20.再会は吉となるか

軍事演習が終えた頃…


視察と訓練も終えたカイ達は馬車に揺られながら屋敷へと帰還していた。


「弾薬の装填時間さえ均一化すれば、ほぼ完璧だな…」

「そうですね。では、セィタン家への報告書として纏めておきますね」

「頼む、ティファ」


カイに頼まれたティファは鞄から書類を取り出して書き始めた。

その一方、カイはミリーとコレット以外の皆が馬車の中でぐったりとしてる様子に少し考え込んでいた。


(少しやりすぎたか…だがまぁ、これぐらいの事で根を上げていたら今後が心配だな…)


カイが懸念するように、本当の意味で戦争が起きれば弱音を吐ける環境ではない。

ユリアーナ・ルルナ・ミシェルの三人は元から体力面では戦力外と分かっていたので考慮していたが、ジュディが精神面で根を上げていた事には流石に問題はあると認識していた。

元より、騎士道などの礼儀や作法に営む騎士団に比べ、本格的な戦闘のプロ集団である軍隊とは全く別物である。

その上で血の気の少ない華やかな場所から、いきなり地獄の一丁目に立たされるような場所には向いてない。

だが、これから起きる戦争はそんな地獄の一丁目と呼ぶに相応しい戦場が待ち受けている…


その為の訓練だと教えたのだが、やはり彼女ですら理解に及ばない状況であった。


(その点を考えれば、コレットに適正があったのは儲け物だったかもしれないな)


カイはそう思いながら新式の拳銃を手に取って眺めながら目を輝かせるコレットの姿を眺めていた。

戦車部隊の訓練後、射撃訓練の際にコレットに新式の小銃を使った訓練をさせた所、十発中七発以上も人型標的に書かれていた急所に命中させていた。

カイの思惑通り、彼女には暗殺者の力を持っていた。


暗闇でも人を認識し、確実に相手を見つけ、急所を見つけて一撃で殺す…


あの夜の時はカイと言う男を見つける為に本能で使用していたが、冷静になった今の場合では本人曰く対象物の体温・音・体の流れが全て見えるらしく、無機物でも何処か急所なのかがはっきり見えると発言した。


(特殊部隊設立も考えたが…女神の加護持ちの事を考慮すれば、護衛にまわした方が良さそうだな)


実際の所、コレットみたいな暗殺能力を持つ者が聖女候補に入っていたとすれば、向こう側にも必ず居るはず。

ましてや、貴族の令嬢ではなく平民の女から暗殺者の力を持つ者がおれば、捨て駒として活用すれば何も問題はない。

それを踏まえれば、コレットをこちら側に勧誘出来たのは大きな利益とも言える。


(大元である二公爵からすれば同じ人間を集めれば必要ないが、その傘下で一伯爵程度である僕達からすればそんな能力者を沢山雇えるわけがないし、何よりも信用における人間でなければならない。金で雇えたからと言って忠義心があるわけではないからな。…我ながら下衆い考えだが、これも一つの考え。コレットが僕達に惹かれるならそれで良しとせねば)



カイはそう考えながら、ティファと同じく書類を製作するミリーを眺めた後に報告書を纏め始めた。





屋敷に帰宅後。

そこには思い掛けない人物達が待っていた。


「ユリアーナ!」

「オーギュスト様!?」


ユリアーナの名を呼んで彼女を抱きしめた人物、ランカスター伯爵の息子オーギュストはユリアーナの元婚約者であった。

元々は両思いであった二人だが、ユリアーナが聖女の選定を受けてからは離れ離れになり、例の王都追放時の処女剥奪によってパイモン侯爵が”ユリアーナが処女でなくなったので政略結婚が出来なくなった”と勝手に婚約破棄をして無理やり別れさせられ、音信不通になっていた。

それを知っていたカイは密かにオーギュスト宛てに手紙を送り、こちらのキクルス伯爵家に訪れるように促していた。


「無事にここまで来られたようですね。オーギュスト殿」

「貴方がカイ殿…!ユリアーナを保護して頂き、ありがとうございます…!」

「いえ。私は当然の事をしたまでです…それと、他の方も来られておられますし、応接間に案内をしましょう」


カイの言う通り、ユリアーナ達以外にも三組の男女のやり取りが行われていたが…


「ジュディ!生きていたんだね!」

「ディック…!?貴方、ここまで来たのか!?」


「ルルナ、無事だったんだね…」

「アイン様こそ…」


「ミシェル!なんで手紙を出さなかったんだ!?」

「その言い方はないんじゃない!シグルス!!手紙だそうにもお父様達の監視が酷かったから出来なかったのよ!それに、ここに来てからは色々合って書く暇なんてなかったんだし…」


一部を除いて色々と事情が抱えていたので、早々に移動する様にカイは使用人達に案内を促した。




応接間の代わりとして大広間に案内された一行は、カイに対してそれぞれの事情を改めて伝えていた。


「なるほど…やはりこちらの一存関係なく、各侯爵家の当主はセィタン家に促しながらこちらの利権を狙っていたか…」

「すると、カイ殿はこの婚約は不本意だと言うのですかな?」

「当たり前です。元より、キクルス領は農作物などの代わりに石炭・石油などの地下資源の採掘と工業力の生産に営み、ベルフェ家とセィタン家に貢献してきたと言うのに、それを面白くないと伝統ばかりに囚われた七十二侯爵家からは疎まれていましたからね。そして、今度の戦争状態になりかねない状況に、媚を売る勢力がキクルスに恩を着せようとする為に、ティファとの婚約をした私に便乗して…」

「あの糞男に傷物された彼女達を貴方に無理やり…だったというわけですか。しかも、私達に連絡もなしに…!」


オーギュストは拳に怒りを込めながらテーブルに叩きつけていた。

それだけに、今回の侯爵家達による婚約破棄と再婚約のやり方に怒りが抑えられない状況であった。


「それにしても…何故カイ殿は彼女達に手を出さなかったのだ?これだけの美女を与えられたと言うのに…」

「…かつては僕にも婚約者がいた。しかし、彼女は僕を裏切り、婚約破棄してあの男と婚約をした。この意味が分かりますか?アイン殿」

「…申し訳ない。軽率な質問でありました」

「少なくとも…僕にとっては彼女達が軽率な行動をする人物じゃなかったのが救いでした。策略家な令嬢であったなら、深夜に忍び込んで僕と関係を結び、その事を脅しの材料として牛耳る可能性も否定は出来なかった。最も、シャックス侯爵のコレット嬢…いや、コレットはあの出来事と勇者の魅了洗脳の後遺症があったので、少しオハナシをしましたが…」


カイはそう言いながら、後ろに控えていたコレットを手前まで呼び寄せ、内ポケットに収めていた手紙をコレットに渡した。


「先程バトラから受け取ったセィタン公爵様からの手紙だよ。シャックス侯爵は”処断”された。残された一族はセィタン家の監視かに置かれ、領地と財産はセィタン家に没収されたよ」

「まぁ…当然そうなりますね…」

「”こんな非常時に、傷物とされた上に精神すら壊れた貴族子女を捨て駒にした挙句、信頼における伯爵家にて暗殺未遂を起こす様な家系など信頼に置けん”の一言で一蹴し、公爵様は見せしめとして当のシャックス侯爵に名誉ある毒杯か処刑かの二つを選ばされたとさ…無論、シャックス侯爵は毒杯を選んでその場で自害したとの事…」

「プライドの塊でありますお爺様なら当然そちらを選びますね」

「…と言う事だ。僕がコレットを受け入れたのはシャックス家の血筋を入れるわけではなく、コレット本人の能力を買ったのと帰る場所を失っていた彼女を受け入れただけに過ぎない。勿論、彼女にこのような生き様を作った”世界”には憎む他はないが…」


このカイとコレットのやり取りに、残りの侯爵令嬢四人と元婚約者達は顔を青ざめていた。

セィタン公爵家の経由とはいえ、自分達を陥れようとした侯爵家当主とその一族に報復で粛清した事に。


「驚かれているようだけど、これは正当な行為だよ。元より、セィタン公爵様は今の王家と貴族を中心にした腐敗政治と女神教の政治癒着に完全にお怒りであるからね。それに加えて、軍事を含めた利権絡みによる政略結婚に破棄の賠償…あの手この手でこちらのキクルス家の権利を踏み入れようとしているからね…”ミハイル”、ティファ、コレット。彼らに婚約を押し付けられたときの手紙の写しを」


カイの一声と共に、ミリー達三人は侯爵令嬢達に来訪する前に受け取った婚約発表の手紙の写しを渡していった。

その中身を読み始めた彼女達は勿論、元婚約者達も手を震わせながら怒りを顕わにした。


『万が一結婚して子どもが出来た場合、我らに工業利権と領地収入をこちらに…?ありえるわけがないでしょ(だろ)!!』

「そのような考えを持つのが今の上級貴族の姿だ。いや、貴族全体の姿と言うべきか…」

「だからと言って、これはありえないでしょ!?私達はたたでさえ…」

「その逆だよ、ミシェル嬢。彼らにとって傷物だからこそ男女の関係を結んでも、生まれてきた子は犯したあの男なのか、それとも僕なのかは彼らには分からないし、そんな私生児如きは一族にはいらない。だが、生まれてくる子の血筋は自分達の娘だから、その嫁いだ先の領地などの権利は自分達の物だというのが彼等の心情だ。逆に君達から先に手を出して僕を怪我させたりした場合は容赦なく切り捨てる予定だったみたいだけど…、先のコレットみたいに簡単に突き詰めた上に偽装の手紙を当家と主であるセィタン家に同時に送っただけでこの始末だからねぇ…普通に考えれば想定できるはずなのにねぇ」


言い終えたカイはクックッと笑いながらも鋭い目付きで話を聞いていたユリアーナ達を見つめ、ユリアーナ達もまたゾッとした。

この伯爵子息は手段を選ばない人間だと…


「本当、いくらなんでもこちらの落ち度がないが故に、なんとしてでも落ち度を作って乗っ取ろうと考えるほど浅ましく感じますねぇ。逆にセィタンの忠臣とも言えるブエル家とその令嬢であるティファ嬢を見習って欲しいものだよ」

「まぁ、カイ様ったら…私は”親愛なる友人”の為と、キクルス家のセィタン家への忠義しているかの監視の為でしたのに。勿論、こんな隻眼の女となった私を拾ってくださったカイ様をお慕いする気持ちはありますが…」

「それはそれだけどね…ただ、少なからずとも今の貴族同士による裏のやり取りは今の時期は止めて欲しいんだがね…」


そんなティファとのやり取りを終えたカイは深く深呼吸をして、元婚約者と再会した彼女達に質問をぶつけた。


「さて、話がかなり脱線してしまったが改めてお聴きします。この度、元婚約者である貴方達を引き合わせたのは訳があります。今から三つほど選択肢を出します」


そう言って、カイは三本の指を彼女達の前に出した。


「一つ目。思い人である元婚約者と共にセントーラから亡命して他国で生きる。この場合、貴族の身分としてはなくなり、平民として生きることになりますが、国の事情をしたためた書簡と共に渡しますので、悪い事はないでしょう。ご希望でしたら、魔族国の穏健派の都市へと亡命させる事も可能です」

「出来ますのでしょうか?」

「これは僕の兄であるオイゲン兄上とベルフェ家の令嬢であるベルトーラ様が魔族国との外交を行ってる結果とも言えます」

「なるほど…」


カイはそう言いながら一本の指を切り、二つ目の案を提示した。


「二つ目。このまま別の公爵家及び王家に入り、傘下に入る。この場合、僕達どころかベルフェ家とセィタン家に敵対する事になります」

「つまりは、実家とは別の派閥に行く変わりに、貴方達と敵対する事になる…と」

「そうなります。そうなれば、あの軍事の数倍の量で相対する事になるでしょう。その上、魔王の活性化によって魔物も活発化している状況の上に魔族の過激派が武装決起する中での四つ巴の戦いになるでしょう。生き残る保障は何処にもありません」


この有り得ない二つ目の案に、ユリアーナはおろか他の令嬢やその元婚約者達は誰も首を縦に振らなかった。

元より王家や他の公爵家に振りまわれた上に媚売ってまで貴族の地位に囚われる必要はなかったし、あの軍事演習よりも倍以上の戦力で叩き込まれるとなれば敵対する方が絶望的。

ましてや、あのセィタンの魔王とも言えるルーデルが率いる軍隊による無慈悲の蹂躙に、軍事をあまり知らない彼女等には生き残る術はない。


まず、この選択肢を選ぶ事はないと判断したカイは最後である三つ目の案を出した。


「三つ目。これは至極単純であるが…僕達と共にベルフェ・セィタンに真の意味で属し、新しい貴族として国と世界を戦い、新しい国を作る。それだけだ」


新しい国を作る。

つまりは全ての価値を破壊し、作り変える…

それは、1000年に及ぶセントーラ王国の歴史を終わらせ、一から作り変えるということ…

王族の歴史、貴族の歴史、そして勇者や聖女の基である女神教の歴史を全てを終わらせると言う事…


そんな馬鹿げた案に、未だに信じられないユリアーナ達侯爵令嬢達と元婚約者の彼らは理解できずに居た。


「やっぱり、あんたらは…」

「ええ、絶対にやりますよ。無論、これは」

「ベルフェ公爵様とセィタン侯爵様がやると言ってるから分かるけど、あんな勇者という化け物兵器に立ち向かえと言うの…!」

「そうだ。無論、負ける要素もあるし、もし負ければ僕達はおろか二公爵とその傘下の貴族と領民は反逆者として処刑される。だが、いずれはやらなければならないと思うんだ。ここまで腐敗して停滞し続ける世界に振り回されて蹴落とされる者達が増えてはいけないんだ…と」


そう言いながら、カイは座っていた椅子に姿勢を直してから続けた。


「答えは急がなくて良い。しかし、もう時間はない。僕達と公爵様達の軍隊はあの勇者出陣によるパレードと共に宣戦布告による奇襲攻撃を行う。それまでには決めてくれ」

「何故…ここまでの事をするの…?」

「簡単な話だ…下手すれば僕達は戦場で死ぬかもしれない。しかし、君達はまだこちら側の勇者への復讐という”死の沼じごく”に足を突っ込んでいない。だからこそ、せめての想いで選択肢を与えた…それだけだよ」

「刺し違えるつもりなの…!?」

「最悪はそうなるかも。もしくは、僕を含めたこちら側の人間全員は戦車などの兵器に乗って戦うかもね…」


カイが告げ終えると、その場は静寂に包み込まれた…





王都での聖女の決定と勇者の出陣までの時間はあとわずか…




これより先は戦乱が待ち受けるに違いない…






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