第2話 宗吾

Episode5 【改修版】

「絶望の淵にいた俺を救ったのは、職場の後輩だった」のリメイク版になります

https://kakuyomu.jp/works/16817330654281501403

9/11 再開します。コロナが快復しました。

「絶望の淵」との差異は、離婚が成立するタイミングを変えました。

「絶望の淵」では離婚調停後ですが、こちらは出て行った日になります。

その為、「絶望の淵」のEpisode5~6の間の話へと突入します。

お楽しみに。

さて、2話 宗吾編スタートです。

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「もううんざりよ、貴方ったら仕事仕事でどうせ私たちの事なんてどうでもいいんでしょ」


女性は、目の前に立つ男性に1枚の紙を叩き付けて出て行ってしまった。

彼、間宮 宗吾は愕然としていた。

結婚して3年。

バイトから初めて時間帯責任者まで勤め上げていた飲食店を辞め、営業職へと転職をした。

そして、2人の子宝にも恵まれ幸せな毎日を送っているはずだった。

ただ、彼が入社した会社が所謂ブラック企業だったということだ。

宗吾は、朝早くに出勤して夜遅くに帰ってくる。

子供たちの夜泣きがあれば育児をしていた。

1日の睡眠は1時間以下と言う過酷な毎日だった。

両親は、一昨年共に他界した。

兄弟や彼の親戚はいない。

彼に残されたのは、両親から受け継いだ実家の一軒家だけだった。

宗吾は、その日から無気力になり仕事を1週間休んだ。

その間も、会社からは鬼のように電話が入り続ける。

すっかり、彼は心が折れてしまった。

飲まず食わず地に伏せるだけ。

意識は薄れ、もう死を待つだけだった。

遠くで呼び鈴が連打されている。

やがて、音が止まったと思うと・・・。

ガッシャーンと大きな音を立てて宗吾がいる部屋のガラスが割れる。


「先輩!先輩。しっかりしてください」


女性の声が、聞こえる。

割れた窓の先には、茶髪でポニーテールの女性・・・藤麻 愛華が立っていた。

彼女は、土足のまま割れたガラスの上を歩き宗吾へと近づく。

ロンファーが、バリンバリンとガラスを砕いていく。


「先輩。起きてください。救急車がもうすぐきます。だから、起きてください」


愛華は、彼の脈を確認した。

ホッと安堵のため息を漏らす。

だが、安心するにはまだ早い。

それから、愛華は話しかけ続ける。

「先輩。窓ガラスは弁償します。だから、安心してください」とか「先輩。私、中高とソフトボールをしてたんですよ」とかいろんな話を持ち掛けていた。

そうしていると救急車が到着する。

彼女は、玄関の施錠を外して救急隊員を誘う。

宗吾の家の鍵は、彼の背広のポケットに入っていることを愛華は知っている。

いつもそこに奥さん・・・いや、元奥さんとお揃いのキーホルダーが付いているのを知っていた。

救急隊員が出て行くのに合わせて鍵を掛ける。

窓が割れているからそこまで意味があるかはわからないけれど。

そして、同乗せずに自身の車で病院を向かった。

その日、宗吾は栄養失調で入院することになる。


ここで、愛華について話をしておこうと思う。

彼女は、先述でもあるが中高とソフトボールをしていた。

その為、小麦色の肌で引き締まっている。

一目見るとほっそりして見える。

愛華は、彼と同じ職場の後輩で新卒入社だったため、まだ2か月ほどしかいまの会社には勤めていない。

だが、営業先に行けば交通事故に遭い、火事に遭い、川に溺れる。

それを2か月の間で起こした。

ついた渾名は、疫病神。

そんな、彼女を教育係として支え続けたのは宗吾だった。

その為か、愛華は彼を慕っていた。

あの日、部長に「間宮を連れてこい」と命令されて彼女は宗吾の元を訪ねた。

何度電話しても繋がらないこと。

その日に限って、事故にも遭わずに間宮家に辿り着けたことで胸騒ぎがしていた。

何度も呼び鈴を鳴らしても出て来ない、焦った愛華は住居の裏手に回ると室内で倒れている宗吾を発見。

すぐに、救急車を呼び近くにあった木材でガラスを割った。

それは、見事なフルスイングだった。


病院に運び込まれた後は、会社に連絡。

しかし、その状態でも「連れてこい」と言う上司。

宗吾のスマホで元奥さんに連絡すると着信拒否をされているらしく応答はなかった。

彼が倒れていたそばに直筆のサインが刻まれている離婚届を見ていただけに、愛華自身も胸の痛みを覚えた。

どんなに、妻子が可愛くて大切か宗吾からこの2か月間聞かされ続け、彼がそれをよりどころとして毎日を過ごしていたことを知っていたから。

離婚届は、家を出る時に一緒に持ってきている。

愛華は、自分自身が嫌な役回りをすることを理解していた。

それでも、宗吾の拠り所になろうと思っていたのだった。

打算だらけ、下心に塗れた行為。

愛華は、彼が目覚めるまで病室に居続けた。

彼女は、結局「来い」と電話が繰り返される上司からの着信を無視し続けた。

宗吾が、目を覚ましたのは入院してから1日半が経った頃だった。

病室の窓から夕日が差すそんな頃、朧げな眼を擦り彼は目覚めた。


「ここは・・・」


愛華は、久し振りに聞く彼の声に反応してウトウトしていた意識を覚醒させる。


「先輩、起きたんですね。よかった」


彼女の目からは、大粒の涙が零れていた。


「愛華くん・・・なぜ、俺を助けた?」


宗吾の瞳は、絶望に満ちていた。

その焦点が、愛華を見ているはずなのにどこか別の物を見る様にとても冷たく思えた。


「あれ?先輩がそれ言っちゃうんですか?

うち、この二ヶ月で先輩に何度助けられたと思ってるんですか」

「俺は、死にたかったんだ。

もう何も残ってない。こんな俺は生きてても仕方ない」

「何も残ってないなんて言わないでください」


キッと睨みつける様に彼を見る愛華。

いつもは、自信たっぷりで頼りになる宗吾の表情がいまはとても弱弱しく、蠟燭の最期の灯火を眺めている様にさえ思えた。


「何もないさ。俺は、天涯孤独になったんだ。

親父もお袋もいない、娘たちにも二度と合わせてもらえない。

こんな俺に何が残ってるっていうんだ」


そして、彼の瞳からツーっと一筋の涙が零れ落ちた。

彼女は、そんな宗吾を抱きしめる。


「先輩には優しさが残ってます」

「そんなものなんのやく「そんなことありません」」


愛華は、彼の言葉を遮る。


「先輩の優しさがあったから私はいます。

それに・・・私がいます」

「後輩がいるって・・・つくづくお前は仕事人間だという嫌味でいいか?」

「違います、違うんです・・・私、先輩の事が好きなんです」


2人共、抱き締め合っていてお互いの顔は見えないだろう。

お互いに涙はすでに止まっている。

宗吾は、まだ生気を感じられない表情をしている。

愛華は、耳まで真っ赤にしていた。


「ライクか・・・はいはい、ありがとさん」


愛華がジト目になる。


「ラブの好きです。私は、先輩が好きなんです。

好きになっちゃったんだから、先輩を救って何が悪いんですか?」


彼の瞳に少し光が戻ってくる。

それどころか、目を丸くしていた。


「あんなに事故に巻き込まれて、助けてくれる人にときめかない方がおかしいです。というか、元奥さん見る目がなさすぎます」


宗吾は、苦虫を潰したような表情をする。

でも、愛華は止めない。

抱き着いていた彼から離れる。

そして、顔を見て言う。


「私、先輩のスマホで奥さんに連絡を入れました。でも、着拒されてました。離婚されるんでしょ?

なら、私は好きを諦めません。

それに、上司命令に背いたんです。

先輩、責任取ってください」


彼女は、覚悟を決めた眼差しでそう言った。

宗吾は、はぁっと溜息を吐く。


「そうか、お互いにあの会社から追い出されたってことだな。

ああ、責任は取る・・・でもな、仕事のだ。人生までは責任は取らないからな」

「いまは、それでいいです。だって、私は諦めませんから。

今日は、これで帰ります」


そう言って、愛華は病室を後にした。

宗吾は、それからしばらく思考を巡らせていたが抗いきれずに再び眠りに就くのだった。

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