第8話
さて、帰ってきました。宿屋『アネシス』
ここのおばちゃんの料理は実家の様な安心感があるんだよなぁ。
「ヴァイオレットさん。先にお風呂入っていいですか?」
「ああ、行ってらっしゃい」
実は流石に部屋を2部屋借りる余裕がなくて勇者ちゃんとは同じ部屋で住んでます。城の物を売り払うのは罪悪感しかないからな。
「前みたいに私の下着取らないでくださいよ?」
「そんな事はしてませんが!?」
最近の勇者ちゃんはちょっと小悪魔的だ。イタズラや今みたいな事が増えている。困ったなぁ……よし、距離が縮まった証と前向きに捉えよう。
そういえば、最近は人間な街にいるから忘れそうなのだが、俺は仮にも魔王だったな。前世のことも無駄にはっきり思い出せるから400年前だろうと関係ないんだよね。ついつい人間の頃の感覚になる。
そんなことをのんびり考えていると──
「キャーー!!!!」
──と風呂から悲鳴が聞こえた。間違いなく勇者ちゃんだ。
俺はとりあえず風呂に向かう。この距離なら魔法より走った方が速い。走るほどの距離でもないが……
勇者ちゃんは裸かもしれない、とか一瞬思ったが一瞬だった。
「大丈夫か!?」
俺はほぼ躊躇なく扉を開ける。てか、躊躇ってる場合じゃないしな。
扉を開けた先にいたのは勇者ちゃん(全裸)、と知らない男(全裸)。とりあえず俺は考えるより先に勇者ちゃんを抱き寄せる。裸とか気にしてる場合じゃない。てかそれよりも
「誰だ、テメェ」
俺は最大限の圧をかける。
※数秒後の俺から一応説明しておきます。俺は魔王です。歴代最強と言われています。そんな俺の最大限の圧、それは対象を絞ってなかったら大地が割れるほどです。それをただの人間に絞って当てたら……答えは簡単ですよね。
男は失神していた。泡吹いて仰向けにぶっ倒れる。ちなみに、風呂で転倒するのが最も危険らしい。
「どうしたんだい!?」
勇者ちゃんの声が聞こえて、全力で走ってきたのか宿の女将さんが息を切らして登場した。手にはフライパン……フライパンで戦おうとする女将さんって実在するんだ。
「こいつは、はぁはぁ……最近街を騒がせてる、はぁはぁ……変態じゃないか。」
息整えてから話せばいいのに、と思うのは俺だけかな。兎に角、こいつはただの変態らしい。しかし、恐らく転移魔法の使い手だな。縄とかで縛っても逃げられるのだろう。
俺は
俺は女将さんが男を縛って連行していくのを見届ける。ふぅ、これで一段落だな。
「あの〜……出来れば、そろそろ開放してほしいです」
男の事で頭がいっぱいだったから気にしてなかったけど……今俺、裸の勇者ちゃんを抱いてるじゃんか!
その事実に気づいた瞬間俺は勇者ちゃんを開放する。ちょっと悩んだのは墓まで持っていこう……
まだ手のひらに残る勇者ちゃんの肌の感触が頭から離れないけど、とりあえずこの汚れた風呂を魔法でキレイにする。生活魔法ってやつだ。
「そ、それじゃあ。お風呂行ってきますね」
「お、おう。行ってらっしゃい」
お互い顔が赤い。特に勇者ちゃんなんて、りんごみたいに赤くなっている。もしかしたら、俺もかもしれないが……とりあえず俺は部屋に戻ることにした。
【勇者SIDE】
今日、私に起こった出来事をダイジェストで説明します。
ヴァイオレットさんの『万年桜・桜オロチ』未満の威力の技は受け止める事が出来るようになった。
でも、仮想世界の中だけだと判明した。
宿に帰ってきてヴァイオレットさんをからかってからお風呂に入った。
変な男の人が突然現れた。
思わず叫んだ。
ヴァイオレットさんが来て、私を抱き寄せた。
ヴァイオレットさんが男の人を威圧した。
男の人が倒れて、女将さんが来て不思議な縄で拘束して連れて行った。
ヴァイオレットさんが離してくれたのでもう一度お風呂に入ることにした。
お風呂の鏡を見ると顔が真っ赤だった。
今はお湯に浸かっている。この瞬間が一番リラックスできる。練習の疲れがお湯に溶けていく感覚……あー、生きてて良かったぁ。
それにしても、ヴァイオレットさんの手の感触が離れない。あ、別に気持ち悪いとかじゃないんですよ? ただ、変に意識してしまって……
「ヴァイオレットさんが、あんなにかっこいいのが駄目なんですぅ」
まるで恋する乙女みたいですね、私。恐らくヴァイオレットさんが私に好意を向けていることはないでしょう。どっちかというと、哀れみかもしれないし。
でも、もし好意を向けていてくれたら……
『勇者ちゃん、好きだ』
「キャー、やめてくださいよぉ。困っちゃいますぅ」
おっと、思わず叫んでしまいました。てか、何を妄想してるんだろう……恥ずかしいな。
「どうした!?」
「え?」
一人で妄想してると入り口の扉が開いた。そこにはヴァイオレットさんがいて……
「あ、あれ? 悲鳴が聞こえた気が……」
あ、さっきの……
さっきのを聞かれていた事に気づいた瞬間、恥ずかしさが込み上げてくる。
「何でもないです! ヴァイオレットさんのバカぁ」
「何でぇ!?」
私はヴァイオレットさんに思いっきりお湯をかける。あ、やっちゃった──と思った時は遅かった。お湯がヴァイオレットさんに頭からバサーっと音を立ててかかる。
「……なんか、ごめんなさい」
ヴァイオレットさんはびしょ濡れのまま扉を閉めると部屋に戻っていった。多分、魔法で乾かすのかな。申し訳ないことしちゃった。嫌われたかな。
私はどんな顔でお風呂から出ればいいのか分からなくていつもより数十分長くお風呂に浸かってましたとさ。
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