Episode9
ここで、宗吾の元嫁について話しておこう。
彼女は、元々家事はおろか育児さえまともにできない人だった。
宗吾の両親が逝去するまで梨花の面倒は彼の両親が育児をしていた。
ほとんどが育児放棄と言えるほどである。
日がな一日ベッドの上でゲームをし遊びつくし、隣で泣く梨花をそのまま放置する。
紫亜が、生まれた後もそれは変わらなかった。
だが、両親が逝去した後からは実家に子供たちを連れていなくなることが増えた。
出掛ける連絡もなく、帰ってこない日すらも多々あった。
そして、帰ってくれば子供たちは隣で泣いているのに放置。
宗吾は、夜遅くに梨花と紫亜の面倒を見て朝早くに出勤する。
そんな生活をしていて、あの日の離婚届の騒動になった。
さて、その後の彼女・・・間宮 香苗・・・旧姓を藤堂と言った。
宗吾と付き合っていたハルミとは従姉妹筋にあたる。
彼女は、宗吾と別れた後。
かねてより付き合っていた男性と再婚した。
その時に、梨花と紫亜の2人に虐待をした。
梨花の方を強く当たっていたようだ。
その声は、家の外まで聞こえていたらしく。
児童相談所の立ち入りに遭い、2人は保護されたのだった。
その後の2人と言うと、虐待の手が香苗へと向いていくことになる。
対象がいなくなったことから、男性の怒りを受けるのは彼女に変わっただけだ。
香苗は、身体中痣だらけになりそれでも男とあろうとした。
そんな彼女の身に更なる不幸が降りかかるのは奇しくも宗吾が梨花と紫亜を正式に養子と迎え入れたその日の事であった。
ただ、彼にとって養子なのかはちょっと複雑ではある。
香苗は、その日男の怒りに触れテーブルにあった大理石の灰皿で頭部を殴りつけられ意識を昏倒させる。
男は、逃げ出した。
香苗は、頭部から出血をしたまま放置され数時間後に息を引き取ることになった。
そのニュースは、数か月後に全国ニュースとして取り上げられることとなる。
彼女の遺体が発見されたのは、それから数か月後だったからである。
一軒家で起きたために発見が遅れ、近所でも煙たがれていた事や香苗自身の両親とは折り合いが悪く疎遠になっていたことなど様々な要因が重なり、死後数か月が経過したのだった。
それを、宗吾が知るのはかなり先のことになる。
話を戻そうと思う。
児童養護施設に、梨花と紫亜を引き取りに行ったその日に戻る。
「園長先生、ありがとうございました」
「えんちゃーせんせーありがとございました」
梨花と紫亜が、そう施設長に挨拶をする。
「ええ、2人共お父さんと仲良くね」
「「はい」」
2人は、揃った声でいい返事をする。
「間宮さん、2人を宜しくお願いします」
「はい、もちろんです。
俺は、変わらずこの子たちを愛するだけですから」
宗吾は、白い歯を剥き出しにして笑う。
その横で、愛華も笑みを浮かべた。
「じゃあ、2人共行こうか」
「「うん」」
そう言って、宗吾の手を梨花が、愛華の手を紫亜が握ってくる。
そして、車へと向かう。
後部座席には、子供用の座席が取り付けられている。
シートベルトには、カバーも付けれらている。
「パパの車だ」
「おう、梨花が好きだったシートだぞ。
まあ、背もたれ部分はいまの梨花じゃもう使えないから下部分だけだけどな」
そう、長く使えるように当時チャイルドシートはジュニアシートにもなるような物を2つ購入していた。
結局、宗吾は離婚した後も思い出の品として捨てられずにいたのだが今になって役に立つなど当時の彼には想像は出来なかっただろう。
梨花は、嬉しそうに乗り込む。
それに釣られて紫亜も車に乗り込んだ。
扉を閉めて、宗吾は運転席に愛華は助手席に座る。
「おし、シートベルトはしたか?」
「したよ」「うん」とそれぞれが返事をした。
「梨花、紫亜。これから、パパたちの職場に寄るけどいいかな?」
「私達が行っていいの?」
「もちろん」
宗吾は、会社に向けて車を走らせた。
愛華は、後ろを振り返る。
「えっと、2人共。改めて愛華だよ。よろしくね」
「はい、えっと・・・愛華ママ・・・って呼ぶことにしました」
「ママ!」
梨花は、実母に対しての想いがあるのか区別するために「愛華ママ」と呼ぶようだ。
片や、紫亜は実母に対しての想いはそこまでないようだ。
それは、物心の問題なのかもしれないし、少し紫亜に関しては発達障害が見受けられる。
「ありがとう、2人共。
それでね、今から向かう私達の会社は「愛華」」
言いかけた愛華を制止させる宗吾。
何故なら、サプライズが待っているから。
「あ、そっか。
えっと、パパのお仕事って知ってる?」
「ううん、知らない」
そう答えたのは、梨花だった。
紫亜は、もっと知らないだろう。
そんな話をしていると、車は大きな建物の地下へと降りていく。
地下は、駐車場になっている。
宗吾は、そこに車を駐車した。
「よし、到着だ。降りる準備して」
愛華は、車を降りると後部座席のドアを開ける。
そして、紫亜のシートベルトを外して抱き抱える。
「ママ、ありがとう」
「どういたしまして」
宗吾もまた車を降りて後部座席のドアを開ける。
梨花は、ベルトを自分で外していた。
「梨花は、どうする?」
「私も、抱っこ」
「おう、任せとけ」
そう言って、宗吾は梨花を抱き抱える。
車を離れて歩き始める。
株式会社になってから早3年。
当時の彼ら2人がトウドウカンパニーとして通っていた社屋が今のシリオン企画の社屋である。
駐車場は、許可者であれば自由に停めることが出来る。
地下から一度1階へとエレベーターに乗る。
これは、地下と1階としか繋がっていないエレベーターである。
地下は、3階まである。
1階へ来ると2人は社員証を取り出して、エレベーターを降り社員証を翳してエレベーター前に設置されたゲートを潜った。
そして、受付に向かう。
「あれ?間宮部長?」
不思議な顔をする受付嬢。
受付までは、今日の話は伝わっていない様だ。
「俺達の娘だよ、社長に連絡入れといてくれる?」
「分かりました」
それだけ言うと宗吾は、受付を後にする。
そして、受付の奥の上層に向かうエレベーターへと歩いていく。
「パパ、部長なの?」
「ん?ああ、受付で言っていたのか。
パパもママもだよ」
そう、今ではそれぞれ別の部署を担当している。
ボタンを押し、待つこと数分。
エレベーターが、1階に降りてきた。
そして、載って3階へと向かう。
「3階には何があるの?」
「ついてからのお楽しみかな」
「えー」
梨花が抗議の声を上げる。
紫亜は、愛華にすっかり甘えている。
「えへへ」と言いながら笑みを零しているほどだ。
やがて、エレベーターが3階に辿り着く。
そして、下りて右手に進んでいく。
「服飾部」と言うプレートが目につくがそんな文字が梨花と紫亜が読めることはない。
「愛華、お帰りなさい」
そう声を掛けたのは、晴夏だった。
「晴夏さん、もう来てたんですね」
「ええ、1階分階段を下りるだけだもの」
現在も、社長は晴夏がしている。といっても、社長業のほとんどを副社長である弓弦がしているので晴夏は基本的にはデザイナーとして各部署を回っている。
「愛華部長、その子がお子さんですか?」
「うん。えっと、紫亜ちゃんと梨花ちゃん」
そう言って、抱いている紫亜から紹介する。
宗吾は、梨花を下ろす。
それを見てから、愛華も紫亜を下ろした。
しかし、2人は宗吾と愛華のズボンの裾を摘まんだまま後ろに隠れてしまう。
「たはは、まあ仕方ないよね。
私は、晴夏だよ。パパとママの働いている会社の社長さんだよ」
晴夏は、そう言って挨拶をする。
足から顔を覗かせて、小さな双眸たちが彼女を見ていた。
「今日はね、2人にプレゼントがあるの」
晴夏がそう言うと、彼女の後ろにいた10数人の女性社員たちが子供服を掛けたハンガーラックを持ってくる。
そこには、色とりどりの子供服が掛けられている。
「好きなお洋服を2人にプレゼントするよ、好きなだけ選んでね」
晴夏がそう言うと、2人は目を輝かせながらハンガーラックに近付いていく。
時折、宗吾の顔を見る梨花。
彼は、首を縦に振る。
それを見て満面の笑みを浮かべる。
そこからは、女性社員と晴夏、愛華を交えて梨花と紫亜は着せ替え人形と化していく。
宗吾は、取り残された。
「宗吾さん、よかったですね。娘さんと再会できて」
そう言って、彼の背後から声を掛けたのは弓弦だった。
「ああ、救えてよかったよ。
ありがとう、弓弦。
いろいろ助かったよ」
「いえいえ、働き方改革の一環でいろいろしただけですよ。
社食でパーティーの準備もしているので終わったら来てくださいね・・・あの調子だと終業時刻になりそうですけど」
「ああ、ありがとう」
「いえいえ、じゃあまたあとで」
そう言って、弓弦はその場を後にした。
実は、彼はいろんなことをした。
1階には、保育スペースをこの度設けた。
未就学児を対象に預かり保育が出来るようにした。
実を言うと、弓弦たちの娘もそこにいたりもする。
3年前、この社屋にした時にいろいろと変わったことがある。
それ以前は、広告代理店としての側面が多かった。
しかし、階層が増えたことで部が増え分野が増えた。
その1つが、この服飾部である。
愛華が部長を務める部で、主に子供服のデザインをメインにしている。
10数人が在籍している。
あと、大きく変わっていることと言えば最上階である5階だろうか。
そこには、景色を一望できるように社員食堂がある。
弓弦も晴夏も最上階で踏ん反り返る社長のイメージを払拭したいからとそう言う形で内装を変えた。
服を選び終えた後に、大量の料理を見て目を輝かせたのは言うまでもないだろう。
こうして、梨花と紫亜はシリオン企画を上げて歓迎されたのだった。
----------------------------
第2話 宗吾
今回で終わりです。
娘たちが本当は誰の子なのかは宗吾は気にしないことにしました。
娘と思っているのは間違いないですし、愛情を注げるのだから。
ちなみに、宗吾は企画部の部長です。
未だに、広告代理店の方面をやっています。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます