第13話

 9


 その言葉にレニーは思わず目を輝かせる。

「アルが僕に質問だって?」

「そんな立場ではないとでも?」

 何を勘違いしたのか、アルはむっとした顔をレニーに向けた。

 その姿を見てよく怒る親友だと、レニーは小さく笑ったのだ。

「違うよ。だって、君、僕に興味がなかっただろ?」

 レニーは笑いながらアルに言う。実に楽しげに。

 言葉だけ見たら随分と非難している言葉だ。だけど、口調はまるで逆。だからアルも思わず困り顔で眉を下げてしまった。

「興味がないなんて……」

「あるのは、僕よりも『君の秘密を解き明かした後の僕』だろ? レオナルド・モーガンには一ミリも興味がなかった。接触したくない相手について興味を持たない様にするのは人の本能だ」

「人としてはその説を否定した方がいい人だと思うけど、レニーの言う通りだよ。君は要注意人物以外何者でもないからね」

 きっと否定したらレニーにとってのいい人ではないだろうとアルは考えたが、言わずにはいられない。

「いいね。正直な君は好きだ。まどろっこしい事はなしで話そう。僕はレオナルド・モーガン。君と同じ学校の学生で、時々探偵の真似事の様な事をしている。三年前の事件で知恵を貸した刑事がその結果で警部に昇格してね。その縁で今も事件解決を手助けしているんだ。多くの人に、僕は殺人事件が好きなサイコパスだと思われているが、正しくはそうではない。僕は自分の思考が好きなんだよ。思考を張り巡らし、休みなく動かし、自分の考えが『正』だと認められる瞬間が好きなんだ。だから分かりやすい殺人事件の解決を手伝っている」

「正直だな。いや、正直なのかどうか今の僕には判断できる要素は一つもないけど」

 それはつまり、アルの目には多くの人と同じくレニーがサイコパスの様に映っていると言う事だ。

 しかし、それにレニーは声を上げる事なく、楽しそうに笑うだけ。

「知り合って数時間だと言ったのはアル、君だろ? そんな短時間にそれだけの判断要素があれぎ君は僕より優秀な探偵になれるよ」

「今は君以下って言いたいの? レニー」

「僕以上のつもりだったのかい?」

「それについては、ノーコメントだね」

 アルは両手を上げてレニーの次の言葉を待つ。

 その様子に気を良くしたのか、レニーは携帯をアルに投げて渡す。

「使い方は知ってるよな?」

「携帯電話の?」

「電話のかけ方、知っていたと言う事は、前は同じ機種だったり?」

 自分の間抜け具合を声に出して言われると、こんなにも屈辱なのかとアルはため息を吐く。

「……オーケー、レニー。で、僕にこの携帯で何を見て欲しいわけ?」

 自分の携帯を相手に渡す時、して欲しい事なんて二択だ。

 一つは、電話を代わりに掛ける時。

 二つは、何かを見て欲しい時。

 今回は、後者だろう。何故なら、電話のかけ方を知っているのなら他の操作方法を知っているかと確認されたからだ。

「話が早い。写真のフォルダーを開いて。二番目の画像」

「……レニー、まさかと思うけど、死体とかではない?」

「何だ、意外とビビりだな。昼間のあれは演技ではなかったと言う事? 死体じゃない。死体だった人間の写真と資料だ」

「ビビりって言うなよ。僕はただ危機管理能力が高いだけ」

 アルは文句を言いながらもレニーに言われた通りの画像を開く。

 そこには、一人の白人男性が二匹のセントバーナードと一緒に写っていた。

「これは?」

「一週間前、ここから五キロ離れた林で見つかった死体の生前写真」

「セントバーナード……」

 アルはふと、今日聞いた事のある単語がこの写真に写り込んでいるのに気が付いた。

 何処で聞いたか。

 これは確か……。

「レニー、まさか、彼が腕の持ち主?」

 アルが顔を上げると、レニーは満面の笑顔で手を叩く。

「正解」

「君、あの時っ! あぁっ! あぁ……っ、やっぱりそう言う事じゃないか」

「アルだって薄々分かって訳だろ? 僕があの腕の持ち主の情報を無駄にベラベラと喋っていた時、何かおかしいって」

「あの時すぐは、純粋に凄いって思ったけどね。蓋を開けてみれば簡単で単純。君は最初からこの人の腕を探してたって事でしょ?」

「また正解だ、アル」

 レニーは手を叩くとアルに視線を向けた。

「僕は今、その事件を追っている。面白い事件なんだ。君もきっと、気に入ると思う」

 キラキラと宝石の様に輝く青い瞳に、アルは目を細める。

 まったく、殺人事件を気に入るだって? これがサイコパスと言わずに、何をサイコパスと言うのか。

「今回見つかったのがこの人の腕って事は……、バラバラ殺人って奴?」

 アルは首を倒しながらアルに問いかける。

 死体とは離れた場所で腕が見つかったと言う事は、死体はバラバラにされていたと考えるのが通りだろう。

「センスのない事件名だな」

「事件名にセンスはいらい主義なんでね」

「成程。その主義を貫くなら納得の命名だ。素晴らしい」

「レニー、その素晴らしいは止めた方がいい」

「何故? 賞賛の声だろ?」

「酷く馬鹿にされている気分になる」

「やっぱり、君は超能力者だな?」

「……ん? 今、何だって?」

 それってつまり、馬鹿にしているって事だろ?

「無駄話は辞めよう。これはバラバラでもない。ただ、腕が無かったそれだけだ。でも、それは不自然じゃない」

「君、絶対僕を馬鹿にしてるだろ?」

「不適切な所で手は叩かないだろ? 敬意を込めているだ。ほら、アル。不自然じゃない形で腕が無かった。どうしてだと思う?」

「……腐敗していたんじゃないか? バラバラになっていなかったと言うのならば、動物が右手を咥えて持っていたと思うぐらい、人ではなく肉の塊だった」

「正解だ、素晴らしい」

 レニーは無表情で手を叩く。

 そして次には、ほら、馬鹿にしていないだろ? と、顔を向けてくるのだ。

 その態度が馬鹿にしていると言うのに。

「死体が見つかった時、死後はかなり経っていたの?」

「真夏の三日間」

「そりゃ地獄だ。君はその時からあのゴミの山に動物が腕を捨にくるって思ってたの?」

「勿論。剥製の様な腕を作れる動物がいらなくなって捨てに来ると思ってたよ」

「要らなくなって?」

 レニーの言葉にアルは眉間に皺を寄せる。

「歯ブラシは二本もいらないだろ?」

「歯ブラシじゃなくて今回は人の腕だ」

「でも、そう変わらない様だ。とにかく、犯人は腕は二本要らないと思ったんだろうな」

「自分の腕と合わせると三本あるのに変な話だ。腕の元持ち主は他殺だったの?」

「僕は他殺だと思っているが、警察は自殺だと。全く以って、頭が悪い」

「何故他殺だと君は?」

 アルの言葉にレニーは鼻で笑う。

 きっと、これも愚かな問題なのだろうなと、アルはその様子で分かってしまったが、取り下げてやる程意地悪でもない。

「実に簡単な話さ。簡単に人は首を吊る際、自分より高い場所に首を掛ける時は何かに乗らなきゃならない」

 確かに馬鹿げた話だった。

 それも想像以上に。

 これだと、あのポンコツ警部が何と言ったか簡単に想像も付くと言うものだ。

「動物に乗ったかも。それとも動物が台をどけたかも。そもそも、砂を積んだかも」

 アルがそう言うと、レニーは手を叩く。

「素晴らしい。物真似の質は悪いが、ご名答だ」

 それは、林で見つかった死体に対してウィルソン警部が述べた言葉だった。

「彼は低い可能性を並べるのが趣味なのかもしれない」

「数学者にでもなるべきだ。それに、不自然だろ? 首が腐って取れたならまだしも、首を吊ったまま死体からどうやって動物が右腕だけを持っていくのか。そんな事、不自然だ」

 ジャンプで取りに行ったとしても、右腕だけとはおかしな話だ。他に噛まれた形跡もない。

「だから僕は既に右腕はなかったと思った。だからこそ、他殺だと思った」

「成程。でも、レニー。それだと、一つピースが足りないな」

「……成程、君はパズルでも?」

「パズルなら君の駄目出しがないからね。今日、何で僕に右腕を探させた?」

「大分大きなピースだな。ほぼほぼ答えじゃないか」

「と言うか、僕が君にぶつかったのも態となの? 君が仕組んだ事なのか?」

 アルの言葉に、一瞬レニーはキョトンした顔を見せたと思ったら、急に大きく笑い出した。

「突拍子もない事を言うな。君は」

「ここまでくれば、それすら疑いたくなるだろっ」

 アル自身も頓珍漢な事を言っているのはよく分かっている。

「そんな事、ある分けないだろ。偶然だよ。第一、今日は君の方がぶつかって来た。本当ならば、僕がすべきはずだったんだが……」

 レニーはちらりとギブスで巻かれた足を見る。

「……それは、その、ごめん……」

 思わずアルが謝罪の言葉を口にするとレニーは深いため息を吐いた。

「それはもういい。僕が探しても、君が探しても、結果は変わらなかった。むしろ、上々、それ以上だ。でも、この答えでは僕は今日、あの腕がゴミ捨て場に捨てられる事は知っていたピースにはならないな」

「君はこの腕が捨てられることを予測出来ていた」

「答えはイエス。でも、僕は犯人ではない」

 アルの続けたかった言葉が分かるのか、レニーが先に釘を刺した。

「それは何故?」

「君は僕の心を読む超能力があるだろ? 読んてみたらどうだ?」

「ある分けないだろ。レニー、君は僕に指摘するよりも自分の方が何千倍も分かりやすいんだ。今だって君は超能力と言って僕を馬鹿にしている」

「馬鹿にはしてない。僕の言葉を信じない奴だな」

「信じられること、してくれたわけ?」

 アルがジロリとレニーを睨む。

「勿論。存在そのものがそうだろ?」

 一体、どの口が言っているのか。

「不満がある目をしているな。アル、何か異議でも?」

「どうやら口よりも目が語ると言う言葉は本当らしいな。異議しかない目をしているつもりだけど?」

 まったくと、レニーはアルにため息をわざとらしく吐いて見せる。

「一体、何処がだ? 僕は、足が折れても金銭を要求しない」

「でも、代わりに身体を貸せと言ってきた」

 現にアルはレニーに言われるがまま腕を発掘したのである。

「部屋だって貸してやっている。しかも、何も見返りがない」

「そもそも、僕の部屋を取り上げた事は、君が仕組んだ事じゃないのか?」

 アルはレニーを指差した。

 あの場に何故レニーがいたのか。その謎は未だ解けていないのだ。

「人聞きが悪いな。仕組んだ事だなんて」

「違うの?」

「違うとも。僕は提案しただけだ」

「提案? どんな?」

「ケリーにあの物置はそろそろ改築した方がいい。壁がそのうち崩壊するぞって」

「……何だって?」

「壁が崩壊したら事だろ? あんな物置の壁一つ壊れたぐらいで実害などないが、アル。君がもしあの部屋で壁の崩壊の際怪我をしてみろ。とんでもなく面倒くさい事になる事は必須だ。全寮部屋の点検から……」

「違う、そうじゃない。何で君があの部屋の壁が崩れそうだと知っているんだ? あの部屋は僕が一年の時からキープしているんだぞ? 君なんて招いた覚えなど一度もないっ! 何故……?」

「そう思うのも無理はないさ。なんたって、君の部屋には鏡がないからな」

「鏡がないのも何故、君が知る?」

 レニーは肩を竦めため息を吐く。

「僕にぶつかる前のアルを見た時、僕はある事に気付いた。君の背中には白い粉が付着した。ズボンの折り目、膝にも少し。君は学校でいじめられているらしいが、粉を掛けられるようないじめならば、その部分だけ粉が付着していたのはおかしい。では、どのタイミングでついたのか。教室? それとも外? しかし、答えどれも違う。何故なら教室である場合であれば、膝には粉は付かない。また、校内で膝と背中を同時に付く場所なんて殆どない。では、何処か。それは君の部屋だ。君の部屋の壁であれば、君は背中だって膝だって付けているだろう。何かに擦れて落ちた粉が、君の裾の折り目に入っても可笑しくない。そして、そんな自分の姿にも気付かないと言う事は、君の部屋に鏡はない。あったとしても小さな鏡だ。結論とて、君の部屋に鏡がないし、君の部屋の壁は簡単に粉が付くぐらい、脆くなっている。つまり、君の部屋の壁は危ない。簡単だろ?」

 そう言って、レニーは両手を開いた。

 言うだけなら簡単だが、実際白い粉を付け居ている人間に出会ってそんな事を瞬時に考えられるものだろうか?

「君は、凄いな……」

 全部、正解だとアルは言う。

「壁も鏡も、全て正解だ」

「間違えるもんか。僕は天才なんだ」

「天才、ね。確かに天才だ」

 アルはレニーの言葉を一人繰り返した。

 確かに彼は天才だ。目の前にいる美しき奇人は、天才なのだ。

 たった少しの情報で全てを見抜いてしまう程の、天才なのだ。

「だから、僕はアルが欲しかったんだ」

 レニーの言葉にアルは顔を上げた。

「僕?」

「そうだ。僕は天才だ。天才が故かは知らないが、僕の思考を、考え方を、意味を、理由を、推理力を人はまるで理解しようとしない。僕の前だと、皆が皆、考えを放棄するんだ」

 レニーが言うなら。

 魔法の言葉の様に皆がレニーに道を譲る。

「僕はそんな事を望んだりはしないのに」

 レニーは頭がいい。間違った事は言わない。

 違う、そうじゃない。

 そんな言葉をレニーは一つも望んでいなかった。

 レニーはただ、自分の言葉の意味を分かって欲しかった、気付いた事を、見て欲しかった。

 だけど、周りは誰一人そんな事をしてくれない。

 気付いた事を、わかった意味を、理解する前に、レニーが正しいだろうと推測で道を譲るのだ。

 レニーは頭がいいから、そんな下らない理由一つで。

 唯一話を聞いてくれるのはレイチェルだけだった。しかし、彼女だってレニーの言葉全てを受け止められるわけではない。時には歯がゆさが残る様な事だってある。

 しかし、それはレイチェルが悪いわけではない。分かっているが、レニーの中ではどうしようもないフラストレーションがたまっていくのだ。

 そんな中、まだ出会って数時間しか経っていない目の前の男は、すぐさまレニーの言葉を察した。意味を知り、思考を合わせ、考えたを近づけ、理由を求めて、理解した。

「レニー?」

「アルは、僕の『親友』に成り得る人間だと、僕は気付いたのさ」

 ずっとレニーが欲しかった『モノ』がこの男なのだと、今度はレニーが理解したのだ。

 ずっと、ずっと。欲しかった。

 語らえる、友が。親友が。

 独りぼっちの天才は、ずっと、待っていたのだ。

「アル、君は僕の……」

「矢張り、あの部屋を取り上げた事は君の仕組んだ事の一つだと言う事だろ?」

「……まあ、そうなるな。でも、君は僕の……」

「君が僕の疑問に全て答える義理が無い様に、僕も君の話に付き合う義理はない。お休み、レニー」

「……え? アル? おい、冗談だろ? アル。おい、アル」

「部屋を取り上げられた恨みは深いぞ、レニー。親友なら覚えておくと言い」

 そう言って、アルは一人二段ベッドに上がった。勿論、レニーが上ってこられない様にわざわざ上った後に梯子を上にあげて迄。

 こうして二人の新しいくも騒がしい生活は始まったのだ。

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