Episode8
「え?俺が、無精子症?」
宗吾は、愕然としていた。
ただの「シリオン企画」だった会社が「株式会社 シリオン企画」になって半年。
愛華の不妊治療に付き添う形で、婦人科医に来ていた。
いまでは、愛華は間宮 愛華になっている。
入社後、1月ほどで再婚をした。
ちょうど、1年前になる。
宗吾は愕然としながら待合室へと戻ってきた。
愛華は、そんな彼に寄り添っている。
やがて、料金を支払って車へと戻ってきた。
「ねえ、宗吾」
「ああ、無精子症なのに・・・俺には、子供が2人いた」
愛華は、検査結果を見ている。
そこには、「精子無力症」と書かれていた。
精子無力症は、精子の運動が少ないという症状である。
精子がないわけではないが、それでも受精することが難しい。
だから、不妊治療をしない状態で受精する確率はとても少ない。
「わからない、俺はあいつと夜の生活をそんなにしてないんだ。
あの子たちは、本当に俺の子供だったのかな」
宗吾は、コツンとハンドルに頭をぶつける。
愛華は、そんな彼を横から抱きしめる。
「大丈夫だよ、大丈夫だから」
彼女は、そのまま宗吾の頭を撫でる。
しばらくして、落ち着いた彼は運転をした。
「ねえ、宗吾。私はね、例え貴方との間に子供が出来なくてもいいの。
宗吾と一緒に居られることが私は嬉しいんだから」
「ああ・・・ああ・・・ありがとう」
宗吾は、ハンドルを握りながら涙を零していた。
右手の手首で拭う。
「それにね、もしももしもだよ。宗吾が、どうしても子供がほしいなら養子縁組も考えたっていいんだから」
「そうだね、ありがとう。愛華」
その日は、そのまま自宅に戻り2人は仲睦まじく寄り添いながら過ごした。
その日から2年が経った12月。
児童養護施設へやってきた宗吾と愛華。
治療はしているが、2人の間に未だ子供はいない。
今日は、一度児童養護施設を覗いでみようと愛華が誘い訪れたのだった。
つい先日、里親登録の認定を貰った。
施設内を、施設長の女性と彼らは歩いていた。
広場のようなところで遊ぶ子供たちがいる。
友達を作り遊んでいる子、隅で読書をする子様々だった。
「如何ですか?間宮さん」
「いまは自由時間なんですね」
「ええ、それぞれ思い思いの事をしています」
そうして、施設長と話をしていると宗吾のズボンの裾を小さな手が引っ張る。
それは、愛華のズボンの裾もである。
「あら、梨花ちゃん。紫亜ちゃん。珍しいわね」
「パパ・・・パパ」
宗吾は、足元にいる女の子を抱き抱える。
「・・・梨花・・・紫亜」
抱き抱える腰先まで長い黒髪の少女。
愛華の足元にいるのは、同じ髪型で梨花よりも少し幼い少女だった。
「あの、施設長さん。この子たちは、どうしてここにいるんですか?」
「はい、その子たちは3年ほど前にお母さんが再婚をされて、再婚されたお父さんと実のお母さんから虐待を受け保護されこちらに」
宗吾は、左腕に先に抱えていた梨花を、右腕に紫亜を抱き抱えた。
「そうですか・・・愛華」
「施設長さん、あの少しだけお話いいですか?」
そう言って、愛華は施設長と少し離れたところに行く。
「やっぱり、パパだ」
「ねぇね?パパ?」
別れたのは、梨花が3歳で紫亜が2歳の時だった。
梨花に関しては、物心がついた頃だったのだろう。
おおよそ、別れた日から3年半近く経っている。
梨花は、6歳だから4月には小学校に通う年だろう。
少しすると、愛華と施設長が戻ってくる。
「宗吾、私はいいと思うよ」
「手続きは、私の方でしますので。
梨花ちゃん、紫亜ちゃんもお父さんの所に戻れるならそれがいい事ですし」
「ありがとうございます。施設長さん。
ありがとう、愛華。
長いこと待たせたみたいだね、梨花。紫亜」
宗吾は、それぞれに言葉を掛ける。
梨花と紫亜は、涙を流していた。
そして、堰を切ったように声を上げ「うわんうわん」と泣き出した。
「ごめんな、2人に悲しい思いをさせて。
もう大丈夫だから。これからは、パパと過ごそう・・・あ!」
「そうですね、1週間ほどは手続きに掛かりますね」
施設長は、見透かすようにそう言った。
「ごめんな、まだ1週間だけは待っていてくれるかな?」
「・・・うん」
梨花は、ちょっと暗い顔になる。
宗吾は、少し考える。
愛華も同じように考える。
「施設長さん、ケータイを持たすことってできますか?」
「あ、はい。原則は、高校生の子がアルバイトをしてと言うことにはなっていますが、間宮さんが保証人として買い与えるというのなら」
「なるほど、ではそうしましょう。
梨花、あとでパパと連絡できるように携帯電話を持ってくるよ。
毎日だっていいからそれで連絡しておいで」
そう言うと、梨花はパアっと明るい笑みを浮かべた。
宗吾は、2人を下ろす。
「パパ。このお姉さんは?」
「ああ、パパの新しいお嫁さんだよ。
仲良くしてくれるかな?」
つぶらな瞳が、愛華を見る。
彼女は、腰を下ろして2人の目線に近付く。
そして、笑みを浮かべる。
それを見た紫亜が、愛華に抱き着いた。
後を追う様に、梨花も抱き着く。
愛華は、2人を優しく抱きしめた。
彼女の優しさに、子供たちは気付いてくれたのだろう。
絶望の淵にいた宗吾も救ったほどなのだから。
「うん、お姉さん。よろしく」
「ねぇね?ねぇねなの?」
「どうかなぁ?」
そう言って、愛華は首を傾げる。
彼女の視線が上目遣いに宗吾を見ているのは言うまでもない。
「一応、梨花と紫亜のお母さんになるんだ」
「ねぇねじゃなくてままなの?」
「うん、ママになってもいいかな?紫亜ちゃん」
「うん!」
そう返事をすると満面の笑みを浮かべる紫亜。
梨花は、苦虫を嚙み潰したよう表情をしていた。
「梨花、大丈夫だから。
パパも愛華には助けてもらったんだ。
少しずつでも良いから仲良くしてくれたらいいから」
「うん、パパ。ごめんなさい、お姉さん」
愛華は、梨花の頭を優しく撫でる。
その後、子供たちに別れを告げて施設を出ると2人は携帯電話を買いにショップへと向かった。
そこで、2つのキッズスマホを購入すると施設に戻り、再び施設長に会い渡してもらえるようにした。
ショップでは、2人の連絡先を登録しておいてもらった。
メッセージアプリもダウンロードして、そちらにも登録済みである。
その日から、4人の繋がりが出来た。
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