其の参 忍び足とクールビズ
濡れた
「いろいろ疲れたな。さて、これからどうしたものか……」
体力も服もない以上、
だが、試験初日に遅刻というのも頂けない話だった。拙者は溜め息を
「よし、裏手には誰もいないようだ。しめしめ」
拙者はしたり顔で言うと、木造四階建ての古びた校舎を見上げた。
――
萌賀の里でも珍しい忍者の専門校で、妄想忍法を座学と実技の両面から教えている。他にも体術や幻術、呪術などの多彩な授業がある。しかし普通科で扱うような学科は一切ない。この一般校と掛け離れたカリキュラムこそ、萌校の大きな特徴といえるだろう。
それゆえ卒業生も、内閣妄想室の
萌校ならではの特徴は、学年、学級の呼称にも見受けられる。一年生を下忍生、二年生を中忍生、そして三年生を上忍生と呼び、そのクラスは
拙者はこの春に入学した下忍生で、クラスは乙組だった。今からその教室に向かうわけだが、それには服を調達する必要があった。
さすがの拙者も、半裸のまま校内を歩く度胸はない。
「まあ、服をゲットするまでは半裸だが、それも見つからずに移動すれば問題ない」
拙者は不敵な笑みを
「
あとは得意の忍び足で気配を消せば楽勝である。
パンツの力を借りれば造作もない。
玄関には多くの生徒がいたが、誰一人として拙者の存在に気づかなかった。皆一様にそっぽを向き、やれ変質者だ下品だと、およそ拙者と関係ない話で盛り上がっている。
下品といえば、なぜか急に悲鳴をあげて走り去る女子生徒もいた。たおやかで慎ましいはずの
「それに引き替え、鮮やかに気配を断つエレガントな拙者といったら……フフンッ」
鼻高々に自身を
――と、そのときだった。
いきなり背後から肩を叩かれ、拙者はその場に凍りついた。そう、濡れ透けパンツの忍び足があっさりと見破られたのだ。突然の事態に血の気が引く。
「…………」
つまり、半裸で
拙者は観念すると、派手に視線を泳がせながら振り返った。眼球高速回転の術だ。これなら何も見えないし、見たくないものを見なくて済む。しかし音を遮ることはできなかった。
「おはよう、
微かに希望が見えた拙者は、それでも警戒して視線を落とすと、足元から少しずつ相手の姿を確認した。視界に入ってきたのは、ニーソックス型の
それは女子生徒が身につける忍者装束だった。拙者が慌てて顔を上げると、ポニーテールの少女がこちらを
「おお、お、
震える声で応え、ホッと
拙者の忍び足を看破したのは、緒方
彼女は甲組の生徒で、
だが正直、拙者は
それでもたまに協力してしまうのは、彼女が態度の端々に好意を
「ところで芦辺君、その変質……いえ、とんでもなく開放的な格好は何?」
切れ長の涼しげな目が、濡れた半裸を
その一方的な視線に耐え切れず、拙者も負けじとばかり緒方を見返した。女性にしては長身で、それゆえ
そんな彼女に
「この格好は、えーと、拙者の独断と偏見により、クールビズを極限まで突き詰めた姿だ!」
まさか、半裸で警官から逃げてきたとは言えない。仕方なく苦し
「随分と思い切ったクールビズなのね。でも濡れてるのはどうして?」
「それは……そう、熱中症対策だ。川を見かけたら反射的に飛び込むよう訓練してる」
「じゃあ頭に被ってる女物の下着にはどんな意味が?」
「スイムキャップだ」
口から出任せの嘘を並べると、いつしか拙者の半裸は驚くほどの有用性を確立していた。誰もがこのクールビズを
緒方もジト目で感動している。
「さすが芦辺君ね。ただの変態としか思えない露出にここまで意味を持たせるなんて」
「なははは、
「ええ、クールビズについては納得したわ。……それはそうと、ねえ芦辺君」
納得しても半裸を求めなかった緒方は、代わりに
彼女の
「分かっているぞ緒方。いかにクールビズとはいえ、半裸のまま試験を受けるのは問題があると言うのだな?」
「いえ、芦辺君は大体いつもそんな感じだから特に問題は――」
「皆まで言うな。どのみちブーメランと赤いリボンでは相性が悪かったのだ」
「は?」
「というわけで、拙者は今からクールビズを卒業しようと思う。これにて
「え、さっき始めたばかりでもう卒業って、何、どこ行くの、ちょっと待――」
制止の声は聞かなかった。
脱クールビズで緒方を煙に巻くと、拙者は猛ダッシュでその場から退散した。むろん、忍び足を使っている暇はない。
結果として、純白レースと黒いブーメラン、パンツ
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