラスに注がれたオレンジ色のカクテルを飲んでいた。
「オレンジジュースの爽やかな香りと仄かな酸味・・・それでいてすっきりしてるね。炭酸も感じるし」
「これは、バックスフィズって言うんだ」
「バックスフィズ・・・ふむふむ」
実は、このバックスフィズというカクテル。
作り方を変えるとミモザというカクテルになる。
レシピもほとんど同じカクテルである。
「はぁ」と言いながらカクテルを飲む。
少し、色っぽい。
透哉は、ドキっとする。
が、その表情は一瞬で元に戻る。
「凛さん、この後のご予定は?」
「うーん、TVで行く年来る年かカウントダウンライブあたり見るくらいかなぁ」
「じゃあ、凛さん。僕と2年参り行きませんか?」
透哉は、彼女の目を見つめながらそう言った。
凛は、ずっと見ていられなくなって視線を逸らす。
そんな、2人を見ながらマスターは笑みを浮かべていた。
「えっと・・・お願いします」
凛は、返事をするとちびちびとカクテルを飲むのだった。
今日のカクテル『バックスフィズ』は、度数8%以下。
先日のカクテル『チェリーブロッサム』は、20%と高かった。
最近は、透哉が酒量を調整している。
すっかり、凛がどれほど飲めるのか理解しているようだ。
やがて、透哉は彼女の前にグラスに入れた氷水を出す。
「凛さん、あと1時間で終わるのでゆっくりしててくださいね」
「うん・・・透夜くんを眺めながら待ってるよ」
「え!」
途端に、透哉の顔が赤くなる。
珍しく完全に赤面していた。
「あれ?珍しい、透哉くん顔赤いよ。
お得意のポーカーフェイスはどこに忘れたのかなぁ」
凛が、ニヤニヤしている。
「うー、凛さんはあれだね。猫みたいだね」
「猫?ニャアニャア」
彼女は、両手で耳を作りながら猫の鳴き声をして見せた。
透哉は、耳まで赤くする。
彼にとっては、クリティカルだったようだ。
それから、凛はしばらくニャアニャアと言い続けていた。
店内には、何人かお客さんがいるがほとんどが常連客で2人のやり取りをいつも肴に楽しんでいたりする。
常連客は、一様にマスターの前いるカウンターでしっぽり嗜んでいた。
透哉の前には、凛だけがいる。
専属と言うわけではないが、今の所マスターから彼女だけ接客可とされている。
理由は、彼がマスターの元にきたことに起因する。
凛は、その理由をまだ知らない。
透哉も、『今』の彼女の事は知らない。
◇
1時間後。
22時を回ろうとした頃。
『Nightcap』は、年内の営業を終了した。
「じゃあ、行ってくるよ」
「ああ、気を付けてな。透哉、無理だけはするなよ」
「大丈夫だよ・・・凛さんもいるから」
「ああ、そうだな。九重さん、透哉を頼む」
「あ、はい。任せてください」
透哉は、着替えを済ましていた。
さっきまでのバーテンダーとしての服装に近しいが、ピシッとした恰好をしている。
カジュアルだけど、どちらかと言うとフォーマルな服装ともいえる。
シャツにジーパンを履いている。
上から、ジャケットを羽織っている。
凛も、どこかフォーマルな着こなしだった。
実は、彼女もまた透哉を初詣に誘おうとしていたからだった。
2人は、バーを出て駐車場へと向かった。
白い車体のワゴン車が停められていた。
「えっと、車で行くの?」
「そうだよ、さあ乗って」
透哉が、助手席を開けて彼女は座る。
そして、ドアを閉めると彼は、運転席へ座る。
透哉は、エンジンを掛けるとカーナビをセットする。
「えっと、どこにいくの?」
「少し、郊外かな」
透哉は、運転を始める。
車窓の風景が横に流れていく。
凛は、すっかり酔いが覚めていた。
「ねえ、透哉くん」
「あ、はい。なんですか?」
「もしかして、昔の私を知ってる?」
「・・・知ってますよ」
透哉は、言い淀む。
彼は、動揺しつつも運転を続ける。
「ごめんね、私。昔の事忘れてしまっているから」
「あ、いえいえ。面識だけで、実際に話したのは今回が初めてだったから」
「そっか・・・私ね、前の仕事がブラック企業だったらしいの。
らしいていうのも、それも忘れちゃったんだ。
その時に、過労で意識を無くして・・・気づいたら記憶もなくなっちゃった」
凛は、悲しい表情で彼にそう告げた。
彼女が務めていたのは、当時のトウドウカンパニーである。
凛が、トウドウカンパニーの灯火を吹き消した。
彼女が倒れたことによって悪事が明るみに出ることになった。
「僕が知っている凛さんは、大学の同級生でした。
ある日、合コンで知り合ったんです。
あったのはその一度だけでした」
「合コンかぁ・・・大学時代と言うことは4年位前?」
「それくらいだったかな」
凛は、シリオン企画で働いてもうすぐ3年が経つ。
それ以前は、トウドウカンパニーに新卒で1年働いていた。
彼女は、過去を全て無くしたことで実親すらも他人と思えてしまうため、今では絶縁状態になっている。
「僕は、あの時から凛さんの事が気になっていたんだ」
「私ね、初めて会った時から透哉くんの事気になっていたんだよ」
「それで、最近昔のアルバムを見つけまして」
透哉は、信号で停まると助手席のグローブボックスを開けアルバムを取り出して彼女に手渡した。
ただ、彼の表情は少し申し訳なさそうだった。
「先程の話を聞いてから過去の話をするのはどうかと思いましたが」
そう、透哉が続けた。
凛は、アルバムを開く。
「僕たちは、幼い頃に会っていたようなんです」
「そうなんだ・・・そっか、私が透哉くんに甘えたくなるのはそれも関係があったのかな?記憶はないのに、心なのか身体なのか。
君の傍にいたいと思うのは」
「そう言ってももらえると嬉しいです。
僕も、凛さんの隣にいると心の傷が癒えていくようで。
とても、心が安らぐんです」
「心の傷?」
凛は、気になったことを尋ねた。
それが、透哉が戻ってきた理由なんだと思った。
「僕は、東京で一般企業に就職したんです。
でも、対人関係が上手くいかなくて会社を辞めて、一度憧れがあったバーで働きました」
「元々、向こうでバーテンダーをしていたんだね」
「はい・・・でも、ある事件が起きて僕は罪を擦り付けられました。
僕は、信じていた人に裏切られ人間不信になりました・・・。
『Nightcap』で僕の所にお客さんがいないのは父さんによる社会復帰の一環なんです。
数日前に、凛さんに再会して僕らが普通に接しているのを見て僕は凛さんだけ接客して良いことになりました」
凛は、悲しい表情を浮かべる。
透哉が、ポーカーフェイスなのは表情を作るのが苦手なだけだった。
人間不信になった時に、感情が抜け落ちてしまったから。
「辛かったね、透哉くん」
そう言って、彼の頭を撫でる凛。
透哉は、彼女にだけは表情を変えるようになってきた。
今も、頬を朱に染めている。
少しして、車は神社へと辿り着いた。
歳神を祭る神社である。
近場の駐車場は、駐車待ちの車が列を作っていた。
少し、遠い駐車場なら空いてるようでそちらに向かうことにした。
やがて、停車できると駐車代を払い境内へ向かう。
が、急に透哉が歩を進めるのを止める。
その顔は、いつも以上に無表情でお面でもつけているかのようだった。
「透哉くん、手・・・繋ごうか」
そう言うと、凛は彼の左手を右手で握る。
透哉と彼女とでは、身長差がある所為か腕に抱き付く様な姿勢になっている。
「大丈夫、私が付いてるよ。怖くない、怖くないから」
「ありがとう、凛さん・・・でも、恥ずかしい」
「も、もぅ。私だって恥ずかしいよ。
恋人同士でもないのに手なんて繋いでさ」
「あの・・・凛さんが嫌でなければ・・・その・・・恋人でも」
「え・・・あ・・・はい、お願いします」
2人は、境内へ向かって歩き出す。
透哉の歩は、さっきとは違いしっかり進めていた。
「凛さん、昔のことが思い出せなくてもこれから新しい未来を作って過去を積み重ねていこう。
僕と思い出を重ねてさ」
「うん、そうだね。透哉くん。
えっと、私がね。ずっと傍で支えていくから辛くても私が寄り添っていくから。一緒にいよ」
「はい、凛さん」
この日、2人の恋が成就した。
しかし、この2人に降りかかる火の粉はまだ・・・。
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カクテル言葉
ナイトキャップ:『眠れる夜、あなたを想う』
ミモザ:『真心』
バックスフィズ:『心はいつも君と』
凛の病名:乖離性健忘症
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