三章 レニーとトロフィー

第14話

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「それで、レニー。君は何で腕が捨てられるのが昨日だと知ってたの?」

 教室へと続く廊下でアルが、コツコツと松葉づえを付く音を立てるレニーに問いかける。

 寮からここまで二人は並んでは歩いていたのに、何一つ言葉を交わすことはなかった。

 それに痺れを聞かせたのはアルの方だった様だ。

「昨日の続きを聞く権利を使ってくれる、と?」

「また嫌味な言い方だな。そうだね。無言よりはマシだから話を聞こうかなと思って」

 きっと、アルから話さなければ、延々にこのままだと言う事は薄々分かっている。

 レニーは沈黙なんて平気なタイプであるのは一目瞭然。自分の喋りたい時に喋りたい事しか話さないだろう。短い付き合いだが、それぐらいアルにでもわかるぐらいにはレニーの性格は分かりやすかった。

「別に確信があったわけじゃない。ただ、恐らく捨てられるのは昨日ぐらいには必ずあるだろうなと目星を付けたのが当たっていたんだ。一昨日、一キロ先の住人が自宅で、それも死体で見つかったからね」

「……その人も体の一部がなかったって事?」

「一部じゃない。右腕だよ。昨日アルが見つけた右腕と同じ長さの右腕がなかったんだ」

 同じ。

 その単語にアルは顔を歪ませる。

 つまりそれって……。

「あの右腕の代わりって事?」

「だろうな。同じ種類を集めている変態の可能性もあるが、代わりと考えた方が辻褄は合う」

 腕の代わりをしようと考える方も十分変態だとは思うが、ここで余分な口を挟むのは得策じゃないとアルは思う。

「また台のない首吊り?」

「いや、今度は鈍器で頭を殴られて、だ」

「成程、今度は鈍器がなかったわけだ」

「ああ。実に普通のありふれた殺人現場だな」

 不思議な事などないもない。

 話題性には随分と欠ける事件である。

「腕の代わりだと君が睨んだ所を見ると、二人とも男性なんだよね。他に共通点は?」

「今の所ない。死に方も別々で、一つはわざわざ自殺に見せかけていると言うのに、昨日は雑だ。なんの捻りもない。あの残念な警部だって他殺と疑わないレベルの雑さだ」

 確かに、共通点よりは大きな違いが目を引く二つの事件だ。

 だからこそ、アルは目を大きくしてレニーを見た。

「これ程違いがあるって言うのに、よく二つの事件が繋がっていると君は気付いたな」

 関心したようにアルが呟くと、レニーは満更でもない顔を見せる。

「まあね」

「何で二つは繋がってるって思ったんだい? やっぱり腕の長さ?」

「それもあるけど、もう一つ。でも、それは今はっきりとは言えないな」

「何だ。随分ともったいぶるんだな」

「確信がないからね。確信が持てたらこれは君に教えるよ」

「昨日とは態度が違うな」

 答える義理はないと宣ったのは、一体誰だと言うのか。

 しかし無駄な指摘は極力避けたい。昨日は怒りやら疲れで我を失っていたところがあるが、実際にレニーの怒りを買ってあの部屋を追い出されるのは痛手である。プライドだけで生きていけるが、プライドだけでメシは食えないのだ。彼は次こそ宿無しになってしまうのはどうしても避けたいのだろう。

「……ああ、そう言えば」

 ふと、アルは顔を上げた。

「どうした?」

「いや、前の部屋の鍵をケニーにまだ返してないなって思って」

「ああ、あの部屋のね。アル、君自身あの部屋の壁が崩れかけている事、気付いて隠していたんだろ?」

「そりゃね。追い出されると分かってて言うわけないだろ?」

 しかし、他者に気付かれるとは完全に盲点だった。

 自分さえ黙っていれば問題ないと腹を括っていたが、どうやら人生そう上手くは行ってくれないらしい。

「でも、それ程迄あの壁が脆いだなんて思いもしなかったよ。せめて、僕が在学中は大丈夫だと高を括ってた」

「建築に興味は?」

「これっぽっちもないよ」

 建設についての知識なんて素人以下だと言う自覚はアルにある。

 特に興味をそそられない分野の一つだ。

 だが、その事を恥だとは思わない。世の中は広く、専門家なんて沢山いる。いざという時は、いやいや学んでいた自分よりも彼らの知識を称え、助けを請い、その度に彼らの適切な知識を得るべきだ。

 世界はそう回るのだと、アルは彼なりの持論を唱えた。

「広く浅くの付け焼刃の知識なんて、時には大きな火事の火種にしかならないだろ? だから、僕は建築についての知識は皆無だし、皆無故に僕はあの壁がどれ程脆かったかも知らないし、見極めも出来なかった」

「成程」

「ただ、あの壁がボロボロだと言えば、ケニーが修理すると言い出すのは目に見えて分かっていたから黙っていただけ。君も知っての通り、昨日までの僕には宿を貸してくれる親友なんていなかったからね」

「追い出してくれる親友もいなかったわけだろ? よかったな、両方揃った最適の親友を得て」

「……物は言い様だな」

「社会勉強の一つが出来て良かったな」

 アルの憂鬱なため息は、レニーの開けたドアの風に流れ行った。

 この日、教室の席に着いた時からアルは憂鬱な気持ちを隠しきれないオーラを纏っていた。

 いつもならば、クスクスと笑われるか、逆にいないものとして無視されるかの教室。彼中ではそれでよかったし、それが正しいことだった。

 それが、今日は何だ。

 教室はザワザワと笑う声が聞こえるどころか、話し声一つなく静まり返っている。恐らく、アルを皆遠巻きに見ているからだろう。

「アル、この机だ」

 しかし、この状況を何とも思わないレニーは容赦なくアルに話しかける。

「あ、うん」

 アルはレニーの示した机の上に彼の鞄を置いた。

「じゃあ、僕は後ろへ……」

 松葉づえの彼を助けるのはここ迄で十分だろ? と、アルはすぐさま後ろに下がろうとする。

 しかし、レニーはそんな彼の首を軽々と捕まえた。

「何を言っているんだい? 親友。今日から君は僕の隣で授業を受けるんだろ?」

「れ、レニーっ」

 アルは、何て事を言いかけて、はっと自分の口を抑えた。

「親友……?」

「今、あの執事がレオ様の事をレニーって……!」

 クラスのひそひそ話が、レニーの言葉で加速してく。

「アル、早く座れよ」

「……あ、でも……」

「アル、早く、僕の隣に座るんだ」

「……えっと、ちょっと」

「アル、もっと大きな声で親友の君を皆に紹介してやろうか?」

 脅しだ。これは完璧な脅しだ。

 だが、今回ばかりは……。

「今朝の約束は?」

 アルの方が幾分にも分が悪い。

「……オーケー。分った。席に着くよ」

 アルは仕方がないとばかりにレニーの隣の席に腰を下ろす。

 これ以上、好奇心で染まった人の視線に晒されたくはなかったが、こればかりは仕方がない。

「グッボーイ」

「そりゃ、どうも」

 誰が犬だと叫ぶ気持ちも、最早ここまで来ると込み上げてこないものだ。

「アル、君は何処までこの授業で起きている?」

「……全部」

「何だ、随分と暇なのか。丁度いいな。教室に入る前にしていた殺人事件の話が出来るじゃないか」

「……いや、暇とかじゃないんだけど。話聞いてた?」

 この会話で何処が暇だと取れるのか。

「こんな下らない授業を起きているなんて余程暇に決まっているだろ?」

「この世界の全人口は、姓はモーガン、名はレオナルドじゃないんだよ。わかる?」

「勿論。僕はこんなつまらない授業をしないからね」

 違う、そっちじゃないとアルは頭を文字通り抱え込むのだった。

 一体、どうしてこうなったのか。

「何で、モーガンと執事がいんの?」

「あいつ、何なの?」

「おい、どうなってんだよ」

 騒がしいクラスメイトの探る様な声は頭を抱えた彼の耳にすんなりと届いて行く。

 はあ、なんと言う約束をしてしまったのか。アルは思わず自分が交わした口約束を後悔した。


 その約束とは、時は朝食の時迄遡る。

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