19.閑話:勇者というモノ■
キクルス領土での軍事演習を行う数日前…
王都より東側に離れた平原にて、無数の魔物の群が王都へと目指していた。
「これより、魔王様の命令通りに人間の都を滅ぼす!我に続け!!」
全身鎧を着込んだオークの将軍が巨象の魔獣の上で号令を掛け、それと同時に部隊であるゴブリンやオーク達が魔獣に跨って乗りながら進軍し続けた。
しかし、その進軍は直ぐに止まった。
地面から幾つものの火柱が上がると同時に爆発を起こし、魔獣に乗っていたゴブリン騎兵達は身体をバラバラにさせ、空高く飛んで地面に落ちていった。
その爆発の後に、猛スピードで接近してくる一つの存在が生き残ったゴブリンと魔獣達に襲いかかった。
「ゆ、勇者だ!勇者が現れたぞ!!」
オークの将軍が叫び声を上げると共に守備隊であるオークの騎兵隊を前に出すも、オーク達は勇者の剣技によって一刀両断され、魔獣たちも勇者の魔法で吹き飛ばされてしまった。
残ったオークの将軍は巨象の魔獣を使って勇者を踏み潰そうとするも、勇者は魔獣を剣の一撃を放って両断し、降りてきたオークの将軍の大斧を剣で受け止めた後、天から雷を呼ぶ魔法を使ってオークの将軍を焼き尽くした。
そんな勇者セシル・アスモデの活躍を、遠くで見ていた聖女候補達は興奮して声援を送っていたが…
聖女候補の一員として参加していたクリスは双眼鏡を隣に控えていたレイアに渡した後、セシル対して背中を向けて王都へと帰っていった。
キクルス領で軍事演習が行われた次の日の夜、王都にあるアスモデ家にて晩餐会が開かれていた…
「いやぁ、セシル様の活躍は素晴らしいものですなぁ」
「是非、我が領土にも招きたいばかりですなぁ」
セシルを絶賛する肥え太った侯爵当主達にセシルは微笑みを絶やさずに、彼等の娘を侍らせながら勝利の酒を飲んでいた。
それだけじゃない。
その晩餐会に参加していた貴族の当主は聖女候補となった娘達を差し出しながら、セシルに媚を売ろうとしていた。
その一方、クリスとレイアはセシル達とは離れて、本来の主である現アスモデ公爵と酒を交わしながら話をしていた。
「セィタン家の方は強力な軍事力を備え続けている…とな?」
「はい、アスモデ公爵様。恐らくは、ベルフェ家と結託して独立をする可能性がございます」
「しかし…勇者の力は絶大であり、その勇者の付き添う聖女の力もまた絶大…大砲如きや歩兵の銃如きで倒されるようなことは…」
「これを見られて、良くお考えくださいませ…」
クリスは先日の使い魔から送られた魔法記録を込められた水晶をアスモデ公爵に見せていた。
最初は興味なさそうにしていたアスモデ公爵であったが、次第に顔色の雲行きが変わり、最後に出てきた鋼鉄の戦車の大群を見て青ざめていた。
「これが全てなのか…?」
「いいえ、恐らくは一部分だと思われます。今も大規模に生産をされているか、もしくは大量に配備済みの可能性も有ります。それに加え…新しい兵器の開発もされておられます」
クリスはそう告げながら、演習とは別の偵察に出していた使い魔の映像を見せていった。
キクルス領土南部にあるフリーデンより更に西側にて、巨大な蒸気機関車と綺麗に整備されたレールが無数に並ぶ列車倉庫の町に、巨大な大砲を備え付けられた列車が幾つも鎮座しており、反対にキクルス領より遥か北の町にはワイバーンやドラゴンと並ぶ鋼鉄の翼を付けた乗り物が大量に格納された町が存在していた…
「これほどの工業力をつけたのか…特にキクルス伯爵家は…」
「ええ。ですから、カイ・キクルスは私との婚約破棄を易々と受け入れ、公爵でありますアスモデ家に関わらない様に画策をされたのです」
「うむむ…あのキクルスとその息子はそこまで考えていたのか…」
「ええ。とても悲しい事ですが、それが貴族と言うものです。半分は領民の為とありましたが、もう半分は…私達を含めた王国、それも腐敗する王家や貴族達への復讐でしょう。もしも、あの時の私達をキクルス家に返す様に要求したり、婚約破棄を為さらなかったなら不敬として爵位剥奪と領地没収し、更にはこれほどの武装を王家に申告せずに保有となれば…いくら二つの公爵家の公認を受けたとはいえ反逆の疑いは免れません。ですので…」
「機密保持の為にあえて見捨てた…と?」
「はい。もっとも、これだけの情報を集めるのに二ヶ月以上掛かりました。何せ、極秘と言われただけに昨日の偵察成功までは使い魔の派遣は成功しませんでしたので…」
クリスの言葉に、アスモデ公爵は顔を曇らせて考え…後に口を開いてきた。
「この事は陛下に報告しても良いか?」
「お任せ致します。その上で、私からご進言を申し上げても宜しいでしょうか?」
「良いぞ。何なりと申せ」
「では…私と義妹のレイアは明日より実家でありますブラウン伯爵領土へと帰郷する事の許可を頂きたいと存じます」
「ほぅ…正式な聖女を決めるあのパーティーを欠席してまで戻ると申すのか?」
「はい。恐らくは、ご子息のセシル様は侯爵令嬢の方々を大変ご贔屓されておられます。それを踏まえて申し上げますならば…」
「なるほど、伯爵以下の貴族令嬢や平民の小娘には眼中はない…と?」
「そうなります。これも推測でございますが、あの方は私達下級貴族の聖女は駒としか見ておりません。その上、侯爵令嬢の方々の加護の力が私達よりも上な理由で選ばれる事は御座いません。ゆえに、そんな成り上がりな夢を見る前に、本格的な戦争を来る前に供えようと思う所であります」
「やはりか…全く、主は他の令嬢と比べれて賢いな。冷酷なほどに賢すぎる。勇者と聖女の力、魔法や神の加護ばかりを見ている貴族達からすれば、此度の報告など戯言に過ぎんと一蹴されるだろう。だが…儂は違う。恐らくは、このセントーラはおろか亜種族を含めた他国と魔物を巻き込んだ大戦争が起きる。それも、見た事も聞いた事もない戦争は必ず起きる。それそこ、
アスモデ公爵がそう呟いた時、晩餐会の会場では盛大に盛り上がる声が包み込まれていた。
公爵とクリスはそちらに目をやると、そこには囚人服を着た羊角を生やした亜種族…魔族の男女数人が鎖で吊るされていた。
そして、その下には高温に熱せられた油が入った大釜が数個あり、鎖を降ろせば人がすんなりと入るほどの大きさであった。
「さぁお待ちかね!本日の晩餐会の目玉ショーであります『
「うむ、分かった」
処刑の司会役の男に代わり、セシルが前に出て演説を始めた。
「諸君!この度の魔物との戦いから癒す為に、このアスモデ家主催の晩餐会に参加して頂き、真に感謝する。私は、女神の神託と共に勇者になって以降、心を入れ替えて人々の為に魔物と戦い、魔王を倒す為に力を振い続けた。しかし、日に日に魔物が活性化し、魔王と組する反逆の種族である亜人の魔族が暗躍し、罪のない人々が命を落とす事に心を痛めている。ゆえに、そんな野蛮な魔物を倒し、卑劣な魔族を処刑する事で、命を落とした者達の癒しとなる事を勇者である私が宣言しよう!!」
セシルの宣言と共に会場から拍手が上がり、喜びの歓声が上がった。
それと共に、一つ目の鎖がゆっくりと大釜の方へと下りていき、油面ギリギリのところで止まった。
「最後に言い残す事は無いか?魔族」
「…くたばれ、この腐れ外道」
魔族の男がセシルに向かって怨嗟を呟いて唾を吐き捨てると、セシルは笑みを絶やさない状態で鎖を操作する役の男に無言で命じ、魔族の男をゆっくりと熱した油の中へと降ろしていった。
足からゆっくりと油の中に入れられた魔族の男は喉が潰れるような声を上げながら身体を暴れさせようとしたが、完全に固定されている為揺らす事も抵抗する事も無く油の中へと降ろされていった。
そして、体半分以上の油の中に入れられた時には既に魔族の男は白目を向いたまま息絶えるも処刑は止まらずそのまま頭も油の中へと入れられていき、真っ黒に焦げるまで揚げ続けられた…
焦げ揚がった魔族の死体を見た会場の人間は拍手喝采をし、役員から支給された石を持って魔族の死体に投げ始めた。
それに続いて、二つ目の大釜にて次に処刑される魔族が入れられていった…
そんな処刑ショーを余所に、アスモデ公爵は溜め息をついて息子の道楽に呆れていた。
「処刑は娯楽とされていた時代があったとはいえ、亜種族を捕らえてまでやるとは…この国はもう駄目だな」
「ええ。流石に穏健派も黙ってはいないでしょう」
「さて…主の願いは分かった。今日はもう馬鹿息子が提供したあの娼館に帰るのだろう?」
「はい。それと、あの娼館の後任はピッグポット子爵の娘にお願いします。美醜の見た目ではありますが、守銭奴である彼女ならば経営は大丈夫でしょう」
「分かった。それも進言しておこう。…長男のシャルルが、もう少し体が丈夫であったならな…こうならなかっただろうに…」
アスモデ公爵のぼやきが聞こえたがクリスはそれを聞かなかった事にし、公爵に一礼をして会場を後にした。
屋敷の玄関口にはレイアが既に待機しており、馬車までのエスコートの準備を終えていた。
「お疲れ様です。クリス義姉様」
「ええ、貴方もお疲れ様。レイア。この寒空の中、良く待ちましたね」
「いえいえ、義姉様こそ晩餐会にさぞお疲れでしょう。今日はゆっくりと休まれてください」
希少価値の高い魔獣の毛皮で出来たコートを着るレイアの手をクリスはゆっくりと手を握って馬車まで歩いていこうとした。
その時、後ろからあのセシルが足早に近付いてきた。
「父上から聞いたよ、クリス。君が領地に帰るらしいね?」
「いけませんでしょうか?セシル様」
「いいや、君の考えだから、何かやるんだろうと思ってるだけだねぇ。それよりも、俺と王都の暮らしが飽きたのかね?」
セシルの問いかけと同時に、クリスとレイアに何かに包まれる感触があったが…直ぐに効果が切れたのを二人は感じ取り、結論に至った。
もはや、セシル・アスモデの魅了洗脳の効果が自分達に反応しなくなったのだと…
完全に魅了洗脳による人格改変や能力強化などの反応が成熟してしまった事を分かった二人であったが、あえて知らないふりをしてセシルに笑みを返した。
「いいえ、セシル様との王都の暮らしっぷりには大変満足しておりますし、今後も楽しみたいと思いますが…この度の帰郷はそんな今後を楽しむ為の未来への投資だと思われてください」
「未来の投資…ねぇ。俺からすればそんなのはどうにでもなると思ってる。なんせ、勇者の権限を翳せば女神教の連中が頭を下げて言う事も聞くし、王家とあの七大公爵以外の貴族は頭も下げる。なんでも出来るんだぜ?」
「それはセントーラ国内における話ですわ。私は狙っておりますのは…その
「へぇ…外交もどきか?」
「それもありますし、あとは…無能な実の親をどうにかする…ですね」
「そうかそうか。親を排除して自分が上がる…ってか、そいつは面白いや。なら、行ってもかまわないぜ」
「それはありがたいお言葉です。一婚約者
「そいつは楽しみにして置こう。なんなら、新しい美女が生まれたらこっちに寄越してくれ。そうすれば、幾らでも優遇してやろう。どうせ、シャルルの兄貴はそう長くはない。俺より頭が良いだろうが、体が弱ければ意味が無いからな。そうなりゃ父上は俺を次期アスモデ公爵にして、王家との交流が始まる。そして…いまだ婚約しないあの王女達を手玉にすれば…」
そんな馬鹿げた夢物語を語る
ここまで政への無能さをアピールする男に酔っていたのか…と。
内心はそう思っていたが、今は利用するだけ利用する立場からすれば、ここで不振や不快を与えては元の子もない。
クリス達はあえてグッと堪えながら話を続けた。
「とりあえずは、そう言う形で宜しいで御座いましょう?」
「ああ、構わんよ。それに、君が残した中の奴等の鬱憤をあの豚に押し付けるんだろ?」
「ええ、そうですわ。大した聖女の力もなく、その上権力と美男に媚を売り、自分よりも下の身分である平民の者に殺すほどの残虐性を持つ豚令嬢に…ああ、嫌ですわ。私も似たような理由で生かして
「まぁ、所詮は王城に住まう権力の貴族豚どもと変わらん訳だ」
「そういうことですわ。では、御機嫌よう。次は
クリスはそう告げた後にレイアと共にセシルに向けて一礼をした後、馬車に乗り込んだ。
翌朝…
荷物を纏め終えたクリスとレイアは娼館で着ていたドレスから元の貴婦人ドレスに着替え、防寒用の毛皮コートを羽織って外に出ようとした。
と、それと同時に娼館のロビーにて三人の醜悪で肥え太った貴族令嬢が立っていた。
「御機嫌麗しゅう御座います。クリス様」
「御機嫌よう。ピッグポット子爵令嬢様」
「メリムと申します、クリス様」
「そうでしたか。では、メリム様。この娼館はお任せしました。セシル様の期待を裏切らないようにお願いします」
「ははっ!このメリム・ピッグポット。しかと命を受けました!!」
ピッグポット子爵令嬢が礼をすると同時に後ろに控えていた肥満体の令嬢達も同じく礼をした。
それを見届けたクリスとレイアは同じく礼をした後に娼館を出て、外に待機していた馬車に乗り込んだ。
馬車の中にはクリスとレイア、あとは自分のお気に入りだった元聖女候補の下級貴族令嬢と平民の女を合わせた三人。
そして、御者として引き抜いた三人の下男を合わせた八人で乗って、クリスの実家であるブラウン領へと向かった。
「良いんですかい?クリス様?俺達を引き抜いて」
「ええ、問題ないでしょう。恐らくはアスモデ家も若干引き抜いても動くようにはなっております。それに、あの娼館の中では貴方達男三人とここにいる元聖女候補の三人は信用に置けますので」
「そうですかい。まっ、俺達は金さえ貰えればなんだってしますんで」
「ええ、お金さえあれば忠実に動く貴方達だからこそですよ。下手に信条を構えた人間ほど、厄介な者ではありませんので」
そう言いながら、クリスはクスクスと笑いながら娼館の方角に目を合わせた。
「精々、その中の天下で満足なさい。最も、その天下が長続きをすればの話ですが…」
「義姉様。動き出しましたよ」
レイアはクリスに水晶を渡し、水晶から映る映像を眺めていた。
娼館に新しく雇われた下男数人が館内をうろうろし、目当ての部屋に入った後に中で待機していた聖女候補である平民の女と抱きしめあっていた。
そして、幾つかの刃物を彼女達に渡し、隠し持っておくように促していた…
「やはりね…あと数日もあの場所に居ましたら、私達は殺されていたでしょう」
「丁度良いタイミングでしたね、義姉様」
「ええ。聖女の力の一つであります”魔導姫”の中にある予知能力は絶大ですね。ただ、危機的状況でなければ発動しませんので、扱いにくいのですがね…」
クリスの中にある聖女の力…魔導姫に備わっている予知能力は先の未来を予知する事が出来、あらかじめ予知能力を使う事で自分達の危機を回避する事が出来た。
しかし、あくまでも危機的状況のみであって、自分に支障を来たさない未来には予知による予測は不可能であった。
実際に、自分達があっさりと婚約破棄されて棄てられる未来は予測が出来ないものであったが、その辺においてはクリスは冷静になった後で自ら考察し、魔導の基礎である使い魔などを使役して情報を探り続けていた。
その上での計算した結果、王都に滞在し続けて国家権力の前に溺れてしまえば未来はないと悟り、領地で力を付ける方向へと変えた。
そして、従者として金さえあれば忠実に動く男三人と、取り潰しにより身寄りを失った元子爵令嬢一人と身寄りがいない平民の女二人の元聖女候補の女三人を置いたのも、予知が発動しなかったので傍に控えさせても問題ないと判断したためである。
「さて…カイ様達は加護を遣わないやり方で世界を変える為に”機械”に頼り始めた…一方のセシル様達は権力と同等である女神の加護である勇者の力に溺れる事を選んだ…ならば、私達はどうするか…これこそが今の私の課題ですね」
「クリス義姉様…」
「今更、私達がカイ様に復縁を求めようなどと、おこがましいにも程があります。ならば…今は中庸の立場で見させて頂きましょう」
クリスはそう言いながら扇子を広げてクスクスと笑い、これからの事を考えていた。
一先ずは、自分の父親を
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