第8話

 3


 アルフレット・スチュアートと言う男はどれ程の顔と頭を持っているのだろうか。

 レニーはアルの背中を見て頬を吊り上げた。

 この男の存在自体が、実に面白いとは思わないか? と言わんばかりの顔をしながら。

「荷物はこれだけ?」

「モーガンさんの言った通り、僕は圧倒的に物資が不足しているんです」

 レニーが指さしたのは、随分と小さく、中身の入っていないボストンバッグが一つ。

 その様子を、アルはむっとした表情で返す。

「随分と根に持っている言い方だな。事実じゃないか」

 その事実を何故悪びれもなく口に出来るのか。

 どうしてレニーがウィルソン警部と仲がいいか少しだけ分かった気がする。

「その事情が分かっているからこそ、僕は君を無償で受けいれたんだ」

「……それは、本当に……、感謝しかないですけど……」

「君の言った通り、僕たちの年齢では使える金は親の金が殆どだ。僕に礼を言うよりも、僕の両親に感謝してやっくれ」

「はい……。でも、モーガンさんはいいんですか? 本当に、いつまでになるか分からないんですよ?」

 なるべく早くは金を揃えるつもりたが、アルには当てもなければ目途もない。

「いいよ。サンタクロースはいい子供の所へプレゼントを配るのに態々理由がいるのかい?」

「何の話です? でも理由は必要でしょう。プレゼントを渡せるいい子かどうか、調べなきゃ」

「それは理由じゃない。いい奴かどうかぐらいは、自分なりに分かっているつもりだよ」

「……モーガンさん」

「モーガンさんは止めてくれ。これから同室になるんだから」

「いえ、あの、僕、何てお礼を言ったらいいか。今まで、不躾な態度を取ってしまってすみません。助けてくれてありがとう」

 アルはレニーに手を差し出す。

 今までの事は、少しだけ水に流そうとアルは思った。

「そして、なるべくは短い間にしようと思いますので、これからよろしくお願いします」

 ぎこちない、そしてちょっと照れた様に笑うアルの手をレニーは取る。

「勿論。君からの握手、実に光栄だよ。さて、僕の部屋に向かおうか」

「あ、はい。何階なんですか?」

 階段に向かおうとしたアルをレニーは手で止める。

「僕の部屋は東棟だ。棟を出なきゃいけないんだから煩いエレベーターを使った方が早い」

「あ、そうなんですか。すみません。僕知らなくて。東棟ってここ西棟と中央棟と違って新しくて、綺麗なんだって……」

 ここで、ふとアルが口を抑える。

「どうした、アル?」

「今、君、東棟って……?」

「ああ。事実だな」

「じゃあ、何か……、何でここ西棟にっ!? 僕の部屋に駆け付けた先に、君は煩いからと言ってたじゃないかっ!」

 別棟までアルの声が届くはずがあるものか。

 たまたまアルの下の階に友達の部屋があった?

 それこそ、悪い冗談だ。

 何たって、アルの目の前にいるレオナルド・モーガンと言う男は自分以上に友達なんていないっ。

 いる性格なわけがないっ!

 だって、当たり前だろっ!?

「気付くのに随分時間が掛ったな。馬鹿なのかと心配したよ。親友の情報が足りてないなんて勉強不足じゃないかい?」

 そう言って、ニヤリとレニーがアルに向かって笑いかける。

 こんな奴に友達なんている訳がないのは明白だっ。

「レニーっ! まさか、君……っ」

 まさか、レニーがケリーに頼んで今回の事を?

 そう問いただそうとアルが手を伸ばせば、レニーはそのアルの手を取る。

「そうそう、親友は愛称で呼び合うものだ。いい心掛けだぞ、アル。僕たちは今からルームメイトだ。思う存分友情を深め合える。僕の知らない所は何でも聞いてくれ。特別に君になら教えてもいい」

「だから、何でそうなるんだっ」

「何でだって? 野暮な事を聞く。君は。決まっているだろ。僕が君を気に入ったからだよ」

 まるでそれは新しい玩具を手に手に入れた少年の様に。

「僕は君の脳みそに興味を持った。君の脳みそは今の所、誰よりも僕に近い考え方を持っている。君の思考や動きを見ていると僕は楽しいし、君を知れば知るほど面白い。世の中には猿しかいないと絶望していたところに人間が現れたような感覚だ。だから、気に入った。君みたいな奴は初めてだ、アル。もっと僕を簡単に、そして興味深くワクワクさせてくれよ。実に分かり易く単純明快な理由だろ?」

 レニーは嬉しいそうに笑うのだった。

「……何を言ってるんだ、君は」

 サンタクロースにプレゼントをもらう子供はアルではなく、どうやらレニーだったなんて。

 アルは摩訶不思議そうな顔で、その返事を返すしか出来なかったのであった。

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