第15話
2
あの約束はなんなのか、話は今朝まで遡る。
「アルは工学専攻なの?」
レイチェルが甲斐甲斐しくレニーの珈琲を注ぎながら、アルに問いかけた。
「あ、はい」
「同じ学年だと言う事は知っているけど、私とは余りクラスが被ってないのよね」
「そう言えば、そうですね」
レイチェル特製のサンドイッチを朝ごはんとして頬張りながら、アルは頷いた。なんでも生活力のないレニーの世話をやくため、彼女はまるで親鳥のように毎朝食事を作っては届けているようだ。
確かに、レイチェルと一緒に受ける授業は月に何回と限られた授業しかない。レニーと違い、姿は知っているが名前は知らない同じ学年の噂の人。それがレイチェルだった。
「ちょっと、アル。話し方が固いわよ。図々しい誰かさんを見習って頂戴」
「は、はぁ」
「アルが困っている所を見ると誰かさんも随分と図々しいが、レイチェル。君も中々図々しいと僕は思うけど?」
「誰かさんからまさかのケチが付くとは思わなかったわ」
「成程、僕の思考では誰かさんは僕を指していたんだな。事実とかけ離れすぎて考えもしなかった」
「嘘でしょ? これ程貴方にぴったりの表現はないでしょ? 最も分かりやすい例え話の一つとして教科書に載るべきだわ」
「レイチェル、君は大きな勘違いをしている。僕はアルの友達ではなく、親友。友達なんていうその他大勢とは全く違う個体で、まったく違う地位だ。知らなそうだからいちいち補足をいれてやるけど、君の提案している友達よりも僕の親友の地位はずっと高い」
親友や友人は地位なのかと言う疑問が頭に過ったが、どうやらレニーはよっぽど親友と言う枠組みに思い入れがあるらしい。
親友ねぇ。
レイチェルとレニーの関係だって親友だろうに。
アルは頬張るサンドイッチを見ながらそう思った。
こんな風に朝ごはんを用意してくれて一緒に食べる。下手したら親友以上の間柄でないと中々立たない位置ではないだろうか。
「それに、僕はレイチェルと違って授業もアルと多く被っている。一緒にいる時間が違うんだ」
「え、そうなの?」
そんな事実を知らなかったアルが思わず声を上げた。
「そうだよ」
「レニーは面白くないって授業に出ない事が多いものね。アルが知らないのも無理ないわ」
「たまに見かけるぐらいだと思ってた」
「何だ、随分と薄情だな。知らないだなんて。僕は知っていたと言うのに」
「嘘おっしゃい。昨日知った分際で大きく出るわね。でも、アンタが授業に出ないのが悪いのよ。ねぇ、アル。貴方もそう思うでしょ?」
「ま、まあ……」
「ふんっ。あんなつまらない授業、時間の無駄だ。と、言いたいところだが、良いだろう。僕も今日から真面目にアルの出る授業には出るようにしよう」
「え?」
一番驚いた顔をしたのは、この中で一番付き合いの長いレイチェルだった。
「アル、だから今日から僕の隣に座れよ」
「……冗談だろ?」
一体、何の因果でそんな重い課題が自分に課されなきゃいけないのか。
「本で読んだ。親友は共に勉強し合うものだろ?」
「いや、でも、君は天才で勉強って必要ないし、テストでAランクをキープしてれば……」
「アルっ! 貴方って子は本当に魔法使いか何かなの!? レニーが真面目に授業を受けるだなんて……っ!」
行き成り、レイチェルが涙を流しながらアルの手を掴んだ。
どれだけ自分が説いても真面目に授業に参加しなかったレニーがこれ程素直に授業に出ると言ったのだ。彼女にとっては奇跡の様なもの。思わず感動してしまったのだろう。
「この子ったら、いつもは憎たらしいけど、とても寂しがり屋な子なのっ。隣に座ってあげてねっ」
「れ、レイチェル、手が痛いんだけど……」
「これからも、レニーの事をよろしくねっ! 手のかかる子だけど、いい子なのっ」
「いや、だから、手がっ」
徐々に圧縮される自分の手の危機を訴えるが、どうしてなのかレイチェルには届かない。
一体、レイチェルの手は何で出来ているのか。オリハルコンかと疑いたくなってきた時、レニーは楽しそうに口を開いた。
「アル。因みに、レイチェルの握力は89だ」
レニーの言葉で、アルは自分自身の手が段々とリンゴに見えてくる。
リンゴを握りつぶせる握力の目安は80キロ以上。成程、彼女はその条件を易々とクリアーしているわけだ。
「ま、任せて下さいっ!!」
だからこそ、アルにはそう叫ぶ事しか出来なかったのである。
ああ、自分の手可愛さに約束してしまった事、後悔してもしきれないっ!
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