第12話
俺は勇者ちゃんを抱いたまま宿屋『アネシス』に着いた。本当ならここから勇者ちゃんには自分の足で歩いてもらうはずなんだけど……
「すぅ……すぅ……」
幸せそうな顔で寝ている勇者ちゃんを起こすのは無理だ。「はぁ」とため息をつくと、俺は意を決してアネシスに入った。
この時間帯はまだまだ大人にとっちゃ寝る時間ではないのだろう。ロビーで話す人、食堂で夜食を食べている人……結構たくさんの人がいた。
その人たちの視線が俺に集まる。そりゃさっき飛び出て行った奴がその前に飛び出て行った女の子を抱いて帰ってきたらそうなるよなぁ……
「上手くやれたようだね。全く、ヒヤヒヤさせるんじゃないよ」
女将さんがフライパンを手にこっちに来る。この人、フライパン携帯してんのか……?
「迷惑かけました。今日は部屋に戻って寝ます」
「ああ、いいさ。でも次、同じようなことしたら飯抜きだからね」
飯抜きかぁ……別に魔力を失わなければ魔族は死なないし、魔力は空気中を漂っているから勝手に補完される。別に飯抜きでも困らないな。
そんな風に思ったけど、言わない。言ったら身バレするし、何より俺にそんなこと言う資格はない。女将さんは「次やったら」と警告することで今回の件は流そうとしているのだ。
「ありがとうございます」
──と、一言だけ言って俺は部屋に向かう。幸い部屋までの廊下には誰もいなかった。
部屋に戻るとベッドに勇者ちゃんを下ろす。そして……
「ヴィオレッタ。ありがとな」
俺は虚空に向けてそう言う。どうせ、今も何処かで俺を見ているのだ。
『なんでバレたんだ? 気配は断っていたはずだけど……』
脳内に声が響く。通信、だな。
俺がヴィオレッタが何処かで俺を見ていると判断した理由。それは……
「女将さんのフライパンに
ただのフライパンじゃあ、俺にダメージを与えることは出来ない。俺が薄く張っている覇気の結界によって弾かれるからだ。俺の覇気を突破するには同等の覇気が必要だ。正直、女将さんにそれは出来ない。てか、魔族でも幹部級じゃないと無理。
次に心に語りかけた事だが……これは直感だ。恐らくだが、俺の良心があの場面で語りかけることはない。俺の良心は魔王になった時、人間を襲わなくてはならない状況になったとき、溝に捨てた。
『あー、やっぱフライパンは駄目だったか。心に語りかけるのは造作もない事だったんだがなぁ』
やはり両方ヴィオレッタの仕業だったようだ。でも、何でコイツはそんな真似をしたんだ? あの時の俺ならその行為に気づいた瞬間、反逆罪で実弟とはいえど殺していたぞ?
『兄上に、変わってほしくなかったんだよ。俺は争いは嫌いだ。兄上もいつも通り争いを好まないままでいてほしかったんだよ』
通信越しにヴィオレッタが少し恥ずかしがっているのが分かる。まぁ、普段はこんな事言わないクールな奴だもんなぁ……通信は心で話し合っているため気持ちが相手に伝わりやすい。昔は通信で告白するっていう方法も流行ったくらい……っと、話が逸れた。
「そうか。ありがとな、助かった」
ヴィオレッタ、ホントに俺には勿体ない弟だ。
『あぁ。それじゃ、また勇者を連れて帰ってくるのを待ってるよ』
ヴィオレッタとの通信が終わる。少し名残惜しいけど、切り替えよう。と言っても後は寝るだけだけど。
俺は勇者ちゃんの隣に寝転ぶ。ベッドは一つしかないけど、ダブルベッドなので二人で寝ても問題ない。面積的な問題は……ない。
横を向けば勇者ちゃんの寝顔が見れる。見れる、けど……俺にそんな勇気ある訳もなくいつも背を向けて寝ていた。ほんとに心が保たない。一回床で寝ようとしたら勇者ちゃんが怒ったし……
「ヴァイオレットさん……私だけを、見て、くださいぃ……」
いきなり予想外の所から呼ばれて思わず「ひゃいっ!」と変な声が出かけたが呑み込んだ、気合で。
俺は後ろを見る。さっきの声は勇者ちゃんだと思うけど……本人はこっちを向いて寝ていた。寝言かな……なんで寝言で俺の名前が。
というか……勇者ちゃんの寝顔、可愛すぎる!!実は俺、勇者ちゃんの寝顔を正面から見るのは初めてだ。いつもは反対向いて寝てたし、勇者ちゃんもこっち向いてることはなかった。
さっき下ろした時もこっち向けてはなかったはず……寝返りうったのか。てか、ほんとにそんな事どうでもいいくらい可愛い。
そもそも元々美少女だからなぁ……金に近い色合いの髪、小さい鼻、艶があり薄い桜色の唇。目を開ければその美しさはより一層、って俺は何を考えているんだ。
そういえば、声を呑み込むのに必死で(?)聞き取れなかったが、名前を呼ばれた後何か言っていたような……気のせいか。とりあえず、寝よ。
俺はいつも通り勇者ちゃんに背を向けて寝るのだった。あの可愛い顔を見ながら寝たい、という欲もあったけど嫌われるだろうからな。
◇ ◇ ◇ (秘話 仮想世界の中の俺)
時は遡ること数十分。俺が勇者ちゃんを見つけてチンピラ共に声をかけた時だ。
人が珍しく「話してくれないか?」って言葉で解決しようとしたのに、それを蹴りやがったバカ共を今から処刑します。
「展開
俺とチンピラ3人組は闇に包まれた世界に転移する。転移、というか俺がチンピラ3人組を自分の仮想世界に引き込んだ感じ。
「だ、誰だよオメェ!?」
「ヒィッッ!!」
3人組はかなり怯えている。最後の一人なんて失禁して声も出せずにこちらを見ている。汚ぇ……
まぁ彼らの反応は正しい。だって彼らの前にいるのはさっきまで喧嘩を売っていた
「安心しな、殺しはしねぇ」
俺はそう言うと
「万年桜・桜オロチ
──と、通常の人間なら即死……最悪、都市一つ消し飛ばせる威力の技を放った。これでも最大火力ではないってのが俺の桜流の恐ろしいところかな。
あ、技の解説をすると……前に勇者ちゃんに放った『桜オロチ』の応用技。万年桜の覇気を纏わせて斬るところまで一緒だが、その後刀を振り上げて相手を吹き飛ばし覇気もついでに飛ばして相手に追撃する。
総合的な威力は通常の桜オロチより断然上だが、下から上に振り上げる必要があるので汎用性は低い。
「殺しはしないけど、仮死状態にはするよ。いつかその万年桜の覇気に慣れたら開放させると思うぞ」
俺は既に意識がないだろう人型の桜に向かってそう言うと、それらを適当に別次元に飛ばして仮想世界を解除した。
ふぅ、楽しかった。やっぱりたまには本気で暴れないとなぁ。擬態し続けるのも大変だし、息抜きも大事大事。
俺は勇者ちゃんに向き直る。ちゃんと謝ろう、という決意ともに。
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