宝石工房の面々(3)

「ええっ……そんな」


 ローガンから断れと合図され、ライラは不満の声を漏らした。

 少しはこちらの身にもなってほしい。これまでも注文を断るたびに、心無い言葉を浴びせられてきたのだ。


 小娘のくせに。お前じゃ話にならない。労働階級風情がいい気になるんじゃない。都合が悪くなると、耳が聞こえなくなるのか。


 胸が痛くなる場面が蘇り、ライラは小さく溜息をつく。そんなとき、心を奮い立たせるために思い出すのは、亡くなった祖父が残した言葉だった。


『人は誰でもいつか死ぬ。もしも生き延びたら……だったらあとは、やりたいことをやるだけだ』


 私は必ず、一人前の宝石職人になる。

 気持ちを切り替え、ライラは令嬢へと向き直った。


「お急ぎでしたら、別の工房を紹介いたします。うちの工房よりもずっと歴史があり、とても腕の良い職人がいる店が、この通りにはいくらでもありますから、ぜひそちらを……」

「駄目よ! ここじゃないと駄目なの!」

「は、はあ……」

「伯爵家の人間に、社交界デビューで、古臭いティアラをかぶれというの?」


 ライラは驚いて目を瞬かせた。

 普通なら、デビュタントの宝飾品は、上流階級御用達の宝石職人が制作するものであり、令嬢が店先で選ぶようなものではないのだ。


「でしたら、うちではなおさら……」

「いいえ。絶対に、作ってもらうわ。お金ならいくらでも出すって言ってるでしょう」


 令嬢は、有無を言わさぬ口調でそう言った。


「手が空いている職人は一人もいないの?」

「あとは、見習いの私くらいしか……」

「じゃあ、あなたでいいわ。一応、ここの職人なんでしょう?」


 それから小一時間ほど令嬢の要望を聞き、やっと注文書への記入を終える。


「では、また後日」


 伯爵令嬢のオーロラ・ベッツは、広がったドレスを無理やり押さえつけ、狭い戸口から窮屈そうに出ていった。


「どうしよう」


 ライラは、一等地にあるタウンハウスの住所が書かれた注文書を手に、途方に暮れる。


「すごいじゃないか。お前のはじめての客だな」


 いつの間にか、ライラの背後にはローガンが立っていた。事の顛末をすべて分かった上で、にやにやと薄笑いを浮かべている。令嬢が帰ったのを見計らって売り場に出てくるあたり、余程上流階級の人間が苦手のようだ。


「注文を受けたんだろ? それにしては湿気た面してんな」

「だって、まだ見習いなのに……」

「キルケイの宝石だったら何でもいいんだよ。ったく、最近の客は刻印さえ入ってりゃいいと思いやがって」


 ローガンは、ぼさぼさの頭を掻きながらぼやく。

 キルケイの宝飾品にはすべて、頭文字を可愛らしく図案化した刻印が入っている。模倣品を判別するための策だったが、刻印さえも洒落ていると、貴婦人たちの虚栄心をくすぐったようだった。


「とはいえ、引き受けたのはライラ、お前だ。命がけでやりな。それが職人だ」

「命がけ……」


 実際、伯爵令嬢に恥をかかせるようなことがあれば、ただでは済まないだろう。


「という脅しは半分冗談で。俺らがいるんだ、何とかなるさ」

「分かりました。やってみます」


 正直言えば、夢のような話である。ライラもいつかは、自分が考えた宝飾品を形にしたいと思っていた。その日が来るのを楽しみに、アイデアが浮かべば常にノートに書き留めてきたのだから。


「あっ、ノート探さなきゃ。親方、すみません」


 大事なノートを紛失してしまったのを思い出し、ライラは慌てて工房へ戻る。

 宝飾品のアイデアだけでなく、ノートにはありとあらゆることを書き込んでいるため、他人に見られるわけにはいかないのだ。


「ない、ない、ない」


 しかし、机にも棚にも鞄の中にも、ライラのノートは見当たらなかった。


「本当に引き受けるつもりでいるわけ? あんたさあ、ティアラなんて作ったことないだろう」


 ジェイデンは呆れたように言う。


「ま、まあ。でも、いつもみたいに蝋を削り出していけば……」


 界隈の工房では貴金属を鍛錬して加工することが多いが、この工房では主に鋳造製法を用いている。蜜蝋と松脂を調合した蝋を削って原型を作り、石膏で固めてから脱蝋し蝋を溶かし型を取る。その型へ溶かした金属を流し込んだのち、冷やし固めたものを取り出して研磨するのだ。


 金属を加工するより、蝋を扱うほうが容易だ。削るのに力がいらず、失敗しても修正ができる。また、一度取った型を元に量産も可能だ。蝋も再利用できる。


「図案はどうするんだよ。ただ削って磨けばいいってもんじゃないんだよ」


 ジェイデンがぶっきらぼうに言った。

 その通り、ライラは、明後日までにティアラの完成図を描いて、オーロラに提案しなければならないのだ。


「絵は描けます」


 しかし、学校で美術を習ったジェイデンに比べれば、ライラの絵は落書きのようなものだった。


「そういうんじゃないんだよ。分かってないな」

「まあ、まあ」


 ジェイデンをなだめたのは、白髪のレイモンドだ。レイモンドは、親方より長い、職人歴五十年の大ベテランである。


「俺は図案は描けないが、レガリア王の宝に宝石を留めたことがある。ジェイデンと親方は女心に疎いようだが、どうしたことか可愛らしい図案が描ける。ライラは、半人前とはいえ細かな作業が得意だ。分かるだろ? 皆の力を合わせれば、何でもできるってことさ」


 レイモンドは、「なあ」と、ローガンに同意を求めた。


「そういうことだ。とにかく、お前さんが思う、デビュタントのティアラを考えてみな。図案は俺たちが見てやるから」


 ローガンに言われ、ライラは頷いた。


「それでいいだろ? ジェイデン」

「……分かりました」


 仕方無しにジェイデンも受け入れる。

 しかし、キルケイ宝石工房の名を汚すようなことがあってはならない。

 皆を納得させるような図案が描けるだろうかと、ライラは不安になるのだった。

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