On Air6



「やぁ、お邪魔するよ?」



 本日三度目の訪問。

 夕飯のお弁当を片手に五○一号室へとお邪魔する。



「あっ、おかえりなさい」

「ただいま……って、それはちょっとおかしくない?」

「えへへ、やっぱり?」


 冗談を言えるぐらい元気になったみたいだ。

 満月ちゃんはクスクスと笑いながら俺を出迎えてくれた。


 最初はちょっと近寄りがたいイメージだったんけどなぁ。

 でもやっぱりこの子は笑顔の方が似合う。



 ちなみに満月ちゃんは配信の準備をしている途中だったみたいだ。

 ベッドの上でパソコンをカタカタと操っている。


 ベッドに備え付けられている台の上には、本格的なスタンドマイクやヘッドホンなんかが置いてあった。

 これから収録か……なんだか俺まで緊張してくるな。



「そういえば満月ちゃんは普段、どんな配信をしているの?」


 今更だけど、それについて聞いていなかった。


 俺自身はあまり若い子の配信ってあんまり見たことが無いんだよなぁ。

 有名実況者のレトロゲーム実況や飲み配信は見るけど。

 あとは釣りやバーベキュー配信とか。


 酒を飲みながら、そういうのをオツマミ感覚で見るのが好きなんだ。

 今回は配信をする側を間近で見れるとあって、ちょっとワクワクする。


 あ~、これはアレだな。

 好きなアーティストのラジオ収録を観に行った感覚に似ている。



「普段はねー、ASMRとか使った配信とかかな?」


「ASMR……? それって実際に耳元で話される感覚のアレ?」


「うん、それ。最初は普通のマイクで配信してたんだけどね~」


 そう言って満月ちゃんは、スタンドマイクを指差した。素人目に見てもなんだか高級そうな機材だ。

 彼女はこれを自分のお小遣いで買ったのか?



「リスナーさんがね、使って欲しいって送ってきてくれたの」


 マジかよ!? 

 それを送ってくるリスナーって何者なんだ?



「んー、よし。そろそろいいかな?」

「おっと、もう時間が迫っているのか」


 休憩時間も限られてることだし、始めてもらおう。俺はベッドサイドに丸椅子を置き、そこを自分の席とした。


 本当にすぐ目の前での収録だ。

 だけど満月ちゃんは堂々としていて……うん、なんか凄い。



「パソコンの扱い、めっちゃ慣れてるね……」

「えへへ。利き手が使えたら、もっと早いんだよ?」


 本人はそう言っているが、俺からしたら十分すごい。

 左手一本で、器用にマウスとキーボードを巧みに操作している。


 あれ? そういえば俺ってなんでここへ呼ばれたんだ?

 てっきり右手の代わりに、操作を手伝うのかと思っていたんだけど……。


「大丈夫かな? なんだか緊張する……」

「え? 満月ちゃんも緊張してるの!?」

「そりゃそうだよ!? だって私ひとりで全部やるんだもん!」


 あー、そりゃそうか。

 どれだけの人が集まって来るのかは知らないけれど、満月ちゃんが一人で場を盛り上げなきゃいけないもんな。


「最後に音声のチェックだけ付き合って貰ってもいいかな?」

「あぁ、もちろん」


 ここでようやく俺の出番か。

 イヤホンが繋がれたスマホを渡されたので、それをさっそく耳に装着する。


「あーあー。どう? 聞こえる?」

「うん、バッチリ。生の満月ちゃんと同じぐらい綺麗に聞こえてる」

「え? あはは、なにそれ~」


 楽しそうな声がイヤホン越しに聞こえてくる。

 つられてつい俺も頬が緩んでしまった。


 すごいなぁ。今時の高校生ってここまでできるのか。

 相変わらず何をやっているのか、俺にはさっぱり理解できない。


 画面には、色んな波や数字が上がったり下がったり。

 それを真剣な表情で確認していく満月ちゃんは、カッコイイ。



「あ、これってもしかして」

「うん、私のアバター。私をイメージして作ってもらったんだよ」


 画面を見ていて、気になったものがあった。

 幾つもあるウインドウの一つに、彼女に似たキャラクターが映っていたのだ。


「すげー。上手にデフォルメされてるな」

「えへへ、可愛いでしょ?」


 銀色の長髪をしている、二頭身ぐらいの小さな満月ちゃん。

 クッキリした瞳、小さな唇に目元のホクロ。パーツごとに、彼女の特徴を上手に捉えてある。


 ほほー、満月ちゃんの実際の動きに合わせて動くのか。

 頭を左右に揺らしたり、ニッコリと微笑んだりしている。



九重このえさん?」

「あっ、ごめんごめん!」


 ……おっと。

 ついチビ満月ちゃんの動きに見惚みとれてしまっていた。


 よし、切り替えて頑張ろう。



「ちょっと? なんで九重さんが緊張してるの?」

「いや、あはは。だってさぁ……」


 自分がやるわけじゃ無いと言ったって、テレビとかラジオの収録の裏側みたいでワクワクするんだよ。そりゃあ気合も入るってもんだ。



 そんな俺のことを見透かしたんだろう。

 満月ちゃんは左手で俺の右手を掴むと、マウスの上に置いて微笑んだ。


「ふふっ。九重さんが始めてみる?」


 どうやら満月ちゃんの代わりに放送のボタンを押させてくれるみたいだ。


「えっ、良いの?」

「うん、いいよ?」


 お互い目線を合わせた後、同時に頷く。最終確認はオッケーだ。

 俺は画面の配信ボタンにカーソルを合わせて、深呼吸をひとつ。

 溜め込んだ息を吐いたタイミングに合わせて、配信をスタートさせた。



 ――その瞬間。

 満月ちゃんの表情が一変した。


「みんな久しぶり! ミツキだよ~っ」


「(えっ、誰の声!?)」


 イヤホン越しに俺の耳に入った、明るい声。

 いや、たしかに満月ちゃんの声なのだが、キャラがまるで違う。普段はあんなに大人しい口調で喋っているのに……。


「(これは俗にいう、スイッチが入ったってやつか!?)」


 動揺している俺は置いてけぼりだ。満月ちゃんは、画面の向こうにいるリスナーたちへ話し続ける。



「待たせたちゃったかな? ごめんね~。告知にも書いた通り、ちょっと腕を骨折しちゃって。だから今、病院なんだぁ……」


 思わず「だいじょうぶ?」と声を掛けたくなるような、弱り切った声色。配信画面でも、満月ちゃんを心配するコメントが溢れている。

 中には「看病しようか?」とコメントをしている人までいる。


「(いや、それは俺がするからお前らは引っ込んでろよ……)」


 思わず顔の見えない視聴者にそんな悪態を吐きそうになる。


 でもまぁ、仕方がないか。

 初めて彼女の配信を聞いた俺でも、「しゅき……」となった。


 これが推しに身を捧げたくなるという感覚なのか……。


 恐るべし、人気JK配信者!

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