第4話 探偵団、東へゆく Ⅳ 結の段 千代とボン、謎を解く

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 翌朝、坂本刑事と野上刑事が警察のジープで、小松家の千代の元を訪ねてきた。

 小松家には、昨晩集まったメンバーのうち、杉下警部以外が、一晩世話になっていた。

 杉下警部は、千代に依頼された、証拠固めのため、県警の知り合いや、安芸署、室戸署、いや、大阪府警まで、伝手を頼って、活動を開始しているのである。ひょっとしたら、ヤクザの連中にも、協力を依頼――強制か?――をしたかもしれない。

「千代さん、皆さんもお揃いで。事件の解決の目処が立ちましたき、僕らぁは一旦、県警本部に戻ります」

「あら、勇さん、警察は事件解決ってことになったの?小政さんから訊いたけど、大山と友造さんの共謀と結論付けたそうね。何か新たな証拠が出てきたの?」

 千代は、大山と洞窟の中で遭遇したことは、野上刑事に伝えていたが、大山が、語った事柄、自分は芳房であることを含め、真相については伝えていないのである。

「幾つか証拠となる物が出てきました。まず、洞窟の奥にあった首を調べたところ、腐敗していた首は、芳文の物と判明しました。それと、もうひとつは、慎作の物でした。ピエロは今、確認中ですが、芳房とは違うようです。

 それから、洞窟に有った筵の袋ですが、少量の血痕が付いていて、それが、慎作の血液型、B型と、ピエロの血液型、O型と、一致しました。あの筵の袋に入れて、首を運んだものと思われます。あの袋と同じものが、安興寺家の納屋に有りました。それと、友造の死体の傍から、鉈が発見され、慎作の首の切り口が、その鉈での切り口と、ほぼ一致しました。ピエロは別の凶器で、切られたものと思われます。以上により、友造の犯行が状況証拠により、確実となりました。

 大山の方ですが、前にお話ししたように、関西地区を荒らしていた、盗賊団の通称『金時』という男に間違いありません。土砂に埋まった状態で、死亡が確認されました。そのポケットから、黒革の手帳と、大金の入った、財布。それと、翡翠と思われる、大きめの宝石が出てきました。あの洞窟の奥の石棺にあったものかもしれませんが、多分、三菱のお宝の一部と思われます」

「黒革の手帳?芳文さんの部屋にあった、ピエロの手に渡っているはずの物のこと?」

「そうです。ただ、雨と土砂の所為で、文字はほとんど読めません。大山が、ピエロを殺害し、奪ったものと思われます」

「それと、大金って、いくらで、どんな、お札だったの?それと翡翠は、原石?それとも、指輪とかに加工されていたもの?」

「金は十万円ほどで、一昨年発行された、『聖徳太子』の一万円札と、五千円札、千円札が混じってます。翡翠は原石ではなく、指輪かネックレスに加工したものを、石だけにしたと思われます」

「聖徳太子のお札?新し過ぎるわね、三菱のお宝ではないわね……。翡翠は、お宝かもしれないわね……」

       *

 それより少し前、S氏は、佐代子と夫――研一(けんいち)――が作っている、ハウスの中に居た。農業の主たるものは、米作であるが、ビニールハウスを作って、果樹――早生ミカンやイチゴ――の他、ナスやキュウリ、トマトの栽培も始めているのである。

 先日の風雨で、壊れた部分を修理していた二人に、S氏が話しかけた。

「仕事中に御免よ。佐代子おばちゃんに訊きたいことがあってね。今日、高知へ帰るき、時間がないがよ」

「何?『ユウイチ』君」

 と、言った後、

「イカン、イカン、ボンと呼ばんとイカンがやった。名前は呼ばれんがやった」

 と、慌てて、言い直した。

「あの、安興寺の絹婆さんのお祝いの宴席に、佐代子おばちゃん、お手伝いに行ってたやろう?お椀を運んだりしてたと思うけど、誰に頼まれたが?絹婆さんは、もう席についちょったやろう?誰が指図してたんかな?」

「ああ、そりゃあ、女中の和江さんに決まっちゅうろう。あの人以外に、取り仕切る人は居らんよ」

「そうよねぇ。安興寺の家族は、皆、席に居った。まあ、当主の芳次郎さんは、動けんき、居らんかったけど。

 それと、佐代子おばさん、その前の日、ウチの母ちゃんが着いた日、安興寺家への道を尋ねた人が居ったろう?あれは『合い言葉』やったがやない?そう言って道を訊いたもんが居ったら、連絡してくれって、誰かに、多分、絹婆さんにかな、頼まれちょったがやない?あっ、そうか、研一小父さんも頼まれちょったがか、そっちは、芳和さんか……」

 大人二人の顔色が変わって行く。

「ボン、あんた、ルパンの生まれ変わり、ゆうがは、本当やったがやね……」

       *

 S氏が、小松家に帰って来た時、勇次は、千代にもうひとつ、新たな話をしていた。

「星神社の神主さんですがね。あの、土砂崩れが起こった晩、自宅に居なかった、って、才蔵さんが言っていましたよね?」

「ええ、鍵の番号、訊きに行ったら、居らんかったって、言ってたよね」

「どうも、夜中に目が覚めて、周りの状況に驚いて、神社の蔵に逃げ込んだらしいんです」

「らしい、って?本人は覚えて居らんの?」

「それが、蔵の中で、倒れている処が、今朝発見されて、命には別条なかったのですが、卒中を発症してるみたいで、身体も動かせず、口も利けない状態です」

「それって。安興寺の芳次郎さんと同じような状態ってこと?」

「そうですね、そんな感じでしょう。とにかく、酒の飲み過ぎですよ。傍に、空の一升瓶が転がっていたそうですから」

(酒の所為?いや、ひょっとしたら、慎作が芳次郎に盛ったという、例の七三一部隊が開発したと思われる、薬の所為ではないのか?)と、千代は考えていた。だが、その辺りの証言は、大山と名乗っていた男の話だけであり、確証のない話である。勇次には話すべきでないと考えた。

「千代さん、アテらぁもお昼には帰るきね」

 と、お寅さんが、庭に出てきながら、語りかける。

「ああ、ばあちゃん、ちょっと訊きたいがやけど、僕の名前、呼んだらイカンって、決まりがあるの?」

 と、S氏が尋ねた。佐代子の言葉が、引っかかっていたのである。

 お寅さんの顔色が変わった。

「あ、あんた、誰がそんなことゆうたがぞね?」

「さっき、佐代子おばさんに、お椀を渡されたのは誰からか、尋ねた時に、僕の名前を呼んで、急に、呼んだらイカンかった、って言ったから……。でも、学校では、名前呼ばれゆうよ」

「い、イカン、ヘンシモ、帰らんと、帰って、太夫さんに、お払いしてもらわんと……。マッちゃん、大急ぎで帰るぞね」

 祖母の突然のうろたえた態度に、S氏は驚いて、言葉が出なかった。

「急ぐなら、僕らぁのジープで帰りますか?警察車両ですから、信号無視で走れますよ。サイレン鳴らして行けば……」

 と、勇次が言った。

「待って、佐代子さん、何て呼んだの?」

 と、千代がS氏に確認する。

「うん、『ユウイチ君』って……」

「ユウイチね?ほいたら、大丈夫よ、お母さん」

「そ、そうかね、そいたら、大丈夫やろうけんど、やっぱり気になる。勇ちゃん、ジープ頼むワ、太夫さんとこ、積んで行って」

「エイですよ。薫的さんやったら、県警本部に近いですから、寄って行きましょう」

 さっぱり、意味がわからない、S氏とお寅さんはいそいそと、ジープに乗り込み、野上刑事の運転で、高知方面へと走り去って行った。

「ああぁ、とうとう、この日が来たか。あの子に本当のことを話さなイカン時が……」


       25

 その日の午後、佐代子に長逗留の礼を言って、千代は小松家を離れた。

「ちょくちょく、また来てよ。わたしも、お城下へ行く時は寄らしてもらう。千代ちゃん、これからも、仲良うしてね」

 と、佐代子は涙目で、別れを惜しんでいた。

 顔役さん一行は、大政たち第一便が、朝に出発した。残された――残ったと言うべきか――長吾郎は迷っていた。

(マッちゃんの運転は、もうエイ。けんど、他に運転手が居らん。小政は、「ダットサン」があるし……。お寅さん、警察のジープとは、巧いこと考えたな……)と、思っていたのである。

 小政の車には、千代と才蔵、それに菜々子が乗るであろう。無理をすれば、もう一人乗れないことはないが……。

「顔役さん、帰りますか?」

 と、背中から、今思案の対象としていた男――マッちゃん――の声がした。

「おまん、腰は大丈夫かよ?運転できるかよ?」

「大丈夫ですよ。帰りも飛ばしますか?」

「いや、あの運転は、もうエイきに……」

 そこへ、和服姿の若い男が、笑顔で近づいてきた。

「わたしが運転しましょうか?」

「おう、才蔵君やったか、また、その、金田一耕助にもんたがかえ?」

「はい、この方が、怪しくないでしょう?千代さんも、こっちがエイと言ってくれましたし」

「ははは、君も、千代さんのファンになったがか?しかし、若いのに、運転免許、持っちゅうがかえ?」

「はい、住んでいる場所が、車がないと不便な場所ですから、十八になったらすぐ取りました」

 ほんなら、頼むか、と、トラックのキィーを渡す。

「ところで、千代さんは?」

 と、長吾郎が尋ねる。

「はい、安興寺に挨拶に寄ってます。小政さんと菜々子お嬢さんと三人で、小政さんの車で帰るそうです。それと、警察に寄って、黒革の手帳を見せてもらうとか、言ってました」

「黒革の手帳?けんど、雨で、読めんなっちゅうがやろう?」

「菜々子お嬢さんなら、読めるかもしれん、って、ボンが言っていたそうです。ボンは、お寅さんが無理やり連れて行ったみたいですが……」

「ああ、ボンが名前で呼ばれたって奴か。あれは、ワシの責任やから……」

 長吾郎はそう言って、その後の言葉は、うやむやのまま、小型のトラックに乗り込んで、才蔵の運転、マッちゃんは、ジョンと一緒に荷台の幌の下に乗せられ、高知へ向かって行った。

       *

「わたしでも読めませんね」

 山尾警部補に無理を言って、証拠品として管理されている、黒革の手帳を、慎重にめくりながら、菜々子が言った。

「何にも書いてないの?」

 と、千代が尋ねる。

「いえ、線で何かを書いているのが見えますが、それの意味がわかりません。文字のようでもあるし、ただの、線描、落書きのようでもあるし……。あっ、このページに、『て』の文字と、『ら』の文字が見えます。待って、これ、逆さですよ。いや、鏡文字、ってやつか、左右が逆になってます」

「わかった、芳次郎さん。利き腕の右手が不自由だったから、急遽、左手で書いたんよ。訊き取りながら描いたから、文字が逆さになって、しかも、震えていたから、読めない文字になったのよ」

「あっ、最終頁に、数字があります。これも、逆さ文字やけど、『314』と読めますよ。3と1の間に、しみ――インクが落ちたもの――があって、『3・14』とも読める。これが、例の暗号の『π』なんですね?」

「そうか、芳文さん、そこが読めたから、京子さんに教えたんや。けど、それが、防空壕の扉の鍵番号?何か変な気がするね」

「確かに、あの、ナンバー式の南京錠は、そんなに古いものではなかったですよ。十年は経ってないでしょう。この手帳に、文字が書かれたのは、終戦の翌年。時期が合いませんよね」

「流石、小政さん、よくわかったわね。そうよ、だから、この数字は、あの鍵の番号ではない。逆に、この数字に、あの鍵の番号を合わせたんだと思う」

「では、この数字の、本当の意味は?」

「わからないわ、でも、三菱の隠し資産に係わっているはずよ、ここに書かれているんだから……」

「まさか、ボンの言っていた、『ミツ・ヒ・シ』、つまり、三菱、って、意味じゃあないですよね?」

「語呂合わせ?まさかね。待って、あり得るわ。芳次郎さん、文字が書き辛かったんでしょう?そしたら、大事な処は、書き間違えないように、数字で、『語呂合わせ』した……」

「そうですよ。あり得ます。としたら、何の語呂合わせでしょう?まさか、本当に、円周率ってことじゃあないでしょうね?」

       *

 高知の井口に帰ってきた千代は、杉下警部からの連絡を待っていた。杉下警部には、色んなことを調べて貰っている。中には、時間が掛かりそうな事柄も有り、期待していないものもあったりするのである。

 その、杉下警部の、第一報が入ったのは、その日の夜であった。

「若女将、まず、わかったことだけ知らせておく」

 と、彼は前置きをした。

「今、どちらからです?」

「大阪府警の電話を借りちゅうき、料金は気にせんでエイ」

 と、勝手なことを言っている。

「最初は、安達と名乗っていた、ピエロの男の指紋やが、大阪府警が任意で取り調べた、例の『金時』と間違われて、身柄を拘束した男、あの男の指紋と一致した。若女将のゆうたとおりやった」

 これは、洞窟の奥で、大山から訊いた話の裏付けである。大山はその部分は「嘘」をついてないことになる。つまり、ピエロの男は、盗賊団の小頭「金時」なのだ。と、すると、大山と名乗った男は、やはり、「芳房」であった可能性が高くなってきた。

「それと……」

 と、電話の向うの杉下警部の声に、千代の思考回路は、一旦中止する。

「若女将のゆうてた、慎作と安興寺芳房の所属しとった部隊やが、中国東北部の陸軍部隊に、居ったのは間違いない。今、その部隊の名簿を調べ中やが、『大山』という男が居って、それと、直次郎やないが、安達ゆう男も居るらしい。明日、芳房をフィリピンに誘った、ゆう戦友に逢うことになっちゅうき、その時、小隊の名簿を見せてくれるそうや。詳しいことは、明日になる。それと、芳房の入国時の申請書やが、神戸の税関にあるとのこっちゃ。これも明日や。

 あっ、一つ忘れてた、これは警察には内緒の話やから、声を小そうするでェ」

 杉下警部がそこで間をおく。辺りに警察関係者がいないことを確かめているのかもしれない。

「こっち、つまり、関西方面のことやが、裏取引、いや、闇取引、ゆうた方がエイかもしれんが、そこに、戦中から、戦後、五、六年の間に、貴金属の売買があって、その出先が、土佐の方らしい。貴金属、ゆうんは、金の延べ棒、金貨――これは、明治の初めの十円とか、海外の金貨も含まれてたそうやが――他にも、指輪や、ネックレスの宝飾類もあったという。ただ、戦争の混乱した時代やから、どこでも、金目の物を売り払って、喰いもんに換えてた。それが、三菱の隠し資産のもんとは言い切れんが、出処が、土佐、とわかっちゅう辺りが、逆におかしいかもしれんな」

「戦後、やのうて、戦前からながですね?それと、同じ所から、戦後も続いて、売られていた……」

「ああ、かなりの額になるな」

「そうか、あのピエロの言葉、『あと、どのくらい』ってのは、お宝の残りが、どのくらい?ってことやったんか……」

「若女将、何や?」

「ええっ?こっちのことです。独り言、独り言……。色々、ありがとうございました」

「いや、まだまだ、裏を取るもんがある。明日は、神戸と戦友と、それと、例の石川探偵事務所に依頼を掛けた、三菱の関係者に逢うつもりや。『田中』ゆうて、戦後の財閥解体の時の社長やった人と関係があるらしい」

       *

「千代さん、安興寺の経済状況を調べて来ましたよ」

 翌日のお昼前、刻屋の惣菜売り場の扉から入って来たのは、山長商会の軍師、小政こと、政司と、金田一耕助スタイルの才蔵である。

 その日は日曜日――六月二十六日――であり、菜々子とS氏もいつものテーブルに腰を下ろした。

「それで、どうやった?」

 と、千代が切りだす。

 みっちゃんが、麦茶の入ったコップを、皆の前のテーブルに並べて行く。その麦茶を一口飲み、小政が話し始めた。

「千代さんの想像通り、家計は火の車です。やはり、戦後の例の『農地改革』って奴で、所有してた田んぼが、ほぼ、小作人にスズメの涙ほどの金額で取上げられて、おまけに、その後の物価の急上昇。小作料は無くなる、自分ところでは、農業収入も儘ならない。屋敷は大きゅうて、維持費も掛る。いくら、戦前は資産家、金持ち、蔵持ちでも、そう何年もは持ちませんろう」

「そいたら、資産の売り喰いしかないね?」

「ええ、骨董――壺や茶碗、掛け軸やら――が大分、出て行ったらしいですよ」

「貴金属はどう?昨晩、杉下さんから連絡があって、関西の闇取引で、土佐から出た貴金属類が、戦前から売られていたらしいのよ」

「そこは、裏が取れてませんね。骨董屋とは違う方面でしょうから……」

「才蔵さんはどう?」

 と、話題を変える、千代である。

 才蔵には、安興寺を巡る、人間関係を調査してもらっている。気になっているのが、佐代子の夫、研一と、友造、和江の夫婦である。

 息子が、佐代子との会話の中で、判明した事実、『安興寺への道を尋ねるのは、合い言葉』ということ、そして、和江が、毒入りのお椀の配膳を取り仕切っていたこと、この二つの新事実が、千代を悩ましているのである。

 特に、和江の立場が……。誰かに頼まれたのか?独断の行為なのか?

「研一さんと、友造は、根っからの土地のもんで、代々、安興寺の小作人の家系です。戦後、農地改革で、土地を広げたのが、研一。安興寺の使用人として、残ったのが、友造、ということになります。

 そこで、和江さんですが、戦時中に友造さんと結婚しています。戸籍を調べると、意外なことがわかりました。三菱の岩崎の妾の子供のようです。実父は岩崎××、母親は、元使用人、『女中に手をつけた』ってやつですかね。養父、養母が居り――これも三菱の関係者のようです――若い頃は、三菱商事で働いていたようです。それが何故、友造さんの嫁に来たのか?そこはまだわかっていません」

「養父って、誰なの?」

「ええっと、田中完三さん、いいます」

「田中?それって、戦後の三菱の社長の『田中』さんと関係ある人?」

 千代は、昨晩の杉下警部の、今日の予定に出てきた、田中さんを思い出したのである。

「ああ、そういえば、同姓同名ですね?」

「同姓同名……」

       *

 小政と才蔵が帰って行って、昼の時間になった。今日は日曜日なので、平日なら、何人かが立ち寄る、双星製紙の従業員の昼食を食べに来る者はいない。近所の主婦が、惣菜を買いに寄るくらいであった。

「千代さん、昼飯、喰わしてもらえますか?」

 明るく、元気のいい声を響かせて、総菜売り場の方の入り口から、坂本刑事が入って来た。

「あら、勇さん、そう言えば、ここで昼ごはん食べるの、一年以上前のことやね」

「ええ、大阪府警へ行く前でしたき。みっちゃんに振られて、自棄(やけ)食いしたのが最後でした。ここも、改装して、随分雰囲気が変わりましたね?広くなったし、明るうなって、食堂らしくなってますやいか」

「あの頃、昼飯、喰う、常連はあんただけやったろう?双星製紙の従業員さんが、弁当提げて、惣菜をここで食べさせてくれ、ゆうから、テーブル増やしたら、評判が広まって。平日の今頃は、てんてこ舞いよ」

「まあ、お寅さんと千代さんの作るお惣菜は天下一品ですからね」

 と、言いながら、勇次はテーブルの前の丸椅子に腰を掛ける。

「そいたら、わたしの作ったがは、不味(まず)かったってこと?結婚断って、正解やったワ」

 麦茶の入ったコップを運んできた、みっちゃんが、勇次の背中越しから、声を掛けた。勇次は驚いて、丸椅子から立ち上がり、イスを倒してしまった。

「み、みっちゃん……。久しぶり、元気にしてた?いや、元気そうや、その口っぷり……。いや、綺麗になった。こ、これ、ホンマの感想やで……」

「そうやろう?わたしもそう思うちょったがよ。最近、綺麗になりすぎて、嫁に来てくれ、ゆう話が、毎日のように来るがやき」

「若女将さん、照れますき、冗談もそこそこで……」

 みっちゃんは頬を赤く染めて、台所へと帰って行った。

「みっちゃんには、勇さんに婚約者が出来たこと話したからね。お互い、未練が残っても困るろう?本当は、あんたが好きやったがやき……」

 みっちゃんは、勇次の危険な職業に繊細で優しい心が耐えられなかったのである。しかし、勇次に「刑事を辞めて」とは言えない。刑事としての勇次に心を惹かれるものがあったのであり、自分のわがままで、勇次の夢を壊すことはできなかった。

「わかってます。僕が、刑事を辞める決心ができんかったのが悪いんです」

「違うよ。辞めたら辞めたで、また問題があったと思うよ。どうやって、生活するの?勇さん、警察官以外で、生活できる?あんた、優しすぎて、刑事に向かん処もあるけど、正義感は超一流。あっ、射撃も一流や。刑事があんたの天職よ。みっちゃん、それがわかってたのよ。で、自分は警察官の嫁にはなれん。それもわかったから、ごめんなさい、って言ったがよ。あの晩、みっちゃん、わたしの胸の中で、大泣きしたんよ。可哀相で、わたしも、大泣きしたワ」

「そ、そうですか。それを訊いて、安心しました。いや、ありがとうございました。これからも、みっちゃんとは仲ようやれますね?可愛い、妹として……」

 二人がしんみりとしていると、

「何、暗い顔しゆうぞね?飯食うがやろう?いつものどんぶり飯でエイかね?」

 と、割烹着姿のお寅さんが、その巨体を揺するようにして現れた。

「は、はい、いつもので、お願いします」

       *

「はい、卵焼き、焼きたてよ」

 と、みっちゃんが、湯気の立っている、卵焼きの皿を勇次の前のテーブルに置く。

 みっちゃんにも、先ほどの、千代と勇次の会話が聞こえていたのである。

(わだかまりがノウなった……)と、千代は二人の笑顔で見交わす、その視線を母親のように嬉しく思っていた。

「そうそう、千代さんに頼まれていた、義足の技師ですけど……」

 と、どんぶり飯を例のごとく、早食いの特技で平らげながら、思い出したように勇次が語りかけた。

「ああ、そうやった、何かわかった?」

 と、千代がコップに麦茶を注ぎ足しながら尋ねた。

「精巧な義足が作れる技師、とゆうことで、当たって見たんですが、高知市に一人、南国市に一人、それと、徳島の薬王寺さん近くに、一人居るそうで、今のところ、三人、見つけました」

「氏名、住所、電話はわかる?」

「はい、勿論、控えてきましたよ」

 と、警察手帳のページをめくる。

 千代はその三名の、住所、氏名、電話番号を控えた。

「芳和さんに、義足作るよう、勧めるがですか?」

 と、勇次は、皿に残っていた、卵焼きを頬張りながら尋ねた。

「芳和さんはもう、義足は作っているはずよ。その義足を作った人を捜しているのよ」

「えっ?で、でも、義足付けた姿なんて、見てませんよ。いっつも、車イスやったでしょう?義足があるなら、そっちを使いますよね?慣れんとイカンし……」

「そうね、おかしいわね?おかしいから、調べたいのよ」

「さっぱり、意味、わからん……」

       *

 千代は早速、小政に電話をし、高知市と南国市の二人の義足技師の調査を依頼した。徳島の方は、その結果待ち。だが、千代の勘は、徳島の方が本命だと告げていたのである。

「孫は、どうしゆうぞね?ごはん食べたがは見たけんど……」

 と、お寅さんが、電話を置いた千代に尋ねた。

「さあ、菜々子さんと何やら相談してましたよ。勉強のことならエイけんど、また、事件のことやないろうか……」

「エイやいか、菜々子ちゃん、孫のこと気に入ってくれて、勉強も見てくれてるらしい。家庭教師として、お礼せんとイカンがやないかね?」

「そうですねェ、菜々子ちゃんは、エイ娘ですき、歳が近かったら、息子の嫁にでも、エイくらいやけど、七つも違いますからねェ……」

「そうよ、アテも、最近、菜々子ちゃんが土佐弁憶えて、話しかけてくれるき、もう一人孫が出来たみたいで、嬉しいがよ。あんな気立ての良い娘、嫁に欲しいねェ、もうチクト、若かったらねェ……」

「菜々子ちゃんが若かったら、やのうて、うちの子が、もうちょっと、歳がいってたらでしょう?菜々子ちゃんは充分若いですよ」

 ふたりが、夢のような話をしていると、傍の電話が、リーンと鳴り始めた。

「はい、刻屋旅館です」

 と、千代が慌てて受話器を取る。

「おう、若女将、丁度よかった」

 と、受話器の向こうで、凄みのある声が聞こえてきた。杉下警部である。

「あら、杉下さん、エライ早い連絡ですね?今日は、行くとこ、盛り沢山やったから、連絡は夕方かと思うてました」

「ああ、まだ、半分やが、わかったことを早う知らせとうてな。それに、若女将の声を訊くと、仕事がはかどるがよ。しかも、エイほうに……」

「まあ、まあ、杉下さんも、お世辞が上手なこと」

「いや、ホンマやでェ。今朝から、収穫があった。

 まず、ひとつ目や。神戸の税関で、芳房が提出した、入国の申請書、現物を調べた。指紋が残っていた。その指紋が、大山、ゆうてた、大道芸人の団長のもんと一致した。間違いない、若女将のゆうてたとおり、この前の土砂崩れで死んだ男は、安興寺芳房や」

(やっぱり、団長が芳房、ピエロが「金時」やったがや……)と、千代は心の中で、肯いていた。

「それともうひとつ、若女将も驚くことやでェ」

「へぇ、何です?」

「芳房が所属していた、軍隊やが、名簿を手に入れた。女将のゆうてた、関東軍の中の団――小隊――に居った。その同じ小隊に、慎作も居った。こっちは、終戦前には別の隊に居ったらしい。それと他にやが、大山哲夫とゆうのが居る。但し、これは、ピエロの男やない。戦後、チャチな空き巣狙いで捕まった男や。どうも、同じ部隊の男が、名前を借りたんやろう。それだけやないでェ。安達直次郎は居らんかったけど、安達真二(しんじ)ゆうのが居った。こいつも、名前を借りた口やろう。それで、その部隊に居った、生き残りのもんに逢うて来た。例の、芳房をフィリピンに誘うた男や。そいつからの証言で、芳房と仲の良かった男がわかった。

 さあ、こっからが、若女将が驚く、新事実や。その男の名前やが、金本時郎(かねもと・ときろう)、皆から、『金時』、言われてたそうや。しかも、そいつの特技が、お手玉やと。五個も六個も、空中で操れる。包丁とかも操っていたらしい」

「そいたら、ピエロの男で、盗賊団の『金時』って、その、金本時郎ながですね?」

「ああ、九分九厘、間違いない。そいつの特徴を訊いたら、右手首の関節辺りに、特徴のある、瘤があったそうや。ピエロの男にも、瘤があったよな」

「ありました。だから、首もなく、服も着てなかったけど、ピエロの男とわかったがですき」

「ほいたら、ワシは次へ行く。三菱の、田中ゆう男に逢ってくるワ」

「あっ、そうや、杉下さん、その田中さんですけど、田中完三さん、言いませんか?」

「ああ、完三さんやが、どうした?知り合いか、若女将の……?」

「その方、三菱の、前の社長さん。財閥解体時の一番、偉い手さんやった人と違います?そやったら、安興寺の使用人の和江さんの養父かもしれません。和江さんが、安興寺の友造さんと結婚した理由が知りたいんです。巧く、訊き出してもらえませんか?」

「ええっ?本人かや?そんな偉い手さんやったがか?よっしゃ、任しとき。若女将の声を訊いたから、すべて、順調や。今晩、吉報を待ちよりよ……」


       26

 話は、それから、数日後、六月三十日に移る。

 千代は、安興寺家を訪れていた。連れは小政ひとりである。いや、正確には、安芸市内までは、五人で来たのだ。残りの三人、才蔵、菜々子、そして、息子は小松家――佐代子の嫁ぎ先――で別れた。

 今日は、平日である。にもかかわらず、学生と生徒のふたりは、授業を自主休校にして、同行してきたのである。

「三菱のお宝について、確かめたいことがある。『314』の謎が解けるかもしれん」

 と、息子が言ったのである。

「あんた、ルパンの『813』やないがやき、謎なんてあるんかね?」

「手帳の最後に、大事な数字か、語呂合わせかで書いたもんやろう?書いた本人が喋れんし、伝えられんかったら、謎の数字やない?その謎が解けたんよ。謎、ゆうほどのもんやないがやけんどね」

 息子の自信たっぷりの言葉に、千代としても、興味がわいた。菜々子までが、同行するのには、ちょっと抵抗があったが、息子が

「菜々子さんと一緒の方が捜査に有効や」

 と、言った。つまり、例の特殊能力が必要な場面が出てくる可能性がある、ということらしい。それも一理ある、と、千代は承諾するしかなかった。

(このふたりに、巧く乗せられてるんやないろうか?)と、心の中では、疑いながら……。

 小松家に小政の「ダットサン」を停めて、佐代子に軽く挨拶をした後、小政を伴って、安興寺の大きな欅の前を歩いて来たのである。息子は佐代子から、何かを訊き出していた。

「国虎の墓?」

 と、佐代子が言う言葉が、背中を向けた千代に聞こえたのであるが……。

 欅の前を通り過ぎた所で、冷たい雫が、頬に落ちた。

「どうやら、雨になりそうですね。本降りかな?」

 と、小政が空を見上げて言った。

 千代は黙ったままである。まだ、気が重い。これから、安興寺の、おそらく、絹婆さんに面会し、真実を語る、いや、真実を解明すること……。

(はたして、それが、わたしの成すべきことなのか……)と、自問しているのである。

 昨日、警察が正式発表を行った。今回の安芸市内で起きた、連続殺人事件の犯人は、住所不定の元サーカス団の男、大山哲夫(自称)と、安興寺家の使用人、友造の共謀による犯行であった。『犯人、両名、死亡』で、検察が受理したことが新聞、テレビで報じられた。

 千代の解明はその発表を覆すものである。だから、勇次には内緒である。杉下警部は、難しい顔をしていたが、

「真実を告げるのは、事件の当事者である、若女将以外にない」

 と、強く背中を押すような言葉を投げかけた。

(わたしは、事件当事者なんやろうか?確かに、巧く乗せられて、事件に関与させられたことは認めるけど……)と、杉下警部の言葉を思い出しながら、千代は心の中で、呟いていた。

「千代さん、気が重いですか?」

 と、小政が、無言のままの、千代の態度を、的確に判断していた。

「真相を告げる役はわたしがしても、エイがですよ。わたしも、真相はわかっていますし、社長の遠縁に当たるお家やから、『真実を知ってもらわなイカン。黙って見過ごしたらイカン』と、これは、社長命令ですき……」

「わかってる。顔役さんにも言われてる。『しんどいやろうが、これは、わたしの勤めや』って。小政さん、ありがとう。踏ん切りがついた。さあ、行くでェ」

 千代と小政が安興寺家の広い庭を母屋の玄関口に向かって歩いて行くと、二人の少女が、何やら揉めている様子である。

「あらあら、喧嘩しゆうかね?仲ようせんとイカンろう?」

 と、千代が二人――安興寺の孫娘、尚子と和江の娘、伸子――の仲を取り持つように声をかける。

「あっ、この前のおばちゃん、やない、お姐さん、ゆわんと、怒られる人や!」

 伸子の言葉に、大人二人は苦笑してしまう。

 雨を避けるように、四人は納屋の軒下に異動した。

「何、揉めてたの?」

「尚子ちゃんが、また雨が降るって、怒ってたから、しゃあないやろう、梅雨時やからって、ゆうてたんよ」

「雨?そうね、雨が降って来たね、尚子ちゃん、雨が嫌いなが?」

「ううん、そうやないよ。今日は、一宮神社で『輪ぬけさま』があるがやけんど、雨が降ったら、行かれんって言われるから……」

 と、答えるのは、伸子である。

「そうか、六月三十日、おばちゃんちの近所の『八幡さん』でも、やってるよ。雨やと、夜店も出んがやろうか?」

「うん、それと、うちとこ、お父ちゃんがノウなって、お祭りには行かれん、言われちゅうがよ」

(そうか、友造さんの葬式が済んだばかりながや。しかも、殺人犯人にされてる、この子、可哀想に……)

「そうや、おばちゃん、尚子ちゃんに訊きたいことがあったんよ。ほら、例の『大きなカブトムシが、ピエロさんに被さってた』ゆう話、あれを詳しゅう知りたいがよ。そんで、ちょっと、見て欲しいもんがあるがよ、エイ?ちょっと、付きおうてよ。小政さん、例のコスチューム出して」

「は、はい」

 と、小政が慌てて、鞄に入れていた衣装を取りだす。それは、一昔前にはやった、肩がマントのようになっているインバネス――日本では「とんび」――と呼ばれている、黒い外套である。それを、小政が肩にかけて、後ろを向いた。

「尚子ちゃん、どう?カブトムシって、こんな感じやったがやない?」

 千代の言葉が終わる前に、尚子の表情が、見る見るうちに、青ざめて行った。

「お、大きなカブトムシや……!」

 と、尚子が叫んだ。

「そう、これが、カブトムシに見えたんやね?そしたら、ピエロさんの服は?どの辺に見えてた?」

 千代の言葉に、尚子が、小政の袖口辺りを指差す。

「その服から、手は見えてた?手やのうても、身体の一部分は?」

「ううん、服だけ、中身はなかった。中身だけ、カブトムシに食べられた、と思うた……」

 と、尚子が初めて、まともに口を利いた。

 その時、雨が急に強く降り始めた。遠くで、遠雷が聞こえている。

「またや、また雨降りや。テルテル坊主、また、約束守らんかった、首切らんとイカン。やっぱり、紙のテルテル坊主は効かんのや。また、猫を吊るさんと……」

 尚子の顔色が、赤く染まっている。興奮しているのがわかる。そして、急に身を翻すと、母屋の方に走って行った。「テルテル坊主、テル坊主、明日天気にしておくれ、もしも曇って泣いたなら、そなたの首を、チョンと斬るぞ」

 と、唄いながら……。

「ま、まさか、猫の首切ったの、尚子ちゃんやったの?」

 と、誰に問いかけるでもなく、千代が口に出した。

「去年の秋の遠足の時、台風が来て、それから、今年の春も雨になって、尚子ちゃん、怒って、猫に毒のまして、首切ったの。これで、次は絶対晴れるって、言って……」

 と、伸子が、自分が悪さをしたかのように、首を縮めて、千代に答えた。

「猫に毒?それ、何処にあった毒なの?」

「父ちゃんが、鼠、お米を食べるからって、それを殺すための、薬やゆうてたもんが、納屋にあったが……」

「ああ、猫いらず、石見銀山ね?青酸カリやなくてよかった。でも、犬の死体もあったがでしょう?それも、尚子ちゃん?」

「ううん、それは……、死んだ父ちゃん。蔵にあった、薬が、効くものか確かめるって、野良犬に食べもんに混ぜて、食べらした。首切ったのは、知らんけど……」

 千代は、顔役さんを通じて、あの防空壕の奥の祭壇のある場所で行われていた、宗教的な行いについて、大まかのことを訊いていた。それは、安興寺を名乗る前の、安芸氏の末裔が、安芸氏の再興と、長宗我部氏の滅亡を祈祷していたのである。そこには、生贄の動物の首が、供えられていたのである。野生の猿、猪、鹿の三つの首が……。

 おそらく、友造はその儀式を知っていた、いや、その祈祷師の末裔であったのであろう。最初は、祈るだけであったのが、去年の台風の時、慎作の切り落とした首を見つけ、それを飾っておいた。次に、尚子の切った猫の首、自分が毒を飲ました犬の首、そして、ピエロと慎作の首、と、祭壇に飾ったのであろう。

 解けてなかった謎が、今、解けた。雨空を見上げながら、千代は、これから始まる最終局面に闘志を燃やしていた。

「伸子ちゃん、あんたのお父ちゃんは、殺人犯やないよ。おばちゃんが、いや、おねえちゃんが、今から、それを証明に行くからね……」

       *

 千代が通された部屋は、大きな仏壇のある部屋であった。新しい花が飾られ、果物が供えられている。そして、線香の香りがしている。絹婆さんの言によると、絹の夫の命日であるらしい。二十三回忌の法要を、終えたところだという。絹婆さんは、喪服ではないが、黒の着物姿であった。

 庭に面した部屋は、雨が酷くなってきたため、障子が閉められている。仏壇の前に絹婆さんが座布団の上に正座し、それに向かい合うように、千代と小政が、座布団の上に正座している。

「お取り込みの処、申し訳ありません」

 と、千代が話を切り出した。

「わたしどもは、こちらさまの御依頼を受けた、私立探偵として、今回の殺人事件についての、最終報告にお伺いいたしました。昨日、警察の発表がありましたが、我々は、独自の結論を下げて参りました。少し長くなりますが、お聴きいただけますか?」

「ああ、遠慮のう話してくださいな。わざわざ、来てもろうて、何のおもてなしもできんけんど。和江もショックで寝こんじゅうき」

 そう言いながら、絹の視線の先には、茶道で使う、茶釜が用意されている。茶碗、茶筅、柄杓、茶入の小さな壷が並んでいた。

「それでは、一連の事件を順を追ってではなく、順不同にお話しさせていただきます。これからのお話は、推測にすぎないかもしれませんが、かなりの部分、裏付けを取っております。お笑いにならず、最後までお聴きいただきとうございます」

 まるで、芝居の興行の挨拶のような口調から、千代の話は始まった。

「事の起こりは、遥か戦国の世。当地を治めておりました、安芸国虎が長宗我部氏に滅ぼされた時から始まります。その国虎のご子孫が、当、安興寺家、その家臣であった家柄が、三菱を起こした、岩崎家でございます。この両家の関係が、幕末、弥太郎と美和の母子の時、親密になります。安興寺側が、岩崎を援助したのでございます。この援助がなければ、後の三菱財閥は存在しなかった、と、一部の者は思っておりました。

 さて、時代は明治の後半に移ります。富国強兵策の国策に巧く乗った、三菱は巨額の富を蓄えます。折しも、時代は、日清・日露戦争へと突き進む頃、三菱の上層部が、思案いたしました。『このまま、外国と戦争を続けてたら、何時か、負ける時が来る。その時にも、三菱は生き残らねばならぬ』と……。その為の軍資金を、隠しておくことになりました。その隠し場所として選ばれたのが、弥太郎の生家のある、この井ノ口村であります。岩崎の家族は東京に居りました。信頼できる者は、ここ、安興寺の当主であったのです。

 戸籍から見ますと、当時のご当主は、お絹さまのご亭主の祖父に当たるお方。中々の才人で、人望も厚かったと訊いております。その人柄を見込んで、三菱側は、資産隠しを一任した。いざという時まで、代々の安興寺の当主にのみ、伝えられる、秘密として、今の貨幣価値にして、約一億円の資産が隠されたのであります。

 さて、その資産の内訳ですが、金塊――金の延べ棒――だけでなく、外国の金貨、日本の金貨、宝飾類、それに、おそらく、債権――国債や株式――紙幣も含まれていたものと推測いたします。金だけで、その金額を集めては、あまりに目立ちます。幾つかの資産分配を図っていたと思います」

 千代はここで、一区切りをして、絹婆さんの顔色を覗う。否定も肯定もしない、ポーカーフェイスのままである。

「その隠し場所については、また後のお話と、いたしまして、時を進めます。昭和の御代でございます。戦争色が色濃くなっていくご時世。当家の若者も、戦場へと駆り出されます。その留守を預かる、ご家計は、昔のようにはなりませぬ。苦しい状況になってきますが、格式を重んじているお家柄。お金の遣り繰りに困り、預かっていた資産の一部、安興寺に隠しておいた分を、使ってしまいます。それは戦後、農地改革で、大打撃を受けた後も、続けられることになりました……」

 そこでもう一度、絹婆さんの顔色を覗う。今度は少し、顔色が変わった。

「前段が長くなりましたが、これが、今回の事件の発端でございます。つまり、今回の事件は、三菱の隠し資産の秘密を守るために起こったものでなく、使い込みの事実を隠すために起こったものでした。

 しかし、使い込みがばれない訳はありません。大量の国債や、株式が、土佐で売られれば、目立ちます。宝飾類も、裏取引市場に出しても、やがて、噂に上ります。三菱の関係者が疑問を持ちました。そして、内情を探るべく、人員を送り込みます。そのひとり目が、和江さんでした……」

 この発言には、小政も驚く。絹婆さんははっきりと、驚きの表情を見せた。

「和江さんについては、勝手ながら、戸籍を調べさせていただきました。お父さま――実父さまですが――岩崎家の御曹司。養父様が、先の財閥解体の時の社長様の田中さま。大変な、お家柄でございます。それが何故、安興寺の当主、或いはご子息ではなく、使用人の妻に納まったのか?ここは想像の域を出ませんが、これは、養父、田中さまのご命令によるものでしょう。和江さんはご結婚前、一時、三菱の会社に勤めておりました。米国による、空襲が全国に広がる頃、疎開と称して、この地を訪れました。そしてそのまま、友造さんとご結婚なさいます。友造さんを隠れ蓑にして、安興寺の内情を探ります。すぐに、隠し資産が使われたことを突き止めましたが、密命を帯びていたことが、バレてしまいます。そこで、取引がありました。命を捨てるか、安興寺に寝返るか?二者選択。いやいや、選択の余地はございません。三菱に、命をかけるほどの義理などないのですから……。こうして、和江さんは、安興寺の味方になりました。

 和江さんからの報告に、疑問を持った三菱の関係者は、二人目のスパイを送り込みます。それが慎作さんです」

 ここでの絹婆さんは、もとのポーカーフェイスに戻っていた。

「慎作さんの経歴については、後ほど、お話しする機会がございます。ただ、安興寺の御三男、芳房さまとご一緒の部隊に一時居られたことは、ここで、語っておきます。

 さて、今回の事件の、もうひとつの発端のお話でございます。時期的には、慎作さんが当地を訪れた頃と重なります。終戦の翌年のこと、安興寺の前の当主、芳之助さまのご臨終でございます。この時、安興寺に居られた、芳之助さまのご子息は、芳房さまだけでございました。兄二人は、帰還が叶っていなかったのでございます。おっと、申し忘れておりました。わたしどもの調査で、絹さまのお孫さま、芳和、芳文、芳房さま、三兄弟の真の父親は、先代の芳之助さまと判明いたしております。戸籍を操作したことも、当時の役場の者に確認が取れております。そして、御三人のお母さまは、芳房さまが生まれてすぐに、お亡くなりになっていることも、承知いたしております。

 ですから、ご病弱の芳之助さまにとって、後を託せる息子は、芳房さましか、いなかったのでございます。

 枕元に、息子を呼び、三菱の隠し資産について、話しますが、病魔に襲われている身体、全てを伝えることはできませんでした。話を聞いた、芳房さまは、途惑います。自分は、当主になる人間ではない。訊いてはいけない事柄ではなかったのかと、自問自答し、当主より権力のあるお方、つまり、祖母の絹さまに相談なさいます。そこで、出た結論は、次期当主を芳次郎さまにすること。そうなれば、芳次郎さまが、芳之助さまから、正式に秘密を引き継ぐことができるのであります。

 ここで問題が起こります。芳次郎さまが、中風を患い、右手が利かない。いや、左の方も震えが来ている状態でした。芳之助さんの臨終が近付く、しかたなく、芳次郎さまは、手帳に左手で、訊かされた言葉を書いて行ったのです。それが、黒革の手帳と呼ばれるものです。

 芳之助さまは、その後、すぐにお亡くなりになり、芳次郎さまが、後を継ぎます。同時に、芳之助さまの後妻さんと結婚し、戸籍を作り替え、三人を実子と改めます。

 そこへ、長男の芳和さまが復員。芳房さまは戦友に誘われて、フィリピンに渡ります。その渡航費用、あちらでの土地の購入資金はおそらく、三菱の資産が使われたのでしょう。

 芳房さまは、渡航の途中、台湾で、兄、芳文さまに偶然再会します。その頃、芳文さまは台湾である女性と暮らしていました。夫婦としてですが、台湾人を装っていたため、籍は入れておりません。

 この、兄弟の出会いが、今回の事件の直接の発端と言えます。戦犯として、手配されていると思い込んでいた芳文さんは、おっぴらに、帰国できません。お金にも困っていました。妻との生活、将来に不安もあり、三菱の隠し資産を手に入れようと考えます。そこで、芳房さんから貰ったお金を手に、帰国をします。なるべく人目を避けるようにして、裏木戸を利用し、屋敷内を物色します。その頃、芳次郎さんは、卒中の症状が酷くなり、身動きできない状態でした。芳和さんと友造さんは、残り少なくなった、田畑を耕すのに忙しい。芳文さんの行動を知ったのは、絹さまと和江さんだけだったでしょう……」

 絹婆さんの表情が少し和らぐ。当時を思い出しているのであろうか?

「ここで、芳文さんは、黒革の手帳を手に入れます。中身は判読できませんが、『ほし』或いは、『てら』の文字がわかったのでしょうか?それとも、芳房さまから、教えられていたのでしょうか?星神社と明見寺を捜索します。しかし、そこに怪しい男が現れます。刑事と間違えて、自分を戦犯として捕まえに来た男と思い込み、芳文さんは、慌てて、台湾に帰ります。黒革の手帳を、本棚に残したままでした。この刑事らしい男ですが、誰あろう、慎作さんだったのです。芳文さんは、戦後この地に来た慎作さんを知りませんでした。慎作さんは、三菱の隠し資産を狙う輩が現れたかと、星神社を見回りに行ったのです……」

 この部分も、小政には訊かされていない部分であった。

(まだまだ、わたしの知らない、真相があるがやろうか?)と、小政は思ってしまった。

 大山と名乗っていた、芳房が、洞窟内で語った話を、千代なりに推理して話しているのである。大山との会話は、詳しくは誰にも話していないのである。

「さて、いよいよ、殺人事件が起こります。去年の台風が通過した時のことです」

「殺人?あれは事故やったがやろう?」

 と、ここで、初めて、絹婆さんが言葉を発した。

「慎作さんが、そう言いましたか?」

 と、千代が尋ねた。絹の顔色が大きく変わった。

(これで確定した。大山――芳房――が洞窟で語っていた、『情報源は秘密やが、慎作がその情報源の人物に語っている』と言った、その情報源とは、絹婆さんであることが……)

 と、いうことは、絹婆さんは、慎作と話をしているし、大山と名乗っていた、芳房とも話をしていることになるのだ。

「殺人犯が、正直に本当のことを喋る、と思っていましたか?慎作は、七三一部隊で、人格が変わってしまったんです。いや、人間性が崩壊した、ってゆうた方がエイかな?人が死ぬことに、何の感情も持たないんです。逆に、首を切ることに、興奮するのかもしれませんね?

 では、ここで、去年の首なし死体の事件をお話ししましょう。死体は芳文さんです。芳文さんは、一旦、台湾に帰りましたが、やはり諦めきれず、お宝を手に入れるため、帰ってきます。おそらく、バナナ園を経営していた、芳房さんに、資金提供を受けたのでしょう。その時期は、去年の台風の数日前のことです。芳文さんは、慎重でした。安興寺家には帰らず、星神社裏の防空壕に隠れ住みました。鍵の番号は『三一四』、これは黒革の手帳の最終ページに書かれていた数字です。そして、食事や着替えを、わたしの従妹、小松佐代子に頼みます。佐代子さんは、芳房さんに好意を持っていました。その芳房さんからの手紙を芳文さんは見せ、協力を頼みました。佐代子さんは、亭主の服を与えます。農協の作業服です。このことが、事件を複雑にしてしまいました。

 芳文さんは隠し資産の一部を発見しました。おそらく、洞窟の奥の石棺の中に残っていたものでしょう。だが、芳文さんの行動は、何者かに知られていました。慎作です。慎作の方も、芳文さんの顔は知りません。怪しい男が、隠し資産がありそうな場所を捜索している。芳和さんにご注進します。

 台風の日、怪しい男が動く気配がした。慎作は芳和さんと怪しい男を捕えに行きます。但し、出かける理由は、田畑の見回りです。それを訊いて、友造さんも続きます。

 怪しい男を見つけ、あの台風の中、後を追います。慎作と芳文さんが、争い、慎作の鉈が、芳文さんの頭に当たります。芳文さんのナイフが、慎作の左手に傷をつけます。その時、土砂崩れが起き、芳文さんはその土石流に巻き込まれ命を落としました。慎作は、自分の怪我を、手ぬぐいで縛り、芳文の死体の首を斬ります。そして、その首を、芳和さんに見せたのです。怪しい奴を始末した証としてです。

 さて、その時ですが、事件と関係のない異変が起こります。それは、芳和さんの左足に激痛が走ったのです。岩が当たったのではありません。持病とゆうか、遺伝とゆうか、左足に元々異変の兆候があったのです。その激痛に耐えきれず、痛みの部分を、傍にあった石で、叩いてしまうのです。そして、その傷を誤魔化すため、岩の下敷きになった振りをすることになります。友造さんを大声で呼んで、慎作は身を隠します。友造さんは、全く、事件には関与していません。すぐに、救助を頼むため、引き返したのです。芳和さんは無事救出されたことになりました。芳文さんの死体は、慎作の物と判断されました。その服装が、慎作の着ていたのと同じ、農協の作業服だったからです」

(芳和の足に激痛?それが、遺伝によるもの?)

 小政は、またまた、新事実に頭を悩ましていた。そして心の中で、呟いていた。

(いったい、どこまで、新事実が暴露されるんだ……)

        *

 その頃、S氏と菜々子、才蔵は佐代子から訊き出した、安芸国虎の菩提寺、浄貞院(じょうていいん)と、いう名の寺院に来ていた。佐代子から借りた、番傘をそれぞれ差している。住職に案内され、国虎の眠る墓所の前に足を運んだ。

「やっぱり……」

 と、S氏が呟く。

「何?やっぱりって?」

 と、菜々子が尋ねる。

「ほら、お墓の前に、別のひとのお墓なのか、三つ、石が並べられている。まるで、主人の墓を守るようにしてね」

「ほほう、この子は、まだ小学生のようじゃが、よう、わかっちゅうねェ」

 と、住職が感心したように呟く。

「どうゆうこと?わたしにもわかるように説明してよ!」

「この石は多分、殉死した、国虎の家臣たちの墓。死んでも主人を守っている。ところで、例の謎の数字、『三一四』。菜々子さん、『π』って、何桁まで言える?」

「ああ、結構言えるよ。覚え方があってね。『産医師、異国に向かう、産後厄なく』って、憶えるのよ。これで、十五桁くらいかな?」

「そう、産医師(さんいし)、なんよね、πの『三一四』は……。そしたら、『三石(さんいし)』とも、読めるよね?」

「そうか、三つの石。でも、それが何で、この墓の石なの?他にもあるかもしれんろう?」

「ねえ、安興寺って、安芸国虎の末裔ながやろう?何で、お宝隠すのに、岩崎家に関係した場所に隠さんとイカンの?そっちの方が不自然やない?皆、『三菱の』って言葉に迷わされているんだよ。隠したのは、安芸氏の末裔。そしたら、安芸氏に関係のある場所に隠すのが、普通やないかな?それに、『てら』って言葉を、何故、明見寺、と思うわけ?岩崎の先祖が祭られているだけ、三菱の関係者ではないんだよ。寺なら、安芸氏の寺の方だとは思わんのかなぁ……」

「ボン、あんたって……」

「やっぱり、ルパンの末裔……な、訳ない。生まれ変わりか?」

 と、才蔵が菜々子の言葉を遮るように言った。

「あっ、僕の前世はルパンやない。姓は知らんけど。『竜一郎(りゅういちろう)』ゆう、若様やったらしい。この前、ばあちゃんに連れられて行った、太夫さんのお弟子さんが教えてくれた。太夫さん、留守やって、お弟子さんの女のひとが、お払いしてくれたんよ。その時、訊いたがやけんど……」

「お弟子さんって、去年行った時の、ポニーテールの女の子?わたしと同じくらいか、年下みたいやったよ。大丈夫?お祓いなんて、出来そうになかったよ」

「それが、うちのばあちゃんが持って行った、お札の所為で、突然、能力が開花したがやと。太夫さんも元通りに元気になってしまったって……」

「まあ、ボンの前世や太夫さんの話は置いときましょう。そしたら、三菱のお宝が、この石の下にあるってことですか?」

 と、才蔵が、小声で、話を元に戻した。

 S氏が無言で、人差し指を立てて、唇に当てた。住職には、訊かせられない話なのだから……。

 雨が酷くなって来た。S氏と菜々子は小松家に帰ることにし、才蔵は、千代の元に行くと、そこで別れた。

「さてと、もうひとつ、母ちゃんの気付いてないことを調べに行くか。研一小父さんの役目を確かめんとね……」

       *

 場面を、安興寺家の仏間に戻す。

 千代の物語が、続いている。

「ここで、慎作さんについてお話しましょう。慎作さんは、薬屋、江戸時代の薬種問屋から続く老舗の次男さんです」

 千代が語ったのは、洞窟の中で、大山――芳房――が語ったことである。慎作が毒物と化学に詳しかったこと、その為、七三一部隊に配属転換となったこと、戦後、三菱の重要人物に頼まれて、良子の養子婿に納まったこと、そして、良子を殺害したことまで、話したのである。但し、芳次郎に薬を盛ったという、未確定の事項については、話さなかった。

「三菱も七三一部隊に関係していた、資金を供給していたと思われますが、これは、永遠の謎です。

 さて、去年のことになります。芳文さんを、芳文さんと知らずに殺害した慎作は、この死体の首を切れば、そして、自分が姿を消せば、自分が死んだものと間違えられる、真実を知っているのは、芳和さんだけ、芳和さんは共犯であり、殺人を告発するわけがない。見張り役だけの田舎暮らしに飽きてきた慎作は、そう考えて、姿を消します。ただ、応急手当てをした、左腕の傷が悪化し、切断する憂き目になりました。

 慎作の頼った先は、陸軍時代の知り合い、当時、関西方面を荒らしていた盗賊団の小頭『金時』と呼ばれている男です。本名、金本時郎。おそらく、在日朝鮮人か、満州人の末裔だと思います。この男は、軍隊時代、芳房さんと非常に仲の良かった男で、ジャグリングが得意だったそうです」

(あらあら、また、わたしの知らん情報を仕入れている。そうか、杉下さんからの情報が、沢山あるんや……)と、小政は気が付いた。

「慎作は、金本の処で、左手の切断手術を受けます。そのお礼か、三菱の隠し資産の情報を漏らします。その後、この盗賊団の一斉検挙があり、慎作と金本は別れます。その頃、フィリピンから芳房さんが帰国します。

 さあ、ここからは、芳房さんの話です」

 千代が絹婆さんに視線を向ける。孫の話題となり、はっきりと、表情が変わっていた。

「芳房さんは、フィリピンでバナナ栽培を始め、ある程度の成果を挙げていました。が、台風――これは、宮古島を襲った台風だと思います――の所為で、農園が崩壊し、再建の資金を調達するために日本に帰ってきます。その資金源は、『三菱の隠し資産』です。芳房さんは、兄の芳文さんから手紙をもらっており、お宝の一部を発見したことを知らされていました。そして、黒革の手帳のことも、佐代子さんが手伝ってくれることも知っていました。

 神戸に上陸した芳房さんは、戦友の金本を訪ねます。金本は、警察に迫られているところでした。手下が捕まり、その線から、小頭たち、四人に捜査の手が伸びていたのです。

 そこで、芳房さんが機転を利かします。自分の指紋を付けた指令書を小頭たちに送り、その場で、三人の小頭が逮捕されるよう、警察に密告します。金本には、アリバイを作っておきました。こうして、金本は追及を逃れ、ジャグリングの技を生かして、サーカス団に潜り込みます。芳房さんとは連絡を取りながら、三菱のお宝を盗む計画を進めて行ったのです……」

 千代はここで、ひとつ、省いている。指令書についていた指紋が、大山と名乗った、先日土砂崩れで亡くなった男、殺人犯として、警察に告発された男の指紋と一致していたことを……。絹婆さんは、大山が芳房だったことは知っているはずである。大山の財布にあった、十万円の金と翡翠は、絹婆さんから出たものである。少なくても、翡翠は、絹の持ち物であったことは、鑑定でわかっていた。

「さて、いよいよ、今回の事件へ物語は移って行きます。今回の事件は、ある一人の思惑で始まった感はありますが、本当は何人かの思惑が、複雑に絡み合って、その為、元々単純な、『お宝の使い込みを隠す』という、計画が、思わぬ方向に向かうことになります。

 まず、登場するのは……、そうですね、事件に関係ない人物です。あなたの曾孫(ひまご)に当たるお嬢様、尚子さんの行動です」

 明らかに、絹婆さんの顔色が変わった。

「昨年の台風、実は、尚子さんの学校行事、秋の遠足が行われる予定日でした。雨のため中止。テルテル坊主にお願いしていた、尚子さんは、童謡に唄われているように、テルテル坊主の首を斬ります。そうすることにより、次は願いを訊いてくれる、と思ったのです。ところが、次の願いも、叶いません。そして、その次の願いの日、春の遠足の日の前日です。紙のテルテル坊主では、願いを訊いてくれない、と思った尚子さんは、友造さんが使っていた『猫いらず=石見銀山』を使って、野良猫を殺し、その死体を、軒先につるします。その、狂気的な願いも虚しく、当日はまた雨でした。尚子さんの採った行動は……、もちろん、猫の――死骸ですが――首を切り落とすことです。

 その行動は、何人かの眼に留ったはずです。しかし、隠匿されます。友造さんが、胴体を捨ててきます。首は……、防空壕の奥の祭壇に飾ります。祈祷の為、安興寺の繁栄を願ってでしょうか?首は一つでは、いけません。そこには去年の秋に見つけた、友造さんは、慎作の物と思っていた、芳文さんの首がありました。もうひとついる、と考えた彼は、蔵にある『青酸カリ』を使って、野良犬を殺し、首を切って、供えることにしました。この二つの犬猫の首なし死体が、事件の様相を決めることになります。『横溝正史の小説』を愛読していた者にとって、その世界を現実に出来る、と、思いついたのです。

 そんな時、その人物の元へ、手紙が届きます。慎作からの手紙。金本――金時――と名乗る盗賊が、お宝を狙っていることを告げるものでした。ここから、事件が始まったのです」

(ああ、婆さんは気がついたな……)と、絹婆さんの顔を覗っていた小政は確信した。

 慎作の手紙を受け取ったのは……。

       *

 一方の、S氏と菜々子は、ビニールハウスの中で、収穫用の箱をうつ向けにして、椅子代わりにしたものに腰を降ろし、佐代子と研一に向かい合っていた。

「研一小父さん、これから僕が話すことは、母ちゃんも、警察も知らんことや。そして、僕は、ここだけの話としておくつもりや。ただ、真実が知りたいだけ、ルパンの生まれ変わりの好奇心と思うてくれて構わんきね」

 と、S氏が切り出した。

「そうや、ボン、この前、わたしが名前を呼んでしもうたけんど、大丈夫やった?」

 と、佐代子が別の話題を持ち出した。

「ああ、あの呪いは、時間切れらしい。念のため、お払いも受けたき、大丈夫や」

 えっ?呪いって何?と、横に座っていた、菜々子は驚いてしまった。

「今度の事件で、佐代子おばさんは、色々係わっちゅうよね?去年の台風の前に、芳文さんの世話をしたり、母ちゃんを今度の事件に巻き込む手伝いをしたり、探偵団の捜査の進捗状況を、ご注進したり、忙しかったろうねェ」

 佐代子の顔色が変わる。

「ここまでは、母ちゃんの知ってることやし、別に犯罪やないから、気にせんといてよ。けど、こっからは、犯罪に係わることになる。怒らんといてよ、小父さん……」

「えっ小父さん?ウチの旦那が、怒るようなことなが?」

「ああ、そうなるかな?小父さん、この前もゆうたけど、芳和さんに頼まれて、合い言葉をゆう人間が来たら、知らせてくれって、頼まれてたやろう?けど、芳和さんの相手は、あの片腕の男やなかったんよ。そもそも、何故、合い言葉が必要やったか、わかる?裏木戸を開けておく必要があるからよ。つまり、内緒で逢いたい人物やったがよ。これは、佐代子おばちゃんが頼まれてた、絹ばあちゃんも同じよ。

 あの、片腕の男は、絹ばあちゃんのお客。もうひとりの、商人風の男が、芳和さんの客やったがよ。連絡は、逆になったようやけどね。

 片腕の男は、慎作さん、ゆうて、去年死んだと思われていた人。商人風の男は、徳島の義足の技師……」

(ええっ?何でそんなこと知ってるの、ボンが……)と、菜々子が再び驚く。

「背負ってた、風呂敷に義足が包まれていたんよ。芳和さん用の、特別なやつがね。その男、左足を引き摺ってたそうやろう?そのひとも、義足、はめていたんや。自前の、見た目は足が不自由かな、って程度にしかわからんくらいの精巧なもんながよ。だから、芳和さん用もそのくらい精巧なもん。つまり、芳和さんは、普通に歩けるようになってたんよ。けど、それを隠していた。その方が都合がエイことがあったからね」

(それは、人殺ししても、車椅子状態のもんにはできない、と判断されるから?)と、菜々子は真相に迫っていた。

「芳和さんが犯した犯罪は、慎作殺し、だけ。ピエロの男――金時、言われてたそうやから、金時と呼ぶワ――を殺したんは、慎作。これは、母ちゃんが推理した。僕も間違うてないと確信する。死体の発見は、逆やったけど、殺された順番は、金時、慎作の順番やったがよ。

 さて、研一小父さんの犯罪行為やが、その金時の死体、首は慎作が切り取っていたやろうけど、その死体の始末を、友造さんに頼まれた。そして、江の川の下流に捨てた。ミゼットを使って運んだよね?そこは海に近いから、海に流れて行くと思っていた。けど、潮が満ち潮やったんや。海に流れて行かず、却って、杭に引っかかってしまった。でも、大雨の中、手が出せんから、そのままにして帰って来た。

 何故、友造さんやのうて、研一小父さんか?簡単や。友造さん、慎作の死体の処理や、例の通夜の晩のお芝居をせんとイカンかったき、その暇がなかったがよ。どう?間違うてないろう?」

「ワ、ワシは友造に頼まれただけや。安興寺の為にならん死体や、ゆわれて、それで、手伝どうた」

「あ、あんた、お金もろうたがかね?」

「いや、金なんぞ、もろうてない。安興寺の為や、それだけや……」


       27

 千代の話は佳境に入っていた。

 慎作からの手紙を受けて、その慎作にまた指令の手紙を出す。合い言葉を言って、秘密裏に会いに来るように……。

 慎作は言われた通り、小松家に立ち寄り、合い言葉を言った。裏木戸は開いていた。慎作は指令を貰い、謝礼も貰った。そして、特殊な毒薬を、その人物に渡し、使い方を伝授したのである。

 一方、芳房と金時は、大下サーカスに臨時の団員として入りこみ、そこで、思わぬ人物と出逢う。芳文の内縁の妻、京子である。

 芳房は、芳文から訊いていた、明見寺の住職が、お宝を狙って、協力的であったことから、住職に電話を入れる。住職がお宝を狙っていることは、すでに、安興寺の者には把握されており、最初のターゲットは住職と決まっていたのである。

 芳房は、住職と打ち合わせ、絹婆さんの米寿の祝いのアトラクションとして、京子を含めた三人で、安興寺に行く手配を整えた。

 安興寺の方では、住職を亡き者にする計画が進んでいた。まず、犬を殺し、その血で、予告の文字を書く。そうして、事件を複雑化するため、探偵を雇う。その探偵役に打ってつけの人物がいた。遠縁の長吾郎が褒めまくった、「顔回の生まれ変わり」といわれている、旅館の若女将を使うことである。

 この若女将が、元小作人の妻、佐代子の従姉であることは、事前に把握していた。佐代子を通じ、犬猫の首なし死体を大げさに伝え、実の父親からの懇願により、事件発生前に係わりを持たすことに成功した。若女将が探偵小説好き、特に、金田一耕助ものが好きなことは、長吾郎から訊き及んでいたのである。

 事件を、横溝正史の小説の模倣に見せかければ、捜査は誤った方向へ導くものと、予想したのである。その思惑は、徐々に覆されることになる。

 当初は、巧く行っていた。思惑通り、横溝正史の事件の模倣、「八つ墓村」の毒殺事件と同じ、二分の一の確率の毒殺、と思われたのである。

 だが、素人の集まりと思っていた探偵団が、警察以上に核心に触れてきたのである。三菱の隠し資産のことをあっさりと突き止めた。長吾郎も知らない話なのだ。まさか、三菱の関係者が、慎作の代わりに第三の調査員――才蔵のこと――を雇い、その男が現れるとは思っていなかった。ましてや、その調査員が、探偵団と深い関係があるとは、全く思いも寄らなかったのである。

 次のターゲットは、ピエロの男、金時である。慎作から訊いていた、盗賊の一味、その男に間違いはなかった。しかもその男、黒革の手帳のことを知っており、それを手に入れたのである。すぐに始末しなければ、と、殺しを慎作に命じる。慎作はピエロの荷物から、ジャグリングに使うナイフを盗み、刃を磨いておいた。金時と慎作は顔見知りである。言葉巧みに、金時を呼び出し、背後から首の頸動脈をナイフで切りつけた。場所は、裏木戸から出た、江の川沿いの土手である。留めに、腹にナイフを深々と差し込んだ。

 そして、服を剥ぎ取り、首を鉈で切り落とし、胴体は、葦の中に投げ落とす。そして、殺した証拠として、ピエロの首と衣装を持参するのである。ここが、慎作の狂気――軍隊時代の死体の始末担当――の現れである。

「さて、ここまでは、よろしゅうございますね?黒幕のお方の、書いた筋書き通りですから。ここから、事件は、黒幕さんの手を離れてしまいます」

 千代は、そこまで話して、絹の顔色を覗う。ポーカーフェイスの顔であった。

 慎作は裏木戸から入ってくる。誰もいないと思っていた裏木戸のすぐそばに、思いもかけない人物がいた。

「義足を装着した、芳和さんです」

 千代の言葉に、小政も絹婆さんも顔色を変える。真相を知っている小政もそこまで詳しくは訊いてなかったのである。

「芳和さんはかなり前から、義足の作成を頼んでいました。その仕上がりが早すぎることから、わたしは、去年の崖崩れによる、足の負傷は、事故を装ったものと判断したのです。それ以前に、自分の左足の型を取り、作成を依頼していたのですから……。依頼を受けた技師は、徳島の厄除けで有名な日和佐のお寺――薬王寺――近くの方です。電話で、安興寺の者ですが、と伝えると、すぐに、義足の具合は如何ですか?と返事がありました。その後、わたしどもの関係者が、直接お目にかかり、芳和さまの義足製作についてお訊きいたしました。足の病のことも、技師の方は概ね承知しておりました。

 あの、小松家の前で、子供たちに、安興寺への道を訪ねた商人風の男が、その技師の方です。

 話を戻しましょう。裏木戸を開けた慎作と、義足の具合を確かめていて、裏木戸の閂が外れていることに気付いた芳和さんが、鉢合わせをします。芳和さんは、慎作が帰ってきていることは知りませんでした。しかも、その手には、ピエロの衣装と赤い付け鼻まで残っている首が下げられていたのです。

 芳和さんは慎作を問い詰めます。慎作は笑って答えます。『去年と同じ、お宝にたかる、五月蝿いハエを退治してきたがよ。去年の男は、後で知ったが、ここの芳文やったそうや。弟の芳房が帰って来てて、そうゆうてたでェ。芳房も同じ穴の貉よ』と……。

 その言葉を、芳和は曲解します。そしたら、そのピエロは芳房の首だと……」

 またまた、絹婆さんの顔色が、蒼ざめてくる。

「つまり、慎作は自分の兄弟二人を殺した男である、と、思い込んだのです。まあ、ひとりは殺していますけどね。そこでカッとなって、懐に入れていた、琴の糸で、慎作の首を絞めます。片腕の男、慎作の右手は、首と衣装で塞がっていました。抵抗できず、倒れてしまいます。首は手を離れ、裏木戸の外へ転がります。衣装は、握り絞めたままでした。風が吹き、裏木戸が閉まります。倒れた慎作の息の根を止めるべく、芳和さんは慎作の身体に覆いかぶさり、力を込めます。

 それを目撃した者が居りました。娘の尚子さんです。その時の芳和さんの服装が、インバネスと呼ばれる黒い外套だった。その身体の隙間から、ピエロの衣装が見えていたのです。中身のない服が……。尚子ちゃんは、五月に観た、少年探偵団の映画を思い出した。大きなカブトムシの映像を……。怖くて、逃げて行き、夢かと思って、誰にも話しませんでした。

 それは、住職さんのお通夜が始まる前の出来事でした」

「それは、おかしいんやないの?」

 と、絹婆さんが二回目の苦言を呈する。

「片腕の男、慎作は通夜の夜、明見寺に姿を見せた、と仰るんですね?」

「そうや、だから、芳和に殺せるわけがない。例え、芳和が義足で歩ける身体やったとしてもや」

「そのことは、小政さんから説明します。あの晩、片腕の男を見、その後を追いかけた本人から、真実をお訊きください」

 話を振られた小政は、一度咳払いをして、友造が演じた、一人二役のお芝居――トリック――を説明した。

「絹さまの仰るとおり、そうすれば、芳和さんのアリバイが成立しますからね。友造さんの、主人思いの行動ですよ」

 と、結論を下した。

 絹婆さんは、がっくりと肩を落とした。孫の犯行とは思っていなかったのである。

「ここまで、お話すれば、わたしどもが、事件の真相をほぼ掴んでいることは、おわかりいただけますよね?黒幕と呼ばせて頂いていたお方が、絹さま、貴女さまだということも……」

       *

「さて、話が前後いたしましたが、もうひとつの殺人、明見寺の住職さんの毒殺の真相をお話しいたしましょうか?犯人である貴女さまに語るのは、お角違いと思われるかもしれませんが……」

 と、千代が会話を続ける。

「あの『八つ墓村』の毒殺事件を模倣したと思われる毒殺事件。これこそが、今回の連続殺人事件の中で、唯一の計画的犯罪でありました。伏線が張られており、捜査陣を間違った方向へ導く、偽装が散りばめられておりました。

 まず、あの壁に書かれた、血文字の言葉、予告殺人です。『血が流される』と書かれていたのに、毒殺でした。血はほとんど流されていません。吐瀉物はありましたが……。あれは、毒による殺人から眼を逸らす目的でしょうね。単に殺人予告を出せば、食べ物に毒が入っているかもしれないと、疑う者も出てくる。それは困る。しかし、探偵小説の王道としては、予告殺人ではないと、模倣にならない。よく考えたものです。考え過ぎですけどね……。

 次は、芳文さんの部屋にあった、『横溝正史』の本です。多分、芳文さんも横溝の愛読者だったでしょうが、あの並べ方は、作為がありましたね。小政さんをあの部屋に案内したのは、和江さんだったそうですから……。空いている場所があの部屋だけなんて、嘘ですよね。こんなに、部屋数がある、お屋敷ですから……。

 あまり、横道にそれすぎたかもしれません。毒殺事件の真相を語らせていただきます。まず、特別なお椀を用意します。豪華なものを二つ。そのお椀には、配ぜんする方の名札が付いています。住職さんと神主さんです。住職さんのお椀には、毒薬の『A』が塗られています。これだけでは毒性はありません。犯人は、配膳を取り仕切る和江さんに指令を出します。お盆で運んでくる時、住職の椀を右に、神主のお椀を左に置き、札は外して、佐代子に渡す。その形のまま、刻屋の若女将に配膳を頼みなさいと……。

 佐代子さんに渡された時は、左右が入れ替わります。だけど、佐代子さんから、わたしに渡された時には、お椀は、また左右が入れ替わり、元の位置に戻っているのです。

 こうすることにより、ほぼ、百パーセント、『A』の入ったお椀は、住職の元に渡ります。このことは、実験をして、確かめていますし、わたしが、曲がりなりにも旅館の女将なら、逆の配膳はありえないと、わかっていたのです、その犯人は……。万が一、外した時には、毒は発生しない。何故なら、住職さんの箸に仕込まれた『B』の毒が混じらないと、毒薬にならないからです。これは、慎作が所属していた、七三一部隊が開発した、遅向性ながら、青酸カリ並みの毒性を生む薬でした。

 犯人はその時、座敷の席についておりました。だから、指令を出しただけ、直接配膳には係わっていません。ですから、容疑者の中には入らなかったのです。

 こうして、毒殺は、犯人の思い通りになりました。間抜けな、探偵役が、『八つ墓村』の模倣だと騒いでくれて、住職か神主か、或いはどちらでもよい、という、愉快犯かと、犯行の動機――裏切り者は消せ――はカムフラージュされて行きました。

 だが、間抜けな探偵と思っていた一団が、真相に近づきます。そして、黒幕の考えてなかった、慎作殺しが発生します。気がかりで、しかたない黒幕は、佐代子を通じて、探偵団の捜査の進行具合を探ります。同じく、慎作殺しの犯人である、芳和さんも、進展を気にして、佐代子を使います。これが、墓穴を掘りました。この事件に安興寺が深く係わっていることが、はっきりとわかったからです。神主さんの怯えも、それを裏付けていました。三菱の隠し資産の秘密を知る者は、秘密を守るため、殺される、と、神主さんは考えたのでしょう。自分は決して裏切らないと、忠誠心を見せるため、警察の捜査状況を、知らせに来たりします。けれど、不安が消えず、酒びたりになってしまいます。

 さて、今一人、重要人物のことが抜かっておりました。芳房さまです。絹さまはご存じだったでしょうが、大山と名乗っていた男は、芳房さんでした。先ほど、お話し抜かっておりましたが、盗賊の指令書に残っていた金時のものと思われていた指紋は、大山の指紋と一致し、また、芳房さんが、入国の際に書いた、申請書の指紋とも一致しました。この前の土砂崩れで亡くなった大山と言う男は、安興寺芳房さんに間違いありません。他にも、肉体的特徴も、裏付けが取れております」

「何故、アテが、大山が芳房だと、知っていたと断言するんや?知る訳ないやろう、大道芸の団長なんて、顔も見んかったんやから……」

「それは、大山が持っていた、財布の中のお札からです。聖徳太子の一万円札の番号は、先日、絹さまが、銀行員に持って来させた、お金の番号と一致しました」

「そりゃあ、大山が盗んだがやろう」

「十万円の大金とお嫁に来た時に持参した、指輪の翡翠まで盗まれて、未だに盗難届も出していないなんて、おかしいですよね?」

 千代の言葉に、絹婆さんは反論できなかった。

「それに、急に十万円なんて、大金、預金から引き出して、何に使うつもりでしたんやろう?可愛い孫の農園が大変やと知って、資金を提供したがやないですか?絹さまは、特に芳房さまを可愛がっていた。それは、生まれてすぐ、母親を亡くした、末の孫を憐れんでのことやと思います。いや、そればかりやない、今、この部屋のお写真を見ていたら、絹さまのご亭主さん、芳房さまにそっくりですね?そこの、二番目の写真がそうでしょう?隣が、長男の芳之助さまらしいから……」

 小政が千代の言葉に、天井と桟の間に飾られている、先祖の遺影や肖像画を振り仰ぐ。その視線に、端正な顔の男性の写真が眼についた。確かに、団長にどこか似ているな、と思っていた。

「わたし、芳房さんがお亡くなりになる、ほんの少し前に、逢っているんですよ。あの防空壕跡の、奥の石棺がある場所です。生きている芳房さんを見た最後の人間は友造さんでしょうけど、生き証人は、わたしだと思いますよ」

「芳房と、どんな話したんや?」

「あっ、認めてくれましたね?大山が、芳房さんの変名だったってこと。大山哲夫って、同じ小隊に居た男の名を借りたものですよ。

 芳房さんは、農園の復興資金を得るために、お宝を探しましたが、見つけられませんでした。石棺にはもう、何も残っていなかったのです。でも、資金は手に入れた、これで、農園を再建できる。これから、フィリピンに帰ると言ってました。

 ああ、それと、芳房さんはわたしに嘘をつきましたよ。住職を毒殺したのは、慎作だって……。確かに毒を持っていたのは慎作でしたが、片腕の目立つ姿の男が、安興寺の台所には近づける訳はありませんよね?物はあっても、機会がない。犯人ではあり得ませんよ。共犯者なら、わかりますけどね。芳房さんは、家族の犯行を隠したかったのです。正直な方ですから、すぐ、嘘とわかりましたよ」

「そうかね、優しい子やからねぇ。人殺しなんて出来はせん。このままやと、大山として葬られ、殺人犯の汚名を着せられるがやねェ。

 千代さん、ゆうたかね、あんた。長吾郎が、タルバア(=イヤになるほど)、褒め千切りよったけんど、そんな才媛で美人が、小さな旅館の若女将に納まる訳がない。話半分、いや嘘八百、やと、思いよった。けど、ホンマもんや、あんた、顔回の生まれ変わりかもしれんな、本当に……」

「いえ、顔回やありません。前世はある武将の側室だったそうです。本当かどうかはわかりませんが、顔回よりは信じられます。今は唯の主婦ですよ」

「面白いオナゴや。芳房の嫁にしたかったくらいや。いや、あんたは知らんろうけんど、佐代子は最初、芳房の嫁にと、来てもろうたがよ。けど、芳房は女に手が出せん、不具者になっとった。何でも戦地で、上官の命令で無理やり女を犯して、その娘が首括ったのを見て、駄目になったらしい。ほんで、研一の処へ嫁に行かした。持参金を付けてな。そやから、研一は佐代子に頭が上がらんがよ。芳房がフィリピンへ行ったがも、そのこと――オナゴに手が出せんこと――を知られとうなかったがよ。狭い土地やき、ここに居ったら、いずれ皆に知れることになるきに……」

 千代も小政も、しんみりとして、絹婆さんの言葉に耳を傾けている。

「千代さん、あんた、この真相を警察に話すかね?けんど、証拠らしいもんは、ほとんどないワね?そんな特殊な毒薬、あることすら、証明できんろう?ましてや、友造が死んで、一人二役の芝居も、そこの小政ゆうひとの、頭の中で作ったもん、で片付けられるワな?アテと芳和が、白を切ったら、裁判までも持って行けんろう?証拠不十分って奴や」

「絹さま、わたしどもは探偵ですよ。犯人を逮捕することが目的ではありません。そんな権限持ってないし、持ってても、行使しようとも思いません。わたしたちは真実が知りたいのです。それを世間に伝える必要はありません。今回の事件も成り行きで巻き込まれました。けど、巻き込まれた以上は、嘘のままでは終わりたくないんです。わたしたちの中で、納得できる結論を出したい、それだけです。

 絹さまは如何ですか?このまま、実の孫を、大山という、仮名のままの殺人犯人で、終わらせたいですか?わたしなら……」

「もうエイ!御苦労さまやった。アテの依頼には十分応えてくれた。報酬――探偵料――は振り込ませる。長吾郎に送るき、受け取りや。そうや、せっかくやから、アテの点てたお茶を飲んで行き。

 おおい、伸子。お茶請けの羊羹もっといで」

 何故か、和江ではなく、その娘の伸子に用事を言いつけた。伸子は曾孫の尚子の相手をしていたらしい。皿に盛った羊羹をお盆に乗せて現れた。

 その間に、絹はお点前の準備をし、高級そうな茶碗にお茶を点てて、千代の前に運ぶ。

 千代がその茶碗を両手に持ち、作法どおりに、茶碗を回し、口に含もうとした。

「千代さん、いけません。そのお茶に絹さんが、お茶以外のものを入れました。例の毒かもしれません」

 天井の一部が開いて、そこから、才蔵の顔が覗いていた。

「だ、誰や、あんた?」

 と、絹婆さんが驚く。

 才蔵が、天井からひらりと、いや、音もなく、飛び降りてきた。

「あ、あんた、探偵団の助手やないの、何で、それが天井裏なんかに居るの?泥棒やあるまいし……。それに、何?アテが毒でも盛ったゆうんかいな?貸してみ、アテが、そのお茶、飲んだるワ」

 絹婆さんが千代の手から、茶碗をひったくるように取り上げ、一気に飲み干した。

「どうや、毒なんぞ、入ってないやろうがね」

「では、その羊羹も食べてください。そしたら、毒が回るでしょうから……」

 と、才蔵が、なお追及した。

 絹の顔が、鬼のように歪み、羊羹を摘むと、口に入れようとした。

 その手を小政が掴んで、羊羹を取り上げる。

「駄目ですよ、自殺なんかさせませんからね。社長に、くれぐれも気をつけろと、真相を話したら、絹婆さんは、自害するかもしれんから、それを停めろと、言われてますんよ」

「それに、その羊羹は、大事な証拠品ですからね」

 と、才蔵が続ける。

「あんたらぁ、ほんまに、名探偵の集まりやなぁ……」

        *

 探偵団の五人を乗せた、「ダットサン」が暗くなった国道五十五号線を、安芸から高知に向けて走って行く。車の中には、会話らしきものはなく、重苦しい雰囲気が漂っていた。

 事件は解決したが、後味の悪いものになった。あの、絹婆さんとの会話の後、伸子の悲鳴が聞こえ、千代たち三名――小政と才蔵――が駆け付けた先には、服毒自殺をした。和江の姿があったのだ。悲鳴を上げた伸子は放心状態。傍に尚子がいて、笑っているような、泣いているような、複雑な表情で、座っていた。

 小政が、和江に駆け寄り、脈を取る。そして、首を横に振った。

「毒を飲んでいます。今度は間違いなく、青酸カリです。アーモンドのような匂いがします」

「そうか、友造さんが隠してた、野良犬に使った青酸カリが使える状態で残っていたのか」

 と、才蔵が勘を働かした。

 千代は、唯、黙って、放心状態の伸子を抱きしめていた。

「警察に連絡します。自殺に間違いないようですが、不審死ですから……」

 そう言って、小政は電話口に向かって行った。

 才蔵が、絹婆さんに知らせに行く。千代はずっと、伸子を抱きしめたままであった。警官と山尾警部補と、友村刑事が駆け付けた後も……。

 和江の傍には、黒褐色の薬瓶――中に青酸カリがほんの少し残されていた――と、水が入っていたと思われる、湯呑が転がっていた。

 状況から、覚悟の自殺と判断できた。

「亭主が事故で亡くなって、そのショックに追い打ち掛けるように、亭主の犯罪が暴露されたがやき、死にとうなってもおかしゅうないなぁ」

 と、現場を見まわしながら、山尾警部補が呟いた。

 事情聴取を形式だけで済まして、探偵団の三人は解放となった。

 千代は、伸子のことが心配であったので、友村刑事に、後を頼んだ。友村刑事は伸子の学校の担任と相談することを約束してくれた。

 重たい足を引き摺るように、安興寺家の門の方へ歩みを進めると、そこに、佐代子夫婦、S氏と菜々子が待っていた。

「そうや、佐代子ちゃんに頼もう。伸子ちゃんを預かってあげて」

 千代は、和江の自殺を告げ、佐代子に伸子のことを頼んだのである。

「任しといて、伸ちゃんはウチの娘と同級生やき、心配しな。いざとなったら、ウチの子にするき。ねえ、あんた、伸子ちゃんやったら、賢いき、家族に加えてもエイよね?尚子ちゃんは遠慮しとくけんど……」

 威勢の良い、佐代子の言葉に、少しは安心して、一行は小政の運転する「ダットサン」に乗り込んだのである。

 助手席に千代が座り、後部座席に、進行方向右から、S氏、菜々子、才蔵が座っている。

 車が住吉から手結へかかる峠に入る頃、後部座席の菜々子は疲れからか、S氏の肩に寄り掛かるように、眠り始めた。才蔵は左側の窓から、移り行く雨越しの景色を無言で眺めている。千代はワイパーのガラスを擦る音を訊きながら、半月ほど前に電車から見た、海の景色を思い出していた。

 小政が、気づいたように、カー・ラジオのスイッチを入れた。

 ~アカシアの雨にうたれて、このまま、死んでしまいたい~

 西田佐知子が唄う「アカシアの雨がやむとき」がスピーカーから流れてきたのである。

「あっ、止めましょうか?」

 歌詞の内容を考えてか、小政が、助手席の千代の顔色を覗うように、言った。

「えっ?ああ、エイよ。この歌好きやもん。雨はやがて上がる……」

「そうですねェ、エイ歌ですねェ。きっと、流行りますよ。梅雨も、この雨が止んだら、上がりそうですき……」

 二人の会話と、西田佐知子の歌声を訊きながら、才蔵は、先ほど見た、嫌な光景を思い出していた。

 それは、和江の自殺を、絹婆さんに知らせに行った帰りである。

 耳の良い彼に女性の喘ぎ声が聞こえてきたのである。もしや、もうひとり、毒を飲んだのか?と、その声の方に足を運ぶ。もちろん、忍びである。音や気配はさせていない。

 そこは、当主の芳次郎の寝ている部屋であった。障子が半分開けられている。その隙間から見た光景は……。

 仰向けに寝ている、芳次郎の腹の上、少し開いた、足のつけ根辺りに、背中を芳次郎の顔の方に向けた女が、下半身を丸出しにして、身体を上下に揺すっているのである。左手が男の膝に乗せられ、右手は着物の袖口から、半分見え隠れしている、自分の乳房を掴んでいる。

 女が、陽子――芳和の妻――であることはすぐにわかった。

 才蔵は、童貞である。が、その目の前の行為の意味はすぐに理解できた。興奮するより、嫌悪感が強かった。吐き気がした。

 そして、音もなく、その場を去って行った。

 自分の見た光景を千代には報告できなかった。

「またひとつ、千代さんに隠し事を作ってしまった……」


       28

 カレンダーの月が変わり、梅雨が明け、その日は「七夕祭り」の日である。菜々子は大学の講義が終わり、スポーツ部が、四国大会で忙しい中、夏休みに入っている。そして何故か、刻屋の台所で惣菜作りを手伝っている。

「やっぱり、高知は鰹節のお出汁が決め手ですね?」

 煮物を作りながら、お寅さんと会話をする、菜々子である。

「菜々子ちゃんは、関西人やき、出汁の大切さは、ようわかっちゅうねえ」

 と、お寅さんは孫に対するような、優しい言葉を掛けている。

「鰹だけやない、鯵ゴ、煮干し、トビウオ、シイタケや昆布の出汁もあるきに、どれを使うか、そこが、腕の見せ所よ。醤油や味醂、塩に砂糖、それぞれ、会社によって味が違う。好みがあるけんど、その選択も料理人の腕に係わって来るんよね」

「はい、勉強になります。それと、お寅さん、左利きなんですね?芸術家に多いそうですけど、料理も芸術ですもんね」

「そうよ、根っから、ギッチョながやけんど、直された。包丁は、右利き用に刃が出来ちゅうき、困ったもんよ」

 菜々子は楽しそうに、会話を続けている。

「今日は」

 と、玄関先で男の声がした。

「あら、才蔵の声やけど、千代姐さんは?」

「二階の物干しやろう?洗濯物が溜まっちょったき、みっちゃんとオオゴトになっちゅうがやろう」

「わたし行ってきます」

 と、菜々子が、割烹着で手を拭って、玄関へ走って行った。

「あっ、菜々子お嬢さん、千代さんは?」

「あらあら、才蔵、また、金田一耕助?事件は終わったがやろう?」

 才蔵はお寅さんに借りた、和服姿である。

「この前、この着物返しに来たら、あんたにあげたもんや、ゆわれて、高知を離れる時は、この格好できいや、って、お寅さんが……」

「ほいたら、帰るの?」

「はい、事件は終わりましたし、わたしの調査も役目も終わりましたから……。それで、ご挨拶にと……」

「あらあら、帰るがかね、男前が居らんなると、淋しゅうなるねェ……」

 お寅さんは、台所から、鍋を提げてきて、そう言いながら、出来上がったばかりの煮物を惣菜売り場のショーケースの中の、空いている器に移し替えた。

「そうや、才蔵さん、あんた、まだ、昼ご飯は食べてないろう?ちっくと、早いけんど、ここで食べて行き。ウチのご飯とおかずは、天下一品ぞね。それに今日は特別。菜々子ちゃんの初料理やき、これが食べれるなんて、果報もんぞね」

「えっ、才蔵が毒見するんですか?」

「ど、毒見?お嬢さん、何喰わす気ですか……?」

「ははは、毒なんぞ、入れるかいね。鰹の出汁がたっぷりよね」

「ああぁ、わたしの料理、ボンに一番先に食べさせたかったのになぁ。まあ、才蔵でもいいか、二番目に好きな男やから……」

「えっ?菜々子ちゃん、才蔵さんに惚れてんの?」

 と、驚きの声が、背中から聞こえてきた。洗濯物を干し終えた、千代が階段を降りてきたのである。

「でも、二番目なんでしょう?ボンに負けてるんですね……」

「えっ、えっ?僕の噂してるの?」

 玄関から、元気な声が聞こえてきた。

「あんた、学校は?」

「夏休み前の、短縮授業。昼前で終わりながよ。ゆうたはずやで……」

「そうやった。忙しいから、忘れてたんよ。こら、帰ったら、『ただいま』やろう?」

「はいはい、それから、お客さんに、ご挨拶ね?

 ただいま!才蔵さん、今日は……」

「はい、は、一回……」

      *

「みっちゃん、『本日、昼食、臨時休業』って紙貼っといて。双星製紙の男衆(おとこし)がもうすぐ、来るろうき……」

 慌しく、玄関脇のテーブルに出来たての惣菜を並べ、家族と才蔵、菜々子が昼食を取ることになった。

 みっちゃんが、半紙に『本日、昼食、臨時休業』と書いた紙を、総菜コーナーの扉に張り付ける。

「おや、今日は休みかよ」

 と、双星製紙の男が、一番乗りでやって来た。

「ごめんなさい。特別なお客さまが来てるのよ」

 と、みっちゃんが丁寧にお断りをする。

「みっちゃんの卵焼き、喰いたかったがやに、しゃあない、総菜は売ってくれるがやろう?会社の食堂で、汚い顔の男だらけの中で弁当、喰うワ」

 どうやらこの男、いつも一番乗り――十二時のサイレンが鳴る前に――をして、みっちゃんと会話をするのが楽しみらしい。みっちゃんのファンは最近、うなぎ上りに増えてきているのである。

 惣菜を二種類買って、男は帰って行く。その時、十二時を告げる、サイレンが高々と鳴り響いたのである。双星製紙の正門前で、後から出てくる従業員の男たちに、惣菜を抱えた男が「今日は臨時休業やと」と、説明していた。

 テーブルの上には、色とりどりの料理が並べられている。各人が好きな物を、取り皿に取って食べている。まあ、今で言う、「バイキング形式」の食事である。

「母ちゃん、例のこと、才蔵さんに確かめてみたら?」

 と、食事をしながら、意味ありげな発言をS氏が言った。

「例のこと?」

 と、千代が首を捻る。

「ああ、あれか……。でも、こんなところで、訊くの?恥かしいやいか……」

       *

 S氏が言った、「例のこと」とは、防空壕跡での、千代の見た、現実すぎる夢――誰かにキッスをされた夢――の話である。

 先日――日曜日――のこと、千代とS氏は事件について、会話を交わしたのである。まず、第一に、千代が解明した事件の真相を、当局――警察――に伝えるかどうかの判断である。千代は、本来なら、小政に相談すべき話を、息子にしたのである。その理由はいくつかあるが、ひとつが、その、「夢の話」を小政には出来なかったからである。

 で、結局、警察には話さないと、結論を出し、お互いの知らないことを、情報交換したのである。

「そうよ、お宝の隠し場所、わかったの?」

 と、まず、千代が尋ねた。

 S氏は、国虎の墓の前に並んでいた、三つの家臣の墓石のことを話し、その後、佐代子の夫、研一の死体遺棄についても、語った。

「そうか、研一さんも絡んでいたのか……。元小作人やから、地主には、ちょっと、負い目もあるろうきね。昔は、使用人やったがやろうき……」

 千代は、研一たちの行動を、批判する気はなかったのである。

「そうや、あんたの知らんことがある」

 と、千代が話を続ける。

 千代が語ったのは、「テルテル坊主」の歌と、芳和の娘の尚子の行動である。

「へぇ、童謡殺人まであったんか?意図的ではないにしろ、横溝正史を完全に模倣しているね、今度の事件」

「ああ、『悪魔の手毬唄』やったっけ?『本陣殺人事件』から始まって、『八つ墓村』、『車井戸はなぜ軋む』に、『夜歩く』……」

「けど、今回の解決には、バーバリーの杉下警部の情報活動が、凄かったがやろう?ほとんどの証拠、証言は、杉下さんが集めてきてくれたがやろう?」

「そうね、大阪で、三菱の『田中さん』に逢(お)うて、隠し資産の始まり、資産の内訳、和江の経歴と使命、慎作の経歴と使命、才蔵さんへの依頼、色々訊き出してくれたし、大阪からの帰りに、わざわざ、日和佐に寄って、義足の製作者にも逢うてくれてきた」

「義足、ゆうたら、芳和さんの部屋を調べた時、押入れの行李にあった、風呂敷に包まれていたもんが、そうやったがやろう?黙ってたなんて、ルール違反やないの?他にも隠し事があるんと違う?例えば、防空壕の中でとか……」

「えっ?隠し事?し、してない、してない。あんたには、芳房さんとの会話も全部話したやろう?あっ、そうや、夢の話があった……」

 そこで、千代は息子に、京子を抱いて眠っていた時の、鮮明な夢の話をしたのである。

「ああ、わかった、母ちゃんにキッスしたんは、才蔵さんや」

 と、その夢の謎を息子がいともあっさりと解明した。

「えっ、えっ、えっ?な、なんで才蔵さんなが?夢の話よ……」

「夢やないよ。現実。おかしいと、思うちょったがよ。あの夜の才蔵さんの行動が……」

 と、S氏は才蔵の行動について、推測を語り始めた。

 あの夜、才蔵は危険を冒して、星神社の社務所に到着した。その後、禰宜さんから防空壕の奥に空気穴があることを教えられ、そこへ向かうと出て行ったのである。

「けど、明け方前に帰って来て、禰宜さんの淹れたお茶を飲んで、寛いでいたがやろう?たとえ、防空壕に行けんかった、あるいは、穴が小さうて、入れんかったとしても、才蔵さんなら諦めんと思うよ。ましてや、お茶飲んで、寛ぐなんて、考えられんろう?」

「そうやね、あの、性格からしたらね」

「つまり、才蔵さんは、母ちゃんの無事を確かめた。防空壕の中で、眠っている姿を見たがよ。多分、空気穴をダイナマイトで広げて、ロープを伝って、降りて行った。母ちゃんの平和な寝顔を見て安心した。連れて帰るには……、そうやな、穴が小さすぎて、母ちゃんのお尻がつかえるとでも思うたかな?」

「な、なに言うの?わたしのお尻、そんなにデカイ?」

「まあ、例えや。多分、自分が背負って、山道を降りるより、救助隊が来るのを待つ方が安全やと思うたがやろう。防空壕の中なら、一番安全な場所やったし……」

「そうね、それで、安心して……、えっ?それで、わたしに、キッスしたってゆうの?才蔵さんとわたし、一回り以上、歳の差があるよ。恋愛対象外やろう?小政さんと菜々子ちゃんより、差があると思うけど……」

「そこが世の不思議なところよ。なんで、母ちゃんがモテルか?まあ、息子の僕から見ても、美人は美人やよ。けど、美人って、人それぞれの基準があるし、好みとしたら、可愛いタイプが好きな人やって、多いやろう?」

「わたしは、可愛うない、てこと?」

「いや、可愛いって、歳やないろう?三十四になるがやろう?今年で……」

「歳は言わんといて、何時までも二十歳のまんまやき、心は……」

「そこよ、多分、その常識外れの、乙女心のまま、に魅かれるがやろう……」

「常識外れ?こら、息子でも許さんよ、その発言」

「ごめん、ごめん、言い直す。ひょっとしたら、女神さま、そう、観音様みたいな感じがするがやろうと思うよ」

「観音さま?わたしが……?じゃあ、お母さん、お寅さんは……?」

「閻魔さまかな、地獄の裁判官の……」

「ええっ?当たってるけど、言い過ぎよ。そんなに怖いばっかりやないよ」

「閻魔さまって、怖い顔はしているけど、誰も彼も、地獄に落とす訳じゃないよ。おそらく、半分以上は、天国へ送ってくれていると思うよ。本当の極悪人だけが、地獄行き。だから、慈悲深い方(かた)やと思うよ。うちの祖母ちゃんみたいに……」

「まあ、お母さんはあんたには甘いよね、初孫やし。おこずかいも、内緒で挙げてるみたいやし……。けど、慈悲深いかなぁ?すぐに、『江ノ口川のどぶの中に、放り込んじゃる』って、ゆう人が……」

       *

「えっ?わたしに確かめたいことって、何です?」

 と、菜々子の作った、煮物を口に運びながら、才蔵が尋ねた。場面は、才蔵を囲んでの昼食を共にしていた時に戻る。S氏と千代の会話を受けて、才蔵が尋ねたのである。

「うん、才蔵さん、わたしに隠し事があるんやない?言いにくいことが……」

「えっ、えっ?あのことですか?どうして知ってるんです。陽子と芳次郎が、あの和江さんが自殺した時……、その、セックス……していたってこと……」

 才蔵はシドロモドロになっている。秘密の話と言われて、すぐに頭に浮かんだのが、あの吐き気のした、光景だったからである。

「えっ?セックス?才蔵、いやらしい、変態や、幻滅や、覘きするなんて……」

「菜々子お嬢さん、ご、誤解です。覘きやなんて……。女のうめき声がしたんで、まさか、もうひとり、毒薬を飲んだ者が居ったかと、声のする方へ行ったら、障子が半分開いていて……その……」

「ああ、子供には訊かせれん話やね?そこまでにしとき」

 と、お寅さんが話を遮った。

「へぇ、陽子さんゆうたら、芳和さんの奥さんやろう?亭主の親と不倫か?」

「あんた、子供がゆうセリフやないろう?」

「いや、母ちゃん、事件と関係あるかもよ。和江さんが自殺した時間に、多分そのすぐ後に始めた行為としたら、偶然とは思えんやろう?」

「えっ?ボン、どうゆうこと?」

「ううん、悩むなぁ。不確かなことやから、言っていいんか……」

「ゆうてみぃ、怒らんから」

「まず、あの時、お茶受けの羊羹を、和江さんやのうて、娘の伸子ちゃんに頼んだやろう、絹婆さん?」

「そうやった、わたしも、あれ?って思うたのよ」

「あれは、また、合い言葉やったがと思う。探偵団の見解が、間違うてたら、自害はしない。けど、真相が正解やったら、和江さんに、自害するよう、取り決めていたんやないやろうか?陽子さんは、その合い言葉が和江さんに伝わったかを、確かめに行った。そして、毒を飲むところ、血を吐くところを見たんやと思う。その衝撃を忘れたいために……」

「あっ、そこまで!」

 と、千代が息子の言葉を遮った。

「正解ですね。確かに、異常な感じがしましたから……」

 と、才蔵が言った。

 一同がしんみりとし、食事を終えようとしていたところへ、

「御免ください」

 と、玄関口で女性の声がした。

       *

 ~ここで、再び、S氏の注釈が入る~

「ここからは、事件とは関係ない物語が展開されるのですが、よろしいですか?長くなりますが、ご退屈ではありませんかな?」

「いえいえ、退屈なんて、酒を飲むのも忘れて、訊いていました。いつもの、蛇足って奴ですね?事件と関係ないが、とても感動的な、お話が多いですから、楽しみですよ。是非お聞かせください」

「そうですか、では、続きをお話しいたしましょうか」

 S氏はそう言って、安芸虎の入ったグラスを傾けた。

       *

「はあい、ただいま参ります」

 と、千代が席を立ち、玄関口に行くと、そこには、派手な和服姿の女性が立っていた。

 年齢不詳?いや、旅館の若女将としての経験からして、三十代後半であると観た。着物は、若い女性が来ている柄である。背は高い方だ。顔は、化粧がやけに濃いのだが、相当な美人である。しかも、日本的な……。

「どちらさまでしょうか?」

 と、まず、千代の方から声を掛けた。

「こちらは、井口探偵団の本部のある、刻屋旅館さんで、間違い、おまへんか?」

 と、完全な大阪のオバちゃん言葉である。

(探偵団?また、変な依頼人やないやろうなぁ?)と、ちょっと言葉に詰まった、千代である。

「はい、そうですけど、探偵団はもう解散してますんよ」

「エエんだす。用があるんは、若女将さんにだすから。あんさん、女中さんでっか?若女将さんの千代さんにお目に掛かりたいんだす。呼んで来てくれまへんか?」

(ああぁ、いつかの浜さんの女将さんと同じや。わたし、そんなに、女中さんと間違われるタイプやろうか?)

「あのう、わたしが、その、若女将の千代ですけど、何のご用でしょうか?」

「えっ、えっ、えっ?あんさんが……?けど、千代さんって、三十半ば、ゆうてましたで、ウチの彼」

「ウチの彼?どなたさんです?」

「ああ、大変失礼なこと申しましたなぁ。二十歳代の半ばの方やと、思うてしもうて……。ワテは、こちらさんとエライ懇意にさせてもろうてます、坂本勇次の婚約者でございます」

(えっ、えっ、えっ?勇さんの婚約者?この厚化粧の、大年増が……?それに、勇さん、わたしを三十代半ばやて?まだ、三十三や、もう少しで、四やけど……)

「そうや、よう観たら、勇さんがゆうてたとおり、大きな眼の、賢そうな、お人や。ワテが想像してたより、若う見えてただけや」

 千代が黙っているので、その女性は、千代を値踏みするように、じろじろと、上から下まで眺めながらそう言った。

「あ、姉上!」

 突然、背後の少し高い位置から、男性の声がした。振り向くと、才蔵が、強張ったような顔をして、立っていた。

(姉上?それって、ま、まさか、この大年増が、才蔵さんの……?)

「あら、才蔵、あんたも居ったんか?こっち、来てるって、訊いてたけど、奇遇やなぁ、こんな田舎で遭うなんて、滅多に逢わん姉弟が……」

「姉上こそ、お仕事は?」

「仕事って、大事な婚約者のご両親やない、親代わりのお兄ィさま夫婦に挨拶せなイカンし、ここの、女将さんと若女将さんには、どうしても挨拶しとかんとイカン。勇さんと二人で来るつもりやったけど、急に、事件やゆうて……。刑事の奥さん、なるもんやないなぁ」

「刑事の奥さんって、姉上も警察官やないですか!」

(えっ、えっ、えっ?この大年増、婦人警官なが?)

「千代さん、何しゆうぞね?立話せんと、中へ入ってもらい。テーブルは片付けたぞね」

 と、言いながら、お寅さんが、玄関口に出てきた。

「あっ、女将さんでいらっしゃいますね?お寅さん?」

(なんで、一目でわかるがや?貫禄の差か?)と、千代は心で呟いた。

「わたくし、石川乙女、申します。いえ、実は今朝ほど、籍を入れまして、坂本乙女になりました。式はまた、後日になりますが、七夕の日に、籍を入れとうて……」

 大阪弁から無理して、標準語に近い言葉で、椅子に腰を下ろした、才蔵の「姉上」さんが、自己紹介をする。

(石川乙女、から、坂本乙女?龍馬の姉、乙女ネエやんやいか……)と、またまた、千代は心で叫んでいた。

 話を訊くと、乙女は才蔵の一番上の姉らしい。歳は三十六歳。大阪府警の大阪北署に勤務する婦人警官。少年課に所属とのことである。署内では、有名なイカズ後家。美人なのに、何故?と評判らしい。本人いわく、自分に相応しい男性がいないこと、また、美人過ぎて、周りの男が遠慮してか、言い寄ってこないとのことである。

 そんな彼女を、一目見て、研修中?の勇次が飲みに誘った。何処か、千代の面影を彼女に見たらしい。酒の席では、勇次は面白いのである。冗談を言い、笑わす。大阪の人間は、笑いに肥えている。その眼鏡に見事合格したのである。

「オモロイひとやと、思いました。で、素面で付きおうたら、真面目人間。そのギャップがまた、楽しゅうて、この人やと、決めましたんよ」

 人の縁とは、不思議なものである。男嫌いか、と噂されていた乙女が、二、三回?のデートで、乙女の方から結婚を申し込んだのである。

 女性にモテたことのない勇次は、「はい」と答えるしかなかった。酒は入っていなかったので、真面目さが、発揮されたのである。

「それで、勇さんは、石川家のこと、つまり、睦実さんや悟郎さん、才蔵さんとのご関係は、ご存知なのですか?」

 と、千代が尋ねた。勇次は婚約者が出来たことは話したが、その相手の家柄や職業は訊いてなかったのである。まあ、警察関係かな?とは、想像してはいたのだが……。

「知らん筈です。ワテの両親には、挨拶しましたけど、親戚筋にはオウてませんし、ましてや、才蔵のことは、全く知らんへんでしょうから……」

「そいたら、驚くでェ、勇ちゃん。石川兄弟の親戚、義理でも従兄になるんやから、これで、小政の兄ィさんが睦実ちゃんと結婚したら、親戚じゅうになるなぁ」

「祖母ちゃん、そんな話してたら、本人が現れるよ」

 ははは、と、一同が笑っていると……。

「千代姐さん、ゆうてください」

 と、いきなり、惣菜売り場の扉から、女性が掛け込んで来て、そう言った。

 ワッと、一同が魂消てしまう。お寅さんは飲みかけのお茶を吹き出してしまった。

「あら、睦実ちゃんやないの」

 と、冷静に言ったのは、乙女ネエやんであった。

「ど、どうしたの?睦実さん、血相変えて?わたしに何をゆうて欲しいの?」

 取敢えず、睦実を仲間に入れ、イスに座らせながら、千代が尋ねた。

「政司さんです」

「小政さんがどうしたの?それより、高知へ出てくるなんて、先に連絡入れといてくれんと、何事かと思うやないの……」

「連絡入れるどころか、わたし、家出して来ました」

「家出?」

「そうです。あんまりやもん」

 と、睦実は泣き出してしまう。

 事情を尋ねると、縁談話であった。親――特に父親――が勝手に縁談話に返事をして、婿養子を睦実に迎えることが決まったらしい。

「見合いもせんとですよ」

 と、憤慨したように、話を続ける。相手の歳も顔も、良く知らないうちに決まったらしい。

 それで、家出。いや、小政の元へ、押し掛け女房になろうと、一大決心をして、出てきたのである。

「それで、小政さんは?」

 と、訊き難いことを、千代が尋ねる。この状況からして、小政の返事は……。

「小政さん、結婚する気はないって。ずっと独身でいると決めたって、ゆうんです。それで、わたし、言ってはいけないこと、ゆうてしもうて……」

「なんてゆうたの?」

「千代姐さんに幾ら惚れてても、その思い、叶うわけない。エイ加減に、諦め、って、強うに……」

 と、また、睦実は泣き出してしまう。

「わかっています。ウチは千代姐さんには敵わんことぐらい……」

「そ、そんなことないよ。わたし、小政さんに前から言いゆうよ。ムッちゃんは美人やし、賢いし、それに、特技も凄いって……」

「母ちゃん、それ、アカンよ。逆効果や。小政さんの気持ちを、睦実さんから、遠ざける言い回しやよ。母ちゃんは、モテるから、失恋の経験もないろうけんど、自分の好きな人から、他の人を褒められて、勧められても……」

「わ、わたしだって、失恋の経験はあるよ」

「ああ、けど、それ、鶴太郎さんのことやろう?あれは、振られたわけやのうて、お互いの家の問題で、好き同士やけど、駈落ち以外に、手がない、ってことで、別れたがやろう?振られたんは、鶴太郎さんの方や。その後、父ちゃんと知り合うて、一目惚れ。あっちが、三男さんで、婿養子に来てくれるって、とんとん拍子に話が進んで……。何処が、失恋経験者ながよ」

 息子の言葉に、グウの根も出ない。

「ムッちゃん、やっぱり、ここか……」

 話の当人が、惣菜売り場の扉から駆けこんでくる。後ろには、なんと、顔役さんまでが控えていた。

「ムッちゃん、御免よ。ムッちゃんの気持は嬉しいよ。わたしもムッちゃんのこと好きや。うん、大好きや。けど、二番目やから……。千代さんへの思いは、叶わん事はわかってる。けど、そんな気持ちのまま、ムッちゃんを受け入れるわけには、イカン……」

「そうや、わしからも、謝る。睦実さん、小政とは縁がなかったと、諦めてくれ。その代わり、わしが、あんたの両親に手紙を書いて、縁談を断るように説得するき。ご両親とは、石の結婚問題の時に逢うちゅうし、石の時は認めてくれたのに、睦実さんはイカンとは、仰らんやろうから……」

「そ、そんな、顔役さんがウチの両親に頭を下げることはありません。ウチ、小政さんが駄目やったら、もうエエんです。両親の決めた人と結婚します」

 と、睦実が静かにそう言った。

「駄目です、お嬢さん。そんな縁談、断ってください。わ、わたしが、お嬢さんと結婚します!」

 えっ、えっ、えっ?またまた、一同が、驚いてしまう。その言葉は、金田一耕助から、いや、彼に扮している、才蔵の口から、飛び出したのである。

「さ、才蔵、何ゆうねん?ウチとあんた、歳、幾つ違うと思うてるねん?」

「六つか、七つですね、お嬢さんが年上です……」

「関係ないわよ、歳の差なんか。姉ちゃんも才蔵のこと好きやないの。ウチと男のこと話してたら、一番がボン、小政さんと才蔵が次、ってゆうてたやないの。わたしも、同じ、但し、小政さんは姉ちゃんに譲るって……」

(女姉妹って、そんな話するんや、男のランク付けか……、で、なんで、僕が一番なんかな?歳の差考えて……)と、S氏が心の中で叫んでいた。

「けど……、才蔵、ホンマにウチでエエのん?適齢期過ぎてる女よ」

「まあ、失礼ね、睦実ちゃん、それ、ワテに当てつけなん?」

 と、黙って聞いていた、乙女ネエやんが口を挟む。

「歳は関係ありません。ずっと好きでしたから、子供の頃から……」

「そうよね、才蔵の周りに、美人ゆうたら、わたしとムッちゃんだけやもんね」

 と、菜々子が得意そうに言った。

「どんな田舎や、そこ……」

 と、S氏が今度は声を出して、突っ込みを入れる。

 一同が、どっと笑う。

「これで決まり、睦実ちゃん、おめでとうやねぇ」

 と、お寅さんが決定する。

(やっぱり、閻魔さまの判決や!)と、S氏は声を出さずに突っ込んでいた。

「歳の差、関係ないですよね?七つぐらいやったら……」

 と、菜々子が、突然切り出す。

「そうね、そのくらいまでなら、女の方が長生きする、ゆうし……」

「そしたら、わたし、ボンと結婚してもエイですよね?七つ違いやけど……」

「ええっ?うちの息子と、菜々子ちゃん?」

「まあ、歳の差は、ぎりぎり、カマンけんど、まだ、小学生やき」

 と、お寅さんが言う。

「ぼ、僕はエイよ。菜々子さんやったら……」

「えっ、えっ、えっ?」

 一同が、驚きの声を上げる中、

「ああ、ついに、勇さんや、才蔵君だけやのうて、ボンにまで負けたか……」

 と、小政のため息が聞こえた。その声を遮るように、

「ワテ、こんな連中に囲まれて、旨う、やって行けるんやろうか?」

 と、乙女の深いため息も聞こえてきた。


 

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