On Air5
「……九重さんは脱いでくれないんですか?」
病衣を脱ぎ終わった満月ちゃんが、とんでもないことを言い出した。
「当たり前だろう? さすがにそれはマズい」
ただでさえアウトな状況なのだ。
これ以上窮地に追いやって、この子は俺をどうしようというのだ!?
俺は白衣の上からビニール製のガウンをかぶり、手袋を装着する。これでこっちの準備は終了だ。
終了、なのだが……。
「……あんまりジロジロ見ないでください。恥ずかしいです」
いや、なにを今更……。
「これから身体を洗うんだけど……今からでも他の人に変更する?」
「見られるのと洗うのでは、別なんです!」
う、たしかにそれはそうなんだけどさ。
視線の先に居るのは、バスタオルを身体に巻いた全裸の美少女。
片手で押さえている姿がちょっと色っぽくて、つい
まだ学生のはずなんだけど、しっかりと女性の身体をしている。
バスタオルの上からでも分かるぐらいに、出るところは出ているのだ。
モデル体型だと思っていたが、実は着やせするタイプなのかもしれない。
なるべく見ないように目線を天井に向けながら、シャワー室へと入る。
満月ちゃんも、いそいそと俺の後についてきた。
もう、何も彼女を隠すものは無い。
「……」
き、気まずい……!
無言の時間が、俺のメンタルをゴリゴリと削っていく。
さっさとやって、早く終わりにしよう。
妙な緊張感を払拭するために、俺はシャワーのお湯を出して誤魔化す。
「それじゃあ、洗っていくね?」
「……うん」
俺は持っていたスポンジに備え付けのボディソープを乗せ、優しく洗っていく。
首から肩、背中……そして脚へとゆっくり、丁寧に。決して彼女の身体を傷付けないように。
「……痛かったりしない?」
「平気です。ていうか九重さん、上手ですね。なんか慣れてません?」
「女の子の身体を洗うことが? そりゃ、看護学校の実習とか仕事でもやっているからな」
「ふぅん、そうなんだ……」
チラッと俺を見て、ちょっとだけ悔しそうな顔をする満月ちゃん。
ふふ、ふふふふ……。
ごめん、満月ちゃん! 俺は今、強がって嘘を吐きました!
正直、普段の数倍緊張してるからね!?
だってまさか、こんな美少女の身体を洗う日が来るだなんて思ってねぇし!?
普段は爺さんと婆さんばっかりだ。変な気分になることなんて一切無かったのに……!
「(心頭滅却! 諸行無常! 時は金なり……!)」
「九重さん? 次は髪を……」
「……九死に一生! 十人十色!」
「えっ? なに?? きゃあっ?」
ううっ、頼むから今は話し掛けないでくれっ!
あぁ、こうなったらもう
シャワーヘッドを引っ掴み、俺は無我夢中で満月ちゃんの頭を濡らしていくのであった。
◇
「(はぁ……大変だった)」
丸椅子にちょこんと座る少女の髪を乾かしながら、心中で深い溜め息を吐く。
本当に……本当に大変だった。
理性が崩壊するって、あぁいうことだったんだな……。
あの後どうにか全身を洗い終わり、こうして部屋へと戻ってこれた。早く休憩に入りたい……。
「もうっ。途中から強引でしたよ、九重さん!」
「ごめん、悪かったよ」
申し開きもできない。
それくらい、暴走してしまった自覚はある。
「それに……途中から大きくなっていました」
「な、なにが……ってアレ?」
彼女もあえて言葉にはしなかった。
代わりに満月ちゃんの頭が上下した。
「……っ!? ご、ごめん!」
これはあまりにも酷い。
羞恥心で顔が真っ赤になる。
満月ちゃんの耳も同じ色に染まっている。
俺だってこれでも男なんだ。生理現象だって起こるに決まっているだろ?
「ところで、九重さんはこれからご飯なんですよね?」
「え……あ、あぁ。もうすぐ休憩時間だよ」
シフトにもよるが、今日は九時から一度休憩に入る。その間に晩飯も食べるつもりだ。
「私、これから動画の配信をしようと思っているんです。もし、良かったらなんですけど……九重さん、私の生配信を観てくれませんか?」
「生……配信?」
「私、自分のチャンネルを作って配信していたんです。元々今日って配信の予定日だったんだけど……」
え、それじゃあ。
この子はその為に、ノートパソコンを持って来てもらったってこと?
つまり、スマホじゃできないことって……。
「メイクの実演とかゲーム実況が流行ってるじゃないですか。ノートパソコンがあれば、配信や編集もできるので……」
あー、そういうことだったのかぁ。
でも原則、録画とか撮影は院内禁止なんだけどなぁ。
「お願いっ! 今日はアバターを使って、実写は無しでやるから! それに九重さんが監視してくれていれば、変なこともできないでしょ?」
「いや、でも……」
「じゃないと……おっきくしていたこと、病院のみんなにバラす」
ひえっ!?
それもう脅しじゃねぇか!
「ねぇ、今日だけ……良い子にするから。我が儘も言わないし、看護師さんの言うことも絶対なんでも聞くから……!」
……いやいや、その言い方よ。
うーん、仕方がない。
スマホやパソコン自体の使用は、個室では禁止されていないしな。
「分かった。取り敢えず確認してみるから」
こっちの出せる譲歩はこれまでだ。
「わぁ! ありがとう! うれしー!」
「おい、あんまりはしゃぐなって。腕の治りが遅くなったら困るだろうが」
「はーい! あっ、ねぇ九重さん」
「なんだよ。これ以上のお願いは……」
――ちゅっ。
「えっ……ええっ!?」
突然、俺の頬を柔らかい感触が襲う。
もちろん、その原因は目の前に居る満月ちゃんだ。
「これは私からのお詫びのしるし。ごめんね、我が儘ばっかり言って」
「お、おう……」
まさかの報酬に、俺はただ頷くことしかできない。完全に満月ちゃんに主導権を握られてしまっている。
俺はもう、彼女のいいなりだった。
「じゃあ、今から準備して来るから」
「うん! 待ってる!」
「配信も、やれるとしたら三十分くらいだぞ?」
「分かった! ありがとう、九重お兄ちゃん!」
お兄ちゃん!?
いま、お兄ちゃんって言った……!?
これ以上俺を誘惑するのは勘弁してくれ!
「はぁ。色々とバレたら俺は終わりだな」
「そうしたら私が責任を取るから、安心して?」
なんだよ、責任って……。
俺のことを養ってくれるって?
「はいはい、そういうことは大人になってからな」
「むぅ~。そうやって子ども扱いして!」
だって子どもだろうが。
いいよなぁ、気楽で。働くことの大変さや責任の重大さなんて知らないんだから。
今日何度目かも分からない溜め息を吐き、俺は個室を後にした。
――俺は知らなかった。
高校生配信者の中でも、頭ひとつ抜けた配信者が居るということを。
彼女はメディアにも取り上げられるような、超が付くほどの人気配信者だったのだ。
そして収入は俺の給料を遥かに越えているということを、俺はまだ知らない……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます