第24話
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「成程ね。オリバーがその事件の犯人だと思うから部屋に入りたい、と?」
「そうなる。本当にこっちであっているのか?」
「ええ。天辺の角部屋。最高立地よ」
「僕が言うのも何ですが、レイチェルさんはよかったんですか? 人の部屋に押し入ろうって言う人間の肯定側に回って」
倫理的には問題だろう。少なくとも、レイチェルは随分な常識人じゃないか。
「緊急事態って事になってるからいいわ。慣れっこだし。それより、アル。私に対してさんは要らないわ。もう、私達友達よ? 今朝も言ったけど、私たちに堅苦しさなんていらないわ。気軽にレイチェルって呼んで」
「女性に対してそんな事、失礼では?」
「ふふ、嬉しい事を気にしてくれるじゃない。けど、友達には無粋よ。私、もっとアルと仲良くしたいの。同じ高さで手を取り合うのが、友達。まずは名前から同じ高さになりましょ?」
レイチェルは大人の女性の様な笑顔を見せる事もあれば、今みたいに少女の様な純真さで笑う事もあるのだなと、アルは思った。
それは、友達がいなかった彼には随分と気恥ずかしい事実で、顔を真っ赤にしながら俯くし出来なくなる。
「ごめん、僕、異性の友達がいなかったから、何も分からなくて」
初めて異性の友達が出来た気恥ずかしさは、失礼かもしれないと思っても止めようがない。
「あらっ! じゃあ、私が女の子の初めての友達ね! 光栄だわ」
「おい、無駄話は止めろ。着いたぞ。鍵はあるか?」
「ある訳ないでしょ?」
「どうする? ピッキングとかしてみる?」
「時間が惜しい。ドアを壊せる様な物は近くないか?」
レニーの言葉にアルは周りを見渡すが、ドアを壊せそうな道具は皆無だ。
「ないよ。一度、部屋に戻るしかない」
「その間に人が戻ってきたら面倒だ。下の階に置いてある椅子を……」
「こらこら、シュガーボーイ達。何甘ったれた事言ってんの? 時間がないなら、ドアをそのまま壊せばいいでしょ? まったく。少しは頭じゃなくて体を動かしなさい」
そう言って、レイチェルが二人を退かして後ろに下がる。
まさか……。
アルは思わず手で口を塞ぐが、レニーは慣れたものだ。
「行くわよっ」
レイチェルが助走をつけてドアにタックルをかますとドアは簡単に軋んだ音を立てて、中から蝶番が外れる音がする。
「ふんっ!」
レイチェルはそのままドアを押し込みゆっくりと枠組みから外すと、呆然とするアルを見て笑った。
「女の子も鍛えれば強くなる。だって貴方と同じ人間だもの! 異性だからって、変に構えなくても大丈夫よ。貴方一人ぐらいなら余裕で受け止めちゃうんだから」
「……そうだね、レイチェル。有難う。身構えていた自分が恥ずかしいよ」
「ふふ、どういたしまして。さ、二人とも早く中に入って。外の見張りは私がするわ。二人以上で来られたら私も逃げるけど、一人なら締め落とすから」
「ああ、頼んだ」
「え? いいの?」
「いいのいいの。私、頭使うよりも、こっちの方が向いてるだけだから。でも、なるべく早く来てちょうだい。私、見た目通りの寂しがり屋だから」
「わかった」
アルは頷き、レイチェルの傍を通って部屋に入る。
部屋は随分と綺麗に片付いていた。寮長室に段ボールを持ち込んでいた人間の部屋だとは到底思えないぐらいの、綺麗さだ。
部屋も、どの部屋よりも広い。一人部屋であるのに、レニーの部屋よりも些か広さを感じてしまう。最新のテレビにオーディオ、その隣には主人が帰らない事を知らない観賞魚が入った水槽が置いてあった。
腕を飾るには、随分と似合わない洗礼された部屋。
デスクに飾られた写真立ての中には、幼い頃のオリバーだと思われる少年が猟銃と仕留めた鹿を手に満足げにうつって写っている。その隣には、仕留めた鹿の剥製写真。
「棚、全部開ける?」
アルが問いかけると、レニーは振り向くこともなく声をあげた。
「好きにして良い。この部屋は最高ランクでトイレもシャワーも付いている。僕はそこに向かうから」
つまりそれって……。
「棚を見ても無駄って事だな?」
「気付くのが早いね。良い事だ。剥製にする皮はなめす作業がいる。少なくとも、なめす為の液体に一週間は漬け込む必要があるんだ」
「成程、被害者が死んで一週間も経ってない」
「なら、水場で漬け込んでいるはずだ」
二人はバストイレのドアを開ける。
「これだな」
バスの中に入っているバケツを見ながらレニーはポケットから分厚いビニール製の手袋を取り出すと、それを手に嵌めて中から一枚の皮を取り出した。
人の皮。
見ていて気持ちいい物ではないと、アルが顔を顰めるがレニーはそうではない。
「動物で余程慣れていたんだろうな。随分綺麗に出来ている。死ぬ前に、やり方ぐらい教えて貰えば良かった」
「被害者の腕であってるの?」
「恐らくな」
「なら、腕の方から見たほうがいいな」
「何故?」
「君も腕の方から見ようとしたのに、聞くなよ。意地悪だ。わかってるんだろ? 君と一緒の理由だよ。手でことが済むなら、手だけ持って行ってる。わざわざ腕を切り落としたんだ。手だけ持ち帰っても意味ないなら、本命はそっちにあるだろ?」
「正解。見た所、タトゥーの様な物はないな」
皮を広げてみれば、レニーの言う様にタトゥーの様な模様は何処にも入っていない。
「そうだね。けど、多分これってのを見つけた」
「競争かい? なら、僕の勝ちだな。広げた時に気付いたよ。これは、間違いなく……」
二人は、腕についた無数の点を指さし、そして。
「注射器の跡だ」
同時に同じ言葉を吐き出した。
「レニー。恐らく、被害者は薬の使用者だ」
「だな。素人が自分で打つ打ち方だ。あのトロールの兄貴と同じ薬を打っていた」
「オリバーはジェシーの兄とも面識があった。噂がたつ程に頻繁にあっている」
「ジャンキーが頻繁に会う人物なんて一つしかないだろ? オリバーが薬の売人だったんだ。だとすると、僕が見た影はオリバーだったてことになるな」
「言い争いしてたんだよね? なら、被害者もオリバーから買ってて何かトラブルが起きたの?」
「……いや。考えてみてくれ、アル。オリバーは殺人犯じゃない。少なくとも、腕を切り落とす方の犯人だ。オリバー自身に、彼らを殺す動機はない」
「確かに……。なら、誰が?」
「それぐらいわかるだろ? この部屋を見渡してみたか? 答えは出てる」
アルは最新の家電に、水槽が置かれた綺麗すぎる広い部屋を思い出して、あっと短い悲鳴にもならない声をあげる。
それは、どうしようもない、事実だった。
「さあ、戻るぞ、アル。迎えのママはもう外にいるからな」
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