On Air7

 それはまさにお祭だった。


 枠主が喋るたびに、コメント欄は大盛り上がり。

 アバターがニコッと笑うだけでも、リスナーたちは狂喜乱舞している。


 楽しそうだなぁコイツら……。



「ありがとう、みんな大好きだよ。今日は短い間だけど、ミツキといっぱい楽しもうね」


 アバターのミツキちゃんは、手を組んでお願いのポーズ。もう全員がメロメロだ。



「(ネットアイドルかぁ……うーん、この沼はハマりますわ)」



 これを高校生がやっているっていうのがまた恐ろしい。


 画面の向こう側の人たちは、俺と同じ社会人だっているだろうに。


 大人まで夢中にさせる天性の素質……。

 将来この子がどうなってしまうのか不安だ。



 そんなことを考えていたら、不意に肩をツンツンと突かれた。


「ん? どうした?」


 マイクに声が入らないように、そっと顔を近づけ合う。


「ねぇ、このあとプレイに入るから手伝って欲しいんだけど……」

「(はあっ!? ぷ、プレイっ!?)」


 プレイってなんだよ!?

 そんないかがわしいこと、お兄さんは許さんぞ!?


 耳元でコショコショと話すだけなのに、なんかもうヤバイ。

 我慢していたのに、プレイというワードに思わず反応してしまった。

 だけど満月ちゃんは止めてくれない。


「何って、ロールプレイだけど?」


 え? ロールプレイ?


「シチュエーションボイスとも言うかな? リスナーさんがリクエストしてくれた台本を、私が読み上げるんだけど……」


 な、なんだ~。

 それだけのことかぁ!


 お兄さんてっきり、エッチなプレイかと……。



「うん? でも、台本を読むだけなのに俺が必要なの?」

「実はそうなんだよね。リアリティを出すために、ナマの環境音が欲しいの」


 ふーん、環境音?

 あぁ、演劇の効果音みたいな?


 俺が普段見てるお笑いの動画でも、ガヤの笑い声とかあるしな。


 それならなんとなく想像はつくし、なんだかちょっと面白そう。



「手伝うって言ったのは俺なんだし、お兄さんに任せなさい」

「ありがとう! ふふ、言質げんちは取ったからね?」

「えっ……言質?」


 ちょ、ちょっと!?

 なんだよ、その怪しい言い方は!?


 どうしよう、急に不安が押し寄せてきた。

 ううっ、やっぱり今からでも辞退させてもらうか?


 しかし満月ちゃんはすでにミュートを解除し、配信へ戻るところだった。



「お待たせ~。えっと、じゃあ今日はこんな状況だけどシチュボやるよ。たまに変な音が聞こえても許してね? それじゃ、リクエストある人はよろしく」


「ね、ねぇ満月さん。いつも通りってどんなのですか?」

「しーっ、声が入っちゃう。……まぁ見てて」



 思わず敬語で聞いてしまった。

 彼女は俺の質問に答える代わりに、満月ちゃんは左手で画面を指差した。


「(なんだ? 色んな金額が表示されているな。――っ!?)」



 画面上に、札束のアイコンがドカドカと凄い勢いで降ってきた。

 なんだこの演出は……!?



「な、なにこれ?」

「最初は普通にリクエストしていたんだけど、あまりにも応募が多くって。だから最近は課金アイテムでね、トップを取った人たちから抽選で採用するようにしているんだ~」

「か、課金ってこれ……この表示、すっごい額になってないか……」



 まさかこれが満月ちゃんの収入源だったのか!?


 パッと見でも、俺の時給を遥かに超える額だ。

 一回の配信でこれだけお金を稼いでいたら……たしかに色んな機材とか揃えられる。


 だけど本人は至って冷静な態度だ。

 これが相当凄いってことを、あまり理解していないのか!?



「ええっと? それじゃあ今日のトップはナオちゃんさん、かな? いつも沢山の支援ありがとね!」


 当然のように、阿鼻叫喚の嵐が巻き起こる。


 しかし誰も選ばれた人を叩かない。

 このあたりは良く調教されているんだな……。



「こういうのは雰囲気が大事だから。空気を壊すような人は出禁だよ」

「おぉう……そこは結構シビアなのね……」


 内心はどう思っているか分からない。

 けれど、満月ちゃんに嫌われたくないんだろう。



「それで? ナオちゃんさんが送ってきてくれたお題は……ふふっ。『放課後の教室で、彼氏持ちの子が他の男子生徒に言い寄られるシチュ』だって? キミ、相当良い趣味してるね~」

「ぶふぉっ!?」


 いやいやいや、ダメでしょう!? アウトだよアウト!


 そもそも、満月ちゃんは本物の女子高生なんだよ!?


 リスナーも「わぁ」「いい!」「うれしい」「俺得だわ」とかコメントしてるんじゃないよ!


 それでなんで、満月ちゃんも楽しそうにしているのさ!?



「じゃあ、時間も限られているし……さっそく始めようか」


 ナオちゃんというリスナーから、台本が書かれているテキストファイルが送られてきたようだ。


 満月ちゃんはその台本をさらっと確認し、「んっ、んっ」と喉の調子を確かめる。



「じゃあ、始めるね?」


 役に入ったのか、鋭い目つきになった満月ちゃん。

 彼女は真剣な表情で、台本を読み始めた。



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