第3話

 3

 

 広大な学校のゴミ捨て場に、二つの影がある。

一つの影は右や左へ駆け回る影。もう一つの影は偉そうに、それでいて自分が汚れないように塀の上で足を組んでいて、そしてその偉そうな影が口を開けた。

「ポッター君、そこをもっと右、違うよ。そのデカいやつをだ。そうそうそう」

 残念ながら金がないパシリ君には選択肢なんて大層な物が用意されているわけがない。

「……あんた、何してるの?」

 レニーの後ろから、呆れたレイチェルが声が振って来た。

「やあ、レイチェル。さっきは助けてくれてありがとう。ポッター、ポッター!!」

 彼がまるで飼い主のように、そして社長のように声をかければ、ごみ捨て場の向こうから薄汚れたパシリ君が走ってくる。

「あら? 仲良くなったの?」

 精一杯の皮肉の目でレイチェルがレニーを睨む。

「勿論。もう親友だよ」

 しかし残念ながらレニーにはレイチェルの皮肉だろうが嫌味だろうがどこ吹く風だった。だって嫌味だろうか皮肉だろうがそれで肉がえぐられることがないだろうと鼻で笑う彼らしい態度である。

「はい、モーガンさん。どうしましたか?」

「どう見ても、皆んなの執事からあんたの執事になっただけじゃない」

「おいおい、ママが息子の友達関係に口を挟んでどうするんだ。息子を孤立させるだけだぜ。ポッター、彼女はミス・レイチェル。僕たち二人を勇ましく担ぎ上げて医務室まで連れ行ってくれた命の恩人だ」

「ハァイ、貴方本当にポッターってお名前なの?」

 彼女と紹介されまレイチェルを見ながら、パシリ君は汚れた手を服で拭き、笑顔で手を差し出す。

「レディー・レイチェル、先程は助けて頂いてありがとうございます。僕はアル。アルフレット・スチュアート」

「へぇ、ハリー・ポッターって名前じゃないだな」

 驚いたレニーの声に、レイチェルは心底呆れた顔をする。

「……はぁ。あんたは一生友達なんて出来ないわね。初めまして、アル。顔も汚れているじゃない。貴方レニーになにをやらされていたの? 早くシャワーを浴びて、綺麗な……」

「レイチェル、君こそ何しに来たんだい? 邪魔をするなら帰ってくれよ。アル、作業に戻れ」

 戸惑いながらも、ハリー・ポッター改めアルフレット・スチュアートこと、アルはレニーに言われるがままゴミの山に戻って行った。

「あんたこそ、携帯を何度鳴らしても出ずに何をしているの?」

 そう言って、レイチェルは携帯電話を顔の横に出す。

「携帯電話は部屋だ」

「携帯しなさいよ。まったく。あんたが寮長に呼び出しを食らっていたから、適当に誤魔化してあげたってのに」

「流石レイチェル。愛しているよ」

「愛しているなら後100キロは太って。話はそれからよ。で、アルに何やらせているの?」

「君はそればっかりだな。ごみ捨て場を漁っている理由だなんて、一つしかないだろ」

「それなに?」

「証拠集めさ」

「はあ? ……ああ、昨日の殺人事件の話?」

「勿論」

「何でアルにやらせているわけ?」

「僕が見つけたら意味がないんでね。丁度良かったよ。君の用は終わりだろ? 早く帰りなよ」

「何でよ」

「レディーには些か刺激が強すぎるものが見つかるからさ」

 にやりとレニーが笑うと、アルの声が上がる。

「モーガンさんっ! モーガンさんっ!」

 その声を待っていましたとばかりに、アルは立ち上がり目を輝かせる。そこだけは、純粋無垢な少年の様に。

「ほら、お宝の発見さ。レイチェル、頭のいい君ならわかると思うが今日はもう帰った方が賢明だ。アル! そこを動くんじゃないぞ! 何も触るな!」

 最早、レニーにはレイチェルなど見えないかのように、彼は前だけを向いて声を張り上げた。

「……其処まで言われると俄然気になるじゃないの」

 レイチェルは悪戯っぽく笑うと、すぐ様松葉杖を使って覚束ない足取りの彼の後ろを追いかける。

「アル、何が見つかった!?」

「も、モーガンさん、ひ、人の腕が!」

 アルか指差した先にレニーが目を向けると、薄汚れた人の腕がが文字通りごろりと転がっていた。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 お世辞にも甲高いとは言えない悲鳴がレニーの後ろから聞こえが、彼はそんな事など、御構いなしにああ! とわざとらしく声を上げた。

「なんてことだ! 僕がお気に入りのペンを誤って捨ててしまって、それを親友のアルが勇猛果敢に僕がゴミ捨場から見つけてあげるよ! と、探していたら、こんな悲劇にあうなんて……! まるで悪夢だ! 悪い夢のようだ!」

 なんとも嘘臭い台詞の数々が美し口から吐かれる様をアルはただ呆然と。レイチェルは悲鳴を上げながも呆れた目で見る。

 しかし、そんな些細な事はレニーとってはどうでも良い。

 ここに今、人の腕が無造作に捨てられている。

 それを自分が見つけたと言う確固たる事実の方が幾分も、いや、何百倍もも大切な事なのだ。

「と言う訳で、レイチェル。携帯を貸してくれよ。君が帰らなくて本当に良かった。通報は市民の義務だからな。アルが無駄に寮まで走らずに済んで親友として嬉しく思うよ」

 悲鳴を上げたレディーを気遣う様子がない彼の態度を恨めしく思うが、思考がまとまれば賢く美しいレイチェルは自分が彼にまんまと嵌められた事実の方が恨めしいと思ってしまう。

 今迄、どれだけ悲惨な死体を見せられても帰れと言われた事は一度もない。

 呆れた彼女がその場を去らないように、彼は真逆の言葉で釘を刺したのだ。

 まるで、彼女の意思でここにいるかのように。

 レニーではなく、賢く美しく、尚且つ好奇心が強い少々お転婆な自分が本当に恨めしいと、レイチェルは呆れた気持ちを溜息に乗せるのだった。

「も、モーガンさん、これは、人の、腕だと、自分は、あの、思うのですが!」

「賢いぞ、アル。その通り、白人男性の腕だな。手は綺麗だ。きっと、力仕事ではなく事務職をしているのだろうな。大方、市内の薬局で事務でもしているんだろう。微かだが、手に薬品の匂いもしている。また、随分と動物が好きな様だな。手の甲にも手首にも小さな引っ掻き跡や噛み跡がある。自身でもたくさんの動物を飼っているんだろう。そうだな、犬が三匹に猫が二匹。犬一匹は傷の大きさから見て大型犬、セントバーナードか?」

「何で、モーガンさんはそんな事を……?」

 レニーの口が釣り上がる。

「事件が僕を呼んでいるからさ」

「何が、事件が僕を呼んでいる、かしら」

 レイチェルはため息を通り越し、鼻息荒くレニーの言葉を繰り返す。

 彼女にとっては不本意極まりない形で、こんな血なまぐさい事件に自分を巻き込んだレニーに対し、文句の一つでも言わなければ気が収まらないのだろう。

 しかし、当の本人には文句一つ届かない様だ。

「おいおい、僕の物真似か? 似ていないな。口調、声、仕草、トーン。どれを取っても似ていない。そもそも、似せる気があるのか疑わしいぐらいだ。物真似したいのならば、もっと僕を観察した方がいい。レイチェル、君は頭の回転がそこそこ速い癖に些か観察力に欠けいる所がある。次からは気に留めておくといいよ」

「それは私の欠点ではなく、女子共有の欠点よ。レニー、貴方こそ覚えておいた方がいいわ。推理の為にも今後の貴方の為にも覚えておく事をお勧めしてあげる」

「成程、君が好きそうなテレビドラマでよくある推理ゲームでは使われていそうな浅い知識だな」

 レイチェルの随分と棘のある言葉に、レニーは鼻で笑いながら返事を返した。小慣れた二人にとっては、いつものやり取りである。

 しかし何も知らない通報を任されたアルは、電話の向こうの女性の言葉も聞かず、ハラハラドキドキと二人のやり取りを眺めていた。

 そのせいで、警察の到着が遅れたのは言うまでもないだろう。

 警察が現場に到着したのは、アルの通報から一時間後であった。

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