第10話
私が一番覚えているのは、私を見て謝る父の姿です。父が何を言っていたかは忘れましたが、恐らくですが『勇者の末裔』と私が馬鹿にされる日々が続くことに謝っていたのだと思います。
父とは10歳くらいの時まで一緒にいました。毎日毎日謝られる日々でしたよ……それに、ご飯も食べれない事が多かったです。服はありませんでした。その辺のボロ布を纏ってましたね。
動物にも襲われましたよ。ある日、父は私を庇って動物に食べられました。動物、というか魔物ですね。ん? 何故そんな複雑な表情をされているのですか? …気にしなくてもいい? そうですか。
まぁ、そこからは街を転々としていました。盗みの様なことはしませんよ。これでも誇り高き勇者の一族です。
冒険者のパーティに入れてもらい、少量のお金と食料をもらってました。たまに女として扱われそうになりましたが、その時は逃げました。知らない男の人に奪われるくらいなら死にます。
まぁ、そんな日々が続く每日でしたよ。生きてるのが不思議なくらいの生活ですよね。この都市に来てからはこの前のパーティの皆さんにお世話になってました。
基本は雑用係でしたけど……夜は一人だけテントの外で野宿。火を使うことさえ許されてませんでしたから冬は死ぬかと思いましたよ。死んでないから問題ありませんが。
幼少期、というか私の覚えている範囲の出来事ですね。ほぼ每日同じことの繰り返しなので話せることはこれくらいです。
◇ ◇ ◇
これからも私は街の人に馬鹿にされます。一緒にいたらあなたまで馬鹿にされます。それでも一緒にいてくれますか?
勇者ちゃんは、最後にそう聞いてきた。そりゃもちろん──と言いたい。言いたいけど、立場上無理だ。
「どうだろうな。意外と嫌になるかもな。正直、人に馬鹿にされるのは誰でも嫌だろ」
普通は勇者ちゃんを気遣ってもっと優しい言葉を選ぶのかもしれない。でも、俺は魔王だ。普通じゃない。それに、いずれ敵対する身だ……変な期待はさせないほうがいいだろう。
魔王、ということを言い訳に使っているような気がして俺は自分に嫌気が差した。
「そう、ですよね……すみません、ちょっと夜風に当たってきます」
そう言って勇者ちゃんは部屋から出ていく。顔は角度的に見えなかったけど、それでも悲しんでいるのは分かった。
でも、俺は勇者ちゃんを追いかけることは無かった。それどころか、申し訳ないとも思わない。だって俺は魔王なのだから。
俺は勇者ちゃんの話の途中から、心のどこかにあった前世の人間としての感情を落っことしてしまっていた。
そう、彼女が話した内容の一部……
『ある日、父は私を庇って動物に食べられました。動物、というか魔物ですね』
勇者ちゃんの父は魔物……俺の配下の手によって殺されていた。魔物に意思なんて無くただの偶然だ、そういう見方もできる。でも、魔王として勇者ちゃんに同情することは出来なかった。
勇者ちゃんが人間を救おうとするように、俺も自分の民を守らなければならない。
(本当にそれでいいのか?)
心の中で何者かが訴えた。それは……その者は、前世の、人間としての、俺の良心。
(お前は本当に主人公をぶっ飛ばす、人間にとってのバットエンドだけが目的か?)
煩い、と思った。魔王としての俺が前世の俺に煩いと思った。そうか、これが魔王、魔物ってやつか。俺は今まで甘かったんだな。
(テメェ、ふざけるなよ。お前はあの子を放っておくって言うのか!?)
「当たり前だろう? あいつは敵なんだから」
最早、そこにいるのは元日本人の魔王ではなく、冷酷な正真正銘の魔王だった。
「あんた! なにやってんだい? 責任は取れって言ったよ!?」
ドアがバァーン! と音を立てて開いたかと思うと女将さんが叫びながら入ってきた。唾かかってるんですけど、汚いんですけど……って、それよりも。
「何勝手に入ってきてんだ、人間風情──ガッ!?」
俺が女将さんを威圧する前に、俺の頭に衝撃が来る。見上げると(女将さんは俺より背が高い)女将さんの右手にはフライパンが握られてた。
「何があったか、知らないけどね。女を泣かせるやつは最低だよ。いいか? あんたがやるべきことは今すぐあの子を追いかけることだ」
なんか女将さんが言っている。ちっ……フライパン如きで俺が黙ると思うなよ。俺は目の前の人間を
「聞いてんのかい!?」
「フッ、あんたには世話になっ──フガッ!?」
さっさと殺そうとした俺の頭に再びフライパンが降ってくる。
「さっさとあの子を追いかける。いいね?」
だから、なんで俺が……
「いいねッ!?」
「はいぃ! 今すぐ行かせていただきますぅ!」
こ、この俺が人間に怯えているだと!? 自分でも驚いているが、ただの人間に俺が屈するなんてあり得ないはずだ。しかし、足は宿の出口に向かっている。
「フンッ! 出てって右に行ったよ。あっちはチンピラが多い。早く行ってやりな!」
後ろから女将さんの声が聞こえる。俺は苛立ちを覚えたが、足は勝手に早足になり仕舞には走り出した。何故だ!?
(要するに、結局お前はお人好しで、可愛い女の子を一人にしておけない良いやつなのさ)
自慢気な声が聞こえた気がした。さっきまで煩いと思っていた声。しかし今はその通りだと思う。俺は何処かに落としていた良心を拾っていた。
俺は勇者ちゃんのもとに急いで向かうのであった。
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いつも読んでくださってありがとうございます。次回は勇者ちゃんSIDEです。
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