コト リ
洞貝 渉
一
友だちの話なんだけどさ、と語り始めた友人は、どこか落ち着きがなかった。
ああ、これは定番のあれだ、自分の話をさも他人事のように言うやつ。
内心の期待をおくびにも出さないよう用心しつつ、私は無関心を装って話を促した。
休日の居酒屋は混んでいる。
大学生くらいだろうか。隣の座敷席を占領している団体が大盛り上がりしているのがうるさくて、ひっそりと眉をしかめた。
数年前に流行したウイルスのせいで飲食店などは一時大変だったらしいのだが、今はそんな片鱗、みじんも感じられない。
「ベランダに来るの。ま……」
隣からわっと歓声があがる。
少しは周りにも気を使えと睨むが、もちろん何の効果もない。
友人は苦笑いしながらも気を取り直した。
ベランダに来るの。
毎日、朝になると。
種類は知らないけど派手な赤い羽の小鳥が……その、友だちの部屋のベランダに来る、らしくて。
ふうん?
小鳥が毎朝ベランダに来るって、なんか癒されそうだね。
まあ、うん、そう。
最初は癒されてた、って言ってたよ、うん。
パンくずとか水とかあげたりして。人慣れしまくってるらしくて、近づいても触っても全然平気でさ。
へー、いいなあ。
私も欲しいな、癒し。
うん、その……。
友人が言いよどみ、目を伏せる。
なんだ? 今の話の流れで、なにか言い澱むようなこと、あったか?
怪訝にしていると、友人は意を決したように話を続けた。
ある日ね、ベランダの方から音がした、んだって。
なにか小さな物を落としたような、コト、リって音。
いつもはそんな音しないんだけどさ、今日は小鳥が着地に失敗したのかなって思って、急いで窓開けたんだよね。
そしたら……。
友人がカバンから何かを取り出した。
互いの飲み物とつまみ数品でいっぱいになっているテーブルの隅に置かれたそれは、赤い色をした古めかしい指輪だった。
……これがベランダに置いてあって、小鳥の姿は無かったの。
最初はさ、上の階の人が落としたのか、小鳥がお礼のつもりでどこかから拾ってきて置いて行ったのかなって、そう思ったんだけど。
友人の顔色が悪かった。
大丈夫かと声をかけるが、友人はそれには答えず青い顔のまま話を続ける。
上の階の人に聞きに行くか、警察に落とし物として届けに行くか、どうしようか考えてるうちに面倒になってきちゃって。その日は平日だったし、どっちにするにしろ次の休日まで預かっておこうって思って、棚の上に目立つよう置いてその日は仕事に向かったよ。
で、仕事から帰って来ても指輪はちゃんと棚の上にあった。寝る前にも、ちらっと見て確認したから断言できる。間違いなく指輪はそこにあったの。
でも、次の日の朝、また……。
ウッソダローイヤイヤマジダッテー。
ひときわ大きな声が店内を走る。隣の大学生とおぼしき団体を睨みつけ、舌打ちするが、もちろんこちらの苛立ちなど伝わらない。
ふと、大学生らしき団体の一人と目が合った。赤い顔で不思議そうに私のことを見つめ返している。
友人は氷が融けてすっかり薄くなったハイボールに口を付け、舌を湿らせてから話を続けた。
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