第4話 みーつ&意外。
扉を開け、店内をみまわすと、まだ、ひなはいなかった。
適当に、近くの本棚から一冊取って、ページをめくる。
きちんとタイトルを見なかったから、思ってたジャンルと全然違って、すぐに棚に戻した。
今度は表紙を確認しながら、棚を眺める。
色とりどりの背表紙を見て、この前あのシリーズの新刊が出てたっけ、と手に取ろうとしたとき。
後ろの扉が開いた音がした。
「あ、」
「あ!」
振り返った拍子の間の抜けたわたしの声と、それとは間逆な、明るく高い声がぶつかる。
「一週間ぶりです! ……よかったあ。来てくれないかもって思ってました」
「……なんで」
「や、なんか前のとき、ぐいぐい行き過ぎた気がして。……その、引かれたかな、って」
「そんなことない!」
言った瞬間、目の前のひなが、固まった。
思ったより大きかった、わたしの声。
一旦、深呼吸する。
「……おっきい声出してごめん。あのね、わたし、ひなが話し掛けてくれたとき、嬉しかったんだ。いままで、ひなみたいに、心からわたしと話したいっていう感じで、来てくれた子ってあんまりいないから。みんな、そうするのが当たり前だからって雰囲気で」
学校で話す子なんて、みんなそんなもの。
同じグループだから、いつも一緒に居るから。
勿論、本当に親友で、お互いに本心をわかり会える人たちだっていて、そんな人たちは、心から話すんだろう。
でも、普通、知り合って一年かそこらで、そこまで仲良くなることは、あり得ないとまでは言わずとも、あんまりない。
「……でも、ひなは、最初から違うって思った。もしかしたら、わたしが、無視するかもしれない、相手にしないかもしれない。下手したら、暴言を吐くかもしれない。……知らないわたしに、勇気を持って話し掛けてくれた」
「……そんな、大袈裟、です。……勇気なんて、あたしは、」
「いや、大袈裟じゃない。学生だろうっていう情報しかない中で、その他に何も知らない相手に声を掛けるって、すごく勇気がいると思う。……ひなに、自覚はないかもしれないけど」
そんなこと到底できないわたしは、少しうつむき加減になる。
「……だから、引くなんて、絶対、ない。……ありがと、声掛けてくれて」
言いながら、ちょっと照れくさくなって、完全に下を向いていたわたしは、言い終わって顔を上げた。
今度はわたしが固まる番だった。
ひなの右頬を、一粒の涙が、滑った。
顔を上げた直後、ちょっと暗い顔をしてたけど、涙は無意識だったようで、固まってしまったわたしをみて、慌てて指で頬を拭っている。
「ごめんなさい! 急に、泣いたりして。……あまりに、感動したから。こんなこと言われたの、初めて。やっぱり、……とゆ、大好きです!」
さっきの笑顔に戻ったひなに抱きつかれた勢いで、後ろに半歩下がった。
左足で、なんとか踏みとどまる。
「そんな、別に……、ありがと。……あと、ですますは取っていいよ、同じ学年だし」
「わ、わかり、……や、わかった!」
今度は、大きな目を輝かせてうなずくひな。
表情をころころと変える彼女を見ていると、こっちまでなんだか明るい気持ちになってくる気がした。
だから、さっきの陰りは、見なかったことにした。
✧
あのあと、二人で少し本を見て、近くのカフェに入った。
どこにでもあるチェーン店。
学生の懐にはかなり優しいから、いつも、学校帰りの中高生で賑わってる。
そう言えば、来るのは久しぶりのような。
わたしが前回来たのは、ここでテスト勉強をしたとき。
つまり、一ヶ月前くらい。
休み明け、テストのための勉強をするのに、家ではあんまり集中できなくて、ここに来た。
家だと、お姉ちゃんがしょっちゅう部屋に来て、なんか私が手伝うことある?って言ってくるから、ちょっと面倒くさい。
世話焼きなのは昔からだけど、お母さんが亡くなってから、さらに酷くなった。
あと、すぐおかあさんの話を持ち出すから、最近はなるべく話さないようにしてた。
いつもは前を通り過ぎる扉を押して開けると、店員さんが、すんごい速さで飛んできた。
「何名様でしょうか?」
「二人です」
運良く空いてる席があった。
席を案内する店員さんの後ろを、ひなとついていく。
店員さんが、メニューと水が入ったコップを持ってきてくれて、荷物を置いたわたしたちは、早速メニューを開く。
紅茶にしよう、と思いかけて、ちょっと迷う。
どうしよう、せっかくひなと来たんだし、可愛いのを頼もうか。
ラズベリーソーダとか、ココアにトッピングしてあるやつとか。
「どれにしよー、ぜんぶ美味しそう。うーん、……でもなあ。……決めた、あたし、紅茶! とゆは、なににする?」
びっくりして、思わず、さっき運ばれてきた水のコップを握ってしまった。
何にって、こんな見た目のひなが、紅茶を頼むなんて!偏見かもしれないけど!
「あ、わ、わたしも、紅茶」
「おっけい! じゃあ、紅茶二つね。すいませーん!」
思いっきり手を振って店員さんを呼ぶ彼女の爪は、先週とはちょっと違う、きらきらで縁取られてるやつ。
可愛いな、と見惚れていると。
テーブルに置かれ、下ろした右手で若干隠された左手の中指だけ、ネイルが剥がれている。
紅茶が運ばれてきて、ミルクを入れる。
「……ねえ、ひな」
「んー?」
「ネイル可愛い。……左手の中指、取れちゃったの?」
「……ああ、これね! そう、今日、体育バスケだったからパス受けたら、取れちゃった。悲しー。今回けっこう上手く出来たからさあ」
このとき、わたしは、眉根を寄せる彼女の、一瞬の沈黙に、気が付かなかった。
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