185 懐かしき来訪者

「さっきからうっせえな!このタコ助!」


ウミは音を立ててカチカチ秒針を刻む目覚まし時計に八つ当たりをしている。

木曜日に張り込みを始めてから早2日が経過していた。

部屋の壁に貼られているカレンダーの日付は青色になっている。


「あーあ。野郎は姿を現さねぇ。もはやアパートには戻って来る気がねえのかもな。」


ソラが近所の100円ショップで購入した安物の時計が12時を差した直後、玄関のチャイムがなった。


ピンポン


「えっ!?ソラか!」


ウミはミカミを探る為、集音器がわりにコップを壁に当てていたが、すぐさまそれをやめて一目散に玄関へ向かって行った。


「いってぇぇ!」


その際、慌てていたせいもありギタースタンドに足の小指をぶつけた。

痛みで片足を上げてピョンピョン跳ねている。

壁にもたれながら掌で、ぶつけた指をギュッと強く押さえる事しかできなかった。


ピンポン


再度、昭和の時代から使われている安物のチャイムが鳴った。


「ちょいと待ってくれ!今すぐ開けるからよ!」


少し痛みが和らいだ足をひきづって玄関先へ向かい、ドアの向こうにいる人物を見ようと額がつくほど身体をへばりつけドアスコープで覗き込んだ。


片耳のもみあげだけ耳にかけたショートカットの優しい表情をした若い娘が立っている。

娘は白いワンピース姿で被っていた麦わら帽子を脱ぎ、ドアが開くのを胸を高鳴らせて待っていた。


ウミはぶっきらぼうに"はい"とだけ言って応対した。


「あ、あの大嵐ソラさんのお宅ですか?

ワタクシ、姫君学院時代にお世話になった砂城院さじょういんかつらと申します。」


かしこまった挨拶をしたのは、宗成の妹のだった。


「かつらメーカーのセールスかい?かつらは俺にゃ無縁だよ。帰んな。」


青い髪をかき上げてウミは冷たく言い放つ。


「ワ、ワタクシはかつらメーカーのセールスではなく、大嵐ソラさんと同級生の砂城院さじょういんかつらです。

1年4組で同じクラスでしたのよ。担任は花見さんでしたわ。」


「同じクラスの砂城院…?あっ!あん時の!」


ウミは玄関ドアを勢い良く開けた。


「懐かしいなぁ!お前元気だったか?でもなんだってここに?」


「か、神園くんですわね、お久しぶりだわ。思い出してもらえて良かった。

ワタクシ、大嵐さんに、ううん、ご結婚されたさんにどうしても会いたくて、奥様のご実家にご連絡をさせて頂いたのよ。

奥様のお母様が、快くご住所を教えてくださったわ。」


緊張しつつも、丁寧な口調で優しくウミに話した。


「そっか、ソラのお母さんから聞いたんだな。」


かつらは花柄のハンカチで額の汗を拭ったあと、コクリと首を縦に振った。


「すぐに開けてやらなくて悪かったな。

暑いだろ?散らかってるけど、良かったら入って行けよ。」


「ハッ…。」


かつらはかつて姫君学院時代、恋焦がれていた想い人から部屋へ招かれるというシチュエーションに当時の恋心が再燃しかけている。


「ワタクシは命の恩人である大嵐さんに会いたくて来たのに、かつて憧れた神園くんにトキメクなんてどこまで悪い女なのかしら…。

神園くんは今や大嵐さんの素敵な旦那様。

ワタクシは不純な関係なんて望んでいない。

“失楽園"だとか"昼顔"だとかそんなものは全て軽蔑しているわ。

ヘソから下のお付き合いをする不埒ふらちな男女関係なんて最低だわ。

そう、ワタクシは生まれ変わったのよ。

もっと心の清らかな優しい娘になって大嵐さんに認められ信頼される。」


独りでブツブツ話すかつらにウミは姿勢を下げて、かつらの顔を覗きこんで言った。


「俺が話しているってのに背を向けやがって生意気な女だな。部屋に入る気ねぇなら閉めんぞ。」


「キャッ!」


かつらはウミの顔が突然目の前に現れた事で、咄嗟に赤くなった頬を両手で隠す恥じらいを見せた。


「おめぇ何やってんだ?入るなら早く入りやがれ。」


「神園くん。お待ちになって。ちょっとワタクシ、自分の心と葛藤していたのよ。」

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