第18話

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「まず、最初の事件。君が見つけた腕の持ち主は、小さな薬局で事務をしている男だった。正確に言えば、事務だけでなく、薬の調合なども行なっていたらしい。また、薬を調合する事もあれば、簡単な配送などを行なっていた。つまり、小さな薬局での仕事をほぼほぼ担っていた事になる」

「小さな店では普通のことだろ? 人手が足りなく、止む無く兼業をさせてしまう」

「ああ。有り触れた事だ。なんの不思議もない」

「その情報が、後々何かに?」

「なると思う?」

 レニーの振り返った顔にアルは困惑する。笑っているのでも馬鹿にしているわけでもない。

 ただ、真顔でアルを見返した。

 その真意は、なんと言う無駄な質問かと言う事だ。

 無駄な質問によって、彼の言葉が遮られた事による、非難の顔だ。

「……ごめん、続けて」

 アルは謝罪をして、レニーに先へと促した。

 そうだ。彼は言ったじゃないか。この事件の詳しい話をすると。

 だとすると、今の部分だって事件の詳しい話の一部であることは間違いない。

「まったく。君はもう少し考える時間を持った方がいい。脊髄反射で出てくる疑問は、大抵答えが前にあるんだ」

「悪かったよ」

「反省を大いにしてくれよ、親友。さて、彼はこの街に勤めている。勤務先だってこの学校から遠くない。次の被害者はパン屋だ。彼はこの街のベイカリーに勤めていて、毎朝美味しいパンを焼き上げる」

「パン屋?」

 随分と、予想外の職業である。

「パン屋と言うのは意外?」

「勿論。前の被害者との共通点が余計かけ離れた。今のところ、男性であるとこの街に勤務先があることだけ。あとは腕がない、かな?」

「そうだな。パン屋と薬局だ。死に方は朝に僕が伝えた通りだ。アル、君はどう思う?」

「この段階では、何も言えないよ。言っただろ? それだけの共通点で僕は何も感じない」

「そうだな。では、もう一つヒントだ。僕はそのパン屋も薬局も知っている」

「それは、同じ街に住んでるんだ。おかしなところはないだろ?」

 レニーの言葉にあるは首を傾げた。

「ヒント2。でも、店の場所は知らない」

「……どう言う事だ?」

 アルは思わずレニーに聞き返した。

「店は知っている。でも、店の場所は知らない。そんなことがあり得る条件は何?」

「条件……」

 アルは、短く唸って目を閉じる。

 店は知っている。つまり、店名は知っていると言うことだ。しかし、場所は知らない。それは、店に行った事はないと言う事。

「友達に聞いたとか?」

 人伝いに噂になっていたとか。

「アル、僕は?」

「え? レニーだけど? レオナルド・モーガンで……。ああ」

 レニーの問い掛けの意味に気付いて、アルは乾いた笑いを浮かべた。随分と自虐的なヒントである。

「君に友達はいない」

「正解だ」

 当たったところでなんと楽しくないクイズだろうか。

「レイチェル嬢から聞いたとかは?」

「レイチェルがそんな話を僕に振るとでも?」

「彼女なら、おかしくない」

「じゃあ、言い方を変えよう。彼女のそんな話を僕が真剣に聞いて覚えるとでも?」

「それはそれで、最低な回答だな」

 しかし、どうやら違うようだ。

「じゃあ、広告を見た。ネット広告とか」

「いいね、近いぞ。それをどこで見たかが最大の問題だな」

「ネット広告ではなさそうだな」

「ネット広告だと、この街のパン屋だ、薬局だとは思わないだろ?」

「ああ、確かに」

 レニーはこの街にその二つの店があることを知っていた。

 街の看板?

 商売をしているのだ。看板が街中に立っていたとしても不自然でもなんでもない。逆に普通だ。

 でも、そんな事をわざわざクイズにしないだろう。

 アルはコツコツと進むレニーの背中を見ながら考える。

 この街に、パン屋がある。薬局がある。そんな当たり前の事をレニーはわざわざ覚える必要があるだろうか?

 レニーの脳内に止める必要があるのだろうか?

 自分であったら、どうだろう?

「レニーはパンが好き?」

「普通」

「常備薬は?」

「ない。よって、僕はパン屋にも薬局にも興味はない」

 どうやら、アルの質問の意図に気付いたらしい。

 覚えると言うことは、興味があると言うこと。なんたって、パン屋も薬局もこの街には有り触れている。余程のことがない限りは、記憶に留めておくことは無いだろう。

 例えば、パン屋であれば、美味しそうなパンがないか気になったり、薬局であれば薬の入手手段として利用しなければならなかったりと、だ。

 しかし、レニーはそれもないと言っている。

 だとしたら、どうすればレニーの脳内にその二店が残るのだろうか?

「わっ」

 ドンと音を立てて、アルは立ち止まったレニーの背中にぶつかった。

「止まったなら、止まったと言ってくれよ」

「考え事をしながら歩く前に、前を見ろよ」

「そうだけど……。ここは?」

「学校の正面玄関だ。時間もいい具合だな」

「時間だって?」

 アルはレニーを見る。

「だから前を見ろよ」

「え? それって……」

 アルは顔を上げた。至って普通の道路。普通の道。歩いている人間も、自転車を漕いでいる人間も。色々な車も。

 よくある道を行き来している。

 やがて、一台の車が道路から学校に向かって入ってきた。

 出入り業者なんだろう。

「レニー」

「何だい、アル」

「もしかしてだけど、二人の目の被害者のパン屋の名前って『アムズベイカリー』?」

「ああ。そうだ」

 何故、アルがその店名を知ることが出来たのか。

 それはレニーと同じ理屈である。

 そして、普通であれば知りも出来ないであろう。

 彼は、授業を殆ど受けていない。この時間は授業のはずだが、彼は自由に歩き回れた。きっと、この時間にここを通る機会も多々あったのだろう。

「そう言うことか……。だとすると、薬局も?」

「イエス。パン屋は白いが、薬局は水色だ」

「成程。車の色ね」

 全てが、アルの中で繋がった。

「被害者自身の共通点じゃない。二人が勤務している店の共通があったんだ。パン屋も、薬局も、この学校に出入りしている業者だったんだな」

「正解だ、アル」

 アルとレニーの前を通り過ぎるアムズベイカリーの車は通り過ぎていく。

「だから、あんな場所に腕が?」

「ああ。犯人から一番近いゴミ捨て場なんだろうな。さて、もう少し歩こうか」

「ああ。まだ何か?」

「アル、一つ質問だが、君は人の腕を見て、どう思う?」

「どうって。随分とざっくりだな」

 それだけでは質問の真意がわからないとばかりに、アルはレニーの言葉に肩を上げた。

「ここまで、君は気付いた。次は何を考える?」

 次? 

「何で、腕……なのか、とか?」

「何で、とは?」

「何故、わざわざ腕なんだろうって。持って帰ろうと思うと大分嵩張るだろ? 僕の以前住んでいた部屋はとても狭くて、人の腕一本あったら中々困ってしまう。そもそも人の腕ってそれなりにでかいだろ? それを持ち歩いて歩くとなると簡単に隠せないばかりか他のリスクも高いはずだ。それならあまり考えたくないけどポケットに入る指でいいんじゃないかと思って。腕に何か意味があるかな?」

「成程、確かにそうだ。鋭い指摘だな。アル、君なら腕ではなく指を持ってくの?」

「出来れば両方持って帰りたくはないけど、小さい方が助かるだろ?」

 どちらにしろ、嬉々として持って帰りたくはないと、再度アルはボヤく。

「普通であれば、そうなんだろうな」

「何? レニーは持って帰りたいのかい?」

「おいおい、僕は綺麗好きなんだぜ?」

 あの散らかった部屋を思い返す限りでは、そんな要素はないはずだが……。

 だが、やはり、人の腕を持って帰ると言う発想は否定したい様だ。

「記念品とか?」

「実に変態らしい考えだ。コレクションみたいに飾るんだろうな」

「違うの? 君は次に腕の意味を考えた。それが僕の答えなんだけど」

 アルが首を傾ければ、レニーは少し笑う。

「それは正解。でも、残念。不正解だった」

 レニーの正解であり、不正解という言葉にアルは首を小さくひねる。

 何という矛盾が詰め込まれた言葉だろうか。

「どう言う事?」

「アル。君の言う通り、僕は腕が何のために持ち帰ったのか意味を考えていた。君があの腕を見つけた時、腕に細工がされている事に気付き、これはトロフィーだと確信を持った。だけど、それは今崩れたんだよ」

「何で?」

「君の一言だ。わざわざ、腕を持ち帰る必要はないだろ? 確かにその通りなんだよ。トロフィーで、腕。可能性はあると思うが、どうしても弱い。だから、アル。僕は君に問いかけたい。君が腕を持って帰るときはどんな理由だい?」

「僕だったらって、前も言ったけど、僕だったら腕でも手でもなんでも、持って帰るのはお断りだよ。逆に持って帰って欲しくもないね」

「犯人がそんな趣味を持っていたと?」

「理由がわからない今、そう考えるのが普通じゃないのか? レニー」

「まあ、わざわざ殺した相手の腕を持って帰るぐらいだ。そんな趣味の変態だったとしても驚かないな」

「だろ? 持って帰った理由を考える方が無駄じゃないか? 僕たちは犯人ではないんだし」

「無駄、ねぇ」

 レニーがアルを見る。

「じゃあ、他の事を考えてみようか。犯人が腕を持ち帰っている理由がわからない。二つの事件の共通点は僅かこれだけ。アル、他に君は何をする?」

「取り敢えず、被害者を知ろうとする。今のところ、被害者は二人だ。これからもっと多くなってもおかしくないだろ?」

「未来の話か?」

「未来って。予想出来る未来じゃないか」

 よく聞く話でもある。

 二つの事件がつながっていると言うのならば、この事件はまだまだ続くと言う事だ。

 これは連続殺人なのだから。

 しかも、こんな些細な共通点なんて、次は誰を狙うのかすらわからない。

 学校に出入りしている人間。大人。でも、本当にそれだけ? たまたま今回は大人が二人標的になった。二人とも外の業者で、男だった。

 それだけだ。

 もしかしたら、次はこの学園に通う子供かもしれない。女性かもしれない、学園は関係ないのかもしれない。

 言ってしまえば裏路地を通った人間を無差別に狙うシリアルキラーと言っても大差が無い。

 犯人はまた別のターゲットを今も狙っているのかもしれない。

 そんな危険な未来が淡々に予想出来る状態だ。

「防げる犯罪だ。レニー、次の被害者を予想を君なら着けれるんじゃないか?」

「僕なら? なんでそう言い切れるんだい?」

「なんでって……。あのジョックに君がした未来予知見たいなものをだね」

「アル。ネタばらしの内容を忘れたか? 僕は見ていたんだ。あいつの兄だと思われる人間の愚行を。しかし、今回僕は見ているはずがないだろ?」

「そうだけど、何か君なら当たりをつけれる気がして」

「ふむ。アル、君は本能で分かっているかもしれないな」

 はっきりしないアルを見ながら、レニーはふと楽しそうに笑った。

「本能? なんの話だい?」

 いきなり話が飛んだ事を訝しげにアルが問いかける。

「アル、君の話だよ。ああ、もう少し遊びたかったのに。残念だ」

「何だよ。随分と含んだ言い方をしてくれるじゃないか」

「本当の事だよ」

 先程のアルの言葉。何となく、君なら当たりをつけているんじゃないかと思って。

 ほぼほぼ正解に近い答えだ。

「君は何で僕なら当たりを付けられると?」

「どうしてって……」

 アルはぽりぽりと自分の頬を爪で掻く。

 何となく。

 君は頭がいいから。

 考えてないアルの脳みそはそんな事を考えていた。

 しかし、そんな回答をレニーが聞きたがるとは思えない。

 自分の深層心理で、何を思ったのか。

 アルは小さく唸りながら考えを深くしていく。

「そうだなぁ……」

「下らない話だったら、却下だぞ。僕の話すら聞かないからな」

「だと思ってるよ。だから、僕は考えるんだ」

 レニーは頭がいい。それは、これまでの彼の行動を見てアルが一番に感じた事だ。

 何故、彼の事を頭が良いと自分が思ったのか。

 その理由は、彼の観察・洞察・推理力にある。その力で、小さな傷一つで、いや。言い方を変えよう。何か小さな一つの事柄だけで見えないはずの未来がまるで見えるかの様に、彼は振る舞えるのだ。

 まずは、小さな事柄を彼は知らなきゃいけない。

 でも、彼が気付いた今回の事件の共通点は余りにも小さく、余りにも未来と見るにはお粗末過ぎる。

 逆にそれで働く推理力など、推して知るべしだ。

 そうなると、自分の彼に対しての過剰な評価をしてしまったのではないと言う気持ちが出てくる。

 流石の彼でもこれは無理だろう。

 いくらなんでも、得られた事が少な過ぎた。もう少し、何かあれば……。

 もう少し、過去を用意出来れば……。

「あっ」

 自分の発想に、思わずアルは声をあげる。

「アル、どうかしたのか?」

「未来の話よりも、過去だ」

「よし、話を聞こう」

 レニーは手を叩いてアルに続きを促した。

「君は、あの二人の共通点を見つけて、次に過去の事件を調べたんだ。過去に似た事件が発生しているから君は当たりをつられる事が出来る。だから、僕の答えは当たりだ。中身はなかったけど」

 何故、始まりがあの片腕の持ち主の事件だと思ったのか。

 可笑しいだろうに。

 続く事件であれば、それは如何にも不自然であった。

 何たって、相手は慣れ過ぎている。

 死体の腕を切り取り、持ち帰り、剥製にする。

 新しく腕が手に入れば、古くなった腕を取り替える様に捨てる。

 初めてにしては、どれもこれもが慣れ過ぎている。

「正解だ。君の睨んだ通り、腕が無くなった事件は他にもあったよ。まあ、見つかってない事件もあるだろうけどね」

「過去の事件はどうだったの?」

「この学校に出入りしている人間で、腕のない死体になった者はパン屋を含めて五人だ」

「五人……」

「偶然にしては多過ぎるし、期間はどうやら一昨年からだ」

「一昨年?」

「そうなるな。つまり、僕は少なくとも、この学校に二年以上いる人間が怪しいと思っている」

 レニーの言葉に、アルはゴクリと喉を鳴らした。

 だってそうだろう?

 レニーははっきりと言ったのだ。

 この学校に、犯人がいると。

「レニー、君最初から犯人がこの学校にいるって、知ってたの?」

「まだ、確信じゃないが今の時点ではその可能性の方が高いと僕は思っている」

「僕達はそのシリアルキラーと一年間も同じ学び舎で寝起きを共に? 胸糞が悪いな」

「胸糞いいシリアルキラーなんて、少ないもんさ。でも、そこまで調べても次のターゲットなんて検討がつかないのも事実。共通点は、学校に出入りしている業者で全員男性。でも、長年出入りしている人間もいれば、最近たまたま配属が変わっての人間もいる。この学校に出入りする男性の業者なんて数多く存在するのに。その中で狙われる基準が分からないんだよ」

「レニーが?」

 思わず、アルの声が跳ね上がる。

 その言葉にレニーがギロリと彼を睨んだ。

「……あ、ごめん」

「……まあ、事実だ。君が悪いわけじゃない」

「レニーが分からないだなんて言うとは思わなくて。少し意外で驚いたんだ」

「僕だって普通の人間さ。少し人よりも頭が良いだけ」

「そこら辺が流石君だなって思うよ。他の被害者の腕は?」

「見つかってない。少なくとも、この街では見つかってない、だな。見つかってないから、この学校のゴミ捨て場に捨てられると思っていたんだ」

「何で?」

「わざわざ学校のゴミ捨て場を漁る奴なんていないからさ。生徒もだが、外にいる奴らも学校に忍び込んでゴミ捨て場を漁るなんて事はしないだろ。街にはもっと大きく、入りやすい街のゴミ捨て場が用意されているんだからな」

 成程と、アルは思った。

「じゃあ、レニー。僕からの質問なんだけど、何であの腕は捨てられると思ったの?」

「そうだな。先程君は近い答えを言っていたけど無意識の可能性もあるのか。いいだろう、一つ質問しよう。アル、君は車が好き?」

「車?」

 思わずアルが首を傾げる。

 本日何度目の突拍子のない質問だろうか。

「車の小さなおもちゃがあるだろ? 子供向けのものだが、なかなか出来はいいんだ。種類も沢山で、値段も手頃。知っているかい?」

「んー……。そう言った玩具とは余り縁がなかったから、実際には見た事がないと思うけど、多分、知ってるとは思う」

「君の家は車のおもちゃを車のメーカーが持ってくる様な家だろうからな」

「そこはノーコメントだね」

 どうやら、レニーの言葉は冷やかしにもならなかった様だ。

「まあ、想像がつくならそれでいい。で、アルは車が好きかい?」

「嫌いではないよ? でも、詳しくもないかわりに拘りもない」

「ふむ、まあいいだろう。今から君は車が好きな一般市民だ。極々普通の一般市民だ」

「二回も言うね」

「洗脳だよ、洗脳。君の脳みそに思い込ませているんだ。余りにも君のその極端生活から一般市民の生活がかけ離れているからね」

「余計な気遣いだなぁ……」

 極端なんて言いすぎも良いところだ。

「君は車が好きだ。そして運転できる歳になり、金をたんまり貯めて念願の免許を取得した。さて、どうする?」

「そこまでしたなら次は車を買うね」

「正しい選択だ。君は選びに選び抜いた車を買う。しかし月日は長られ二年後に、もっと速くてカッコいい車が出てきた。君はその車が欲しい。どうしても欲しい。それは昔子供の頃憧れの眼差しを向けた車の復刻版。財布を見ればその車を買うための金はある。さて、どうする?」

「買うね」

「オーケー。けど、買ったばかりの車だって君が初めて買った思い入れの深い車だ。彼はどうするの?」

 まだまだ走る車でもある。

 アルは短く唸ると口を開けた。

「どうにかしなきゃいけない理由がわからないな。そのままにしてもう一台ぐらい買えばいいんじゃないか? 他に何か選択肢があるの? 交互に乗っても自分の車なんだから誰からも文句はないだろ?」

「オーケー。アル。洗脳は失敗だ。この何も得られない話は取り敢えずやめてみよう」

「何だよ」

「こればかりは、至らない僕のせいだ。君は僕を責めてくれていい」

「レニー。君に失礼な事を言われているのはなんとなくわかるからな?」

「普通は、車を2台持つと言う考えは少ない。新しい車を買うなら、もう1台は手放すものさ」

 レニーはため息を吐きながらアルの鼻を摘んでやる。

「君はどちらかの車しか持てない。何でだ?」

「び、貧乏だから?」

「それは、本当の君だろ? 僕は言ったはずだ。この学校に二年間いる奴が犯人の可能性が高いって」

「それ、車と関係あるの!?」

 摘まれた鼻を揺らされながら、アルは声をあげる。

「あるよ。車は腕。腕は、車だ」

 これは、車を例に挙げた腕の話である。

「腕は車……」

「そして、君は言っただろ? 腕なんて大きな物をどうして持ち帰るのか、と」

「あ」

「そう。腕はデカイ。肘よりも上が十センチそこらも付いてくる。大の男の腕だぞ。嵩張るんだよ。持ち帰る時も、持ち帰った後も。場所を取る」

「あっ! 寮の部屋は狭くて置き場所がない」

「そして、寮生の部屋は狭い上に時折寮長及び監督生の見回りがある。部屋の中身を隈なくチェックされて書き出される恥辱を受けねばならない悪魔の時間さ。そうなれば、何個も嵩張る腕なんて置いておけないだろ?」

「う、うん……」

「だから、捨てるのさ。腕を犯人は捨てなきゃならない」

 ここで、漸くレニーの手がアルの鼻から離れていく。

「理解出来たかい?」

「な、何とか」

「それは良かった。しかし、そうなると一つの疑問が出てくる」

「疑問だって?」

「振り出しに戻る事になるが、腕を持ち帰る必要性だ。先程上げたように、腕は嵩張る。何だって、肘上十センチ分着いた腕だ。持ち帰る時だって、持ち帰って保存した後だって。嵩張るものは、嵩張るんだよ」

「何で、わざわざ嵩張る腕を? って事か」

「そう。アルの言ったように、記念ならば指だけでもいい。むしろ、指にするべきだ。逆に腕を持ち帰る性癖の変態だとしよう。そんな変態が新しい腕が入ったと安安と捨てるものか?」

 収集癖として、腕を刈っているわけではない。

 奇しくも、それは見つけてしまった腕で証明してしまったことになっている。

「ここまで来ると、犯人は何か明確な目的があって腕を持ち帰ったと言わざる得ない」

「その謎が、この事件を解く上で必要不可欠になってくるわけだ」

 これはただの変態の奇行ではない。

 何か明確な理由があっての、殺人事件なのだ。

「そうなると、剥製にした理由も怪しくなって来るね」

「アルの言う通りだな。剥製にするのが目的なのか、目的が終わった後に剥製にしたのかで意味合いが違う」

「違ったところで、どちらにしろ僕は理解できないけど」

 何度言っても、その思想は理解できないとアルは大きなため息をついた。

「大体、人の右腕ってなんの使い道があるんだ? 痒いところに手が届くみたいな事だろうか?」

「そんなくだらない事なら、人の手よりも物を使うさ。それよりも、右腕には何がある?」

「何があるって……」

 二人はお互いの腕を見る。

 当たり前のものしかない。それこそ、当たり前だ。

「他の事件でも、右腕だけ取られていたの?」

「一人、左腕も取られている」

「それって、同じだと言えるの?」

「腕から十センチ上という点では一緒だからな。腕よりもその点が同じ方が信頼性は高いだろ」

「それはそうか。でもこれで、右腕でも、左腕でも、関係ないって事はわかったかな」

「関係ないとわかっても、腕自体の価値が分からないとな」

「ところでレニー。随分と歩くけど、君は何処に向かっているの?」

「おいおい、随分と今更な言葉だな」

 呆れた声で、レニーが振り向く。

「君、剥製は好きか?」

「車に続いて、次は剥製? なんでまた。因みにだが、興味はないよ。今回は好き以前の問題だけどね」

「奇遇だな。僕もだよ」

 そう言って、レニーは笑うのだった。

「じゃあ、縫いぐるみは好きかい?」

「次は縫いぐるみ? 最後は何か好きの話になるわけ? 縫いぐるみなんて、女の子じゃあるまい。僕なんかには過ぎた物だよ」

 そう言って、アルは首を傾げた。

 車に剥製に縫いぐるみ。一体、レニーは何を言いたいのか彼には分からない。

「アル。君の好みを純粋に聞いているだけじゃない。これは純粋な質問なんだ。腕は剥製じゃないかと言っていただろ? 剥製の作り方を知っているかい?」

「勿論。ヘイ、シリって君が持っている携帯に向かって話かければ知ってるとも」

「成程、賢いな。勿論僕の携帯がだけど」

 レニーの返しにアルが笑う。

 嫌味で返ってこないと言う事は、これぐらいの冗談は、どうやらレニーの許容範囲らしい。

 何とも距離感が難しい話だ。

「レニーは知っているの?」

「何を?」

「勿論、剥製の作り方。君は作った事ありそう」

「まさか。僕は死体に興味はないさ。死因には興味があるけどね」

 死体に興味。何とも身も蓋もない言葉だろうかとアルはため息を吐く。

「剥製って、別に死体って思っていない人もいるんじゃない? よく飼っていたペットを剥製にして手元に置いておく。そうやって心を癒している人だっているぐらいだろ?」

「君もそんな事が?」

「僕は……いや、僕はないけども。剥製を死体だって言い切るのは如何なものかと思ってね。家族だと思っている人も少なくないだろ?」

 他国では違うがもしれないが、彼らの国では自宅用の剥製出来る機械も出回っている程、盛んである。

「僕には理解できないが、その思想については否定しないつもりだ。死体だと言ったのが気に障った?」

 レニーの問いかけに、思わずアルは目を見開き彼を見つめる。

 この質問の意図に、アルが気付いたからだ。

 アルはレニーがどれだけ冗談を許容出来るのかを測っていた。

 今は逆にレニーがアルとの距離を測っているのに。

「……君のそう言う事、ズルいな」

 思わずアルがため息を吐く。

 傍若無人で、奇人変人。他人なんて何とも思わない言動の数々を繰り返していたからこそ、アル側から距離を測り始めたというのに。

 これからの共同生活、どうしてもアルには一日でも長くレニーの部屋にいさせてもらえなければならない理由がある。

 だからこそ、二人の適度な距離感を彼はいち早く築く必要があった。

 逆に、レニーはそんな事などお構いなしなはずだ。

 関係は王と奴隷ではないにしろ、部屋の家主と居候と言う関係は変わらない。

 領土を持っているのはレニーだ。年貢を納めるのがアルだと考えた方が自然だろう。

 でも、そのレニーがアルとの適度な距離感を築こうとしているのだ。

 一体、何のために?

 考える間でもない。二人の為にだ。

 二人が、親友として、あの部屋で長く時を過ごせられる様に彼なりの考えた結果だと言う事になる。

 これを狡いと言わず、何を狡いと言うのだ。

 これまでのマイナスが全部吹き飛んでしまうじゃないか。

「狡いは誉め言葉じゃないだろ?」

「何で僕の口から君に向ける言葉が全部褒め言葉だと思ってるんだい? そんなわけないだろ?」

 アルは呆れた口調をレニー向ける。

 有り難うと言うのは、可笑しいが素直に喜ぶのは少しむず痒い。

 だから言っただろ?

 友達が、親友が居なかったのはレニーだけじゃないんだ、と。

「剥製を死体だと言った事については、僕は怒ってない。ただ、身内に剥製をペットだと言った人がいたから、彼女を思い出しただけさ。個人的には僕も君に同意見だ」

 彼女の愛する猫の剥製を死体呼ばわりし、杖で殴られたのはいい思い出だとアルは笑う。

「彼女は剥製を自分で?」

「いや、そう言う事が出来る人ではなかったからきっと業者に頼んだと思うよ」

「その猫はどんなポーズだった?」

「ポーズ? いや、特に決まったポーズは無い様にみえたけどな。生前にお気に入りだった椅子に座っていたり、ベッドの上にいたり……」

「触った事はある?」

「一度だけ。生前に触った事がないから、生前のと同じだとかそんな感想はなかったけどね」

「ふーん」

 レニーはアルの言葉に目を細める。

「祖母の猫なのに生前は触らなかったのかい?」

「ああ。大体、お婆様の部屋にしか猫はいなかったし、お婆様の部屋になんて気軽に……」

 アルははっとした顔でレニーを見る。

 そんなアルを見て、レニーもまた満足そうに笑うのだ。

「身内で、女性。君を殴られる人物。飼い猫には触る機会がないのに、ベッドルームに入れる関係性。だれだって祖母だと直ぐに分かる。因みに猫だと言ったのは大抵ペットは猫か犬かが多いからだ。二分の一の確率に近く、どちらか言ってあっていれば君は何も言わないし、間違っていたら訂正して僕はその正しい情報と共にまた人物像の想定に役立てるつもりだった」

「……こればっかりは文句を言わない。君は凄い」

「そりゃ、どうも。でも、今回の会話の注目点はそこじゃないよ、アル」

「じゃあ、何?」

「君の祖母の猫が、どんな剥製だったかと言う事さ」

「どんな剥製って?」

「剥製には、作り方が二つある。一つは、縫いぐるみの様に、皮をはぎ取り、中に詰め物を入れる方法だ。もう一つはフリーズドライと言われている製法。縫いぐるみと違って、ほぼすべてに本物が使われている。筋肉もね。だから、ポーズも限られるんだ。きっと、君の祖母が持っていた猫の剥製はフリーズドライ製法で作られているんだろうな」

「ああ、確かにそうかもしれない。けど、何でまた?」

「ここで腕の話に戻って来る。腕は、縫いぐるみ? それとも、フリーズドライ?」

 レニーの問いかけにアルは短い言葉を返す。

「縫いぐるみではないんじゃないかな?」

「君は触ってないだろ?」

「触ってないけど、理由があってわざわざ切り離しているのに縫いぐるみって、随分と雑だなって思って。でも、聞いている限りなら縫いぐるみの方が簡単に作れそうだ」

 そうアルが言えばレニーは手を叩く。

「正しいね。まだフリーズドライについては概要しか説明してないと言うのに」

「君が沢山ヒントをくれていたからね。それに、ただの天日干しで剥製が作られると思う程、僕の頭は残念ながら弱くないよ」

「それは良かった。君の推測通り、日付もいれば機材もいる。縫いぐるみもよりもね」

「でも、僕が犯人だったらわざわざ縫いぐるみにするかな?」

「それはどう言う意味だい?」

 レニーがアルに問いかけるとね彼は低く唸った。

「腕を持って帰って皮だけ欲しいってなんだか変な話じゃないか? 徒労に合わない気がしてくる」

「それはそうだな。たが、アル。そもそも、そんな事をするぐらいなら死体を隠した方がよっぽど理に適っているとは思わない?」

「それは……、そうだ」

 確かにそだど、アルは言う。

 死体の一部を持って帰るのはまず置いておこう。

 人を殺してしまったのだから、人間それを隠したいと思うのが心理なはずだ。

 それをしない所か、ますます人の目に晒される様な事をしている矛盾。

「目立ちたがり屋が犯人って事……?」

「そんな単純明快ならいいんだけど。警察を挑発しているかもしれない。こんな事すら分からないなんて無能だ、なんてね」

「とんだ挑戦状だな。で、レニー。二回目の質問だけど、僕たちは今何処に向かっているわけ?」

「ああ、そう言えば答えてなかったな。簡単さ。僕たちも剥製について学びに行くんだよ」

「学びに? ワークショップでも行くのかい?」

「まさか。 ワークショップなら予約が必要だが、リストに僕たちの名前はないだろう。そもそも学びに行くのは、そこじゃない。アル、君は可哀そうな薬局の男の片腕も、今もなおこの学校を彷徨っているとは思わない?」

「君の仮説通り、この学校内に犯人がいるとすれば、ね」

 怪談よりも怖い話になると、アルは小さく呟いた。

 しかし、レニーの仮説はまったくの的外れだとは彼も思っていない。

 学校のゴミ捨て場からの腕の発見、出入り業者の死、腕の破棄理由、様々な点がこの学校に集まっている。

 少なくとも、無関係ではないだろう。そう、アルだって思っているのだ。

「事実は小説よりも奇なりさ。どんな時よりもね。物語よりも都合のいい偶然なんて、世間一般に有り触れていて、最早奇跡扱いも受けないぐらいだろ。たまたま、この学校の出入り業者が死んだ。たまたま、その腕が学校所有地のゴミ捨て場に破棄されていた。偶然かもしれないけど、偶然も奇跡もそこら辺に溢れているくせに、奴らの気まぐれは常に一度きり。偶然ならば業者は五人も死なないし、腕は捨てられていないだろうからね」

「奴らって、神様?」

「おいおい、アル。口に気を付けた方がいい。僕らが明確にするのは事件の真相だけで十分だろ?」

 そう、レニーは金色の髪を日に揺らしながら、薄く笑った。

「ところで、アル。君の今シーズンの部活は何? もうトライアウトは受けた?」

「藪から棒だな。僕がトライアウトを受けさせてもらえる権利があるクラスに見えるかい?」

 どんな嫌味だとアルは呆れた口調でレニーを睨んだ。

「君が前シーズンを通してどこにも属さない様に、僕も同じだよ」

「アル。君って奴は、僕の事を少し馬鹿にし過ぎてはいないかい? 誰も部活動なんてやった事がないなんて言ってないだろ?」

「あるの?」

 レニーの言葉にアルは純粋に驚きを覚えた。

 これは嫌味でも馬鹿にしているわけでもない。例えるならば、猫がお手をする様な、そう、常識を覆された際に発生する純粋な驚きなのだ。 

「君は本当に失礼だな」

 しかし、レニーはどうやらアルの驚きが純粋な驚きだとは思えなかった様で、呆れた様な視線をアルに向ける。

「僕だって、友達は居なくとも知り合いは多いさ」

「クラスメイトの顔を覚えていない君が?」

「お言葉だが、顔は覚えている。名前と性格は知らない。覚える必要がないからな」

「それは君ぐらいだよ。レニー」

 顔と名前と性格とポジショニングは誰でも最初に覚えなくきゃいけない事だ。でなきゃ、きっと、簡単に誰かの尻尾を知らずに踏みつけてターゲットになってしまうから。

 スクール・カーストとは、そう言うものなのだから。

「で、知り合いって? 君がレイチェル嬢以外と仲良く話している以外の場面を僕は見た事がないのだけども」

「ああ、僕も学生の一人だからね。時には教師と。時には学生同士と熱く語り合って、ぶつかり合ったりしている訳だ」

「そんな君はこの次元に存在しない」

「おいおい、アル。まさか断言するとは、君はどの世界の神でいるつもりだい? 可能性は常に無限大だろ?」

「耳障りのいいフレーズには似つかわしない話題だな。君がそんな事をしている所なんて、想像もつかなければ、現実には起きていない事だろ?」

「何だ? アル。君、僕のストーカーだったのかい?」

「僕は何処か世界の神らしいからね。断言できる。見てなくてもね」

 そう言って、アルは舌を出した。

「はあ。君が信用できなくても、証拠がここにいあるんだよ」

「証拠?」

「そう。僕が教師、及び学び仲間たちと熱く語ってぶつかり合った証拠がね」

「レニー、それはそうと、この中庭をそろそろ越えてしまうけど、引き返さなくてもいいのかい? この先には……」

「北校舎があるだけって言いたいんだろ? 今の目的地は、そこだよ。アル」

「北校舎に?」

 北校舎はこの学校では既に使われていない教室が八割もある古びた校舎だ。

 既に何年後には取り壊しの計画も立っている様で、たびたび季節になると大規模な運びだしが行われる。

「成程、あまり人がこないここで殺人が?」

「起きてないとは言い切れないが、可能性は低いだろうな」

「人がいないのに?」

「まったくじゃない。人がいる。たかが八割の教室が使用されなくなったとしても、二割の教室は使用されているんだぞ。出入口はここ一つだけ。それに、部活動で使われる教室や倉庫代わりにもなっていて、学校内では頻繁に人の出入りがされている方だ。まだ、古びた倉庫の方が人気はないんじゃないか?」

「そう言うものなのか」

 八割使用がないと言うだけで、随分と人の気配が薄い場所だと印象を持ってしまう。

「でも、確かにここではないとは言い切れない。ここにはアレがあるしな」

 そう言って、レニーは北校舎に入っていく。

 アルは急いで後ろを追っかけ、レニーの背中について行った。

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