また、したの。

 コト、リって、音が。

 あれって思って窓を開けると、そこには昨日拾った赤い指輪が落ちていた。

 棚の上を確認すると、昨日まであったはずの指輪は無くなっていて……。

 不思議には思ったけど、その日も指輪は棚の上に置いておいて、仕事に行った。帰って来てから見たらちゃんと棚の上にあったし、寝る前にもあった。

 でも、翌朝になると棚から指輪は消えていて、また窓からコト、リと音がする。

 

 喉の渇きを覚えた私は、水滴だらけになったグラスを傾け、薄い梅酒を喉に流し込む。

 さっきから、友人はもう『友だちの話』という体で話をしていない。話しているうちに取り繕う余裕も無くなってしまったのだろうか。

 ごくりと、大げさなくらい喉が鳴る。


 ベランダにまた、この指輪があった。


 友人は、「この指輪」と言いながら視線をテーブルに落とした。視線の先には、カバンから出した赤い古びた指輪。


 気持ち悪いなって、思ったの。心の底から。指輪がベランダに届くようになってから赤い小鳥が来なくなってたのも、なんだか嫌な感じがして。

 それで、この指輪の落とし主には悪いけれど、捨てることにした。

 朝、指輪は棚の上に置かずにポケットに入れて出勤した。で、通勤中にあるどぶ川に放り投げて捨ててやった。これでやっと解放されるって、清々した気分になったよ。


 表情がすっぽりと抜けたような顔で友人がテーブルの上の指輪を凝視している。

 私は知らずの内に自分で自分の腕をさすっていた。寒いわけでもないのに、鳥肌が立っている。


 でも、翌朝、窓から音がした。

 コト、リって。

 無視してやろうかとも思ったけど、どうしても気になってしまって、結局私は窓を開け、またベランダに指輪が落ちているのを見つけてしまった。

 それで、今度は壊してやろうと思ったの。指輪は棚の上に置いて会社に行き、帰りにホームセンターへ寄った。

 帰ってから早速、買ってきたペンチで指輪をバラバラにカットして、金づちで滅茶苦茶に打ち付けてやった。ここまですれば、もう無理でしょう? これで終わりでしょう? って。

 原型もわからなくなった赤い金属片を見て、なんだか変に勝ち誇った気分になった。


 けど、また翌朝、コト、リって。

 指輪の残骸、棚の上に置いておいたのに無くなってて。

 ベランダに、元の形状に戻った指輪があって……。


 グラスを掴み、残っていたハイボールを一気に煽る。空のグラスをテーブルに叩きつけると、友人はもう口を開かなかった。

 話はこれで終わり、ということだろうか。

 何度もベランダに置かれる指輪。捨ててもダメ。壊しても無意味。

 そして自分ではもうどうにもならなくなって、今日ここに実物を持ってきたということなのか……。

 私は少々逃げ腰になっている。こんな話をなぜ私にするのか、こんなところになぜその指輪を持ってきたのか、その理由を考えると今日この場に安易に来てしまったことが悔やまれた。

 こんな話を期待はしていた。

 ずいぶん前から交流が無かった友人からの突然の誘いだったので、マルチか宗教の可能性には警戒したけれど。

 私は昔からオカルト話が好きだった。それも、都市伝説などの有名なものよりも個人的な話が特に好みで、例えば何度も繰り返し見る夢の話とか、家族の誰とも面識のない体の透けている女が時々庭に出るとか、そういった不思議だけど害のないもの。

 私がオカルト好きなのを知っている知人たちは、どこかで見聞きした話や自身のとっておきの話をしてくれることがある。友人もその類かと期待していたし、ある意味期待通りではあった。

 でも、友人は他のとっておきを教えてくれる人たちとは違い、ただ話したくて話しているわけではないだろう。

 友人はたぶん、私に助言なり助力を求めている。


 人間、正体のわからないものには弱い。科学が発達する前までは自然災害を神の怒りだとか言ってみたり、とにかく理解できない現象にはこじつけでも何でも理由をねじ込んできた歴史があるくらいだ。

 だから、この赤い指輪が友人にとって深刻な悩みの種になっているだろうことは察する。

 でもただオカルトが好きなだけの私には、出来ることなどなにもない。

 さて、どうしたものか……。



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