On Air4


 部屋を追い出されてから1時間後。

 俺は夕飯を届けるため、満月ちゃんの病室を再び訪れていた。



「満月ちゃん、布団から出てきて話をしよう?」

「……」

「せっかくの夕飯も冷めちゃうよ?」


 やっぱり駄目か……。

 さっきと同じように、布団の中に引きもって出てきてくれない。


 お父さんとお母さんのことで、かなりご立腹の様子だ。

 孤独な入院生活が、余計に寂しさを助長させているのかも。


 だけど俺だって、引き下がるわけにはいかない。それに今回は、強力な助っ人を連れてきている。



「お姉ちゃん。布団の中でもっていたら、怪我も良くならないよ……?」

「カエデ? それにママまで! どうしてここに……!?」


 布団から顔を出した満月ちゃんが見たもの。それは満月ちゃんのお母さんと、妹のカエデちゃんだった。



「あの後ね、満月ちゃんのお母さんから電話が掛かってきたんだ」

「ママが電話を……?」

「……満月ちゃん。今はまだ分からないかもしれないけど、働くってすっごい大変なんだ。お母さんは、忙しい合間を縫って来てくれたんだよ?」


 目を真ん丸にして驚く満月ちゃん。

 彼女は家族が冷たいと言っていたけれど。俺が話してみた限りでは、お母さんはちゃんと満月ちゃんを気に掛けていた。


 今も決して彼女を責めることなく、優しい表情を娘に向けている。



 俺の母さんもシングルマザーで、普段からいつも仕事尽くめだった。子どもの頃はかなり寂しかったけど、大人になった今では感謝しかない。


 もちろん俺と彼女では、事情や環境が違うだろうけど……。

 こうして心配してくれている家族のこと。満月ちゃんにも、ちゃんと知ってもらいたかったんだ。



「さっきのことも、ご家族に相談したよ。そうしたら、ほら」


 俺はカエデちゃんの持っているトートバッグを指差す。

 その中には、満月ちゃんが家で使っているノートパソコンが入っていた。



「満月ちゃんに寂しい思いさせているから、できることはしたいって……みんな、満月ちゃんのことを心配してるんだよ」


 よほど衝撃的だったんだろう。

 さっきから満月ちゃんの視線が、母妹の間を行ったり来たりしている。



「そうだよ、お姉ちゃん! お父さんだってお姉ちゃんが心配で、おうちでずっとソワソワしてたんだよ!?」

「あの人、大学の講義があるのに無理やり休みを取ろうとしたのよ。今日だって『俺も病院に行く』って言うのを、カエデと一緒に引き留めるのが大変だったんだから……」


 若干疲れた様子のお母さんは、「あの人の頑固さって満月によく似てるわ」とクスクスと笑った。


 小学生ぐらいの見た目のカエデちゃんは、トコトコと姉に近寄っていく。

 そしてトートバッグの中から一台のノートパソコンを取り出し、満月ちゃんへと手渡した。



「お姉ちゃん。みんな心配してるんだからね!? 早く治してお家に帰ろ?」

「カエデ……」


 満月ちゃんと違って、カエデちゃんはご両親に愛されていると分かっているみたいだ。


 うん。やっぱり俺がアレコレ言うよりも、家族と会う方が早くて確実だったな。

 素直な妹の訴えによって真実を知った満月ちゃんは、ようやく親の愛情を理解してくれたようだ。



「ごめんね、お姉ちゃんが間違っていたみたい。心配してくれて、ありがとう」

「うん! どういたしまして!」


 うんうん、美しきかな家族愛。

 カエデちゃんは満月ちゃんに抱き着いて、頭を優しく撫でて貰っている。



 いやぁ、これで無事解決だな~。

 あとはスムーズに看護師の言うことに従ってくれると、俺はありがたいんだが……。


 壁際でそんなことを考えながら、俺は束の間の一家団欒を微笑ほほえましく眺めていた。



 ――のだが。


 抱き着いたまま大人しく頭を撫でられていたカエデちゃんが、不意に顔を上げて満月ちゃんにこう言った。


「お姉ちゃん、何かくさい……」

「「「え……?」」」



 ◇


「ほら、いつまでも落ち込んでないで。ちゃっちゃと綺麗にしような?」

「ううぅ……だ、だって……」


 実の妹であるカエデちゃんに思いっきり臭いと言われてしまった満月ちゃん。

 あまりにショックだったのか、三度みたびベッドの布団に潜ってしまっていた。


 たしかに彼女は今日まで、病院にあるお風呂には入っていなかった。

 主治医の許可が出ていなかったからだ。


 つまり入院してからずっと、蒸しタオルで簡単に身体を拭いていただけ。

 そりゃあ幾ら美少女だって、数日風呂に入らなきゃ多少は匂うとは思う。


 でもそれは入院しているから仕方がないとは思うんだが……。



「もう……お嫁にいけない……」

「まぁ女の子は気にするよな。もうちょっと早目に気付いてあげれば良かったよ」


 しょうがないので、俺はすぐさまドクターに相談することに。

 幸いにも直ぐに、入浴の許可を貰うことができた。


 そうしてカエデちゃん達を見送った後。

 個室に備え付けのシャワー室で入浴することになったのだ。



「……でも本当に俺でいいの?」

「九重さんじゃないとイヤ……」

「そ、そう……」


 入浴許可が出てはいるものの、当然彼女の右手は使えない。

 身体を洗うにも看護師の補助が必要だ。


 担当とはいえ、さすがに男の俺がやるのはマズい。

 だから同僚の女性看護師に補助を依頼しようと思ったのだが……。



「私は九重さんじゃないとイヤ……」


 と言ってきかなかったのだ。



 いや、俺も流石さすがに断ったよ?

 でも満月ちゃんは決して首を縦には振らなかった。



 結局、周囲の人間が折れた。

 ドクターやお母さん、先輩の許可を貰い、渋々ながら俺が補助することになったのである。



「じゃ、じゃあ脱がせるよ……?」

「えへへ。お願いしますね、九重さん♪」



 ――こうしてこの話は冒頭に戻る。


 奇しくも女子高生の柔肌に触れることになった22歳の童貞。



 まさに地獄のような……いや、天国のように幸せな時間だった。

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