第3話 いつもと違う所があったら褒めよう
「おおっ! ここが噂の大型ショッピングモールか!」
「もしかして先輩、ここ来るの初めてっすか?」
駅から直結しているショッピングモールを前に、俺は感動を覚える。
去年完成したばかりの大型店。学校帰りに寄る学生も多いとの評判を聞く。まさに、放課後デートにはもってこいの場所だ。
「ああ! ここがリア充の巣窟とされている場所なんだな」
「それ偏見っすから、口にはあまり出さない方がいいっすよ」
「そ、そうか。
隣を歩く紗倉に嗜められ、周りを気にしながら声を小さくして話す。
「はい。何度か家族で来たっす」
紗倉の父親は、俺の親父の秘書をしている。母親の方は元々うちの屋敷で使用人をしてくれてたみたいだが、現在は専業主婦をしているそうだ。
実家の方には紗倉もたまに帰っているようだが、その時に一緒に出かけたのかもしれない。
「なるほど! じゃあ案内してくれるか?」
「……エスコートするって話しはどうなったんすか〜」
「じょ、冗談に決まってるだろ」
「本当っすか〜? 先輩は世間に関してはモテモテどころかダメダメっすからね」
「一言余計だな!」
モテない事くらい分かっとるわい!
でも、確かに俺は一般的な常識に疎いところは無きにしも非ずだ。こういう大衆向けの場所の情報は特に。
「よく見ると、若いカップルらしき人達も沢山いるな」
「デートじゃないっすか?」
「くっ! 羨ましい」
「……側から見たらあたしらだって」
「なんか言ったか?」
「なんでもないっすよ」
「…………」
「なんすか?」
いつも通りの受け答えをする紗倉を見ていて、ひとつ思った事がある。
「紗倉は、好きな人とかいないのか?」
「は、はあ? 急になんすか」
「いやさ、紗倉に好きな相手がいるとか聞いた事ないと思ってな。実際どうなんだ?」
俺ばかりが恋愛の話しをしているうちに、紗倉の恋愛事情にも興味が湧いたのだ。
「どうって、何がっすか?」
「今は気になる奴とかいないのかって事だよ」
「…………」
紗倉は少し考える素振りを見せたが、沈黙してしまう。
「あっ、言いたくないなら言わなくていいぞ」
「命令されれば、教えてやらなくもないっすよ。あたしの主人は先輩なんすから」
「はぁ? 別にそんな事しないよ。ていうか、使用人だからって言いたくない事は言わなくていい」
「……まぁ、いなくはないんすけどね」
「何がだ?」
「好きな人っす」
「マジか! 誰⁉︎」
「教えないっす。言わなくていいって言ったのは先輩じゃないすか」
「うぐ、そ、それもそうだな。けど、すごく気になってしまって」
紗倉に意中の相手がいる事など、これまで一緒にいて気付かなかった。
俺はそんな衝撃の事実に興味を持たずにはいられなかったのである。
「はあ、仕方ないっすね」
「教えてくれるのか!」
「教えはしないっす。ただ、……手が届かない人って事だけは言えるっす」
「どういう意味だ?」
「内緒っす」
そう言うと、紗倉はそっぽを向いてしまう。
こうなると、これ以上の事はもう話してくれそうにないな。
「それより先輩!」
「ん?」
「あたしに何か言う事ないっすか?」
ドンっ、と俺の前に仁王立ちする紗倉。
俺よりも身長が低いから少し見上げる形を取るが、何を伝えようとしているのか正直分からなかった。
「えっと……。身長でも伸びたか?」
「違うっす!」
「あだっ!」
対応を間違った事への罰なのか、横腹に紗倉からのチョップが突き刺さる。
すると、今度は自分の顔を指差して言った。
「あたしの顔っす!」
「顔……? いつも通り綺麗だと思うぞ」
「んにゃ⁉︎ 」
「んにゃ?」
「ち、違うっす!」
「ぐはっ!」
今度はお腹に正拳突きを喰らわされる。
さっきよりもダメージが大きいのは気のせいだろうか……。
「よく見て欲しいっす! 化粧してるんすよ!」
「え……」
じっと、紗倉の顔を見詰めてみる。
「…………!」
あれ、何故か視線を逸らされてしまう。
しかし、そんな彼女の顔には確かに薄っすらと化粧がされていた。
よく見れば、唇に綺麗な桃色のグロスが塗られている。
「……言われてみれば」
なるほどな。出掛ける前にしてた準備はお化粧だったのか。
見慣れた顔だからかもしれないけど、ナチュラルメイクとでもいうのだろうか。本当にごく自然な化粧の技術に驚くほかない。
「女の子が化粧したり、服装とか普段と違うところがあったら褒める。それが礼儀っす」
「わ、分かった。次から気をつける」
そうか、女子は男子よりもオシャレに気を遣うんだもんな。
そういった点を指摘してくれるとは、さすが紗倉だ。アドバイスまでしてくれるなんて願ってもない助け舟を出してくれる。
「でも、本当に紗倉は綺麗だからな、すぐには分からなかったよ」
「にゃっ⁉︎」
「にゃ⁇」
俺が何気なく言った言葉に紗倉はまたもや変な反応を示す。
崩れた表情からは、顔を紅潮させていたのが窺えた。
「ど、どうしてそう言う事は言えるんすか……」
何やらゴニョゴニョと言っているが、よく聞き取れない。
それよりも、そろそろショッピングモール内に入った方がいいだろう。この周辺も人が多くなってきた。
「そろそろ行くか。……って紗倉?」
顔に両手で触れてブツブツと喋って立ち尽くす紗倉に声をかける。
俺が化粧について気付かなかった事に怒っているのだろうか。
「あっ! 置いてくのはルール違反っす先輩!」
だが、顔を上げた紗倉はすぐに俺の近くまで距離を詰めて来る。
さっきの言動と今の行動も相まって、猫みたいだな。
「ふふっ」
「……? 何笑ってるんすか」
「いや、可愛いなと思ってな」
「にゃっ、にゃにを⁉︎」
ほら、猫みたいだ。
◇◇◇◇
「先輩。最初はここっすか?」
「うん、紗倉的にはどう思う」
「まあ、無難っちゃ無難っすよね。デートの定番と言えばって感じっす」
最初に訪れたのは、若い子に人気な洋服店。
店内を見渡せば何組かのカップルも来店していた。
「けど、ここ女物の服しか売ってないっすよ?」
たとえ女性物の服しか扱わないお店でも、男女で足を運ぶ事は珍しくないとネットの記事で読んだ。
だから女性と来る事で男性が肩身の狭い思いをする心配もない。
「いいんだよここで。気になる物があったら言ってくれ」
「え、もしかして買ってくれるんすか」
「ああ、駄目か?」
「駄目じゃないっすけど、普通の女の子なら重いって思われると思うっす」
「心配いらない。荷物なら俺が持つから」
「いや、そういう意味じゃないっすよ」
「……?」
「ほんと、先輩は昔から先輩っすね」
紗倉が何を言わんとしているのか俺には理解できなかったが、服を買ってもらう事に対してはあまり気が進まないようだ。
「なら、出掛けるのに付き合ってもらったお礼として服を買う。これならどうだ?」
「それなら……、いいっすけど。本当にいいんすか……?」
「心配はいらない。金ならある!」
「その言葉がなかったらマジカッコよかったんすけどね」
「……?」
女心は難しい。紗倉の反応にそう思わざるを得なかった。
「でも、先輩がそう言うなら有り難く頂くっす」
「おっけー。じゃあ、さっそく回ろうか」
「はいっす!」
珍しく嬉しそうな表情で店内に足を踏み入れる紗倉に、俺も自然と嬉しい気持ちが込み上がった。
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