第19話

「ちょ、ちょ、ちょ! ヴァイオレットさん! 無理です無理です。死んじゃいます〜」


 こっちを見て泣き叫びながら走り回る人影。そう勇者ちゃんだ。今は魔獣が出たという森にきているのだが……


「勇者ちゃん、落ち着いて。君なら勝てる。絶対勝てるから」


 森に入って早々魔獣と鉢合わせた。まぁ俺は気配を感じ取っていたから事前に知ってたけど、勇者ちゃんに伝えるのを忘れていた。


「馬鹿言わないでください! 何体いるんですか、これぇ」


 何体いるか、か……知らないほうが幸せだと俺は思うが。


「ちょ、待ってください。やっぱいいです、黙ってください!」

「多分、30体弱かな」

「黙ってくださいって言いましたよねぇ!?」


 狼の突然変異種、電雷狼サンダーウルフ。その毛並みに纏うのは青白い稲妻。毛並み一本一本が数十ボルトを超える高電圧だ。


 こいつはかなり危険で、体当たりされただけでも感電死する。それなのに雷魔法を飛ばしてくる厄介な魔獣。こいつの上位種は一体確認されただけでも国の軍隊が動くレベル。


 なのだが……勇者ちゃんは俺と会話する余裕があるなんて驚きだ──と言いたいところだが、それには種も仕掛けもある。


「安心しろー、その装備は魔法によるダメージを軽減してくれる。そんな雑魚ならノーダメだぜ」


 勇者ちゃんが今身につけている装備。それは、俺が魔国で作らせた特注品。魔法への高い耐性を有しているだけでなく、装備していない時と変わらないくらい軽い。


 鎧なんてナンセンスな物じゃなく、普通の服と間違いそうな布で作られた装備というより服と呼んでも過言ではない一品。特殊な繊維で作られていてその防御力は並の鉄製の装備を上回る。


 この森に入る前に思い出して、勇者ちゃんに渡したところとても気に入ったらしくすぐ着替えてきた(この村にある宿屋の一室で)。服自体はあのボロ布は見るに耐えなかったから前に俺が買っていたのだが、普通のものだったしね。旅立ち祝に新調してやった。


「あのー! 考え中のところ申し訳ありませんが、助けてくれますか!?」


 勇者ちゃんの叫び声が聞こえた。そっちを見ると、いつの間にかサンダーウルフに囲まれている勇者ちゃんの姿があった。


 助けてあげたい……しかしここで甘やかせば今後勇者ちゃんは俺に頼りっぱなしになってしまう。それだと、いつか俺と戦うときに支障が出る。ここは心を鬼にしよう。


「大丈夫。その腰の剣が飾りじゃない限りは、なんとかなるさ!」

「……分かりました。やってやりますよ! でも、危なくなったら助けてくださいね!」


 勇者ちゃんが剣を抜いた、と同時にまるでそれを待っていたかのようにサンダーウルフが一斉に飛び出す。一糸乱れぬ洗練された動き……群れ全体が一つの生き物もようだ。


「桜流 乱咲ミダレザキッ!!」


 勇者ちゃんが剣を縦横無尽に振り回す。完璧ではないが、それは俺の『桜流 乱咲』を再現していた。この前……というか、一昨日には出来なくなっていた技である。どうやら、ピンチをチャンスに変えれるらしい。これだから、ご都合主義は嫌いなんだよ。


「でも、乱咲は背後までは届かない技なんだよなぁ……紫電」


 俺はガラ空きになっていた勇者ちゃんの背後に転移すると迫りくるサンダーウルフに紫電を放つ。奴らの毛並みを走る数十ボルトの電圧を優に超える数万ボルトの電圧を有する紫電を……


 それだけで、目の前のサンダーウルフ10体近くが倒れ伏した。紫電雷だと炭になってしまうので手加減して良かった……


「わわ。ちょっと待ってください!」


 そんな声に後ろを振り返ると、サンダーウルフ(15体くらい)に追いかけ回されている勇者ちゃんの姿があった。


 あの子、さっき剣振り回してたよね……なんで追いかけられてんの? 一応5体くらいは倒したみたいだが……多分数の暴力に負けたんだろう。てか、よくあの数相手に逃げられるな。


「桜流 桜並木」


 桜並木は覇気を刀の起動に沿って飛ばす技。刀に宿る覇気を飛ばすのではなく俺自身の覇気を飛ばしている。千紫万紅桜の覇気よりコントロールしやすいので楽だ。技名の由来は一直線に飛んでいくので並木にように見えたから。


 普通は刀の方が飛んでいく方向をしっかりと定められるからそっちを使うのだが、今回は面倒だったので手で代用した。手刀だ。勇者ちゃんに当たりそうになったが当たらなかったので問題ない。


「今、ものすごく怖かったんですけど!? 死にかけたんですけど!?」

「ごめんな。当たらなかったからさ、セーフセーフ」


 むぅ──と頬を膨らませる勇者ちゃん、可愛い。可愛い、けど……後ろに雷魔法を発動しようとしているサンダーウルフが1匹残っているのに気づいているのだろうか。これぞ一匹狼ってね。


「そういう事は、早く言ってください!」


 そう叫びながらも勇者ちゃんは剣を一閃。魔法が発動する前に刃は狼の首を明確に捉え……はしなかったけど、顔面を抉る。目元と鼻先の間を剣が走り、脳を若干掠める、という拷問を開始する。勇者ちゃん、残酷〜。


「ち、違います。ワザとじゃなくて……ヴァイオレットさんの意地悪!」


 後ろでもだえ苦しむサンダーウルフを無視してこっちに反論する勇者ちゃん。トドメも刺さないって……この子、本気で残酷なのかな。


「あ……えい!」


 勇者ちゃんは慌ててサンダーウルフの心臓を貫く。おかげでサンダーウルフはあれ以上苦しむことなく逝った。俺に感謝してほしいね。


「さてと、そいつらの死体は持って帰るぞ」

「え、なんでですか?」


 キョトン、と首を傾げる勇者ちゃん。村に危害を加える魔獣を討伐したのだから、村の人には感謝されるし、そこで勇者と名乗れば信頼度も少し上がる。本来は『信仰心』の復活を目指して旅に出たのでは……?


「あ、確かに……盲点でした。それじゃあ持って帰りますか」


 勇者ちゃんはそう言うとさっきのサンダーウルフを手に取ろうとした。したのだが、途中で固まってこっちを見てくる。


「私、触れないかもです……お願いします」


 恥ずかしそうに顔を赤らめる勇者ちゃんだが……自分が触れないものを他人に触らせるのはどうかと思う。


 まぁ、触らなかったのは正解だ。サンダーウルフは死んだあとも毛並みに電流は流れている。適切な処理せずに触ると感電死してお陀仏だぜ。


「そういう事は早く言ってください!!」


 森の中に勇者ちゃんの叫び声が木霊した。俺はその後文句を言いながらポコポコ殴ってくる勇者ちゃんを宥めながらサンダーウルフの死体を亜空間に収納していくのであった。

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