第11話
「はぁ……」
思わずため息が出る。場所は宿屋『アネシス』から歩いてちょっとのところ。ヴァイオレットさんに「人に馬鹿にされるのは嫌だ」と明言されたのがそんなにショックだったのかな……
自分でも気持ちの整理ができていない。ヴァイオレットさんに出会う前までは毎日のように「嫌い」とか「近づいてくるな」とか「余計なこと喋るな、黙ってろ」とか散々言われてたのに……
ヴァイオレットさんなら……って期待していた。世の中そんなに甘くないのに。視界が涙でぼやける。ヴァイオレットさんにも言われたけど、私は泣き虫だ。でも、今回はヴァイオレットさんも悪いよぉ、変に期待なんてさせるから……
「おい、見てみろよ。極上の女だ」
「ん? あれって勇者の末裔じゃねぇか?」
「え、マジ? てことはあいつに人権なんてねぇよな」
下卑た笑い声が前から聞こえる。そちらを見ると、男が3人いた。男たちの目は、私を
勇者の末裔、か。やっぱりヴァイオレットさんだけだ、勇者と呼んでくれるのは……ちゃん付けだけど。
私は男たちの事なんか無視してヴァイオレットさんの事を考えていた。早く戻らなきゃ。ヴァイオレットさんに会いたい。
「こっち来いよ。楽しい事しよーぜ。安心しな、金はやるよ」
3人のうちの1人に腕を掴まれた。
「止めてください!」
振りほどこうとするけど、振りほどけない。なんで、ヴァイオレットさんも「そこそこ強い」って言ってくれたのに。こんな奴らに……
「おいおい。抵抗するなよー。大人しくしてれば、お前は気持ちよくなるだけだから」
男が耳元で囁く。気持ち悪かった。これからされる事を考えただけで吐き気がする。でも、私は抵抗できなかった。一般人を傷つけちゃだめだよ──という父の教えが今では足枷になった。
そんな事を言っている場合じゃないのに……私はどうしてもこの男達に攻撃する勇気がなかった。父の言葉は暗示みたいなものだから。それに、お金を貰えるならそれでヴァイオレットさんの助けに……
「その子を離してくれるかな。俺の仲間なんだ」
「あん? 誰だテメェ」
私は思わず息を呑んだ。だって、その声は私が一番聞きたかった声で……ずっと考えていた人の声で……一番大好きな声……ヴァイオレットの声だったから。
「そうかい、離してくれないか……ならちょっと痛い目見てもらおうかな」
後ろを振り返ると、そこには月をバックに妖しく微笑むヴァイオレットさんがいた。ちょっとその笑みにドキドキしたのは内緒です。
「はぁ? まぁいい。お前らやっちまえ」
「「へい!」」
男二人がヴァイオレットさんに向かっていく。ヴァイオレットさんは慌てることなく、右手を上げる。
「少し地獄を見てもらおうかな。そこの君も。展開
ヴァイオレットさんが指をパチンッと鳴らした瞬間、男たちとヴァイオレットさんは消えた。
え? え? え?
私は何が起こったのか分からずに混乱する。いや、何が起こったかはなんとなく分かる。『展開』って言ってたし、仮想世界を展開したんだと思う。
でも、消えたのは驚きだ。私はてっきり周りからも見えるけど、ちょっと違う次元にいるのかなぁって思っていた。まさか別世界に飛んでいたなんて……
練習していたときは周りの風景とかも変わってなかったし……
「あー、楽しかったぁ」
あ、ヴァイオレットさんが戻ってきた。てことは、仮想世界を解除したのかな。男たちは見当たらないけど……
「ん? あぁ、彼奴等なら今頃泣き叫んでるぜ。俺が別次元に飛ばしたから。仮想世界の応用でな」
なんか、サラッととんでもない事言っている気がするけど……そんな事はどうでもいい。それよりも、今目の前にヴァイオレットさんがいるのだ。
「え、ちょ……」
私は思いっきりヴァイオレットさんに抱きつく。ちょっと恥ずかしかったけど、それよりもまた会えたことが嬉しかった。
「ごめんなさい。私、自分勝手で……嫌になってもいいです。でもそれまで一緒にいたいです」
実は宿を出てからすぐ気づいた事がある。ヴァイオレットさんは「嫌になるかも」と言った。という事はまだ嫌ではないって事だ。会って数週間だが、分かる。ヴァイオレットさんは既に嫌なら「嫌にはならないよ(もう既に嫌だから)」って言う人だ。
「それは、俺もごめん。もうちょっと他の言い方もできた……」
驚いてヴァイオレットさんを見上げる。私はヴァイオレットさんが謝ってくると思ってなかった。だって悪いのは期待した私なんだし……でも、ヴァイオレットさんは本当に申し訳ないって顔してた。
「と、とりあえず……宿に戻ろう。夜は冷えるよ」
ヴァイオレットの顔が赤い。どうやら私に抱きつかれてるのに照れているようだ。あ、ちなみに私は抱きついた時から吹っ切れました。
「連れて行ってください。足が疲れました」
私はダメ元で言う。嫌われるかも──って思ったけど、ヴァイオレットさんなら大丈夫かな、とも思った。
「はぁ……宿までだよ。入る時は自分で歩いて。女将さんとかが五月蝿いから」
そう言ってヴァイオレットさんは私を横抱きにする。俗に言うお姫様抱っこだ。もちろん私は顔が熱くなる。吹っ切れてなかったみたい。
「あの……自分から言ったんだから、そんな顔真っ赤にしないでくれるかな。俺まで恥ずかしくなるんだが……」
ヴァイオレットの顔は月の光で見えなかったけど、どうやら恥ずかしがっているみたい。可愛いな──と思いました。ほんとに、ヴァイオレットさんは格好良くて可愛くて、そういうところが────
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