薔薇のドレス(1)
きらりと輝きを放つ、黄色、水色、緑色の小さな石。
紙の上に並べた様々な
「石よりも、図案を考えるほうが先だ」
ライラの腕を、ジェイデンが肘でつついてくる。
「相応しい石が見つかれば、もっとイメージできそうな気がして」
「そんな悠長なこと言ってられるのかよ」
「焦ってもいいものは作れない。私が、ティアラに恋をしないと駄目なのよ」
「はあ? 恋? まだそんなこと言ってるのか。馬鹿馬鹿しい」
ジェイデンはうんざりしたように言うと、金槌で真鍮の板を叩きはじめた。心地よいリズミカルな金属音とともに、さざ波のような模様が板の上に生まれていく。
ライラは左耳を研ぎ澄ませ、その手先を一心に見つめた。
少しの迷いもなく、ジェイデンは金槌を打ち込む。たびたび大きさの異なる金槌に持ち替え、波のような模様を丁寧に刻んでいった。模様が出来上がると、板を切って形を整え、やすりをかける。やがて、葉の形をしたペンダントパーツが生まれた。
魔法の手だ、とライラは思う。
「気が散るから、見るな」
「すごい。とても綺麗」
「だから、うるさいって」
「ジェイデンは天才だ」
「…………」
ライラが素直に褒めると、ジェイデンは黙り込んでしまった。よくよく見ると、耳が赤くなっている。照れているのだと分かり、ライラはそれ以上は何も言わずに、自分の作業へと戻った。
ジェイデンに負けていられない。
キルケイの職人として恥ない仕事をしなければ。
ライラは黄色の石をつまんで手のひらに乗せた。
オーロラをいつまでも待たせるわけにはいかない。
どうすれば、理想の霜の花を咲かせることができるだろうか。
「ライラ、虹玉を使ってはどうだい? 令嬢は、金に糸目はつけないんだろう?」
悩むライラへと、レイモンドが助言した。
「虹玉……」
七色に輝く虹玉は、魂を浄化するとされる高貴な石だ。標高の高い山の水辺に稀に転がっている石で、球状をしており、妖精の卵とも言われている。
「虹玉なら確か、いくつか残っていたな。どれ、見本に持ってきてやろうか」
ローガンは鍵を手にして、地下の保管庫へと降りていった。
「自転車、乗れるようになったのか?」
唐突に、ジェイデンが訊いてきた。
「ええと、まあ……」
ライラは言葉を濁す。
「じゃあ、もう練習は終わったんだ。あの偽善者には会ってないんだろう?」
「偽善者? ネイザンのこと?」
「あんたに情けをかけて、気分良くなりたいだけだろ。偽善者じゃないか」
「そんな人じゃ……ないと思うけど……」
ジェイデンは、ライラが抱く割り切れない感情と同じものを知っている。労働者と貴族、聞こえる者と聞こえない者。見えないはずの境界線がはっきりと目に浮かぶようだった。
「そうじゃなくても、もういいだろ。関わってもろくなことないぞ」
「う、うん……」
さすがにジェイデンの前では、舞踏会の話はできそうにない。
「ライラ、虹玉だ。見てみろ」
地下から戻ってきたローガンが、ライラの手のひらに小さな虹玉を乗せる。
「うわあ、なんて、美しいの」
濃淡ある様々な色が輝く、まさに妖精の羽色をした石だった。
小さな石ではあるが、これまで見たことのない不思議な輝きを放っている。ライラは一瞬で虹玉に魅入られてしまった。この石を中心に花びらを飾れば、理想とする霜の花を咲かせることができるだろう。
「親方、虹玉を仕入れることはできますか?」
「そうだな。何とかしてみよう」
「お願いします!」
気持ちを高揚させたライラの頬は、ほんのりと染まる。虹玉を見つめながら、一心に新しいティアラの完成図を頭に描いた。
◇
「ライラ、遅かったわね。食事の前に、ちょっとこっちへ」
「えっ? 何、何?」
家に戻ったばかりのライラは、エレノアに背中を押されながら二階へ続く階段を上る。
「さあ、ご覧あれ」
エレノアの部屋の扉が開かれた。
「嘘……信じられない……素晴らしいわ」
トルソーに着せられた光沢のある青緑色のドレスに、ライラは目を見張る。腰の後ろがふっくら膨らんだ、流行りのバッスルスタイルだ。
仮縫いの時点では、白い布のドレスだったため、想像を覆された気分になる。全面にはいくつもの薔薇が、贅沢な金糸で刺繍されていた。きらびやかな中にも品がある、貴婦人のドレスそのものだ。
「あとはレースとフリルを縫い付ければ完成よ。その前に、シルエットを見たいから、フィッティングしてもらえるかしら」
「私がこれを着るの?」
「そうよ。もちろん着替えは手伝うわ」
「夢みたいよ……ありがとう、エレノア」
あまりにもきらびやかなドレスに、ライラは感極まる。
「ライラの赤髪には、この色が似合うと思ったの」
今にも泣き出しそうな顔のライラを、エレノアは抱きしめた。
「エレノア、どれだけ感謝しても足りない。本当に夢の中にいるんじゃないかしら」
「夢じゃないわ。このドレスを着て、舞踏会に行くのよ。誰も、ライラが労働階級の娘だなんて思わないわ」
「ええ。このドレスがあれば、恥ずかしくない。どんな華やかな場所でも、胸を張っていられる」
ライラはエレノアを抱き返した。
「あとは宝石ね。それなりの宝飾品を身に着けなければ、侮られるわ」
エレノアが難しそうな顔になる。
「宝石なら大丈夫。キルケイの仲間が力を貸してくれるから」
高価な石は使えない。自分のために蝋を削るのは贅沢な気がする。
お金をかけずに、見栄えのする装身具を作る方法はないだろうか。
まだ見ぬ宝石に、ライラは胸の高鳴りを覚える。
素敵なドレスを手にすると、あれこれ頭を悩ますのでさえ、楽しい時間だった。
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