18.若き獣どもは咆哮を上げる

勇者を倒す為…


その一言と共に榴弾砲から放たれた弾丸は先程の着弾地点に到達し、今までの撃った弾よりも遥かに威力の高い爆発を上げていた。

しかし、そんな爆発などよりも、先程カイの言った「勇者を倒す」という言葉に侯爵令嬢達は誰も信用しなかった。

いや、信用できなかった。


「あ、あはは…あははははっ…!!ゆ、勇者を倒すって…あんな化け物を倒すつもりで居るの!?」

「確信は出来ないが、私…いや、僕達は倒しに行くよ」

「無理に決まってるでしょ!あの追放の一日前に、アイツの実戦訓練を見た事あるから言えるけど…たった一人で大型魔物を剣を一振りしただけで倒し、ゴブリンの群を魔法で一掃するような化け物を倒すなんて…!!」

「だけど、その勇者の源である力は何処にある?誰が勇者に力を与えている?」


カイが放つ凍て付くような言葉に、反論していたミシェルは言葉を詰まらせ、そして理解した。

この男の復讐対象は、勇者・・だけではないんだと…


「勇者の根本的な力の源は女神の力。女神は人間達の信仰によって力を蓄え、その力を持って勇者に加護を与えている…なら、その女神に信仰する者を排除し、誰も信仰しなくなった後の勇者はどうなるか…あとは分かるかね?」

「あんた…まさか…」

「そう。セントーラ王国における女神教を信仰している者全員の排除、そのための戦争をふっかける事だ。最も、この近年において大国であるセントーラ王国が女神教に絡み続けるレヴィア家、賄賂などの汚職を行っているマーモ家やベルゼ家、そして…王都内で売春・人身売買・麻薬取引・違法賭博を行っているアスモデ家に、汚職や癒着を嫌うセィタン家とベルフェ家は怒りを募らせるばかりだった…そんな矢先に、あの勇者である遊び人のセシル・アスモデの暴走による聖女への性的暴行に加え、勇者を輩出したことでアスモデ家が七大公爵内の権力トップに立った事で、分裂させる因子を誕生させた。そんな状況の上で、僕はベルフェ・セィタンに従える各下級貴族にふっかけながら、二つの公爵家にもふっかけたんだ。腐敗した国に属し続けるよりも、自分達で新しい国を作るべきだ…と。まぁ、こんな時も唯一どちらの勢力にも加わらないルシフェ家の動きが分からないけどね…」


カイのそんな言葉に、絶句してしまったミシェルの後にジュディが続けた。


「馬鹿な…そんな事をすれば…」

「ええ。失敗すれば反逆者として僕どころか関わった貴族と領民全員が処刑対象になるでしょうね。たとえ、公爵家であるベルフェ家やセィタン家も…です」

「なんで…こんな事をしなくても…」

「世界を変える為ですよ。女神の前任者である父神の生み出した魔王と勇者の理を潰す為には、神を信ずるものをなくし、今まで迫害してきた亜種族と土着の宗教の解放ですよ。もはや、管理の出来ない一つの神にすがる必要などない。その為の勇者を必要としない武力と融和なのですよ…未だに、見た目が角の生えた悪魔という理由で魔物を操って魔王を信仰するという迷信を植えつけられて迫害された亜種族の魔族を蔑視し続ける王国など、世界の癌としか言えない。ゆえに、一度は崩壊させ、新しく作り直す必要がある…僕はそれをふっかけただけに過ぎない。そうだよ、あんな理不尽な勇者のシステムによる被害を受けた者は僕だけじゃない…。ここにいる部隊の兵士を含めたベルフェ・セィタンの軍に志願した兵達の半数は、あの勇者によって大事な恋人や家族を奪われ、絆を壊された者達なんだよ」

「…はっ?」

「つまりは、僕達と同じ復讐者という事だ…」


カイが宣言すると同時に、ミリーとティファはにこりと笑い、少し遅れてコレットもにこりと笑った。

ただ、カイを含めた四人全員の目は一切笑っていなかった…

それだけじゃない。

ここにいる第四師団の第三砲兵部隊に所属している兵士達の目は全員どす黒く染まったような深い感情が篭っていた。


「先に言っておくけど…セィタン家の抱えてる師団を含め、ベルフェ家の抱えてる師団を含めた軍全体にその復讐者の志願兵が結構居るよ」

「そんな…そんなことが…」

「じゃあ、今日の演習は…?」

「今日の演習は、志願兵である彼らの訓練能力の確認と先程も言った新型の兵器の実地性能の確認だよ。野砲に関しては既にベルフェ家とセィタン家の領地に生産販売し、この150mmの榴弾砲を新しい主力兵器として導入を進めようと思ってる。他にも…」


カイがそう言いかけた時、榴弾砲より遥か後ろから聞いた事のない機械の音と共に鋼鉄で出来た・・・・・・車の群が迫り、一列に並び始めた。

そして、その車の天上から蓋が開き、中に乗っていた人間達が一斉に降りてカイの前に整列した。


「第四師団・第二戦車部隊、只今到着いたしました!」

「ご苦労。そちらが量産された戦車だね」

「はっ!こちらが本日我が部隊に配備されました、第4号戦車でございます!!」


部隊長の兵がカイに説明を終えた後に敬礼して下がって待機した。

一方のカイは兵士達が乗ってきた戦車を触って笑みを浮かべた後、険しい顔を作って空を見た。


「まだ…足りないな…」

「はっ…?足りない…ですと?」

「確かにこの戦車は優秀だ。フリーデンで何度か視察した時から聞いていたが、動力機関の音は実に良い。しかし…あの勇者という神の玩具に勝てるのかが不安になる」

「…それを補うのが、貴様等と俺達の役目だろう」


部隊長の後ろから長身の男が現れ、カイの目の前に立って敬礼をし、カイも彼に礼を合わせる為に敬礼を返した。


「アレクセイ・ヴィットマン。只今到着した」

「ご苦労であった。状況は?」

「貴様等以外は何も変わらん。何時ものように、新人とは拳で語った・・・・・までだ」

「そうか…なら」


ほんの少しの静寂の後、カイとアレクセイが身体を揺らした瞬間…互いに握り拳を作った後、お互いの頬に殴りつけていた。


「ぐっ…!」

「ぬっ…!」


体格さはアレクセイが上であったが、お互いに殴られた衝撃で後ずさりをした。

…が、お互いに地面を踏ん張り、立ち続けた。


「…久々に効いたな。お蔭で頭が血が上ってきたぜこの糞ボケがぁ!」

「それは光栄だな」

「この際不敬など関係ねぇや…全力でぶん殴ってこいやぁ!!」

「抜かせよ、若造。今一度、戦い方を教えてやる」


互いに言い終えた時、カイとアレクセイは上着を脱ぎ捨て、もはや身分など関係なく殴り合いを始めた。

それと同時に、兵士達は活性を上げながら両陣営に声援を送り始め、場を盛り上げ始めた。



領主の息子とただの兵卒が殴り合い始めた事に、ミリーとティファとコレット以外の侯爵令嬢は思考を固まらせてしまった。


「な…なんですの…これ」


ユリアーナは思わず呟き、他の者に同調を求めたが…

既にルルナは白目を向いて後ろに倒れそうになってる所をミシェルに支えられ、そのミシェルも思考放棄して青ざめた顔をしながら呆然と眺めていた。

逆に、騎士団内で荒くれ同士の喧嘩に慣れていたジュディはなんとか意識を保っていたが、普通の貴族男子がいきなりこんな暴力沙汰を起こすなどありえないと思わんばかりに見ていた。


そんな彼女達の様子を察したミリーは口を開いて説明し始めた。


「あれは、ガス抜きですね」

「ガス抜き…とは?」

「はい。”カイ様”を含め、ここに集ってる兵士達のガス抜きです。先程の”カイ様”の言われた通り、ここに配属された兵士達の殆どは恋人や家族を聖女選定によって連れて行かれ、壊されて故郷に帰ってきた…もしくは故郷に帰らずに亡くなった者達への仇として志願してきた者達です。復讐の為に騎士団以上の激しい訓練を受け、勇者を倒す為に己の肉体と精神を犠牲する中で、荒れた気持ちを沈めるためにこういった一対一の喧嘩などを行って力を抜いているのです」

「しかし…やはり理解できない。こんな事をやって何に…」


ジュディは、未だにミリーの言葉に対して理解できずに困惑し続けていた。

荒くれ者が少ない騎士団に所属していただけに、こんな喧騒事で軍の統率に役立っているとは思えないと認識していた。

だが、自分達令嬢達を除いた兵士達全員が一丸となって、目の前の殴り合いをしている二人の男達に声援してる事に受け入れざるを得なかった…


一方のカイは、アレクセイの拳を交わしながら何度も拳を叩き込み、アレクセイもカイの拳を受けながら交わされた分の倍の拳で叩き返していた。

そして、互いに重い一撃を与えた後に仕切り直す為に後ずさりをして拳を構え直した。


「地味に鍛えてるようだな。前の時よりかは効いたぞ」

「そりゃあどうも。公務の合間にしか鍛えられんからなぁ」

「貴族様と言うのは不自由なものだな」

「はっ、抜かせよ戯けが。権力に媚びる為に顎ばかり使って動かねぇ上にぶくぶく太ってる上級貴族の糞爺どもの尻拭いを、俺と親父を含めた下級貴族がどれだけやらされてると思ってるんだぁ?一緒にするんじゃねぇぞ!この糞ボケがぁ!!」

「ああ、そうだな。確かに貴様はあの肥やしどもとは違うな。だがなぁ…未だに貴様は大事なものを奪われて不貞腐れてる糞餓鬼に変わらん」


アレクセイはその言葉を吐き捨てたと同時に一気に踏み込み、カイの腹に主っきり拳を叩き込み、そのままカイを空に打ち上げた。


「かはっ…!」

「俺を敗北なっとくさせたければ、その腐った根性を20万回叩き潰して鍛え直せ」


アレクセイによって宙に浮かされたカイはそのまま落下し、地面に転がり落ちた。

だが、カイは蹲って悶える事はせずに、そのまま立ち上がった…が、喧嘩の続投はせずに降参のポーズを取った。


「…すまない。完全に酔いが醒めてしまった」

「ふん。漸く目が覚めたか」

「ああ、完璧に頭が冷えたよ。ありがとう、アレク」

「貴様が冷静にならねばどうするんだ?ここに居る奴等の殆どが貴様に同調したのだからな」

「そうだね。そこは教訓にさせて貰おう。…して、前線は?」

「国境付近で魔物が増殖している。魔族国の穏健派連中も手を焼いている所だ。そっちは?」

「隣のブラウン伯爵の連中が橋を占拠したぐらいだ。奴等は対岸から攻め入らないと高を括ってやがる」

「そうか。あと数日でどうなるかも知らずに…か」


アレクセイが呟き終えようとした時、カイは何かに気付いて空を見上げた後にミリーに兵から小銃を受け取る様に無言で指示し、小銃を受け取ったミリーは空に飛んでいる鳥に向けて発砲し、鳥を撃ち落とした。


「見られたのか?」

「ああ。だが、問題はない」


撃ち落とされた鳥は地面に落ちる前に燃え始め、辿り着く前に燃え尽きて消えた…

鳥の正体が何処かの魔術師の使い魔であったが、カイ達は特に重要な・・・・・ものを見られたわけではないと判断をし、それ以上は警戒をしなかった。


「さて、次は戦車部隊の砲撃訓練と歩兵の射撃訓練を合わせて行おうか」

「貴様の怪我は?」

「生憎、優秀な治療師が居る。それで任せる」

「そうか。では、俺は戦車に戻るぞ」

「そうしてくれ。…親友カメラード


カイは小さく呟いた後、第二戦車部隊と第三砲兵部隊の指揮官双方に演習再開を命じた後、未だに茫然としている面子をティファがフォローするように命じた後、殴り合いでやられた傷をミリーによる治療を受けながら再び視察側へと戻った。




―――――


王都にある歓楽街にて…


三階建ての娼館にある最上階の支配人室にて、クリス・ブラウンは窓を開けて水煙草を吸ってぼんやりと景色を眺めていた…

だが、何処から飛んできたのか分からない紙がクリスへと目掛けて飛んできて、クリスは何の卒もなくその紙を受け取った。


「私の使い魔がやられたのですね」


クリスはそう呟いた後に受け取った手紙を魔法で燃やし、紙に込められていた魔力を回収してから水晶に流し込んだ。

魔力を込められた水晶に映るのは、偵察していた使い魔が見ていた光景で、その光景にはカイ達の様子が映っていた。


「追放された侯爵令嬢の一部を引き取ってるというのは本当でしたね。流石、カイ様ですわ…」


クリスは微笑みながら、支配人室のベッドで仮眠していたレイアの傍まで近付いていった。


「クリス義姉様…?」

「レイア、面白いモノが見れますわ」


クリスはレイアに水晶に映る映像を見せ始めた。

そこにはカイ達が王都にある兵器よりも優れた大砲や自分達が見た事のない機械による訓練や、カイが男と殴り合ってる姿などが映っていた。


「まぁ…カイ義兄様ったら…」

「文官もどきの仕事以外にも色々と力を付けて来ているみたいですね」

「それはそれは…して、セシル様に報告します?」


レイアの質問にクリスは首を横に振った後、静かに答えた。


「止めておきますわ。それに…これを報告した所で、今のセシル様のオツムでは理解されません事。いえ、セシル様だけではない。この腐敗する王都に蔓延る王族と貴族は、カイ様達のやろうとしている事に理解はされませんでしょう」


クリスはクスクス笑いながら、使い魔に向けて小銃を構えるミリーの姿を眺めていた。

水晶からの映像はそこで止まり、何も映らなくなった…


「女神と悪魔の加護から解放される為に、何も知らない善良の民を巻き込みながら勇者へと復讐する…ああ、これほど馬鹿げた計画を思いつくとは思いませんわ…流石、カイ様というべきでしょうか。それとも、私達が愚かなのでしょうか?」

「いいえ、私達は乗る場所を間違えただけです。セシル様という時代遅れの勇者に乗ってしまった結果だと思います」

「フフフッ…そうでしょうそうでしょう…私達は勝手に溺れ、勝手に穢れた結果ですものね。ですが…その先を決めるのは」

「はい。未来を決めるのは私達です、クリス義姉様。…して、どうされますか?」


レイアはそう呟きながらクリスから水煙草を受け取って吸い、クリスは窓の外から見える王城へと視線を移した。


「あと数日で魔王討伐のパーティーメンバーを決める祝会がありますが…ブラウン家の領地に戻ろうかと思います」

「何故ですかお義姉様?」

「正直に申し上げましょう。恐らく、セシル様は侯爵令嬢をメインに聖女を選ばれます。当時は私達にあれだけゾッコンになるほど可愛がってくださったのに、今ではアスモデ家に媚びる侯爵家達と私達以上の美しい令嬢に頭がいっぱいになっておられます。…正直に申し上げれば、私達が選ばれる確立など、ほぼ無いと思っても良いでしょう」

「でしたら、この度の聖女候補の選定は一体なんだったのでしょうか?」


レイアの疑問に、クリスは既に答えを導き出していた。


「生贄…ですわね」

「なんと…」

「聖女の力である純潔の思い…その思いが穢れ、腐敗すれば純血を護る者の価値が上がる…私達は真の聖女をより輝く為に呼び込まれた捨て駒に過ぎません」

「じゃあ、あの男に抱かれたのは…」

「あれは、女の純潔を喰らう事で成長する化け物ですわ。特に、聖女という特別な女を喰らう事で…そして、魅了されたものには擬似的に力を増徴させる…というわけですわ。ウフフッ…」

「そういえば、以前私達を甚振って追放した下級貴族の女達が被害者の平民や下級の令嬢を調べて嗅ぎ回ってましたわね。あの報告書の模倣コピーを読んだ時は流石と思いましたわ」

「そうでしょうそうでしょう。だから…私はセシル様という勇者と言う名の愚者を利用し、国の動きを見ていたのです。ただ…ここはもう駄目でしょうね」


クリスが駄目と言う言葉通り、王都の歓楽街であるこの場所でも貧困によって家や財産を失ったホームレスの平民が毛布に包まって娼館入口付近で待機したり、ホームレスの中には娼館前なのに路上売春目的で金持ってる人間に近付いて売春を行おうとする女の姿もあった。

無論、そんな命知らずの女は歓楽街で雇われている用心棒達に拉致され、クリスが居る娼館以外の売春宿に入れられて二度と出てこない事に…


それ以外にも大通りには金を持ってる人間以外は路上で好き放題にやっており、金持ちや貴族達は王都内でも馬車で移動して平民とは極力関わらない様になっている。


中には天候不良によって餓えた挙句に寒さによって餓死する平民も続出しており、不満分子が不穏分子に切り替わって暴徒になる可能性も否定できなくなった。


そんな状況の中、王城内では貴族と王族による社交界が毎日行われ、贅沢三昧をしていた。


クリスが王都に離れたいと言ってるのは、そんな貧富の格差の大きい王都から離れ、無能な経営を行っている実父を追い出して自分が領地を治めようかと考えていた。


「しかし…後任の主は誰にしましょうか?セシル様の判断を呷ってましたら、恐らくは決めきれずに終わるはずです」

「それなら、あの大豚でありますピッグポット子爵家の令嬢に任せるのはどうでしょうか?」

「良いですわね。では、早速セシル様に魔法便箋の手紙を書きましょう」


クリスはそう言いながら手紙を書き始め、新しく作った使い魔にセシル宛の手紙を送った。

そして、その後は屋敷内の自分の私物をまとめ、衣装も娼婦のドレスから黒色の貴族ドレスに着替えた。


「さて…これから忙しくなりますわ」


クリスはそうぼんやりと呟いた後、これから起きる未来を楽しみにしていた。

自分の中にあるどす黒い愛憎の感情と共に…





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