うちの使用人は口は悪いが意外と優しい

桃乃いずみ

第1話 口が悪い後輩

 

「はぁ、彼女が欲しい」

「いきなりなに言ってんすか先輩。正直キモイっす 」

「相変わらず紗倉さくらは言葉がキツイな……」


 学校からの帰り道。夕焼け空に向かって告げた言葉は、隣を歩く後輩から辛辣な言葉を投げられる。

 学校の制服を着用し、金色のショートヘアを携えた彼女は肩を落とす俺を見て言った。


「今更っすよ。いつもの事じゃないすか」

「もう少しオブラートに言ってくれないか? 俺一応、紗倉のご主人様なんだけど」

「……すんません。つい本音が」

「それもっと傷つくやつだから!」


 俺たち二人が一緒に帰っている理由は一つ。目的地が同じだからだ。

 俺はこう見えて、この町の名家、大上おおがみ家の跡取りである。

 そんな俺には一つ下の幼馴染でもあり、屋敷の使用人として働いているお付きがいる。それがこの後輩、冴木さえき紗倉だ。

 紗倉の家族、冴木家は代々俺の家系に仕えており、その家の娘に生まれた彼女もこうして学校へ通いながら、大上家に住み込みでお役目を果たしている。

 紗倉が正式に俺の側付きになったのは、中学に上がってから。それまでは家柄の事とか全然分からなかったし、普通に幼馴染としてお互いの家で遊んだりもしていた。

 それが中学に上がってからは、紗倉は家を出て屋敷の使用人としての仕事も積極的になり俺の身の回りの事をしながら、学校では登下校を共にするようになった。

 ただ、使用人として働く義務はあっても側付きになるのは義務ではない。

 年も一つ離れているし、高校の進学先が一緒だったのも、単に家から近いからという理由が一致したからだ。

 口は悪いが、真面目に自分のやるべき事を全うしている頑張り屋だと俺は評価している。


「それにしても先輩。なんで急に彼女なんすか?」

「だってもう高二なんだぞ? しかも、もう秋だ。高校卒業まで半分を切ってる!」

「つまり?」

「俺の青春があと少しで終わってしまうのに、恋愛をしないのは如何なものかと!」

「意味不明っすね」


 俺の熱い説明も儚く散り、紗倉は理解できないと言った目で俺を見る。

 ちなみに、俺への口の聞き方については当然許可を出している。もう少し優しくしてほしい時もあるが、昔からマイペースなので変わる事はないだろう。紗倉らしいといえばらしいが。

 場所にはよるが、二人でいる事が多いため他の使用人や互いの家族がいる前以外ではこうしてフランクな会話を繰り広げている。


「別に今じゃなくてもよくないすか? 先輩、大学に進学するんすよね?」

「ああ、親父に大学は出るよう言われているからな」


 大上家現当主。俺の父親は、基本的には放任主義だ。

 一人息子の俺の事は仕事が忙しいために、今の生活に対して口を出す事はない。だが唯一、家を継ぐ為にも大学は出るよう念を押されている。

 将来特別やりたい事もないし、家を継ぐ事は構わないが学生の間はやりたい事をとことんやると俺は決めている。


「それでも、俺は高校のうちに彼女が欲しい!」

「そもそも彼女作って何がしたいんすか?」

「制服デートがしたい!」

「うわぁ……」

「その如何にも哀れな物を見る目やめて!」

「いや、安直だなって」

「ほっといてくれ!」


 通常営業の紗倉からの返しに、まるでナイフのようなものが心に刺さったような感覚に襲われる。


「じゃあどうして今まで行動しなかったんすか? 先輩に好きな子がいるとか聞いた事なかったすけど」

「そ、それは……。好きな人とかは、別にいなかったし。誰かから寄って来るのを待ってたというか」

「ヘタレっすね」

「うぐっ……」


 そう言われると、返す言葉もない。

 彼女は欲しいが、好きな子もいない。寄ってくる子もいないから試しに付き合ってみようという事にも、今までならなかったのだ。


「でも、どうしてなんすかね 」

「どうしてって?」

「顔や性格はともかく、先輩なら家柄が良くて優良物件だと思うんすけど。大上家の時期当主、大上大地だいち。校内どころか町全体に名前は広がっているはずなのに」

「それ家柄以外は最悪って言ってない⁉︎」


 紗倉は、俺に言い寄って来る女子がいない件について疑問に思ったらしい。

 確かに、恋愛感情は別にしても名家という後ろ盾がある俺に、それ狙いで近づこうと考える人がいる可能性もなくはないのだろう。

 ただ、名家なだけに問題もある。


「名家の跡取りだから、逆に面倒な事に巻き込まれるかもと思って寄って来ないんだよ!」


 俺には理由が分かっていた。

 というより、最近学校でその手の話しを偶然聞いてしまったのだ。

 だからこうして、現在焦っているわけなのである。


「まぁ……。それはどんまいっすね」


 冷たい視線から憐れみの目を向けられて、逆に心が痛むが、紗倉なりに慰めてくれるのか肩をポンポンと叩かれる。


「だから友達もできないと」

「一言余計だよ!」


 紗倉とは学年が違うのに、どうして密かな悩みまでを知っているんだ!


「むしろ、紗倉の方こそ。彼氏とか作らないのか? 言い寄って来る男子とか」

「あたしっすか? 全然いないっすよ。こんな見た目ですしね」


 紗倉は両手を広げ、身体全体を見せるようにする。


 彼女が言うように、見た目は不良娘といった風貌だから本人はそういった事にならないと確信を持っているらしい。

 でも、僕は知っている。紗倉が実はモテている事を。

 理由は分からないが、中学に上がってから、紗倉は突然髪を染めて服装もそれに合わせて着崩したりしだした。しかし、整った顔立ちをしているし、笑うと可愛い。それが変わる事はない。

 だから、陰でそんな彼女を良いと思っている男子達が今までにいた事も、現在も学校で何気に人気がある事を知っている。

 だが、その目立つ髪とこんな見た目なのに名家に仕えている事もあり実際に近寄って来る者は本人が言うように、いないらしい。


 言い寄って来る相手がいなくても、俺と彼女とではこんなにも差があるのだ。

 そう思うと、頭を抱えたくなる。


「あーあ。誰か一人くらい言い寄ってくれる女の子はいないものかなー」

「…………」

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