第14話

 話というのはですね。今後の私達に関してです。ちょっと遠回し過ぎたですかね……え? 付き合ったりするつもりはない? ち、違ッ! ヴァイオレットさんのバカぁ……


 ……コホン。話を戻しまして。さっきの話は忘れてください! とりあえず、『今後の私達について』ですけど、今までは私達、練習とかばっかりで魔物を倒したり依頼を受けたりしてないじゃないですか。


 そろそろそういう事もした方がいいんじゃないかな〜って。流石にこの街の冒険者組合ギルドでは活動しにくいです、皆に馬鹿にされますから。


 ですから、他の街に行こうかな……と思っています。けど、ヴァイオレットさんを巻き込みたくないんです。私の我儘に付き合わせることになりますから……


 あ、なんで急にこんな事言い出したかと言うとですね。私は実戦経験がないので、魔物相手に戦ったほうが良いのでは……と思ったからです。


 それに、魔物の素材ってお金になるんですよ。それに魔物を倒すうちに私達の認知度も上がるのでは、と考えました。


 依頼に関してもお金は貰えますし信頼も得られます。一石二鳥だと思うんです。もしかしたらヴァイオレットさんにはもっと良い方法があるのかもしれませんけど……


 今回だけは私は一人でも行くつもりです。いつヴァイオレットさんがいなくなっても良いように。出来れば側にいてほしいですけど……ヴァイオレットさんにも色々お家の事情があるでしょうしね。


 明日には旅立つつもりです。もし一緒に来てくださるなら、明日門のところでお会いしましょう。ゆっくり考える時間をあげれなくてすみません。


 私、長くヴァイオレットさんといればいるほど、どんどん離れにくくなっちゃいますから。ほんとに身勝手でごめんなさい。


 ◇ ◇ ◇


 勇者ちゃんは微笑むと立ち上がった。


「ちょっと出掛けてきます。安心してください、帰ってきますから」


 俺は何も答えられずにいると、「行ってきます」と言って勇者ちゃんは出ていった。俺は一人、部屋に取り残させた形になる。


 それにしても、成長してたな──と俺は思う。きっと俺から言い出すまでこの街から離れて活動しようとはしないと思っていたのに……


 例え俺がいなくても旅立つ、か……確かにそれもアリだ。きっと俺といるとあの子は俺を頼ってしまうだろう。そうなると最終的に俺と戦うとき、全力で相手してくれない可能性が高い。


 でも、ここで勇者ちゃんと別れたら昨日の努力が水の泡だ。魔王という立場があるから悩んでいるが、それがなかったら悩まずに彼女についていく道を選んでいたんだろうな……


『また悩んでいるのか、兄上』


 コイツは魔王やっている割に暇なのだろうか。やっぱり俺よりコイツの方が魔王に適任なのでは……なぁ、ヴィオレッタ?


『冗談にも程があると思うぞ……それに俺が暇出来ているのはお前が築いた政治体制のおかげだ。俺が口出しするまでもなく全員が自分の為すべきことを理解している』


 コイツはお世辞と遠慮が上手い。そもそもその体制は父が下地を作って、俺が固めただけだ。褒めるなら父を褒めてくれ。 


『それより、悩んでいるのだろう? 別にいいんじゃないか、あの子について行けば』


 コイツ……ずっと見てやがったな。変な視線を感じると思っていたが、コイツだったか。しかし、俺はヴィオレッタに背中を押される形で勇者ちゃんに同行する事を決意した。


『フッ、それでこそ我が兄上だ。それじゃあ、また』

「ちょっと待ってくれ。俺は今からそっちに戻るわ。用事ができた。幹部にも伝えていてくれ」

『? 了解した』


 俺はヴィオレッタの返答に満足そうに頷くと通信を切断した。さてと、戻る前に手紙でも書かないと……多分今日中には帰ってこれないだろうし。えーと──


 ──俺は書き終わるとそれが風で飛ばないように部屋にあった花瓶を置く。よし、これで完璧。さて、2週間ぶりの魔国はどんな感じかな。


 【勇者ちゃんSIDE】


 私は少し自分の行動を後悔していた。ヴァイオレットさんに言ったことは本当に前々から思っていたが、もう少し待っても良かったのではないか……と。


 少なくとも明日まで、なんて条件をつける必要はなかった気がする。今週中とか、1週間以内とか……でも、やっぱり明日には出ていかないと私はヴァイオレットさんに依存してしまうだろう。


 きっとヴァイオレットさんは明日門に現れることはないだろう。きっと彼にも事情がある。元々は何かの用で冒険者組合に来ていたんだし……私に同情して一緒にいてくれただけだ。


 そういえば、私が昨日側にいてほしいって言ったのに今日はいなくてもいいって言っている。きっとヴァイオレットさんも困っているだろう。もちろん本当の思いは昨日言った通りだ。でも、このままじゃ成長できない。


 そろそろ日が沈む。私は最後の時間を楽しもうと、宿に戻った。もしかしたらこの扉を開けた瞬間には既にヴァイオレットさんはいなくなっていたりするかも……なんちゃって。


「え……?」


 思わず声が漏れた。目の前の光景に理解が追いつかない。私は自分の部屋に入ったはずだ。ヴァイオレットさんと一緒に暮らしていた部屋に……もしかして部屋を間違えたかなって思って番号を確認するけど間違えていない。


 それなのに、部屋に誰もいなかった……ヴァイオレットさんは何処かに姿を消していた。それを理解した途端視界がぼやける。泣きそう、だけど……泣けない。泣いても誰も慰めてくれない。


 誰かが慰めてくれてもヴァイオレットさんがいないなら意味がない。彼に慰めてもらえないなら余計に悲しくなるだけ。だから泣けない。


「どうしたんだい? 部屋の前で座り込んで」

「女将、さん……」


 横を見ると女将さんが立っていた。手にはフライパン。彼女は私を見ると一瞬ギョッとしたが、すぐに優しそうに微笑むと私の頭を撫でた。


「何があったんだい? 私で良ければ話を聞くよ」


 その女将さんの優しさに涙が溢れそうになる。けど私はそれを必死で我慢して、部屋を指さした。声を出そうとしたけど、意識を目からそらした瞬間涙が溢れそうになったので無理だった。


「ん? あれ、ヴァイオレットの野郎はどこに行ったんだい? あたしゃ奴が出ていくのを見てないよ」


 女将さんはこの宿の事は大体知っている。部屋の中までは分からないようだが、誰がいつ出入りしたかは把握していた。それなのに、ヴァイオレットさんが何処に行ったのか分からないってことは……


 転移魔法、かな……私はすぐに結論に達する。いつも練習の帰りに使っていたあの魔法だ。あれなら女将さんに見つかる事なく外に出れるだろう。


「すみません。一人にしてください。ご飯も行かないかもしれないけど、気にしないでください」


 私は多分そう言った。涙が溢れかけてちゃんと言えたか分からないけど……


「そうかい。ヴァイオレットの奴が帰ってきたら教えに来るね」


 女将さんは女性の方から人気が高い、と聞いていたけど納得だ。気持ちの変化やそっとしておいてほしい時に敏感な様で、空気が読める人なんだろう。


 私はベッドに寝転んだ。力が抜けていくのが分かる。ヴァイオレットさんは何で消えたんだろう……そんな思考が頭の中でぐるぐるしている。どうせ、私なんかに彼の気持ちが分かる訳ないのに……

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