第2話 使用人へのお誘い

 


紗倉さくら! ショッピングモールに行こう!」

「えっ、何すか急に」


 休日の日の朝。

 俺は部屋を出て廊下で掃き掃除をしていた紗倉へと声をかける。

 紗倉は仕事用のエプロンを着用し、その下には白い長袖のセーターとチェック柄のロングスカートを履いていた。


「…………」

「先輩?」

「……紗倉ってメイド服着ないよな」

「は? セクハラすか」


 俺の言葉を聞いて、若干引いた顔をする紗倉。


「違う違う! うちの使用人ってみんなメイド服着てるだろ?」


 大上おおがみ家で働く使用人の人たちは、男性は執事服、女性はメイド服が仕事着だ。メイド服といってもいわゆるメイド喫茶のとは違いスカート丈の長いまさにお屋敷で働く落ち着いた格好の物である。

 大上家の屋敷には使用人を含め多くの人がいるので、家の者と使用人を分かりやすくするためにそういった形式を取っていた。


「まあそうっすね。あたしはこういった服の方が動きやすいんで」


 学生で働いているのは紗倉だけというのもあり、本人の意思も尊重してメイド服を着ているところを今まで見た事はなかった。


「それよりショッピングモールって言ってましたけど。何か用でもあるんすか?」

「そうだった!」


 紗倉に言われて我へと帰る。


「放課後デートいえばショッピングモールなんだよ!」

「いや、意味わかんないんすけど……」


 またしても言葉足らずだったようで、紗倉は首を傾げる。


「この前言っただろ! 彼女と制服デートがしたいって!」

「あー、まだ諦めてなかったんすね」


 大地だいちの言葉を聞いて、そういえばそんな事ありましたねと、つい数日前の事を紗倉は思い出す。


「そりゃあそうだよ! 絶対高校生のうちに彼女を作る!」

「けど、この前はそれが難しいって話じゃなかったすか?」


 確かに、現状俺に彼女ができる可能性は低い。

 しかも今日は休日。彼女を作ろうにも学校に行かない事には何も始まらない。


「紗倉、俺は気づいてしまったんだ」

「何がです?」

「俺にはまだ、恋愛についてのなんたるかが足りていない事に。つまりは予習だ」


 学校が休み。そんな時にするべき事といえば、事前に付き合った後の事を想定して恋愛について勉強をしておく事なのだ。


「だから、放課後デート定番のショッピングモールに俺は足を運ぼうと思う!」

「そんな大袈裟な……」


 腕を挙げて張り切る俺に、紗倉はため息を吐く。


「それに、勉強するならネットとかじゃダメなんすか? 調べれば体験談とか載ってるっすよ」


 紗倉がポケットからスマホを取り出した。

 当然、俺もスマホは持っているし、調べる事のできる環境は整っている。


「いや、実際にこの目で見たいんだ。それに……」

「それに?」

「名家の跡取りが書いた体験談とかは、ネットに載っていなかった」

「……そうっすね。たぶん、こんなに名家の中でも恋愛について悩んでるのは先輩くらいだと思うっす」


 俺は今に至るまでの間に、試行錯誤したのだが結局家にいる以上は有益な情報が得られなかった。

 そうなると、あとは自身の目で確かめる他ない。


「とりあえず、下見だよ下見! できれば女子からの感想も欲しいし」

「それがあたしって事すか?」

「誘える女子なんてお前しかいないからな」

「……なんすかそれ。最低な誘い方っすね」


 紗倉が不機嫌そうに頬を膨らませた。

 これは、昔から紗倉が怒った時に見せる癖のような仕草だった。


「あ……。わ、悪い」


 その顔を見て、自分が何をしたのか後悔した。

 気心が知れた仲とはいえ、紗倉も一人の女性だ。

 そんな相手に、他人の恋愛を手伝う道具のような扱いをしている事にようやく気付かされる。


「頼むにしても、もっと言葉を考えるべきだった……。ごめん」

「そうっすよ。あたしだって、一応女なんすからねー」

「本当に、ごめん」


 自分の事でいっぱいになってしまい、周りが見えていなかった。

 実現したい事とはいえ、焦りすぎたな。これ以上、紗倉を巻き込んで機嫌を損ねるわけにもいかない。

 俺は反省の意を込めて言う。


「嫌なら良いんだ俺一人で――」

「はあ、しょうがないっすね」

「えっ?」


 紗倉の事は諦めて、手を引こうとしたところでため息を吐かれた。


「行くんすよねショッピングモール。準備して来るから待っててくださいっす」


 意外にも、俺の誘いは了承された。

 紗倉は箒を壁に立て掛けて、上に来ていたエプロンを外す。


「い、いいのか?」

「主人の頼みを聞くのがあたしの仕事っす。それに、あたし以外誘う人がいないんすよね? だから仕方なくっすよ」


 くるりと俺に背中を向けて、紗倉は自室へと向かう。


「本当にいいのか? 嫌なら断ってくれていいんだぞ」


 俺は確かめるようにもう一度聞く。


「いいっすよ。ただ、ちゃんとエスコートしてくださいね先輩」

「も、もちろんだ!」


 振り返った紗倉は、悪戯に笑う。

 そこにはもう、先程までの不機嫌な表情はなかった。

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