On Air8


「で? なんで私を呼び出したの?」



 リスナーからリクエストされた台本。

 それは『放課後に同じクラスのイケメンから呼び出されたJK』という設定だった。

 満月ちゃんはすでに役になりきっている。



「昔に私としたキスが忘れられないって? やめてよ……私、もう彼氏がいるんだけど」



 満月ちゃんは何故か俺の目を見ながら、台本を読んでいる。


 えっ、これってもしかして。

 俺を相手役のつもりで演技をしているのか!?


 ううっ……。

 ただの演技なのに、なんだか罪悪感が湧いてきた。


 そういうことなら、俺も何か演技をした方が良いのか?

 まぁ声を出す必要ないよな?

 そもそも役者でもないんだから、こうして隣に居るしかできないけど……。


「ちょっ、なにするのよっ!?」

「(えっ、俺!?)」


 怖い顔をした満月ちゃんに急に責められた。

 戸惑っていると、俺の右手を掴まれて……。



「チュッ……あっ、やめっ……」

「(~~っ!?)」


 俺の手の甲に、無理やりキスを落とされた。

 次の瞬間には、俺の指が彼女の口の中に飲み込まれてしまった。


 満月ちゃんの生暖かくて柔らかい舌が、俺の人差し指を美味しそうにしゃぶっている。


 くすぐったいような、ぞわぞわとした感覚。

 それが指を通して、俺の脳をビリビリと痺れさせてくる。


 ビックリして思わず手を引っ込めようとしても、できない。


 女の子とは思えないほどの強い力だ。

 ガッチリ握られてしまっていて、逃げられない。



「いやっ、離してよ!」

「(それは俺のセリフだよっ……!)」


 どうやら台本では今、『俺が無理やり満月ちゃんにキスをしている』というシチュエーションらしい。



 おい、ナオちゃん!

 てめぇは本物のJKに、なんて台本送りつけやがったんだ!

 この台本のせいで俺は大変な目に遭ってるんだが!?


 俺が激しく抵抗したせいだろうか。

 完全に役に入ってる満月ちゃんにガリっ、と甘噛みされてしまう。


 それもまた新たな刺激となって、俺の身体を駆け巡る。



「どうして……どうしてそんなにキスが上手くなってるのよ!」

「(えぇえぇええ……)」


 上手くなってるも何もないよ!

 キスをしたことなんて、一度もありませんけど!?



「他の女としたの……? なんか、くやしい。私はまだ、今の彼とチューもしてないのに」

「おっ、おい!?」


 そのまま手首をグイッと寄せられて、本物のキスをされてしまった。

 きっと役に入り過ぎて、ブレーキが効いていないんだろう。


 でも舌を入れてくるのはマジで駄目だって!



「声、出さないでよ? クラスメイトに声、聞かれても良いの?」

「(それは嫌だっ……)」


 声を出す前に、再び満月ちゃんの口で塞がれてしまう。


 こんな場面を誰かに見られたら、マジで終わる!


 背徳感が一層増すと、更に心臓が跳ね上がる。

 さっきまで指で感じていた感触が、もっと敏感な部位になったせいで頭がクラクラする。



「どう? 私とのキスが一番気持ちいいでしょ?」


 視界の端で見えるコメント欄。

 そこにはもちろん、「はい」「興奮する」「大好きです」という言葉が並ぶ。


 ……俺も、完全に同意見である。



 しばらくすると、ゆっくりと満月ちゃんの顔が離れていく。


「(え、どうしてやめちゃうんだ……?)」


 そう思ったけど、彼女は優しく首を振ってこう答えた。


「次は私の事を気持ち良くさせてよ……もちろん、別の場所で……ね?」

「(う、嘘だろ――!?)」



「――はい、終わりっ! 今回はここまで~!」

「……え? おわ……り?」

「残念だけど、時間が押してるんだ~。続きはまた今度! みんな、今日はありがとう!」


 あ……もう休憩の終わる時間?

 時計を見ると、配信が開始してからすでに30分近くが経過していた。



 ◇


「つ、疲れた……」


 配信が終わった後、俺は個室にあるソファーに寝そべってぐったりとしていた。

 本当は患者さん用なんだけど、今は使わせてもらおう……。



「あはは。お疲れ様です、九重このえさん。どうでした? 配信って結構ハードだったでしょ?」


 疲労困憊な俺を見て、満月ちゃんはケラケラと笑っている。



「うん……別に喋るわけじゃないのに、どっと疲れたよ……」


 もはや文句を言う気力もない。

 かたや彼女の方は、いつもの満月ちゃんに戻ったようだ。

 あんまり疲れた様子もない。



「でも、さすがにアレキスはやりすぎじゃないか!? どうしてあんなことを……」


「九重さんは嫌だった? そうだよね、私なんかとじゃ嫌だったよね……」


「いや、そんな事ないよ!? むしろ俺なんかと……って申し訳なかったっていうか、なんていうか……」



 俺がそう言うと、暗い顔をしていた満月ちゃんは花が咲いたように、ぱああぁと明るくなった。


 なんだろう。

 俺には彼女の気持ちが余計に分からなくなってきた……。


 いや、もういいや。

 これ以上考えていたら、なんだかドツボにハマりそうだ。



「そういえば配信はアレで良かったの?」

「うん! 大成功だったよ! むしろいつもより、リスナーさんが多かったぐらい!」


 見て! という声と共に、満月ちゃんはノートパソコンの画面を俺に見せてきた。


 総視聴者数やコメント数が開始した時よりも桁が増えて、とんでもない数になっている。


 ラストシーンのコメントなんて、「もうだめ」「これは捗る」「エッッ」という事後報告がコメント欄に残っていた。



 そして一番恐ろしいのが、おびただしい数の投げ銭たち。彼女いわく、過去最高の金額がこの放送内で貢がれたみたいだ。

 正直、俺の月給なんて優に越えていた。



 なんにせよ、だ。

 画面の先のリスナーたちも、満月ちゃんの声で大変ご満足いただけたらしい。



「それで……九重さん」

「なんだい? 俺もそろそろ休憩をあがって仕事に戻らないと……」



 ――チュッ。


 ポカーンとした俺を、満月ちゃんははにかんだ顔で見上げている。



「ふふふ。まだ入院は長いし……また付き合ってくれるよね?」

「えっ、それって……」

「もちろん、配信だけじゃなくって……ね?」



 絶対に離さない、とギュッと俺の胸元を掴む満月ちゃん。

 そして再び彼女の顔は徐々に近づいて――。


 

 どうやら俺は、この年下JKから逃れられないようだ。


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カナリアの姫 ~担当になった患者は人気JK配信者?視聴者の前でプレイが始まって俺の理性が崩壊寸前なんですが~ ぽんぽこ@書籍発売中!! @tanuki_no_hara

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