第5話

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「お待たせしましたね、警部」

「いや、そんな事はなさい。ささ、二人とも座ってくれ」

「ええ、失礼します」

 レニーはニコニコと警部に受け答えを返して行くが、アルは反対にレニーの指示通り口を閉ざしたままだ。

 アルは目の前にいる信用できない大人よりも、自分の秘密を知っている得体の知れない同級生に視線を向けたい気持ちで一杯だった。

 彼の事は知っている。

 レオナルド・モーガン。我が校一の頭脳を持ち、誰よりも美しい美貌を持つ青年。

 その神に愛された美貌と神に与えられた頭脳は最早信仰に値すると、彼を祖とする宗教まがいなものが出来る程のカリスマ性を持っている。

 そして、噂通りの、いや。噂以上の我が校一の変人奇人だ。

「腕は鑑識に?」

「ああ、どうやら三十代白人男性の腕らしい」

「ええっ! そうなんですか?」

 実にわざとらしい驚き方だ。

 先ほど、自分でアルに向かって披露した推理劇の内容と変わらないと言うのに。

「他には?」

「詳しくは今調査中で、結果が出るにはまだまだ掛かりそうだよ」

「そうなんですね。被害者に繋がるものが出ればいいのですか……」

 その言葉にアルはまた眉を顰める。

 レニーの推理劇にはそれ以上の情報が入っていたはずだ。

 なのに、何故今、彼はここで披露しない? まさかただの当てずっぼだったのか? それとも自信がないのか?

 いや、まさか。そんな筈はない。

 意図的に隠しているのか?

 でも、何の為に?

「では、発見した時の話をスチュアート君、教えて貰えないだろうか?」

 警部がアルに言葉を促す。

 流石に、これは喋べらなきゃいけない場面だろう。そう思って口を開こうとすると、横に座っていたレニーの長い脚がアルの脛を蹴り上げる。

 これが痛いのなんのって。

 思わず言葉が出てこない。痛すぎて悲鳴すらあげられない。アルは思わず身を丸ませて、訳の分からない痛みにこの狭い車中で耐えるしかない。

「ス、スチュアート君? 一体、どうしたんだい?」

「アル? 大丈夫かい!?」

 件の犯人でもあるレニーがアルの上に多い被さる様にアルを警部から遠ざける。

「アル、君……、凄く震えているよ」

 レニーの言葉にアルは大きく目を剥いた。

 実際悶えてはいるが、震えている事なんて一つもない。

 こいつ、まさかっ!

 アルの心配は、見事的中した。

「警部。今アルはあの腕を見つけた時の事をフラッシュバックして、怯えています」

 ほら見ろよ。そう、アルは思わず心の中で呟く。

「……彼は一般人だし、確かにショッキングな出来事だろう。致し方ない。落ち着くまで待とう」

「はい。ありがとうございます。アル、大丈夫さ。落ち着いて」

 そう言いながら、レニーはアルの背中を摩る。

 出来たら力いっぱい払いのけたいぐらいの気分だ。

「警部。ここは提案何ですが、アルが腕を見つけるまで僕は遠くから彼を見ていました。良かったら僕からその様子を話させてくれませんか? それともホワイト刑事の言う様に、僕は学生だから信用できないですか?」

「な、なんだって? レオナルド君の事を信用していない者なんて、うちの署にはいないよっ!」

 それはそれでどうなんだ? 些か問題ではないだろうか。

「本当ですか? レイチェルからそう聞いて、僕、もう事件に関わってはいけないと思っていました」

「レイチェル君から? まさか、ホワイト刑事が君の事でレイチェル君に連絡を?」

「え、何故警部はホワイト刑事からと?」

「先ほど君はホワイト刑事がと言っただろ?」

「あ。す、すみません。何か告げ口の様な事をしてしまって……」

 徐々に痛みが治まって来た脛を摩りながら、アルは目を細める。

 何だ。この茶番は。

 反吐が出そうだとまではいかないが、聞いていて耳を疑う事ばかりだ。

「私から、ホワイト刑事に注意を入れておくよ。勿論君たちの名前は出さない」

 絶対に無理だなと、アルは思う。

 ウィリアム警部にそんな繊細な技術は残念ながら常備されていないだろう。ここまでの会話で一度も出来てなかったように。

「えぇ。是非」

 その事をレニーは承知で警部に伝えたのだ。

 相手よりも自分の方が上だと言いたいのか。だとしたらとても愚かだと、アルは思う。

 人間の愚かしさを本当の意味でこの天才は理解してないのだと。

 舐めているツケは、いつか必ず払う事になる。人は時に驚くほど愚かで傲慢になるのだ。ドミノ崩しが、毎回成功するわけじゃない事を知らないはずはないのに。

「さて、本題だが……。腕が見つかった時の状況を教えてくれるかい?」

「はい。アルは僕が誤って捨ててしまった祖父のペンを、怪我をしている僕の代わりにゴミ山を漁っていました」

 最初はお気に入りのペンだけだったはずなのに。どうやら新しい設定が追加されたようだ。

 矢張りアルの思った通りレニーの喋るなと言う命令は自分が代わりに話すからお前は喋れない状態を作れ、と言う意味だったらしい。

 なんたる説明不足な命令だろうか。

「ふむ。友達思いの良い友人だな。彼は」

「ええ、自慢の親友です」

 先ほどの茶番よりも白々しい言葉にアルはレニーを睨む。

「で、ゴミの山を漁っり始めて二時間後ぐらいかな。アルがあの腕を発見したんです」

「あれは見つけた時のままの状態かい?」

「はい。最初から袋にも入っていなかったですよ」

 その言葉にアルは耳を疑う。何故、彼はそんな事を知っているのか。

 腕を見つけて叫んだが、アルは袋から出しかどうかなんて一言も彼には伝えていないと言うのに。

「なる程……。他に回りに怪しいものは?」

「特に無かったかと。ただ、少し、気になる事が」

「何だね? 何でも言ってくれ」

「ええ。あの片腕、まるで人形の様に綺麗だったなと」

 随分と含みのあるレニーの言葉。

 しかし、ウィルソンはパタンとメモを取っていた手帳を閉じて口を開く。

「ああ。そうだな。綺麗に切り離されたんだろうな」

「……そうですね」

 明らかに、その声には落胆と軽蔑の色が含まれている事にアルはため息を吐いた。

 何故、彼は気付かないのか。レニーの言葉の裏の意味に。ここまで来ると逆に羨ましくも感じてしまう。

 しかし、車内で、いや。この会話で彼の真意に気付ける人間は自分一人である事をアルはまだ知らない。

「取りあえずは、レオナルド君の証言でも問題ないだろう。スチュアート君、大丈夫かね?」

 何が大丈夫なものやら。自分も、証言も、両者共にの話である。

 アルはそう思いながら顔を上げようとすれば、レニーがアルの頭を抑える。

「アル。外の空気でも吸って来よう。少しは落ち着くかもしれない」

「そうだな。それがいい」

 レニーの言葉に警部は頷くが、当の本人であるアルは促すレニーの手を取らずに首を振る。

 このままズルズルと彼の計画に加担するだなんて、絶対に御免だ。

「レニー、僕は大丈夫だよ」

 アルはレニーの命令を破って口を開いた。

 アルにとってレニーの手口は分かっているのだろう。

 外にでたまま、アルとレイチェル嬢をだしに使って一旦この現場を引き上げる打算なのだろう。

 警部にはアルの体調が戻らないため、後日にまたと自分を挟んだ交渉を仕掛ける。

 連絡を取る頃合いなど決まっている。あの片腕の鑑識結果が出そろった後に、だ。

 それまで、アルはレニーのこの探偵ごっこに付き合わされる羽目になるわけだ。

 冗談ではない。

 アルはレイチェルやレニーのファン達とは違う。

 彼に狂うような崇拝要素もなければ、興味もない。何故自分の秘密を知っているかぐらいしか、彼に価値は無いのだ。

 しかも価値よりも、警鐘が音の方がでかい。

 つまり、アルにとってレニーはリスクの塊だ。リスクの塊に近づいて何になる? 自身の身が危険に晒されるだけじゃないか。

「ウィルソン警部、僕は大丈夫です」

「アル、無理は良くない」

「レニー、大丈夫だよ。警部、僕の証言は彼と丸々同じです。腕には指一本触っていないし、近くに怪しいもの……、凶器とか、他の体の一部もなかった」

「ほう。他に、君が気になった点はなかったかい?」

 ウィルソン警部の目を真っ直ぐ見て、アルは口を開く。

「そうですね。人の腕だと言うのに、捨てられていたと言うのに、嫌に綺麗だったと思いました。また、ここら辺ネズミも居ないのかな、とも」

「ネズミ?」

「ええ。例え人の腕でもネズミとっては肉ですからね。袋にも入っていないのにも関わらず、噛まれた痕なんてなかった様に思います」

「そうだな。ネズミがいないゴミ捨て場なのかもしれないな」

 警部の言葉に、今度は先程のレニー同様にアルが肩を落とす。

 しかし、先程と違うところはそこだけじゃない。その様子をレニーは目を大きく広げ、まるで信じられない様なモノを見る目で見つめていたことだ。

「他には?」

「他には……」

 いくつか上がった選択肢をアルは目を閉じて自分の中から消して行く。

 どれも、ここで言った所で得策ではないからだ。

「いえ、特には思いつかなかったです」

 これ以上は自分の身を守る領域から出てしまう。不本意な関りにるとアルは判断したのだ。

「成程、有り難う。参考にするよ」

 ウィルソン警部はアルに手を差し出す。

 これは終わりの合図だ。

「何か他に思い出した事があれば、連絡を」

「ええ。でも、僕は慌てていたし、親友のレニーの方が冷静にその場を見ていましたから。彼の方が、僕よもずっとしっかりしている」

「ああ、勿論。私もそう思うよ」

 貴方は思っていても口にしてはいけない方だと、アルは内心呆れながらも警部の手を取る。

「何かあれば、一度レニーに。ないとは思いますが、それでも足りない時は僕にではなく学校にご連絡下さい。恥ずかしながら個人で連絡を取れるものは持ってないのです」

「ああ、そうするよ」

「では、僕たちはこれで。ああ、そうだ。レニー」

 アルは隣にいたレニーに自分の胸ポケットに入っていたペンを差し出す。

 そのペンは随分とくたびれ、塗装も所々削れている程の年季の入ったペンだった。

 レニーは一瞬、アルの顔を見る。

 アルの顔は酷く無表情で、まるでこれは手切れ金だと言いたげだった。

「成程、完璧だ」

 そう呟いてレニーはアルからペンを受け取る。

「ああ、壊れていなくてよかったよ。次は大事に扱って」

「それが祖父から貰ったペンかい? 随分と年季が入っているね」

「ええ、本当に。何処のペンかすらわからないぐらいに、ね」

 これで、ペン探しの回収も無事終わった。

 もう、アルをレニーに繋ぎ止める必要もなければ、レニーがアルをだしに使う必要も全てない。

 ペンを一本無くしたのは大分痛手だが、それは致し方ない犠牲であったと思うと、アルはレニーに背を向け車から降りる。

「あら、アル。お帰りなさい」

「レイチェルさん、もう僕は用事が終わったので帰りますね」

「あら、早いのね。レニーは?」

「ウィルソン警部と何か話し込んで……」

「想像でものを話すな、アル」

 松葉杖の癖に、レニーは既にアルの背中の後ろにいた。

 どうやらアルが車を降りたのをすぐさま追っかけて来たらしい。

 まったく、お膳立てまでしてやったのにと、アルはレイチェルの前だからと心の中だけで悪態を付いた。

「モーガンさん。もう、僕に用はないですよね? ペンも探しましたし」

「ああ。その通りだ、アル。君は実によくやってくれたよ」

 何とも薄気味悪い回答に、思わずアルは顔を歪ませる。それは事情を知らないレイチェルも一緒だった。

 どうやらこの奇人変人が素直に人を褒める所は、中々お目に掛かれないらしい。

「それは、どうも……。あの、僕はこれで帰っても?」

「ああ、勿論構わないさ」

 アルはほっと肩を撫ぜ下ろす。

 アルの中では無事、事件は解決したのだ。腕の事件は置いておいて、自分が起こした事件はこれでおしまい。

 めでたし、めでたし。

「では、僕はこれで」

「ああ。アル、ありがとう。また」

 またな? アルはその言葉に違和感を感じながらも、同じ学校に通っている同級生である事は間違いないから間違った言葉ではないと自分を落ち着かせる。

 でも、何か引っかかる言い方だとアルは思いながらも、この場を離れたい一心で頷いて足早に去った。

 ああ、これが愚策だとも知らないで。

「さて、レイチェル。次は君の案件だ。早速、僕を寮長の元へ案内してくれ」

「あら、珍しい。レニーが自分から寮長に会うだなんて。一体、どういう風の吹き回しかしら?」

「なに。一つ頼みたい事が出来たんだ。喜べ、レイチェル。君の下らない望みを一つ、僕が叶えてやろうと言うんだ」

「あらまあ。それは実に光栄な事で」

 全く以って、碌な事にはならないと分かりながらも、レイチェルがレニーを止める事はなかったのだった。

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