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「お邪魔しますわ。」
かつらは脱いだハイヒールを揃えて部屋の中に入っていく。
「奥様はどちらにいらっしゃるの?」
散らかった6畳一間の空間にソラの姿はない。
「…あぁ、ソラか。ソラはわけあって出ていっちまったんだ。」
「何時ごろ帰宅するのですか?」
「いや、そうじゃねえんだよ。話せば長くなるから言えねえが、俺が探し出さない限りアイツから帰ってくるこたぁねえんじゃないかな?」
「そ、そんなぁ。勇気を出して大嵐さんの元へ来たというのにお会いできないなんて…。」
かつらは土産が入った手提げ袋と麦わら帽子を床に落とした。
「お、おい、そんな深刻な顔すんなよ。そのうち帰ってくるって。」
ウミはかつらの代わりに手提げ袋と麦わら帽子を拾いあげた。
ショックを受けて愕然としているかつらを見て、ウミは珍しく他人を気遣っている。
「でも、おまえはソラと仲良かったっけか?
寧ろ揉めまくっていたような気がすんだけど…。」
目を細め頷くかつらは寂しげな表情で言った。
「その通りです。ワタクシ、過去に自分の配下においた取り巻きとともに大嵐さんを徹底的にいじめておりました…。」
かつらの発言にウミはかつらを鋭く睨む。
「学校という小さなコミュニティでワタクシは女王様気取りでした。
始めは人と比べて風貌が異なるクラスメイトの大嵐さんをターゲットにしていきました。いじめは徐々にエスカレートしていき遂には大嵐さんの居場所を奪ってしまうくらい追い込んで苦しめたのです。」
過去の自分を振り返るかつらは、どことなく寂しげな小さな花柄模様のハンカチで両目を覆った。
「でもある時、転機が訪れました。
ワタクシがいつも見下していた男子に騙された時です。
体育館の倉庫に監禁されて、暴力を振るわれ性的な行為を強要された時、大嵐さんが…ワタクシを…強烈ないじめをしたワタクシを助け出してくれました。」
ウミはマツダイラが退学になった際、ソラから退学した内容を聞かされてはいたが、かつらが告白するまで具体的な事を知らずにいた。
「本来であれば、ワタクシは救いの手を差し伸べられる立場にはおりません。
それなのに大嵐さんはワタクシを…うぅ…大嵐さん自身も、あの者に襲われてしまう危険があったのに…。」
ウミは畳にドシンと音を立てて座り込んだ。
心の中で、ソラの奴、自らの危険を顧みず余計なことに首を突っ込みやがって、と思い当事者であるかつらに文句の一つでも言ってやろうとしたが、どうにもそんな気持ちにはなれなかった。
「この経験を通してワタクシは生まれ変わる為に改心する事を固く決意しました。
改心したとはいえ、消し去る事のできない過去を
清らかで損得勘定がなく聖母マリアのような人格を持つ美しい大嵐さんには程遠い…。」
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