第9話

 4


「本当に、二人部屋だ……」

「当たり前だろ。前もって提示した事実に何を驚いているんだい。ぼさっとしていないで、さっさと中に入ってくれ」

 呆れた口調のレニーに、アルは冷たい視線を送る。

 出来る事なら、君がいつ自分の信用にたる事をしてくれたのかと、問い詰めたいぐらいだ。

 まだ、先ほどの疑惑だって晴れていないと言うのに。

 だからこそ、アルはレニーの部屋を見て驚いた。

 アルがレニーに案内された部屋は、レニーが言っていた様に二人部屋で、尚且つアルが知っている寮の二人部屋よりやや広い。

「東棟の二人部屋は、中央・西と比べてグレートが一つ上だと聞いてはいたけど、本当だったんだ」

「グレードが高いなんて、ナンセンスな言い方だな。少しだけ部屋の面積が広いだけだ」

 部屋はアルがいた部屋とは比べ物にならないぐらい広く、そして新しく綺麗だったが……。

「……その少しだけ広い面積を全く以って活かせてないのは、如何なものなんだい?」

 部屋は見事に散らかっている。

 本棚に入りきらず所彼処に置かれた本や紙切れたち。

 何かよくわからない器具に、何処かでに見た様な実験用具が机の上を占領しているではないか。

「ああ。少し散らかっているが、好きな場所で寛いでくれ。机もベッドも空いている方を使ってくれていい」

「少し、ね……」

 空いている空間なんて、何処にあると言うのか。足の踏み場すらないと言うのに。

 横目でベッドを見てみれば、二段ベッドは両方ともアルにはよくわからないモノで溢れかえっているし、二つある机だって開いている方などない。

 生活スペースは、アルの部屋だった場所の方が広いだろう。

「……あー。レニー。聞きにくいんだが、ここの掃除は?」

「さあ? レイチェルがたまに悲鳴を上げながらドタバタするぐらいじゃないか?」

 ああ、なんとも十分にその絵が想像できることか。アルは手で目を覆いながらため息吐く。

「レニー」

「何だい、アル」

「僕は君と話したい事が山ほどある」

「勿論。でないと、僕が困る。何で自分の正体を知っているのか。この部屋に自分がいるのか、僕は一体何者なのか、他には……」

「そうだ。僕には死活問題だと言ってもいい程の問題を君は持っている。爆弾だ」

 アルはレニーを睨みつける。

 その目には弱気でも、貧乏人でも、いじめられっ子でもない。まだ誰も知らないアルフレット・スチュアートが居る。

 レニーはアルの肩を思わず力強く掴んだ。

 アルは、自分の質問の意図全てを理解している。

 自分の思考を分かってくれる。今までレニーがどれだけ望んでもどれだけ願っても表れてくれなかった逸材が今、目の前にいるのだから。レニーにとっては、それが全てだった。

「そうだよっ! アルっ! 何から話す? 何から説明する? いや、それよりも、もっと魅力的な事をしようっ! そうだ、そうだっ、そうだっ!!」

 レニーの輝く瞳は、アルだけを映している。

 自分の思考を、考えを、理解してくれるかもしれない、唯一の存在を。希望の存在を。

「アル、あの腕の話をしよう。君なら……」

 その瞬間、アルはレニーの口を手で押さえる。

 レニーが驚きのあまり止まっていると、アルは深いため息をついて呆れたような顔を彼に向けた。

「ストップ。違うよ。掃除だよ、掃除。君と僕が今からするのは秘密の話でも、腕の話でも、何でもない。僕が今からこの部屋に住む為の掃除だよっ」

「……ふが」

「そんな目で見られても、現状僕が住める場所がないだろ?」

「ふがふが」

「何だって?」

 アルがレニーの口から手を放すと、レニーはゆっくりと口を開く。

「掃除なんてしても死にゃしないさ。それよりも……」

「……はぁ」

 アルはもう一度レニーの口を手で塞ぐ。

「君の方が玩具みたいだよ、レニー」

 電池を抜かなきゃいけない類の玩具だけど、とアルが付け加えれば流石のレニーでもアルの足を強く踏んだのだった。

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