10

ミーン、ミンミンミーン


「うるさい!お前らセミは鳴くだけでクソの役にも立っていないだろ。

少しは静かに出来ねぇのか。

近々、殺虫剤を買ってきてお前ら虫ケラどもに一撃、喰らわせてやらぁ。」


暑さのせいもあるのだろう。

ミカミはいつも以上に感情的になっていた。

朝より気温がみるみる上昇して37℃を記録した事をミカミはテレビを観て知っていた。


「いけない、いけない。

こんなに殺気だっていては、女神に嫌われてしまう。

ギター野郎には醸し出すことの出来ない大人の男の色気ってものをアピールすべきだ。

しかし、いくら顔見知りになれたとはいえ今朝の様子からして玄関を開けて貰えるだろうか?

泣かされるほど、ギター野郎に怒鳴られていたしな。

面と向かって会うことは難しいぞ。」



目の前にある神園家の玄関ドアと郵便受けを見ながら、何をするわけでもなくミカミは無表情で立ち尽くしていると、反響したソラの声をミカミは聞き逃さなかった。


「おや?今、女神の声がしたような。」


「ウフフ、おっきなお風呂ならバタ足できるんだけどなぁ。

でも、その代わりに素潜りならできるもんね。

よし、やっちゃえ…。スゥー。」


ソラは深く息を吸ってから浴槽に潜った。


トプン…



…ザッバーン!


浴槽に潜っていたソラは水飛沫をあげて、立ち上がった。

弾けるような音とともに、たくさんの水が浴槽から溢れ出る。


「ぷはぁぁぁ、10秒は潜れたわ。」



「やはり、あの声は女神だ。

風呂場の方から声が聞こえたぞ。女神は風呂に入っているんだ!

これはさっそくチャンス到来!ウヒヒヒヒ。」


醜悪な欲望に支配されたミカミは、ウミがいる浴室へ頭を下げ姿勢を低くしながら気配を消して近づいた。


「女神は今、風呂に入っている。

一切、恥じらう必要のないプライベートな空間で、きめ細やかな白い肌を露わにしているんだ。」


夏の暑さを忘れたミカミは水の滴る音、無邪気にはしゃぐ声に集中して、薄い壁を挟んだ向こう側で水風呂に浸かるソラに下心で埋め尽くされた思いを馳せている。


「あの張りのある大きくて柔らかそうなお乳は、動くたびに湯がさざ波のように浴槽の中で広がってゆく事だろう。

見事な桃尻は押せば跳ね返ってくるほどの弾力のはず。

女神は身体を洗う時、どこから洗うのかな?」


ミカミの妄想はとどまる事をしらない。


「この風呂場の小窓を開ければ、女神の美しくも無防備な裸体を拝む事はできるが今朝の件で警戒しているからな。

さすがに鍵はかけているはずだ。

残念だが今は引き返すよりほかない。

しかもまた暑さにやられてしまいそうだ。」


またもや照りつける夏の太陽にクラクラしてきたミカミは自宅に戻りペットボトルの麦茶を大きなマグカップに入れて一気飲みした。


麦茶を飲み干した後、黒縁眼鏡を外してキッチンの水道を使い汗にまみれた顔と頭を流水で冷やした。


「おぉ、冷たい。」


タオルやハンカチで拭く事などせず、乱暴に手で坊主頭をクシャクシャっとさせて水気をふき飛ばした。


そんな折、消した気でいたテレビから聞き慣れた司会者の声が聞こえてくる。


電源をオフにするのを忘れてつけっぱなしの状態だったテレビに気が付いた。

昼下がりの午後に放送されている番組は芸能ニュースを中心としたワイドショーだった。

番組はちょうど芸能特集が組まれており、5年前ブレイクしたアイドルに密着取材をしていた。


アイドルグループのセンターがピンク色のビキニ姿でライブを行った映像が目に入る。


ミカミはこのアイドルグループを応援しており、その中でも特に1番人気のセンターで活躍する娘が推しでライブへ行くのはもちろん、グッズやCDを大量に購入していた。

推しに費やした金は、ざっと500万は越えるだろう。


画面はピンクのビキニ姿の推しが笑顔でファンの前に立ち感謝を口にする場面が映し出されている。


「はん。なんだこのブスは。

もうキミなんかに興味はない。

俺は本物の美女をこの目で見たんだよ。この目で!

キミのような若いだけの娘にはもう騙されんよ。

せいぜい、業界のオッサンどもの慰み者として芸能界にぶら下がって生きればいい。

年齢的に旬を過ぎたら捨てられるだろうがな。」


そう言うとミカミはテレビを消した。


レースカーテンが風を受けて大きく膨らみ乱れる。


窓は全開だ。


「なかなか良い風が吹くじゃないか。

なまるいのがたまにキズだが、扇風機と違って自然の風だからタダだしな。」


待てよ?

いくら、今朝の件で警戒をしているといっても、この猛暑だ。

窓くらい開けているんじゃないのか?

昨晩オジャマした時、エアコンはなかったはずだ。


ミカミはベランダに出て、神園家に室外機が設置されているかを確認した。


「ぬははは。やはりエアコンはどこにもない。

窓を開けている可能性はあるぞ。」


邪な心を持つ男はキッチンに置いた黒縁眼鏡をかけて、再びセミが鳴く表へと出て行った。

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