第4話 デートの定番といえば

 

「おっ! この服可愛いっす! あっ、でもこっちも捨てがたい。あー! これなんかも素敵っすね!」


 店内のお洒落な服に目移りしている紗倉さくらを横目に隣を歩く。

 こんなにも興奮している彼女を俺は初めて見た。

 テンションが高く、まるで子供のようなはしゃぎっぷり。

 そういえば、二人でこういう店に来る事自体初めてなんだよな。

 ここに来て、彼女の意外な一面を俺は知る。家族で買い物に行く事があるって言ってたけど、その時もこんな感じなのだろうか。


「別に一着じゃなくてもいいんだぞ?」

「それはダメっす!」


 中々決められずにいる紗倉へ助け舟を出したつもりが、速攻で否定されてしまった。


「付き人なら主人に同行するのは当たり前っす。だから、そこまでの事をしてもらうわけにはいかないんすよ。何よりお父さんにバレたらきっと怒られるっす」

「紗倉のお父さん、厳格な人だもんな……」


 忠誠心はすごいんだが、それ故に厳しいのが紗倉のお父さんだ。


「それに、せっかく先輩に買ってもらうのに有り難みがなくなるっす」

「なるほどな。余計な事言っちゃったな」

「いえ、そこは先輩の良いところでもあるから気遣いとして受け取らせてもらうっす」

「……ちなみに、メイド服なんかは」

「売ってるわけないっす。屋敷で言ってた事やっぱりセクハラとして受け取るっすよ?」

「ごめん。それは親父に怒られそうだから今のは忘れてくれ」


 そんな会話をしている最中、紗倉は二着の服を手に取った。

 どうやら、悩んだ結果その二つまでは絞り込めたらしい。


「じゃあ先輩。こっちとこっち、どっちが私に似合うと思うっすか?」

「えっ、俺が選んでいいのか⁉︎」


 紗倉から見せられたのは、黒色のニットとカーディガン。

 今着ている白いセーターとは間反対の色ではあるが、本人の髪色にも合うしどちらも似合う事だろう。

 一枚あれば様々なコーデに合わせれるし、重宝されるであろうカーディガン。スタイルの良い紗倉の体のラインをキレイに作ってくれそうで彼女なら問題なく着こなせるだろう。

 反対にオーバーサイズのニットは華奢な可愛さを醸し出し、普段とのギャップがあってきっと似合うはずだ。

 確かにこれは、どちらも捨て難い。

 だが、選べるのは一つだけ。まさに究極の選択だな……。

 ショッピングモールは見てるだけでも時間が過ぎると聞くが、こういう事なのか。


「紗倉、せっかくなら一度着てみたらどうだ?」

「え? それは構わないっすけど。そんなに悩んでくれるんすか」

「そりゃあ、俺が着るわけじゃなくて紗倉が着るんだからな。しっかり考えたいなと思って」

「先輩がこの服を着る……。うげっ」

「似合わないのは分かってるから想像しなくていいぞ」


 何を考えているのか手に取るように分かる。そんな表情を浮かべられ、居た堪れない気持ちになる。


「きっとどっちも似合うだろうし、実際着てみてくれた方が判断しやすいと思ってな」

「なるほど、了解っす。じゃあ、あそこの試着室で着替えるっすから少し待ってて欲しいっす」


 そう言うと紗倉は試着室の方へと向かい、俺もその後を追った。

 俺は試着室前にある椅子に腰を掛けて紗倉を待つ。

 今更ながら、こういったシチュエーションは実際に彼女ができてデートする際にも活かせるのではないだろうか。

 それだけこの現状はスムーズに対応できたと言ってもいいと、俺は自己評価する。


「ふふん」


 俺は待っている間、無意識に行えたその誇らしさにこの勉強が糧になっているとしみじみ感じていた。


「先輩、着替え終わったっす」


 試着室のカーテンをシャッと開き、カーディガンを羽織った紗倉が姿を現す。

 前のボタンをしっかりと閉めて胸元からは元々着ていた白のセーターが映える。

 黒という周囲を引き締めるその色が、彼女の清楚さをアップさせている。

 髪色が明るいのに、たった一つのアイテムでお淑やかな印象が加わった。一言で言えば清楚という言葉がしっくりきている。

 それに、何故かは分からないが紗倉の姿を見た瞬間、不意に胸がとくんと跳ねる。

 なんだろう、むずがゆいけど気分が悪いわけでもないこの気持ち。


「どうっすか先輩?」

「ん? ああ、似合ってるぞ。今日の服にもピッタリだ」

「そうっすか。でも流石にこの上からだとちょっと暑いっすね」


 夏が終わったといっても、まだそこまでの厚着をするほどではない。

 似合ってはいるけど、今の環境的には他の服と合わせた方がよさそうだ。


「んじゃ、今度はもう一つの方着てみるっすね」


 それから再びカーテンが閉められる。

 すると、近くにいた他の客達がこちらの方を見ていた事に気がついた。


「なんだ?」


 僕が視線を向けると、そそくさと皆各々の買い物に戻っていった。

 もしかして、紗倉に見惚れてたとか?

 男子に人気がある紗倉ならありえない話じゃない。実際、さっきの服はいつも一緒にいる幼馴染の俺から見ても可愛らしかったからな。

 さっき見ていた人の中には女子もいたけど、確かに紗倉はスタイルもいいし。憧れみたいなものを感じていたのかもしれない。

 でも、勝手に赤の他人に彼女のいい所を見られるのはあまり良い気はしない。……なんでだ?


「先輩、こっちはどうっすか?」


 そんな状況を知る由もない紗倉が試着室を再度開ける。


「おー、それも可愛いな」

「にゃっ⁉︎ 可愛い⁉︎」

「ああ、とても似合っているよ」


 想像通りのお洒落な姿をした紗倉を前に素直に答えると、彼女は赤面する。

 その光景を見てまたしても、胸の辺りに違和感を感じた。


「さ、さっきは似合ってるとしか言わなかったじゃないすか!」

「似合ってるし、可愛いとも思ってたぞ?」


 そういえば、口には出さなかったな。

 でも言わずもがな、現在着ている紗倉を包み込むようなオーバーサイズニットもとても魅力的だった。

 あっ、そういう事も直接伝えるべきなのか。


「さっきの服も清楚な印象でとても良かったよ。季節によって中に着る服を変えれば気軽に着れるだろうし、今の服だって気分に合わせてミニスカートに変えるとかでも色々なアレンジができると思う。どちらの服も紗倉の良さをより引き立たせてくれると思う」


 俺は今までの反省を活かして、総括としてどちらの服も紗倉に似合うという結論を伝えた。

 どっちか一つを選べってお願いだったのに、ズルい答えかとも思ったが、反論されないと言うことは俺の意見は理解してもらえたらしい。


 しかし、


「にゃ、にゃんで、そんな恥ずかしい事を平然と……」

「紗倉? おーい」


 俺の回答に対して、口をもごもごとしだす。

 俺に対して口が悪い事でお馴染みの彼女にしては、新鮮な反応だ。


「せ、先輩は! ヘンタイさんっす!」

「なんで⁉︎」


 その言葉を最後に、勢いよく試着室のカーテンがピシャッと閉められる。

 素直な気持ちを伝えただけなのに、まさかの変態のレッテルを貼られてしまった。

 試着室の前でそんな事言われたら誤解されてしまうだろ。

 幸い、近くに人はいなかったので聞かれてはいないはずだが……。


 結局、これから冬になるからと暖かみのあるニットをという事で服は決まった。

 最後は罵倒された俺だけど、買ってあげた服の入った紙袋を紗倉は大事に、嬉しそうに受け取ってくれた。

 毎年誕生日プレゼントを贈ったりはしてたけど、こういう形で何かをプレゼントをするのは初めてだ。

 使用人と主人の関係とはいえ、いつもお世話になってるし喜んでくれているのであれば何よりだ。

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