On Air3



 可愛すぎる患者、一条いちじょう満月みつきの口から衝撃のひと言が飛び出した。


「ど、どどど童貞!? な、何を急に!」

「ふふっ、慌ててる~。もしかして、図星なんですかぁ?」


 悪戯が成功した子どものような、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる一条さん。

 そんな悪魔みたいな顔でさえ可愛いのだから、本当に始末に負えない。



「私が通っている学校って、女子校なんですよ。だからホンモノの童貞さんって実際に見たことがなくって……だからちょっと興味が湧いたんです」

「だ、誰が童貞だって認めたんだよ!? 俺は別に経験ないって言ってなくない!?」


 たしかに俺は童貞だけど!

 女ばかりの学校や職場にいたくせに、彼女なんて居たこともありませんけど!?


 ていうか童貞に興味があるってナニ!?



「あ~、やっぱりそっちがなんですね?」

「……え?」

「しゃべり方。かしこまるの、九重さんにあんまり似合ってないんだもん」


 似合ってないだもんって……。


 こっちは仕事中だからそうしているんです! 似合ってなくても、社会人はそれが普通なの! それがたとえ、女子高生が相手でもね!



「素の方が男性らしくって好きですよ? 九重さん、カッコいいのに」

「はっ、え? カッコいいって、俺が……!?」


 そんなこと、生まれて初めて言われた……。



「女性ばっかりに囲まれていたので、男らしい人に憧れているんです。パパは勉強一本で、あんまり頼りにならないし……その点、九重さんみたいな人は……ね?」


 ね? って言われましても!? ねって言われましてもォ!?


「ほら、分かるでしょ? 今の私……すっごくドキドキしてるんです」

「あっ、ちょっ満月ちゃん……!」


 彼女はボーっとしていた俺の手を取り、自身の胸元へ持っていく。


 入院生活用の病衣はかなり薄着だ。

 そのせいで服の中――見えてはいけないモノが見えそうに……。


 あっと思った時には、俺の手は既に彼女に触れてしまっていた。



「ほら、凄いでしょ?」

「え、あ……うん。ソウデスネ」


 まぁ、胸元を通り過ぎて首に触れただけ……なんですけどね。


 もちろん首にだって脈がある。

 こうして触れていると、高速で脈打っているのが分かる。


 たしかに満月ちゃんの言っていたことは本当だった。



「わたし、病気なのかなぁ?」

「……少なくとも、身体には異常はないと思うよ?」


 呆れ顔になりそうなのを耐えながら、そう答えた。


 もしかして、俺のことを揶揄からかって遊んでいないか?

 本当に男慣れをしていなかったら、こんな大胆なことしないだろう。


 事実、彼女の目はさっきから笑ったままだ。これはもう、俺の反応を見て楽しんでいるに違いない。


 クソッ、年下の女の子にここまでもてあそばれるだなんて……!



「九重さん。お願いがあるんですけど」

「……なんですか?」


 このタイミングでお願いだって?


 満月ちゃんは俺の手を握ったまま、真剣な表情で俺を見つめている。なんだろう、すげぇ嫌な予感がする。



「二人っきりの時だけでいいので、さっきみたいにラフな感じで話してくれませんか?」


 さっきのって、敬語を使わないってことか?

 いやいやいや、俺は仕事中なんだけど……。


「お願い……フレンドリーな方が、気が楽なんです。ねっ? 患者からその方が過ごしやすいって言っているんだから、別に良いでしょう?」


 う、うーん。

 そんな必死になって言うことか?


 ……でもまぁ、それぐらいなら良いのかな。患者さん本人の要望だし。


 いや、後で問題になったら怖い。

 念のために先輩に報告だけはしておこうっと。



「分かり……分かったよ。だがあくまでも、俺と満月ちゃんは看護師と患者。その距離感はキチンとするからね?」

「やったぁ! ありがとう、九重さん。やっぱり優しくて好き~!」


 ――んぐぐぐ。

 男相手に、そんなあっさりと好きとか言うんじゃねぇ。


 それといい加減、その手を離してくれないかな?



「それでね。改めてお願いがあるんだけど……」

「いや、聞いたじゃん! たった今聞いたばっかりじゃん!?」

「あれは患者としての正当な要望ですぅ。こっちは私の個人的なお願いなの!」


 いや、タメ語だって個人的なお願いだと思うんだけど?


 ま、まさかこの子……。

 段階的にお願いレベルを上げることで、より難しい要望を通そうとしているのか!?


 俺は満月ちゃんを恐ろしいモノを見るかのように視線を送る。

 だけど彼女は笑顔のまま。引く気は一切ないみたいだ。



「私、パソコンが使いたいんです。どうしても、今夜までに」

「へ? パソコン?」


 なんだ、パソコンの使用申請かぁ。思っていたより、普通のお願いだった。


 ていうかそれなら別に、あらたまって聞くようなことじゃないよ?

 入院患者さんからも、良く聞かれる質問だし。



「……お願い。どうにかならないかな?」


 しかし満月ちゃんにとっては、重要なことだったみたいだ。不安げに瞳を揺らしながら、俺の答えをじっと待っている。



「うーん、パソコンかぁ。スマホじゃダメなの?」


 その質問に対し、満月ちゃんはコクンと頷いた。どうやらスマホでは出来ないことをしたいらしい。


 でもパソコンじゃないと駄目なことってなんだろう?


 ちなみに病院ではパソコンの貸し出しはしていない。

 だから満月ちゃんのご家族に、持って来てもらうしかないのだが……。



「そうだなぁ。ご両親に許可を貰えたらになるかな。今度お見舞いに来た時に、お願いしてみたら?」

「それは無理なの!」

「え?」


 俺の手をふりほどき、満月ちゃんは急に叫びだした。目も三角にさせて怒っている。


「パパもママも、私のことなんて放ったらかしだもん! お見舞いだって全然来てくれないんだよ!?」

「それは……」


 ヒートアップした彼女は止まらない。


「まだ小さい妹だって、家じゃ私に任せっきりだし! 子どもを勝手に産んでおいて……親なんて勝手過ぎるよ!」

「ちょ、ちょっと待って満月ちゃん!」

「どうせ九重さんには分からないよ! 無理ならもういい! 用が終わったならさっさと出てってよ!」


 慌てて落ち着かせようとするも、それはかえって逆効果にしかならなかった。


 もう話なんて聞きたくない、とばかりに満月ちゃんはまた布団をかぶってしまった。中からすすり泣くような声も聞こえる。



 ……うーん、困ったな。

 どうにかしてあげたいところなんだが、なにかできることはないかな。


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