第15話

 ふと目を開けると、窓から明るい光が入ってきていた。どうやら寝てしまっていたようだ。今日は約束の日。けど、ヴァイオレットさんは部屋にいない。


 食堂に向かう。足がふらつくけど歩けないわけではない。頭がしっかりしないなぁ、と思ったら今日は顔洗っていなかった。はぁ……


 まさかヴァイオレットさんがいなくなるだけでこんなことになるとは思わなかった。恐ろしい……


「おや、起きたのかい。ヴァイオレットの奴は昨日も帰ってこなかったよ……ほんとに何処行ったんだろうね」


 女将さんが声をかけてくれる。いつも以上に明るい声で、私を気遣ってくれているのが分かる。その事に嬉しくなると同時にそんなに安心できないのかな──とちょっと裏切られた気持ちになった。


「はい。きっと彼にも事情があるはずですよ。だから、大丈夫です」


 私は無理やり笑ったが、もしかしたら上手く笑えてないかもしれない。……自分の行動一つ一つに苛立ちと不甲斐なさを覚える。自己嫌悪に陥りそうだ。


「気負いすぎるんじゃないよ。あんたはまだ幼いんだから」


 幼い……確かに私は全てにおいて未熟だ。頭も良くなくて、戦いも下手で、色んなことが割り切れなくて……何を考えても最終的にヴァイオレットさんに行き着いてしまう。


 彼は完璧でその上格好良くて、この上なく愛おしいのも悪いと思うけど……


「ほら、あんたの大好きな味噌汁と魚だよ」


 女将さんが私に料理を渡してくれる。ご飯と魚を焼いたやつと味噌汁と呼ばれる汁物。ヴァイオレットさんはこれを見たとき「味噌汁まであるのか!?」と驚いていた。彼の地元の料理らしい。


 私はとりあえず席に座って料理を口に運ぶ。美味しい、けど物足りない。ご飯食べている時も目の前にヴァイオレットさんがいない事を気にしている私がいた。


 ダメだ……何しててもヴァイオレットさんの事を考えてしまう。もういっそ、ヴァイオレットさんを待たずに街を出ていこうか。


 ふと思いついた事だったけど、我ながら名案に思えた。ただ逃げているだけだけど……彼と過ごした場所にいたら彼を思い出してしまう。


 思い立ったが吉日。私は部屋に戻ると、早速荷物をまとめ始めた。まとめている最中に気づいたが、ヴァイオレットさんの荷物は一つもなかった。そもそも彼は服とかも洗濯してなかったし……魔法でなんとかしているのかもしれない。


 私は荷物をまとめ終えるとちょっと後ろ髪を引かれる思いで部屋を出ました。さて、後はこの宿からでて門まで行って一思いに飛び出すだけです。簡単です。


 私はヴァイオレットさんに別れ告げる様に部屋の扉を閉め歩き出した。


 【魔王SIDE】


 よし、魔国で目的の品を手に入れるたので後は転移するだけだ。恐らくもう夜中、もしくは明け方だろう。魔国は常に夜なので時間間隔が狂いやすい。


「兄上、ちょっと待ってくれ」


 早速転移しようとした俺に駆け寄ってくる奴がいた。ヴィオレッタだ。ここは一応城下町なんだが、魔王であるコイツがいるのはおかしくね。


「まぁまぁ、そんな細かい事は気にするなってば」

「いや、魔王は細かいことじゃ──」

「それよりも、お前との決闘を望むやつがいてな」


 俺のツッコミに被しやがったぞ、コイツ。いつからこんな反抗的な態度に……って、それよりも決闘か。多分『自分強い』って勘違いしたバカ共だろう。


「うるさいからさ、もうボコボコにしてやってくれないか?」


 決闘は、魔王の許可がないと出来ない。そりゃ勝手に決闘始められて民間人に危害を及ぼしたり何かの行事の妨げになったらいけないからな。


 つまり、決闘をする事の許可も魔王の仕事で……要はコイツ、自分の負担を減らすために決闘を二度と申し込めないくらいボコボコにしてくれって言ってるよな……


「頼む」

「……はぁ、仕方ないな。案内してくれ」


 流石に可愛い弟、しかも現魔王に頼み込まれたら断れない。はぁ、面倒だけど一肌脱ぐか。憂鬱ながらも俺はヴィオレッタに付いていく。


 移動中だし、決闘のルールについて説明しよう。決闘基本一対一の真剣勝負。場合によっては複数対一数の暴力もあるが……稀だろう。


 決闘は訓練場という普段は兵士が訓練している場所で行われる。広さも丁度いいしな。特殊な結界で囲われた空間内で勝負し、『相手を戦闘不能にする、降参させる、結界外に出す』が基本的な勝利条件。


 有観客で、結界の外から決闘を観戦することができる。結界は人体は通すが、魔法や武器は通さない特殊な物だ。観客が気軽に楽しめる様にと、俺が試行錯誤して作った結界。 


「着いたぞ。あそこにいるのが今回の決闘の相手だ」


 どうやら着いたらしい。んで、相手は誰だろう。俺は優秀な奴は顔と名前を覚えているから知ってるやつなら楽しめそうだけど……


 そう思って、対戦相手を見た瞬間絶句する。


「人数は、50人くらいかな……」


 ヴィオレッタが俺から目を逸らしながら言う。最悪だ。この人数を一人一人丁寧に相手したら何時間かかることか……そんなんだったら勇者ちゃんとの約束の時間までに間に合わない!


「兄上、先にあの人数と連戦する事に悩もうぜ。そこそこ疲れるだろ」


 ヴィオレッタが意味不明なこと言っている。確かに幹部級を50人、連戦で相手するってやったら疲れるよ? でも、下っ端は刀一振りで終わる。


「ヤバいな……彼奴等生きていられるのか?」

「おいヴィオレッタ、早くここから出ていけ。お前ら、全員同時に相手してやる。だから早くきな。来ないなら俺から行くぞ」


 俺は万年桜を構える。ヴィオレッタはもう既に呆れた顔で外に出た。いや、何故呆れる!?


 ふと、外を見ると観客が大勢いた。まぁ、俺の戦闘なんて一般市民には中々見えないからな。そういう意味では決闘を申し込んできた奴に感謝しているのかもしれない。魔王に決闘を申し込むとか魔王の座を狙っているようなものだけど……


「うぉぉぉぉぉ!!」


 前方から叫び声が聞こえる。今、史上初となる魔王と兵士の決闘が始まった。さぁ、どこまで楽しませてくれるのやら……

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