第3話ライバルはまさかの—————
いやぁ久しぶりですね、そうですね、と突然のことに困惑する二人を取り残し、二人は仲良く談笑し始めた。
「懐かしいね、諸星さんと会ったのは一年前の事だろうか。あの時は黒髪ロングの別嬪さんだったのにな~」
「今はかっこいい系で、大学でバンドしているので。ビジュは完璧男児です」
「なるほどね~似合う似合う」
「光栄です」
「……諸星、さん?」
「……えっと、これはどういう状況で……」
話の筋の読めない二人が軽く突っ込むと、視線を二人に送った諸星はにこやかな笑みを浮かべた。
「あぁ、きみたちは前回ちょうどいなかったからね。知らないか。……彼はこのコンビニの地域チーフの清水さんだよ」
会話を止めた諸星が二人に向きなおりそう言うと、清水は頭の帽子をとって深々と礼をした。
「どうも、はじめまして。先ほどは下品な言葉づかいでおびえさせてすまないね」
「いえ……」
先ほどの険悪な雰囲気が、一気にコンビニから立ち消えたことに軽く安堵した浜田が、大丈夫です、と軽く首を振る。金田はほかにも言いたいことがあったはずなのだが、あまりに柔和な清水の態度と、浜田が先ほどの件を黙認したことによって何も言うことができなかった。
「それにしても浜田さん、といったかな、きみの接客態度は素晴らしい。よかったらこれから別の支店のリーダーになってはくれないかい?」
「え、私が?」
「あぁ、感情的にならない性格の良さが向いていると思ってね。君の大学から近いところにあるから、引き受けてくれると嬉しいのだが」
ああ、これも威圧的ですまなかったねといいながらサングラスを外した清水は、自身の名刺を丁寧に手渡しながら浜田に笑いかけた。
何で浜田さんの住所を知ってるんだ、と軽く嫉妬しかけた金田だったが、自分もバイトをする際に記入したことを思い出し勝手に納得する。
それにしても、浜田サンを直々にスカウトしに来るなんて見る目あるなと思いつつ、これからは一緒にいられないかと、様々なことが一瞬で頭の中を駆け巡っていく金田をよそに、浜田はほんのりとほおを高揚させながらこくりと頷いた。
「突然のことで少し困惑していますが……ありがとうございます、うれしいです。……前向きに検討させていただきます」
「一週間後くらいまでに決めていただければ幸いです」
「はい!」
名刺を受け取り強く頷いた浜田の頭にポンと手を置きながら諸星が続ける。
「亜優ちゃんは俺————あ、もういいか。私の一押しだからね。丁重に扱ってよ? さっきも加減から見てたけど、結構容赦なかったし————こんなに悪役に会うキャラだっけ、清水さん」
「見られていたのか。いやはや、恥ずかしいなぁ……」
「ノリノリだったくせに」
「いやぁ、漫画の真似しただけだよ……」
「よ、名俳優!」
もともと二人は仲が良いのか、会話がスムーズに進んでいく。幸い店内にはほかの客がいなかったため、金田も浜田もただ黙って二人の会話を聞いていた。
頭上で空気の読めない店内ラジオが陽気におしゃべりを続けている。
「では失礼するよ」
「はい、また会いましょう、清水さん!」
「諸星さんも!」
その後いくらか世間話をした清水は深い礼をしてコンビニを去って行った。元気よく手を振って見送っていた諸星は、その後ゆっくりと店内に戻ってくると、解説を求めてけげんな表情を浮かべる金田と浜田の顔に、軽く噴き出した。
「そんな深刻な顔しなくても」
「いや、するに決まってるじゃないっすか。少なくとも怖い思いした浜田サンにはちゃんと説明があってもいいんじゃないっすか?」
「いや、そこまでじゃないよ、金田君。私は大丈夫。謝ってもらったしね」
「でも……!」
「いや~。ごめんごめん。ちゃんと説明するから、そんな顔しないでよ、金田君。君は他にも聞きたいことがあるだろうしね」
聞きたいこと?と一瞬疑問に思ったものの、まずは原因究明と、金田は諸星の会話から、先ほどの清水の目的を知る。
あの人は、この地域のバイトリーダーを総括する地域チーフ。なんでもこの店舗の終了に先だって隣の町で展開する新店舗のバイトリーダーを決める会議の際、候補として持ち上がったのが浜田と諸星だったらしい。
諸星は清水が本社出なかった際の知り合いだったためどのような人物か知っていたが、前回監査で顔を出した際にはバイト時間がかぶっていなかった浜田のことを見ためにやってきたのだと。特に本社の強い希望で、クレーマーに対する浜田の反応を検証してこいと言われたらしい。
そのためにわざわざ、と目的については納得はしきれなかったが、その為にあんなに商品を買ったのか……と少し気の毒には思った金田だった。
「それで以上かな、清水さんについては。って、亜優ちゃんより金田君のほうが必死になっちゃって。よかったね、亜優ちゃん?」
「へ、はっ!? なに、諸星さん急に! 変なこと言わないで!!」
「ははっ」
おしまい、というように手をたたいた諸星が、意味深に浜田に笑いかける。それに対し一瞬顔を赤く染める浜田だったが、金田はもう一つ引っかかる部分に下を向いて考えていたため、その顔に気が付くことがなかった。
難儀だね、と首を振りながら、諸星は金田にその悩みについて聞くよう促す。
「……で、金田君。何か聞きたいことはない?」
「え、あはい。あるにはあるんですけど……って、浜田サン、顔を背けて何やってるんですか?」
「何でもない!」
「亜優ちゃんはちょっと放っておいて。で?」
「はい。で、諸星サン、別嬪って……黒髪ロングって? まさか、諸星さんは———女?」
「そうそうそれそれ。ようやく気が付いたね。まぁ、バイトが終わるまで隠し通そうとも思ってたんだけどな」
もったいぶらずに正体を明かした諸星は、ようやく気が付いた?と飄々とした笑みを浮かべてた。え、ようやく? と聞き返す金田に対し、ようやく。と諸星が返す。
このこと、金田君だけは気が付いてなかったからね、なんて陽気に衝撃的なことまで口にするものだから本人だけは蚊帳の外感が強くのしかかってきた。
でも。模試も完璧超人の諸星が男性でなくて、浜田サンの恋愛対象になりえないことになったら、自分にもチャンスがあるのではないか……ふと、そんな淡い期待のいっしょに頭によぎる。
すでに睡眠不足が災いして大して回らない頭での思考だから、感情のふり幅も大きい。一喜一憂する自分にまぁしょうがないよなと浮かれていたのだが—————
ふいについ、と隣にやってきた浜田が、古書古書と金田に耳打ちする。ん? と耳を寄せて聞く姿勢になった金田は、顔を赤らめながら耳元でささやく浜田の言葉に絶望した。
「……諸星さんは、私のお兄ちゃんの恋人なの。私の恋愛対象と引き合わせてくれた、尊敬できるおねぇちゃんなんだ」
「恋愛、対象?」
やっぱり、ここに好きな人がいるんだ、と思ったものの、のどが張り付いたような感覚がして、うまく引きはがせない。
黙ったままの金田の様子には気が付いていないのか、浜田は屈託のない笑みを浮かべてこくりとうなずいた。
「うん、私ね、このコンビニがだぁい好きなんだ。ここで働くってことももちろんだけど、お客さんやバイト仲間の雰囲気とか。コンビニで働くことが私の生きがいというか、もぅ何ならコンビニを恋人にしたいくらいで……」
「浜田サンは、コンビニが、好き……?」
「うん、だからさっき、演技とはいえ清水さんにああいわれたとき腹が立っちゃって。コンビニを汚すようなこと、私は絶対にしませんよ! って。でも、金田君が先に怒ってくれようとしたから落着いてきちゃった。ありがとね!」
「あぁ、ハイ……」
緊張の糸が切れたからなのか、それとも早々の失恋に心が追い付かなかったのか。まさかの恋愛対象を物体といわれては、もはや勝ち目はないのだろう。そう認識した途端、じんと頭の奥の方で新が鈍く痛む感覚が金田を襲った。
「っ—————」
金田は体を支えきれずに、そのままふらりと倒れ込む。ごちん、と音がして、フローリングの床と頭がぶつかった感覚が他人事のように感じられる。
「……金田君? え、金田君!?」
「おいっ!」
遠くで浜田と諸星の、焦ったような声が聞こえるが、金田の思考はだいぶ滅茶苦茶だった。絶望感に陥ると、人って目の前が暗くなるんだな、と思いつつ、寝不足により視界がだんだんと暗くなっていく様を、金田はただ傍観することしかできなかった。
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