第9話
俺はびしょ濡れで椅子に座っていた。場所は宿屋『アネシス』の1室。俺と勇者ちゃんが同棲(?)している部屋だ。
つい先程、謎の男を撃退して……また悲鳴が聞こえたら風呂に向かったらお湯かけられた。確かに悲鳴が聞こえた気がしたのになぁ。
普段の勇者ちゃんならそろそろ上がってくるけど……もしかして、嫌われたのか。まぁ、相手からしたら『急にお風呂に入ってきた変態』だもんな。嫌われたら、練習とかしてくれなくかるけど……仕方ないか。
『兄上、元気か?』
いきなり、ヴィオレッタが脳内に語りかけてくる。通信みたいなもので、魔族内では常識なので特に驚きもしない。もう2週間か……ちょっと懐かしいな。
「あぁ。元気にやってるよ」
今は精神的なダメージが酷いけど──と付け足す。
『そうか、大変なんだな。こっちは珍しく人間が来たんだが農民に手を出そうとしていたから殺しといた』
流石、始末屋だな。民が傷つかないように敵を排除するのがヴィオレッタの本来の仕事だ。魔王になって止めるつもりは無いようだが……
「なぁ、ヴィオレッタ。確か魔王城に入るには各地の上級魔族を倒して鍵を手に入れる必要があるよな」
ゲームとかでよくあるが、配下の奴らを倒して鍵を入手し魔王城に入る仕組みになっている。上級魔族と言ってもそこそこ強いだけだ。四天王とか幹部は別にいる。
『ああ。さっきの奴は力で何とかなると思っていたらしくてな、鍵は手に入れてなかったぞ』
ふむ、馬鹿なのだろうか……まぁ、魔国とか城下町までなら普通に入れるからな。それよりも上級魔族か、使えそうだな。
『何か良くないこと企んでないか?』
「まぁ、俺たちにとってはあまり良くないこと、かもな」
だって、俺が今思いついた事は勇者ちゃんが成長する方法だから。敵が成長するのは良くないことだ。
『まぁ、兄上がやりたいならそれでいいと思うがな。それじゃあ』
ヴィオレッタ……俺にはもったいない弟だな。
「ただいま上がりました……って、びしょ濡れじゃないですか!」
ヴィオレッタとの通信が終わると同時に勇者ちゃんがお風呂から出てくる。何やら俺がびしょ濡れな事に驚いているが、誰のせいでこうなったのか思い出してほしい。
「い、いや……魔法で乾かしたのかと思っていました。と、とにかく! お風呂入ってきてください。風邪引きますよ」
勇者ちゃんに催促されるが、今日はそんな気分じゃない。頭を冷やすためにも水を被るのはいいと思うし……
「さっきの件は気にしないでください。私が悪かってんですから。ほら、行ってきて!」
椅子に座っていた俺は勇者ちゃんに背中を押されて渋々風呂に向かう。てか、さっきの件は勇者ちゃんが悪いとか言ってたけど……俺が聞き間違えたのが悪いよなぁ。
俺はとりあえず風呂に入ることにした。今「やっぱやーめた」って戻ったら勇者ちゃんが怒りそうだし。ついでに、さっきの男が転移してきた痕跡でも探すか。
もし、さっきの男が誰かに操られていたとしたら?今後も被害に合うのは目に見えている。俺の周りで意味のないトラブルはなるべく少ない方が楽だ。
俺は体を魔法でパパッと洗う。生活魔法は便利だが、意外と習得するのは難しい。様々な魔法を組み合わせているから制御が難しいのだ。
今体を洗うのに使ったのは、聖属性魔法の『浄化』の効果を水に付与させて作った聖水を空間魔法の応用で高速回転させて、さらには魔族の俺にダメージが無いように聖水に闇魔法を効果を打ち消さないように混ぜる、っていう過程が含まれる魔法。
簡単に言うと生活魔法ってのは各属性魔法の無駄遣いってこと。はい、ただの自慢でした。魔族の奴らはみんな使えるから自慢できないんだよな。
とりあえず、体は綺麗になったので風呂に浸かる。時々思うけど、美女の残り湯を使わせてもらってるよな、俺。罪悪感と背徳感が……勇者ちゃんは気にしてないみたいだから問題はない、はず……!
さてと……明日からの練習内容は何にしよう──と俺は思う。最近は勇者ちゃんの練習メニューを考えるのが日課になっていた。
元々部下に何かを教えるのは好きな
……今の生活を楽しもう。そう、密かに決意する俺だった。あ、ちなみに体洗うついでに魔法の痕跡を調べたところ普通の転移魔法だった。やっぱりたまたま変態が転移魔法手に入れただけだったんだろう。
◇ ◇ ◇
風呂から上がった俺は勇者ちゃんと食堂に来ていた。ちなみに、多分だが勇者ちゃんには嫌われていない気がする。いつも通り話してくれたし。
「今日は何を食べますか? 私は何でもいいですが、ヴァイオレットさんに合わせます」
前言撤回。いつも通りではないようだ……
「え〜と……あの、何があったの? いつもはそんな事言わないよな?」
いつもの勇者ちゃんなら「今日は何食べようかな〜。あ、あれにしよう」って、一人で取りに行くのに。
「え、いや……その、一緒じゃダメですか?」
何故か分からないけど、勇者ちゃんが泣きそうになる。背の高さ的にも見上げてくる感じになりその可愛さの破壊力は凄まじい。でも、俺の食事は健康バランス悪いし……う〜ん。
「ダメですか……?」
「いや、別に一緒でもいいけど……あ、そうだ。俺が勇者ちゃんに合わせるよ。何食べたい?」
我ながら名案だ。勇者ちゃんの(何故かわからないけど)俺と同じものを選びたいという願いと自分の健康バランスの悪い食事を勇者ちゃんに食べさせたくないという思い、どちらも解決できる。
「いいんですか? 全然気を遣わなくてもいいですよ?」
どっちかというと、勇者ちゃんが気を遣ってるような……いつも通りでいいのに。何があったんだ、この子は。
「なら、今日は……あ、アレにしましょう」
勇者ちゃんが選んだのはステーキ定食。あの肉は何肉かは知らないが、まぁまぁ美味い。多分、熊か何かの肉だとは思う。動物の家畜化は進んでいるがまだまだこの世界は狩猟がメインだ。
「ほんとに良かったんですか?」
席について尚勇者ちゃんは心配してくる。そこまで言うなら同じのを食べたいとか言わないでくれ……
「すみません……あ、あの! 今日は、と、隣で食べてもいいですか?」
えーと……勇者ちゃんの様子がおかしい。明らかにおかしい。俺と同じのを食べたいって言ったのもそうだが隣に座りたいなんておかしすぎる。
いつもは俺の正面に座るのに……1度だけ、隣で食べたら? って聞いたときは断ってきたのに。ほんとに何があったんだ? まさか、あの男がなにかしたのか……
「ち、違います。ただ、隣で食べたいなって思っただけなんです……嫌ですよね」
よく分からないが、とりあえず泣きそうになっている勇者ちゃんを見て断れるはずもなく隣に座ることを許可した。別に許可なんてなくてもいいんだけど……
隣に座れるのが余程嬉しいのか勇者ちゃんは満面の笑みだ。でもこの子、よく泣くなぁ。泣きかける、の方が正しいかもしれないけど。まるで子供みたいな。
「勇者ちゃんって幼少期はどんな風に過ごしていたんだ?」
ちょっと気になっただけだった。だから、この質問に深い意味はなかったし、この質問が彼女をどれだけ苦しめる事になるのか気づかなかった。彼女の家系の事情を知っていながら、俺は禁忌に触れたのだ。
「そう、ですよね……ヴァイオレットさんには話しておかないとですよね。でも、折角の料理が楽しめないので、話は部屋に帰ってからでもいいですか?」
さっきまで笑顔で食事をしていた勇者ちゃんの声が消えそうなくらい小さくなった事で初めて自分の問は聞いてはいけないものだったと理解した。理解したけど、遅すぎた。
「ああ……」
その後、勇者ちゃんと俺は一言も喋ることなく料理を食べ続けた。過去1美味しくなかった。あと、食器を返しに行った時、女将さんに「責任は取りなよ」と言われた。全部見られてたってわけか。
「先に言っておきます。ごめんなさい……」
その謝罪がどんな意味を持つのか俺には分からなかった。
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ここまで読んでくださってありがとうございます。
いつも読んでくださっている方々には本当に感謝しています。
来週からは学校が再開するので投稿頻度が間違いなく落ちます。毎日投稿しようと思えば出来ますが皆さんの応援次第かもです。
最悪失踪します(多分しませんが……)。
本当にいつも皆さんのフォローや応援が励みになっております。これからもどうか僕の作品を読んでください。こんなシーンが欲しいってのがあったらコメントで教えて下さいね。
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