22.世界、燃ゆ

二日後…

カイ達はセィタン公爵家で行われるパーティーに参加する為に向かい、セィタン領の都市ハンブルグにあるセィタン家屋敷に到着した。


「石油燃料を使った自動車が完成していたおかげで、簡単に移動が出来るな…」

「馬車も悪くはないですが、やはり速さが違いますからね」


カイの問いにティファが答えた様に、一ヶ月ほど前にフリーデンから納品されていたガソリン燃料で動く自動車に乗って移動していたため、それほど時間掛からずに着いた。

ただ、馬車とは比べ物にならない速さに、乗り慣れていない面子はぐったりとしていた。


「ソファーの座席は快適でしたが…この速さはきついわ…」

「その気持ちは分かるよ…ユリアーナ」


ユリアーナとオーギュストは嘆きながらも、セィタン家に従う従者達によってエスコードされながら車から降り、残りの男女組も降りていった。


「では、私はコレットと共に駐車してきます」

「頼む。ティファ」


ティファはカイとミリーを車から降ろした後、警備に誘導されながら車を移動させていった。

降りたカイ達はセィタン家の従者に案内されながら屋敷へと移動していった…


屋敷に入った一行は割り当てられた客室で軽く休息を取った後、綺麗に身支度を済ませて、パーティー会場である大広間へと向かった。

そこには数多くの貴族達と名誉豪商達が会談をし、各地からやって来た料理人によって振舞われた料理が並び、多くの音楽家を抱えた大規模の交響楽団によるオーケストラが演奏されていた…


「さすが、セィタン公爵家だなぁ…オイゲン兄上の婿入り先であるベルフェ公爵家もこれほど使われなかったのに…」

「ベルフェ公爵様自体が娯楽に関しては倹約家だからね…来たよ」


ミリーに惹かれてカイは指摘した方へと顔を向けると、そこにはオイゲンとベルトーラの姿があった。


「兄上、ご無事で」

「お前もな。昨晩のあれは密偵から聞いたぞ」

「申し訳ありません。向こうも強情でしたので」

「まぁ、ゴーレムを量産してるとなれば話は変わるがな…だが、迂闊な事はあまりしないでくれ」

「分かっております。それよりも、南方である魔族国から北方であるセィタン領まではかなりの距離が御座いますが…」

「ああ。試験運行を兼ねて、旅客機に乗せてもらえたからな。あれは凄い物ぞ」


オイゲンが語る旅客機の感想にカイとミリーは食いつき、その話を聞こうとした。

しかし、その時である…


「この…馬鹿娘どもがっ!何故あの男を手篭めに取らなかったのだ!!」


一人の侯爵貴族…ユリアーナの父親であるパイモン侯爵がユリアーナ達と元婚約者達の男女集めて怒鳴り散らしていた。

しかも、パイモン侯爵の隣にはベリト侯爵・ビフロンス侯爵・バルバトス侯爵の姿もあることから、娘達が来る事を知った上でこの行動に出た模様である。


実の親子の会話ではあるが、引き金は自分でもある上にセィタン公爵主催のパーティーでこのような行為をされるのは公爵に対して不敬で失礼に値するので、カイはオイゲンに無言で頷いてから仲裁に入る事にし、ミリーを引き連れてパイモン侯爵の所まで出向いた。



「大変恐れ入ります、パイモン侯爵様」

「何奴だ。…これはこれは、カイ・キクルス殿ではございませぬか。一体何用で?」

「はい。先ほどからパイモン侯爵様の他に、ベリト侯爵様・ビフロンス侯爵様・バルバトス侯爵様を交えた方々と共に私の事でご息女達に叱責されている様子がありましたので、こちらからお伺い致しました」

「ほほぅ、そうでございましたか。ややっ、失礼致した…特に対した事ではありません。この馬鹿娘どもがカイ殿に魅力で迫らないのかと叱責していた所で御座います…時に、我々の娘達の事でございますが、何処がお気に召されなかったのですかな?」


上から目線の物言いではなく、丁寧に攻めてきた侯爵にカイは冷静に口を開いて答えた。


「…正直に申し上げます。現在私は元婚約者を勇者であるセシル・アスモデ公爵令息に取られ、傷心の身で御座います。貴族の体裁としては怠惰とも思われますが、傷心の身の上であの様な一方的な縁談は少々重苦しいもので御座いました」

「ほぅ、それは失礼した。だが…たかが”伯爵”の令息の身で侯爵、しかもセィタン公爵様から推薦された娘達の縁談を断るとは」

「その前に、一つご質問を致します。…何故、セィタン公爵家とベルフェ公爵家の同盟内でしか伝えられてない情報がブラウン伯爵家に流したので御座いますか?パイモン侯爵…いえ、逆賊パイモン!!」


カイのその言葉と共に、重装鎧の兵士と銃器を持った警備兵が駆けつけ、パイモン侯爵達四人の他にいくつかの貴族当主を捕縛していった。


「こ、これは一体何の真似だ!?」

「しらばくれても無駄ですよ。昨日の深夜、貴方達が情報を流したクリス・ブラウン伯爵令嬢改め、ブラウン伯爵代行は情報を流した貴方方の名簿を渡してくれました。子飼の一族であるブエル家の令嬢ティファ・ブエルが我が家に在住していた事を忘れていたようですね」

「お、おのれぇ…!あの小娘がぁ!!我々が掴んだ情報の見返りに王都からの追放を取り消すと約束しておきながら…!!」

「言っておきますが、あのクリス・ブラウンは王国を見限っております故に情報を自分の所で独り占めにしている上に、王都に情報が流した所で女神教の一派であるレヴィア公爵家に止められて見向きもされませんでしょう。完全な無駄ですね」

「くそがぁ!たかが伯爵の分際でぇ!!」

「先程から身分の事で物を言われておりますが…その身分も、既に時間の問題ですかも…っ?」


カイは話を続けようとした時、オイゲンがある人物に対して跪いて頭下げる様子が見えたので、カイもミリーと一緒にすぐさま跪いて礼をし、拘束されている侯爵達を除いた者達全員が跪いて礼をした。


「卿ら、休まれよ。そう固くなっては宴の祝が台無しになるであろう?」

「…勿体無きお言葉です。ラインハルト・アドルフ・セィタン総統閣下」


カイは目の前の若きセィタン公爵当主にしてルーデル・フォン・セィタンの兄…ラインハルト・アドルフ・セィタン公爵に挨拶をした後、頭を上げずに体を強張らせた。





圧倒的な重圧…




背後に無数の屍が立ち並ぶような畏怖…



まるで、墓場に住まう王とも言えるその男に、カイはこれ以上身動きが取れなくなった。



「どうした?卿よ。そう強張らなくても良い」

「…恐れ入ります、総統閣下。御身の偉大さに身動きが取れなくなりました」

「そうか。卿はまだ、私のアレには慣れては居らぬようだな。だが、そんな卿の中にある輝きは、ルーデルが言っていた通りであるな…その連れの者と共に顔を上げよ。そして、その瞳を見せよ」

「…はっ」


セィタン公の言葉を受け、カイはミリーと共に顔を上げ、セィタン公の姿を拝見し、その瞳を見た。

カイの父レオンと同じく40代の歳でありながら、見た目が20代後半に近い金髪蒼眼の青年の姿をしている人物に、カイとミリーは真っ直ぐな瞳で見た。

その瞳を見たセィタン公は何かを納得した顔をし、口を開いた。


「…なるほど、弟の言う通りだ。卿らこそが…いや、これは伏せておこう。時に、卿らの成果は聞いておる」

「いえ、時代の流れを変えるならば…という総統閣下の御心の上で成果を上げたまでです」

「ふむ。一介の復讐心のみで我等の闘争を焚き付けたわけでなく、この世界の理を逆らうために動いたと言うわけか…実に興味深い」

「それも総統閣下には及ばない物です」

「全く、卿は自分に卑下しすぎる。誉れよ、卿はその価値のある男。我らの祖先となった1000年前に来訪した異界人達の意思を継ぐ同士だ」


セィタン公はカイをそう表した後、拘束された侯爵達の方へと向いた。


「比べて、未だ仮初の権威に取り付かれた亡者達は己の欲に対して忠実に行動を起こすとは…卿らの忠義のない心に私が気付かないとでも?」

「お、お許しを…セィタン公…」


力なく震えながら頭を下げ続ける侯爵達に、娘達であるユリアーナ達は軽蔑していた。

先程から権威を持って威圧していた人間が、たった一人の絶対的権力者に前に成す総べなく無様に頭を下げ続けてる事に…



こんな父親の為に、自分達は怯えていたのか…と




しかし次のセィタン公の放った言葉は、彼女達はおろか、カイ達や他の貴族達や豪商達も含め、この場に居た全ての者を震撼させた。


「そう固くならなくて良い。卿らの肩書きも、卿らが愛する国も、愛する民も、全て等しく終わるのだからな」

「…は?」

「この国…つまりは人間を愛した女神が作りし国であるセントーラが、前神が作り出した魔物と魔王という異形の軍勢が、それを崇拝する民が、その全てが終わると言っているのだ。我らの爪牙によってな」








セィタン公爵領でパーティーが行われてる頃…


セントーラ王国の王都では喝采の声が上がっていた。

この数ヶ月、天候の不作や魔物の侵攻による商人と職人達の失業で薄気味悪い空気に包まれていた王都の城下町であったが、今日王城のバルコニーで行われる勇者と聖女の旅立ちの祝賀があると聞いて活発になっていた。

もうすぐ勇者達が旅立って魔王を倒し、各地の魔物と眷族を倒せば世界が平和になって女神の加護が受けると信じて。


そんな王城前の広場に民衆が歓喜の喝采を上げる中、セントーラ国王の横に立つ勇者セシル・アスモデは選別から残った聖女の侯爵令嬢三人を侍らせながら、バルコニーの影に隠れる密偵から報告を受けていた。


「何?クリス達が行方不明だと?」

「はっ。ブラウン領内に入っていた密偵達からの報告では、一昨日深夜にてキクルス家の次男と交渉を行っていたみたいですが…交渉が決裂したのかキクルス側から戦車という兵器にある大砲を使って砲撃、クリス様がご用意していた魔導で作られたゴーレム郡を破壊尽したとの事です。それ以降の情報は入ってきておりませぬ…」

「そうか。して、王国には?」

「王国には反乱分子である亜人族・・・が入り込んでいたため、キクルス側が反乱分子の鎮圧に協力したとの事をブラウン家からありました」

「そうかそうか。あの一族め、やってくれる。クリス達を亡き者にするとは…それほど俺に復讐したいのか。魔王討伐後は、あのキクルス家を拘束するように命じよう」

「セシル様、恐れながらも…」


セシルがそう公言した後、影は話を続けようとした。

しかし、その時であった…


王都から西の方角からドラゴンのような大きな翼をつけた飛行物体が無数に飛来してくるのを、バルコニーを警備していた兵士や王都の警備兵が騒ぎ出し、セシルはおろか、王を含めた王族と王都の貴族達も驚きを隠せなかった。


その大きな飛行物体は、全身が金属出てきており、不気味な機械音と共に護衛のドラゴン達よりも高い高度で飛んでいた…






その上空を飛行する物体…大型飛行機に乗っている人間達は声を上げていた。


「ルーデル閣下。間もなく王都上空を通過します」

「よし、本機のみ高度を300mまで降下。王族と王都民にこの機体の姿を見せよ。残りの後続機体は我等の過ぎ去った後に爆撃、別同部隊は予定通りに各地の都市、魔物の巣、魔物を束ねる魔王の巣を爆撃するように送れ」


部下に指示を出した後、ルーデルが乗る飛行機はゆっくりと高度を下げ、王都に済む人間達に巨体である飛行機を間近に見せるようにして飛び去り、ゆっくりと高度を上げていった…


そして、後から追いついてきた飛行機達の腹部が一斉に開き、中に搭載していた黒い物体群が王都の上で雨の様に落ちていった…






王都の上空を通り過ぎた巨体な金属物体を見た王は腰を抜かして倒れ、王妃や娘達である三人の王女達もまた顔を青ざめながら地面にへたり込もうとし、侍女達に支えられていた。


「な、なんだ…今のは…」


セシルはそう呟きながら、通り過ぎていった化け物に恐怖を抱いていた。

あんなドラゴンみたいな巨体で、魔力のない物体などあるはずがない…と。

だが、そんなセシルに考える暇も与えないまま、次の悲劇が起きた。


先程のような同じ飛行物体が更に上の高度で王都を通過した時、空から黒い金属の塊が大群となって降り注いできた。

そして…その黒い金属の塊が地面に衝突した時に大爆発を起こし、王都に居た民衆を巻き込んでいった…



その光景を例えるなら…地獄の業火その物であった…



王都に降り注いだ爆弾の雨によって、煌びやかな王都は無惨に破壊され、城下町の家々は爆発によって引火して燃やしてた…


まるで、神の天罰とも言えるような地獄の光景が、王城に取り残された者達は呆然と眺めていた…


だが、そんな呆けてる権利など与えないとばかりに、次の飛行機部隊が王都を襲い始めた。

先程の爆撃した飛行機よりも小型な飛行機が、爆発で生き残って救助を始めた民衆達に向けて機銃を発砲し、次々と殺害していった。


「やめろ…やめてくれ!」



あまりの光景にセシルはついに喚き出し、バルコニーの手擦り前まで身体を出してしまった。

しかし、それを狙ったかのように小型の飛行機が王城に腹を見せる形で傾けて飛来し、バルコニーに向けて機銃掃射を行い、セシルに被弾していった。


「がっ…!?」

「セシル様!?」


被弾したセシルは後ろに吹き飛び、城内の床に転がってしまった。

しかし、勇者としての女神の加護が働いたのか、機銃の弾丸はセシルの身体を貫く事なく、鈍器で叩かれたような痣のみで済んだ。

だが…それ以外の者はそうではなかった。


「いや…いやぁ!お父様!!」

「誰かぁ!誰か宮廷治療士か治療姫を呼んでぇ!!」


セシルの隣でへたり込んでいた国王は、衛兵に支えられて退避中に機銃の弾を直撃し、無数の撃たれた箇所から血を溢れだして意識を失っていた。

それどころではない。

後ろに控えていた選ばれた聖女達、国王の隣に居た王妃、護衛していた兵士達が先程の銃撃で打たれて倒れてしまった。


そのあまりの悲惨な状況に、セシルは立ち上がってバルコニーの前に立ち、天高く吼え上げた。


公爵家で貴族の次男坊として、勇者として選ばれ、絶対的な力を得た事による有頂天の人生であった…

だが、その人生は今墜落に落ちたと同時に、魔物や人間の英雄でもない、圧倒的な数の暴力による蹂躙に生まれて初めて怒りを顕わにした。


「カイ・キクルスぅ!これがお前が望んでいた事なのかぁ!?恨むなら俺だけを恨めば良いだろ!何故!関係のない王都や王族にまで巻き込むのだぁ!!」


「別に、この国の都だけの問題では有りませんわ」


怒りの咆哮を上げるセシルの前に、ドラゴンに乗った黒色の九尾狐の獣人女が姿を現した。


「よく聞け。愚かな虫けらども。これは、我が八百万の神々の思し召しだ。未来とは、強者に委ねられるもの…天命は、この力で大局を制する我らにあり!」


九尾狐の獣人がドラゴンの上で仁王立ちをし、人差し指を前に出した右手を天に指して、更に宣言した。


「我が名は獣皇国・第一航空の師団長アカギ!我ら、東の日出国ひいづるくににある獣皇国は、西の穏健派魔族が作りし鉄血国と同志セィタン・ベルフェの人間連合国を交えた同盟『赤の枢軸レッドアクシス』に参加し、偽神たる父神の子であり、この世界を支配する女神とそれを崇拝する偽善者どもに天罰の鉄槌を下す!…女神に愛されし勇者様、機会がありましたらまたお会い致しましょう」


アカギと名乗った九尾狐の女はドラゴンの上で高笑いしながら去り、それと共に王都の上空を飛び交っていた飛行機とドラゴンの群れは本陣へと引き返して行った…






同時刻…



南に滞在する魔物の軍勢を指揮する魔王は上空を見上げていた…


「コレガ…悪意ヲ持ッタ人間達ノ業…カ…」


父なる神が人間達に試練を与える為に知恵を授かった不死身の魔物は、長年の勇者達との戦いで築き上げた城や部下達を、空から舞い降りた鋼鉄の化け物達が落とす無慈悲の業火により無に帰り、自身もまた業火に包まれて燃やしていた。

魔王自身はこの程度の炎で命落とす事はないが、自分が築き上げた物全てを灰に変えた魔力の無い人間達の過ぎたる力に無力感に浸り、その場から動かなくなってしまった。




その魔王達が住まう魔王城よりも北に陣地を作っていた過激派の亜種族達もまた、北西から飛んできた飛行機郡の爆撃によりに壊滅していた…


「ビスマルク…これが…これがお前達が望んでいた闘争というのか…!!」


過激派代表で魔族の女王であったエリザベスは、爆風でボロボロになった体を起しながら、折れた剣を杖代わりに歩きながら壊滅した自分の軍勢に眺めて涙を流していた…





セントーラよりも遥か北に位置する氷雪の大地にて、蛮族が作る国家があったが…

その国家は鋼鉄の戦車達によって蹂躙され、自分達の築き上げた文明というもの全てを破壊尽されていた…


「ビスマルク兄上…我ら同盟の作戦は成功したか…ならば、私はこの地で孤独の王となろう…」


穏健派の魔族の兄を持つ機甲師団大隊長ティルピッツは、氷雪の平原に転がる北国に住まう蛮族達の焼き焦げた死体の山を眺めながら、人間達によって作られた超巨体の戦車をゆっくりと動かしていた…






王都の襲撃を筆頭に、各地で起こした戦場の映像をセィタン公爵家の屋敷に備え付けられた魔導具によって映し出された事に、カイはおろか、全ての者が言葉を失っていた…


「見たまえ…素晴らしい歌劇であろう?」


セィタン公の言葉に、頑な意思を持っていたカイやミリーでさえ答えられずに絶句していた。


確かに、自分達は謀反の兆しを見せていたセィタン公に促す形で、1000年前に来訪し、伝授されずに失われた異界人達の技術を亜種族の友人達と共に解読し、領地内にある潤った資材と共にセィタン公に提供した…


代償はそれなりにあると理解もしていたし、自分達も犠牲になるとは理解していた…


しかし、蓋を開けた今は…今見せ付けられた物は何だ…?


まるでこれは…地獄の住民による蹂躙ではないか…?


カイの頭の中で、そんな思考が駆け巡っていた。


「…想定外の事で、凡人の脳ではついていけなかった様子だな。少々失望するものであるが、ここは免じよう」


そんなセィタン公の言葉の余所に、カイの後ろから拍手の音が鳴り始めた。


「流石で御座います、総統閣下。あの電撃作戦を早めに実行されるとは…ベルフェ家傘下でありますこのオイゲン、愚弟に代わって感激の極みをお伝え致します…」

「ふむ。そう言う形にしておこう。さぁ、卿らよ。休む暇はないぞ?私がこの投げた一石により、女神が愛するこの世界は混沌へと導かれた。今こそ我らは立ち上がり、共に素晴らしき鎮魂歌の歌劇を歌おうではないか!」


セィタン公の呼び掛けと共に、屋敷内に居た配下の者達が一斉に喝采を上げ始め、一丸となってある言葉を言い始めた…


『ジーク・ハイル!ジーク・ハイル!!』


その勢いは、セィタン家の傘下に入っていた豪商や貴族達にも届き、同じ言葉を上げながら喝采を上げていた。


(カイ様、ミリー様。ここは大人しく、同じ様に喝采を上げてください)

(わ、分かったよ…ティファ。ミリー)

(大丈夫、まだ不安だけど…大人しく流れでやっておく)


セィタン家に従う身であるが、カイとミリーの事を第一に考えているティファの促しによって、カイとミリーも同じ様に喝采を上げ、傍に控えていたユリアーナ達もまた身の保全の為に喝采を上げ始めた…


唯一上げなかったのは、今もなおセントーラ王国に忠誠を誓っていた侯爵達と一部の豪商達であり、拘束されてもなお、魔導具から映し出される燃えゆく王都の姿を呆然と眺めていた…







未だに激しく燃え盛る王都の城下町と怒りで吼え続ける勇者セシル・アスモデを余所に、治療を終えて起き上がった王妃と三人の王女達は目覚めた瀕死の国王の傍に居た。


「異界の悪魔達の…封印が…解かれてしまった…」

「お父様…それは一体…?」

「女神がこの地上を護る前の神…父なる神は異界人達をこの世界に招いた…当時の父なる神は我らに試練を与える為、魔王を作られた…しかし、我ら人間は父なる神の予想以上に弱く、何も出来ずに倒される日々であった…その環境から打破する為に、大罪の悪魔達がまだ神としておられた時、異界に住まう者達を招く様に提案し、父なる神はその者ら…魔力を持たない者らを向こうの世界から招いた…」

「魔力を持たない者…?」

「そうだ…魔力を持たない代わりに、自らの知恵によって編み出された技術を使って世界を支配した…その産物の一部が…あの鉄で出来た空飛ぶ乗り物だ…彼等の力は、魔力が弱い平民でも扱える武器や道具を与え、人間に勝利をもたらした…しかし、それが誤算であった…」

「誤算とは何ですか…?お父様」


第二王女ティアナは血を吐いてでも喋るのを止めない王に聞き入っていた。

王は止めようとする他の者とは違うティアナに託す為、最後の力を振り絞って話を続けた。


「神の試練である魔王を退治し…世界が平和になった時…彼等はこの世界に牙を向けた…自分達こそが優良種たる人種だと言い、この世界の人間を選別し…粛清を始めた…異界で絶対的勝利者だった我々をこの世界に引き込んだ神に復讐する…と」

「そんな…そんなことが…」

「そして…大罪の悪魔達はこの事を知った上で…彼等を招いたのだ…人間が進化する為に不可欠な悪が必要…だと…当然…父なる神は怒り…この世界をやり直す為に滅ぼし、消去しようとした…それが…女神教の経典にあった始まりの歴史…だ…」

「そして…父なる神を封じ、七つの大罪の象徴である悪魔達も封じる事にした女神が、セントーラの王家と始まりの勇者に加護を与え…全てを終わらせた…」

「そうだ…代々国王が引き継ぐ際に…この真の歴史を言い伝えてきた…父なる神と悪魔達により呼び出され、女神によって亡き者にされ、生きた証である技術を封じられた彼等は…一部生き残った子孫に意思を継ぐ事を託したのだ…この世界が守るに値しない時は、今度こそ世界を支配し、神に復讐しろ…と」


王の話にあった最後の言葉にティアナは我に帰って周りを見渡した。


自分が招いた悲劇なのに、他者に恨みを抱きながらバルコニーの手擦りを拳で叩きつけて泣く勇者セシルを…

死に行く平民よりも負傷した王家の者に手当てをして恩を着せようとする従者達を…

家族よりも自分が大事と言わんばかりに城下町で燃える家々から略奪を始める良心のない平民達…


王城暮らしで見えなかった人間達の悪意が、今ティアナの目には写っていた…


「ティアナよ…万が一の時はお前が母と姉妹を連れて逃げ…生き延び…語り継いでくれ…これは自分達が蒔いた火種…だと…」

「お父様…」

「そして…我が妻アルメリアよ…先立つ私を…許してくれ…」


それを最後に、国王は力を無くして目を閉じ、永い眠りについた…

王妃・第一王女・第三王女は国王の亡骸にすがり付いて泣き、周りにいた従者達も釣られる様に泣いていた。


しかし、第二王女であるティアナは違っていた。


「…今生き残っている者達を集め、軍事会議をしなさい」

「しかしティアナ様…先程の襲撃で新騎士団長は戦死…兵団の将軍達も全身大火傷の重傷を負って…」

「ならば新しく任命しなさい。それと、現状の報告次第ではレヴィア家の子飼である女神教の兵団も王都に呼び、近隣諸国に軍を貸すように命じなさい。これは、女神から与えられし聖戦だと…」

「は、はっ…!」


近くに居た衛兵に伝えた後、ティアナは亡き国王から離れて立ち上がり、手当てを終えた聖女に寄添われながらも未だに泣き喚き続けるセシルの前に立ち、その優男の顔に平手を打ち込んだ。


「何時まで喚いているのですか!元はといえば、色欲の悪魔の加護を持つアズモデ公爵家に生まれた貴方様が、女を侍らせながら逆上せている事がいけないのです!!勇者ならば、泣き喚く前に立ち上がり、人間の敵を討つべきではないのか!そこの聖女達もだ!お前達は勇者を支え、前に出て戦うべき者達ではないのか!!神から加護を貰った者なら、全霊を持って戦いなさい!!」


王女の一喝に呆けてしまった勇者達を余所に、ティアナは未だに燃え盛る王都を前に片膝を地面に着け、両手を組んでから天に祈りを捧げながら言葉を発した。


「主よ。どうか煉獄にいる憐れな子羊達を救い出したまえ…主よ。この全ての犠牲に憐みを…我等の未来に行く末に光を…どうか我等に戦う勇気を授けたまえ…」


祈りの言葉を捧げたティアナは静かに立ち上がり、燃える都の光景を怒りの炎を灯す己の瞳に焼き付けた…


「このようなふざけた戦争…あってはならないのです…」






王都の爆撃後…


森深くに立てられた屋敷にて、ブラウン家の当主代行で”あった”クリス・ブラウンは魔術師達と共に、水晶を通して外の光景を観察していた。


「結果として、こうなりましたね…」

「クリス義姉様。ブラウン領土の町の五割が大規模爆撃で焦土、残りは地上部隊で占領されました」

「王国残党軍を蹂躙する為の下準備でしょうね。一部の者達をこの森に避難させて正解でしたわ」


一昨日の深夜から、クリス達は領土内の各町に避難するように促し、従う者達にこの森にある新設された抵抗軍レジスタンスの本拠地である屋敷に連れていた。

無論、大半の者達は当主代行の狂言だと一蹴して従わずに留まり、あの飛行機の爆撃と戦車による地上部隊の蹂躙により亡くなり、生き残った者はセィタン領土へと連行されていった…


「しかし…当のセシル様達とは合流しても結果は見えておりますし、カイ様達に降伏するなんてのは以ての外…」

「その上、周辺の各小国は東の獣人達の国と、南西の魔族の国によって壊滅。北の蛮族国家もベルフェ・セィタンの領土を迂回してきた魔族の国の部隊で壊滅したとの事…」

「やってくれますわね…やはり、セィタン家を敵に廻したのはいけませんでしたわ…」


クリスが前々から懸念していたのは、セィタン家の保有する軍団がどれほどの戦力であったか?という点であるが、クリスが考える予想以上の戦力に己の不甲斐無さへの怒りを募らせていた。

それ以上に、女神への崇拝ばかりをする王国にもっと警告をし続ければよかったと後悔するばかりであった。


もっとも、ベルフェ家とセィタン家の最大援助者であるキクルス家を規制する動きを出せればよかったのだが…


(あの時のフリーデンへの作戦を強行していれば…いや、その前にあのルーデルが動いて全滅していた可能性も…)


アレをすればよかった、これをすればよかった…

たらればの思考がクリスの中に巡っては、いずれも失敗に終わっている事に気付き、そして一つの結論に至った。


(どの道、大戦への道へと進むあの惨劇は回避できなかったのでしょう…ならば、次に私達がやることは…これ以上の惨劇を増やさない事ですわ)


結論の先に出た答えと同時に水晶に写っていたのは、重傷を負った過激派の魔族の女が映っていた。

それを見たクリスはレイアを招き、次の手を伝えた。


「レイア。彼女をこちら側に引き込むわ」

「正気ですか!?あの女は魔族で…」

「逆よ。この戦争は種族や宗教を越えたものでなければ生き残れないわ。それだけじゃない…私達の価値観も変える為にも、機械などの科学という名の魔力を使わない文明技術を取り込まねばいけないわ…」


クリスはそう決断をし、爆撃から生き残った過激派の魔族達が結集する場所に使い魔を飛ばしていった…








王都から北東に離れ、山脈地帯にある七大公爵の一つであるルシフェ家の屋敷にて…



「ねぇ?こうなりましたでしょう?」

「なるほどな…やはり産業革命による文明進化は旧文明を破壊するのか…」


屋敷内部にある地下空間にて、異形の姿をした七つの存在が円卓の席に座り、外の世界の様子を眺めていた。


「だから申しましたでしょう、ルシフェル様。神から与えし過ぎたる力を心が腐敗した人間達に与えれば、その分だけ虐げられる者達怒りが満ち溢れ、その激しい怒りの自身の進化という形で大きな損害を与えてしまう事に。その進化の上で、あの異界人達の努力の結晶である技術を解放すれば、ああなることも…」

「とはいえ、あちら側で敗北したあの帝国人達の技術の一部を復活させるとは…さすが、ベルフェゴールが認める人間であるな」


六つの羽を生やす傲慢に満ちた堕天使ルシフェルはそう呟きながら、リクライニングチェアーに背をもたれかかった。

一方の、2本の蒼角を生やし、眼鏡をかけた青髪の女悪魔ベルフェゴールは、”自ら発明した電子機械”バーチャルモニターにタッピングをしながら話を続けた。


「一方で、あの同時爆撃によって、愚神が生み出した魔王という大ボスは沈黙しましたから、もう勇者と魔王の物語は見ることは出来ませんでしょうね」

「元より、あれは古いシステムだ。いい加減廃棄しても構わないだろう?」

「それはちょっと困るぞ。ルシフェル」


堕天使ルシフェルに食い下がったのは、豚貴族とも言える姿をした悪魔マモンであった。


「どうした?マモン」

「あれは人間達の欲を活性化させる道具だ。早々に廃棄しては困るぞ」

「とは言ってもだ、その様な一方的な欲を生み出すだけの道具を大事にするぐらいなら、人間同士を争わせれば良いだろう?実際に、あれらの自立衝動によって人間達は更なる高みを目指すだろう。互いに殺しあう事でな」

「それでも人間を愛する長であるのか…?」

「では、私から言わせて貰おう。ルシフェル殿」

「どうぞ、ベルゼブブ」


巨大な蝿の姿をした悪魔ベルゼブブは、ルシフェルに問いただした。


「ルシフェル殿が進める人類進化を計算した結果。あの戦いが終わった後の王国の土地は七割ほど住めない土地に変貌するのだが…人間に豊穣の富を与える私からすればこれは凄い手痛い物であるが?」

「何、一部の物がその自浄する道具を既に開発中とのことだ。お主が気にすることは無い」

「しかしだ…」

「ならば、我も言わせて貰おう」


次に声を上げてきたのは、頭部が蛇の姿である悪魔レヴィアタンが問いただしてきた。


「今回引き金になったのは、あの勇者の名を被った発情猿による多くの者から出た嫉妬心である。いくら我が嫉妬を司る悪魔とは言え、我と女神に対する当て付けは酷い物ぞ」

「それを言うなら、そこで顔を背いている二人に聞くが良い」


ルシフェルに促されたレヴィアタンは、妖艶な女の姿をした悪魔アスモデウスと、そのアスモデウスに抱きしめられて守られている父なる神の子…女神マリアの姿があった。


「…私達が悪いわけじゃない」

「アスモ姉様…」

「私があの男の祖先に蒔いた種が…あんな悲劇を招いたわけじゃない…」

「だが、結果としてはああなった。それは否定できんぞ」


ルシフェルの容赦ない言葉に、アスモデウスは目じりに涙を浮かべながらマリアを抱きしめ、マリアもアスモデウスに抱きつきながら「私が管理を怠らなければ…」と呟き続けて泣いていた。


そんな場の空気に一つの存在がゆらりと現れ、その場に居た七つの存在は反応した。


「どうでありましたか?我が友サタンよ」

「卿の余興としては楽しませて貰ったよ。だが、まだ私の心が潤う物ではないな」


ルシフェルの言葉にそっけなく返した悪魔…サタンことラインハルトは自分の席である円卓の席に座り、王者の貫禄のような態度で楽にしていた。


「とは言うものの、原石は沢山転がっていた。アレらを選別し、磨き上げれば…私や卿の願いは叶うかもしれないな」


サタンのその言葉に、ルシフェルは席から立ち上がり、円卓の周りを歌劇の司会者みたいに歩き始めた。


「かつての敗北者であった我々に、かの大帝国を築き上げようとした枢軸国の敗北者達の魂をこちらの世界に招きいれ、そこの愛しき女神以外の神々に復讐する機会を今か今かと待ち続けた…ああ、この時のために数多くの人間達に因果を与えた…ある者達は悪魔達の加護と女神の加護を受けて本能赴くままに行動をし…ある者達は本能に行動する者達により心を歪ませて悪意しんかを解き放った…己が自覚をせずとも、その因果は膨れ上がり、やがては…一つの軍生となって世界に牙を向く…これだから人間を嫌いにはなれないのだよ」

「卿はそういう人間の進化が好きであるな」

「ええ。愛しい女神が愛する我が子達だからこそである。まさに輝ける宝石たちである。その宝石達に傲慢・憤怒・嫉妬・怠惰・強欲・暴食・色欲を混ぜ与えれ、その負の感情によって闘争を求める光景は実に滑稽である…」


ルシフェルは恍惚の笑みを浮かべながら、アスモデウスに守られているマリアに触れようとした。

しかし、その触れようとした手はアスモデウスに振り払われ、睨み返された。


「彼女は貴方の物ではないでしょうに」

「お前は一体何をしたいんだ…!こんな愛憎劇を交えた人間同士の戦争をさせ、マリアを苦しませるような事をするんだ!!」


アスモデウスの怒りの言葉に、ルシフェルは笑みを壊さずに返した。


「我々には完全なる死は来ない。完全なる真の死を得る為には、上位者である女神が必要…しかし、女神は嫉妬の感情を持ちながらも大罪の象徴たる我ら旧時代の神々にすら慈悲を与えるお方。ゆえに…女神には新しい感情を植えさせ、我々に真の死を与えさせる事を望むばかりだ…」

「そのための舞台装置として、歴代最低な勇者を誕生させ、その勇者に屈辱と憤怒に塗れさせたと言うのか…!」

「然り。そして、その勇者が復讐者達によって討ち取られ、負に染まった勇者の魂と加護が女神に戻れば…我々の願いが成就されるだろう」


とてつもない事を吐く傲慢の堕天使に、色欲の悪魔であるアスモデウスは言葉を詰まらせるばかりであったが…その堕天使に対して怒りに満ち溢れさせていた。

その様子を憤怒の悪魔サタンであるラインハルトは絶対者の笑みを浮かべながら眺め続け、残る強欲・暴食・嫉妬の悪魔は沈黙を保っていた。


唯一、怠惰の悪魔であるベルフェゴールだけは黙々と電子機械の操作をしながら、他の悪魔達に聞こえない程度の声で呟いた。



「例えその願いが叶っても、遺された者らには幸福は来ないよ…」


怠惰の悪魔は、象徴とは逆の”勤勉”に世界に干渉するようにプログラムを仕掛けていった。


「勇者には死の罰は与えさせない…傲慢ルシフェルの為の道具にさせない為に、貴方は愛しい彼を導いて物語を終わらせて…私の分身ミリー


悪魔はそう呟いた後、宙に浮ぶ機械映像に写る男装の少女を見つめた…











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