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ゴキブリと狭い部屋で激しい乱闘を繰り広げた後、首に巻いたハンドタオルで顔を拭きながらキッチンでぬるい水を飲んだ。


「もう全部脱いで裸になってしまいたいよぉ。」


ソラが暑がるのも無理もない。

30℃超えの夏真っ盛りの七月。

今朝の不審者の件で玄関ドアに限らず、部屋の窓も閉め切ったままだったのだ。

おまけにゴキブリとの乱闘で呼吸が乱れるほど身体を動かしている。


「あぁ~。エアコンもないし、扇風機もない。どこか寒い国に連れて行ってよ、ウミィィ。」


冷蔵庫のドアを開けると開口一番、"オーロラが見られるアイスランドはここね?"と顔を突っ込んでペチャクチャ語り始めた。


「せめてプールへ行きたい。

ウミと違って私はカナヅチだから、温泉みたく浸かっているのが好きだったなぁ。

冷たい水の中に身を置くと全身に鳥肌が立つくらいヒンヤリするのがたまらなく好きなんだもん。

もしプールに行くなら白いフリルがついたビキニか、黒い大人っぽいビキニ。

ウミはどちらの水着を着た私を見たいの?」


頭がヒートしたソラの、奇妙な冷蔵庫トークは続く。


「冷蔵庫は熱った頭を冷やすには丁度いいわ。

今の私を見てさ、お肉やお魚を冷やす物に頭を突っ込むのはお行儀が悪いって怒らないでよね。

じゃあね、お聞きしますが、私はどうやって夏の暑さから逃れればいいの?

この地獄の暑さからだよ?

ほらほら、答えられないわよね。

アメリカ人が住む家の庭にはプールがあるんだよ。

私、前にテレビで観た事あったから知ってるの。

いいなぁ。お家にいながら気軽にプールにドボンできるんだから。」


ソラは、このおかしな冷蔵庫トークのおかげで今そこにある危機から逃れる答えを見つけ出した。


「そうだ!プールはないけど水風呂に入ればいいんだぁ!ソラちゃん頭いいー!」


ソラはキッチンから脱衣所へ向かった。


脱衣所にて汗でベタつく白いノースリーブシャツ、ピンクのショートパンツを順に脱いでいく。


ブラジャーを外すと深い谷間と大きな乳房の下にできた汗だまりに、ソラは苦笑いを浮かべた。


白いショーツも大量の汗を吸収している。

ショーツを脱ごうとソラがお辞儀の姿勢になって尻から足首までおろすと、ショーツは面白いほどクルクル丸まってしまった。


全裸になった若妻は浴室の引戸をガラッと開けて中へ入る。

外気に触れた事で胸や尻はほんの少しだけ気持ちが良い。


湯船に冷水を溜めようと蛇口を捻ると、頭上に置いてあったシャワーのヘッドから勢いよく背中めがけて冷水が流れた。


シャーーーー


「ウキャー、冷たい!」


慌ててカランに切り替える。


「まるで滝にうたれたかのようだった…。」


ソラは予想だにもしなかった"恵の雨"に少し背中を丸めて内股になり狭い浴室でプルプル身体を震わせた。


ウミが眠気覚ましに朝シャンをしてカランに戻さなかった事にブツブツ文句を言いながら湯船に程よく冷水を溜めた。


「気を取り直して、今から私んちのプールに入っちゃうぞ!」


威勢こそあるが、片足のつま先を水風呂にゆっくり入れた。

徐々にくるぶし、膝まで浸かっていく。


ブルブルッ


ひんやりした感覚が肌を刺激して勝手に身体が身震いした。


くびれた腰を下ろしていき尻が少し水面に当たる。


「あぅぅぅぅ。コレ、この感覚ぅ。」


そのままゆっくり尻を浴槽の底につけた。

白い湯気が立ち昇らないだけで普段の入浴スタイルと変わらない。


「冷たくて気持ちいいわ。

とてもいい水加減ね。

本物のプールにだって負けてないよ。ウフフ。」


冷たさに慣れたソラは調子はずれの音程でヨハン・パッヘルベル作曲のカノンを鼻歌で口ずさむ。


「ランランラララァランラララ~私、ここが1番好きなの。」


暑さから解放された嬉しさから、手でパシャパシャ音を鳴らして水遊びをするほどだ。





水風呂に浸かり生き返った若妻の影で、このどうしようもない男が動き始めていた。


「不覚にも寝込んじまったな。でもようやく具合が良くなってきた。

危ないところだった。」


今朝、ソラに付きまといをしていた代償で暑さにやられてダウンしていた"変態ストーカー男"のミカミは、氷枕と扇風機で身体を芯まで冷やす応急処置をおこなっていた。


「この猛暑のなか、女神は何をしているのだろう?

まぁ、それを調べる事こそ新しく見つけた俺の生き甲斐さ。」


ミカミはいやらしい笑みをうかべて玄関ドアを開けた。


狙いはもちろん、神園ソラだ。

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