第25話

 5


 誰もが寝静まった夜中に一人、男はドアを開けた。

 鍵が掛かっていない事を不思議に思いながらも、何処か壊れているのかと納得し、電気もつけないままの暗い部屋を横切りバストイレへ続くドアノブを大きな手で握る。

「電気、付けた方がいいんじゃないかい? 何も見えないと困るだろ。他人の部屋なんだ」

 男は急に聞こえた声に驚くと、すぐ様部屋の外へ出ようと走り出す。

 しかし、何か柔らかいものに当たってそれは拒まれた。

「はぁい。部屋の中を走るなんて、この寮のルール違反よ?」

 拒んだ物から声がする。

 男は驚きのあまり、後ろに倒れるとカチッとスイッチが入る音が聞こえた。

 それを合図に部屋の電気が一斉に光り輝く。

 そして、その光に照らされたのは……。

「やあ、ケニー。こんばんは。こんな時間に寮員の遺品回収なんて随分と仕事熱心だね」

 尻餅をついた寮長のケニーがいたのだ。

 部屋の中央の椅子に深く腰掛けたレニーは、出入り口の近くに立っていたレイチェルに手を貸す様に促す。しかし、ケニーはレイチェルの手を借りる事も、見る事もなく起き上がってレニーを睨みつけた。

「君たちこそ、こんな時間になんでこんな所にいるんだい? ここは、亡くなったとはいえまだオリバーの部屋だぞ? 他者の部屋に勝手に入れば、いくら寮の中と言えど、犯罪だ。わかっているのか、レニー?」

 厳しい口調で彼が言えば、レニーは鼻で笑う。

「おいおい。勝手に決めつけないでくれ。僕達は立派な客人だ。なあ、レイチェル。生前、オリバーは僕達をこの部屋に招いていた。その際に僕のおもしろく素晴らしい人柄をオリバーは酷く気に入ってね。いつでも部屋にきていいと言ってくれた。だから今夜彼の死を悼みにここにね」

「ええ。死んだと後から聞いた時には、目の前が真っ暗になったわ。今でも信じられない」

「で、ケニー。僕達の理由は話したぞ。君は本当に、遺品整理に?」

 レニーの言葉に、ケニーの肩が跳ね上がる。

「も、勿論。俺だって友達が死んだのは信じられないさ。けど、俺は遺体の確認もした。彼の事を考えると夜も寝れない。前に進まなくちゃいけないと思って、今、俺もここに来たんだ」

「成程、よく寝られる夜にしたかったて事か。流石、自分の為に他者を殺す奴は心構えが違うね。感心するよ」

「何を言っているんだ? オリバーは自殺だぞ? 俺が殺したとでも言いたいのか?」

「まさか。何でオリバーが死んだのが君の話になるんだよ? 何だい? 何か心当たりでも?」

 ケニーはレニーの言葉にはっとした顔をするが、もう遅い。

「例えば、屋上でオリバーに言いつけられたお使いの物に睡眠薬を入れて突き落としたとか? 軽率だな。そんなもの、すぐにバレるよ。今思えば、君の殺人はどれも軽率すぎた。もう少しよく考えてやった方がいい。少なくとも、自殺に見せかけるならば、足場ぐらい用意するべきだった」

「何を……」

「パン屋も薬屋も、何も医務室と食堂だけじゃないわ。この寮にも薬は卸されるし、簡易のパンは朝用意されている。寮長の貴方を通して、この寮に持ち運ばれる。馬鹿じゃなかったらそれぐらい思いつくでしょ?」

 レイチェルの言葉に少しムッとした表情を作るレニーだが、ケニーの目には何も映らない。

「そ、そんなわけないだろ!? 二人とも、何を言っているんだ! まるで、俺が殺人を犯している様な事を! 何で俺が人を殺さなきゃいけないんだ? 学生だぞ? 善良な市民だぞ!? そんな理由が……」

「ありますよ、寮長。貴方は少し軽率すぎる」

 レイチェルの立っているドアが開けば、アルが姿を現した。

「アルフレット? 君まで……」

「アル、どうだった?」

「君が睨んだ通りだ。あの部屋に、段ボールがあったよ。寮長、あの部屋に隠したいものを置くのならば、前の入居者の鍵の行方ぐらいは把握して置いた方がいい」

 そう言って、アルは透明な袋に入った粉と元自分の部屋の鍵を床になげた。

「段ボールの中身全て、これだった」

「ケニー、君が作ったんだろ? 今街に出回っている、安価な薬。出所は君だ。いや、違うか。君が作ってオリバーが売っていた。君達二人の手によって、ばら撒かれていたんだろ?」

「……」

 青白い顔をしたケニーが、何も言わずに床に捨てられた白い粉を見つめる。だが、その顔に表情はない。

 否定も肯定も、何一つ出てこなかった。

「最初は小遣い稼ぎの様な物だったんだろうな。だが、安価な値段が功をそうして金のない層が雪崩れ込んだ。君は、怖くなってやめようとした。でも、それをオリバーは許さなかった」

 オリバーは、随分と狡い男だ。薬の利益の殆どは彼が持って行った。その証拠に、この部屋がある。

「君は困った。しかし、君が寮長に就任するのを機に、部屋が別れ君は安堵した筈だ。漸くオリバーから逃げられる、と。しかし、現実はそんなに甘くなかった。オリバーは寮長の仕事で君と会うジャンキー達に君の情報を流したのさ。君を逃さない為に、外堀を埋めた。簡単な話だよ。薬を作らす為に、君を脅す人間を増やしたのさ」

 そこからは地獄だった事だろう。

「ジャンキーは、君を脅しより多く薬を求める。オリバーも、その秘密を他者にいつでも渡せると力を見せつけた。売人よりも、薬を作るやつの方が捕まったら刑が重い。脅されて作ったと言っても、脅した奴らは君の作った薬でトンだジャンキー共だ。オリバーが脅した証拠なんてどこにもないし、最悪なことに君から最初持ちかけた事だけ証拠が残っている。君は、逃げられなくなった。だから薬を作り、渡す。でも、ジャンキーはより多くの薬を求める。君が最初に殺した相手は、一番頭が良かった。彼はオリバーと言う手本を片手に、君を脅したんだろ? この事を学校に暴露すると。流石のオリバーも其処迄は出来ない。ここの生徒だからね。でも、ジャンキーは違う。そして、君はそのジャンキー達ができる事も知っている。オリバーと言う手本を最初に見てしまったから」

 レニーは椅子から立ち上がると、床に捨てられた白い粉の入った袋を掴むと徐に封を開けた。

「殺人は見事にうまく行ったが、運の悪さはそこではない。その死体の第一発見者がオリバーだった。オリバーは瞬時に君が犯人だと理解すると、腕を切り落として持って帰った。腕は丁寧にオリバーの手により剥製となり、彼は君に見せつけた。薬を作らないならば、君の殺人を暴露するぞってね。君は怯えた。腕がある限り、君は逃げる事も隠れることもできない。でも、愚かなジャンキーは後を立たなかった。その度に、君は彼らを殺して、その度に、オリバーは新しい証拠を持ち帰る。不毛な鬼ごっこの様にね」

「……」

 それでも、ケニーの口は開かない。

「でも、君には、薬を作る時間も金も、無いんだろ? オリバーに渡すだけが精一杯。寮長の仕事に就職と君は随分と忙しいからね。今迄作ってきた余分も切れる頃だ。だから、君はこんな事をし始めた」

 袋から取り出した白い粉を、レニーは手に取り口に入れる。

「レニー!?」

「ちょっと!」

 驚く二人を見て、レニーは舌で唇を舐め上げ少しばかり嫌な顔を作って見せた。

「うん、甘い。コーヒーが欲しいな」

「え? だ、大丈夫なの!? レニーっ!」

「レイチェル。これは砂糖だよ。いや、砂糖のようなもの、かな? 薬でも何でもない。それをケニーは薬と偽って、オリバーに渡していたんだ。勿論、全てが全て砂糖でもない。本物も混じっていただろう。そして、ついにその事実にオリバーが気付いた。トロールの兄が暴れていたのは、そのせいだ。ケニー、何か僕は間違えているかい?」

「……いや」

 漸く開いたケニーの口は、随分と小さくしな垂れていた。本当に、ケニーなのか。そう、アルが疑う程に。

「何も間違っちゃいないよ、レニー。全て君の言う通りだ。何で、俺が犯人だって思った?」

 それは、驚くほどに穏やかな口調だった。先程まで、自分じゃないと喚いていた本人とは思えないぐらい、実に穏やかで、それでいて静かだった。

 アルは慌てて部屋の中に体を擦り込ませレイチェルの前に出る。

「君じゃなきゃ、どれも出来ないから。そして、どれも君じゃないと意味がないから」

 オリバーの脅しも、見えない糸も、全て。ケニーではないと出来ないし、ケニーではなければ意味がない。

「はは。そうか。君、本当に頭が良かったんだな」

「まあね。君は、悪かったみたいだけど」

「そうだな。全部、君の言う通りだ。何も間違っちゃいない。最初から、こうすれば良かった。全員殺して、さっさと逃げれば、良かったんだよ。今みたいにねっ!」

 ケニーがそう叫ぶと、彼は隠していたナイフを取り出しレニーに向かって走り出した。

「やだっ! レニー!」

 レイチェルが叫ぶが、もう遅い。レニーが動くには、遅すぎている。

 しかし、誰よりも早く動く影がその部屋にはあった。それはケニーがナイフを取り出す動作と同時に床を蹴り、ケニーが走り出した瞬間、自分の持ち得る技術全てを使って彼の首を後ろから掴み床に押し倒す。

 アルにはケニーがレニーに向かって話すトーンを聞いた時、瞬時に今状況を想像できた。

 人を殺すと決めた人間が、覚悟を決めた人間が出すトーンそのものだったからだ。

「アル、君、本当にSS向いているよ」

 影こと、ケニーの背中に乗り上げ手を押さえつけといるアルを見て、レニーはため息と共にそう呟いた。

「嬉しくないし、早く誰か呼んでよっ!」

 まったく。助けてやったのに。

 なんて奴だ!

 事件の幕切れよりも、何よりも、随分と軽いレニーの口調にアルは一人腹を立てるのであった。

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